「はい! ユーリ! いつも、ありがとうね!!」

ライマ国のとある市場でユーリは、買い物をしていた。
それは、ルークと知り合うきっかけとなった少女――カナが営んでいる果物屋である。
あれをきっかけにユーリは、ちょくちょくここへ訪れては、果物を買っていくのだった。
結構、ここの果物は甘くて、趣味の菓子作りの材料として使えるから、お気に入りだったりする。

「サンキューな。……あれから、特に変わったことはないか?」
「えぇ、おかげさまで。あれから、変な人に声を掛けられることもなくなったわ! あっ! でも、偶に声を掛けられても、ゼファーが助けてくれるし♪」

ユーリの言葉にカナは、嬉しそうに笑ってそう言った。

「そうか。なら、もう大丈夫だな」
「あっ、でも……ちょっと、気になる話を最近ゼファーから聞いたの」
「? 気になる……話?」

そのカナの話が妙に気になったユーリは、カナから詳しい話を聞くことにしたのだった。


~緋色の代償~

「……人攫いギルド?」

次にカナの口から出た言葉は、とても穏やかなものではななかった為、思わずユーリは眉を顰めた。

「はい……。なんでも、そのギルドは表向きはちゃんとしたギルドの活動をやっているみたいなんだけど、とある合言葉を言えば、人攫いの依頼なんかを簡単に受けるらしいの」
「おいおい、なんだよ、それ;」
「あっ、けど、この話はまだ噂話程度だって」

ユーリの表情から彼が明らかに怒っているように感じたカナは、慌ててそう言った。

「そのギルドの拠点が何処にあるのかも、合言葉も知らないって人も多いし、多分作り話だなって、ゼファーも言っていたし……」
(……いや。これは、単なる作り話っていうレベルじゃないだろ)

人攫いなんてやってるんだ。
ギルドの拠点なんか、簡単に知られるのもまずいし、合言葉なんか使っているとすると、そのギルドがどれだけヤバいギルドなのか大体、想像もつく。

「……作り話だって言われても私、この話をゼファーから聞いた時、真っ先にユーリとルークに伝えないといけないって思ったの」
「? なんでまた?」
「だって、二人共、ビックリするくらいキレイじゃない! 特にルークなんて、あの髪だし……。変な奴らに狙われそうじゃない?」
「…………」

カナの言葉にオレの事は置いといても共感はできた。
ルークは、少女に見間違えるほど顔立ちであり、あの夕焼けのように赤い長髪は何処にいたって目立つのだ。
変な奴らに目を付けられて、何処かに売り飛ばされてもおかしくない話かもしれない。
まぁ、そんな事、オレが絶対させないが……。

「……まぁ、オレの方でも、色々と調べてみるから。……心配してくれてありがとうな、カナ」

こうしてユーリは、人攫いギルドについて、独自で調査を開始することにした。





* * *





「おいおい……。マジかよ、これ……;」

人攫いギルドについて独自に調べたユーリの表情は険しいものになっていた。
カナからは噂程度と聞いていたが、やはりそう言った事を行っているギルドが存在していることが分かった。
しかも、問題なのはそのギルドが拠点にしている場所だ。
その場所は、オレの故郷でもあり、エステルが治める国でもある、ガンバンゾ国だったのだ。
自国でこんな活動をしているギルドがあるという事をエステルが知れば、間違いなく心を痛めるだろう。
そして、あのお姫様の事だから、知ればどんな行動を起こすかわからない。
ルークの事も気がかりだったが、このギルドに入るきっかけを作ってくれたエステルの事もユーリにとっては気がかりだった。
だから、この事をアドリビトムのメンバー全員に伝えるべきかという事に正直悩んでしまう。
かと言って、誰にも知らせないのも危険だ。
ここに所属しているメンバー全員が腕の立つものばかりではないし、いつ対象としてマークされるかもわからないのだ。
そう、いつルークがターゲットにされるかなんて、予想できないんだ。
そう様々な考えを巡らせた結果、ユーリはこの話をアンジュに話をすることにした。
ギルドマスターであるアンジュには、メンバーを守る義務があるのだから、この件について知っておく必要が一番あるとユーリは判断したから。

「…………なるほどね。随分とガンバンゾ国のギルドはやりたい放題なのね」

ユーリから一通りの報告を聞いたアンジュは、そう言うと紅茶を啜って息を吐いた。

「……ユーリ。この話は、一旦、私とあなただけで共有しておきましょう。みんなにこの事実を伝えるには、あまりにも傷付く人が多すぎるわ」
「けど…それだともし、そいつらに出会った時の対応が遅れるんじゃ……」
「その辺は、心配ないわよ。みんなにはバンエルティア号から降りる時は最低限、二人以上で行動するようにっていう取り決めを追加するから。単独行動なら狙われるかもしれないメンバーも二人ならそのリスクも減るでしょ? 後、エステルにはフレンが、ルークにはあなたが付いていれば、何も問題ないんじゃない?」

そう言ったアンジュの言葉にユーリは、返す言葉が見つからない。
しっかりと対策を考えられているこのアンジュの案ならひと先ずは大丈夫だろう。
そう思っているからか、ユーリの口から思わず声が漏れる。

「……そう言えば、なんで、オレと坊ちゃんを組ませたんだよ?」

それは、ずっと、気になっていた疑問だった。
アンジュがルークをこのアドリビトムに入団させるときの条件が、ルークがギルドの生活に慣れるまでオレが面倒を見るという内容だった。
あの時は、仕方なく引き受けたが、その理由だけはずっと気になっていたので、この際それを確かめてみたいとユーリは思った。
それを聞いたアンジュは不思議そうに首を傾げて見せた。

「理由……? 時にこれと言ってなかったんだけど……強いて言うのなら……ユーリの目だったかしら?」
「オレの……目?」

アンジュの言葉に意味が解らず、ユーリは眉を顰めた。

「気付いてなかったの? ユーリ。ルークが何処かの貴族だって知った瞬間、ルークに向ける目つきがすっごく変わったことに? それがあなたにとって一番悪い癖だと思ったから、ルークの面倒を頼んだのよ」
「……つまり、オレの貴族嫌いを治させる為ってことか?」
「まぁ、そんたところかしら」

ユーリがそう言うとアンジュは、笑顔でそう言葉を返した。
それに対して、ユーリは何処か困ったような表情を浮かべて頭を掻いた。

「けど、ユーリがどうしても嫌だって言うのなら、フレンあたりに頼んでもいいけど?」
「いや。その提案はいらねぇから」

アンジュの言葉にそうユーリは、あっさりと返した。
正直、ルークを他の奴と組ませる気なんて、端からないのだ。
あいつが、誰かと組んでいいのは、オレだけなんだよ。

「あら、そう。一応、私の作戦通りにはなったみたいだけど、ルークに対する独占力の強さは少し予想外だったかも」
「そりゃ、どーも」

ルークと接することで確かにユーリの中にあった貴族たちに対する偏見は薄れている。
だが、それと同時に別の感情がユーリの中に渦巻いていくのもわかっている。
それは、ルークに対して行われていた大人たちの行為に対してだ。
それを誰かが止められていれば、ルークが必要以上に傷付く事なんてなかった筈なのに……。
だからこそ、オレはあいつの傍にいたいと思う。
あいつを傷付ける輩が現れた時、誰よりも早くそいつらから守れるように……。

「じゃぁ、ユーリは引き続きルークの事をお願いね」
「あぁ、わかったよ……」

アンジュの言葉にを聞きながら、ユーリは手をひらひらさせながら自室へと戻って行った。

「……本当は、それだけが理由ではないんだったんだけどね」

そして、アンジュは、ユーリの気配が完全に消えた事を確認してから、そう小さく呟いた。
私がユーリとルークを組ませた事は、ユーリの貴族嫌いな性格を治す事も目論見にしていた。
けど、実際はそれだけが理由ではなかったのだ。
ユーリがバンエルティア号を降りて数分くらい経った頃、ギルドにとある依頼が入って来たのだ。
その依頼内容というものが衝撃的で、今でもアンジュは鮮明に覚えている。

『もうじき、黒髪の青年が夕焼けのように赤い長髪の少年をここへと運んでくるだろう。その時、赤毛の少年がこのギルドに入りたいと言ったら、入団を許可して欲しい。面倒を見る係が必要なら、その青年に任せる』

そう言うと依頼主は、アンジュの目の前に大金を置くとそのまますぐに立ち去ってしまったのだ。
咄嗟の事で顔も覚えられなかったが、一つだけ覚えていることがある。
それは、依頼主の髪の色が赤だった事。
けど、ルークの夕焼けを思わせる赤とは違い、その人物は濃い赤。
つまり、深紅だ。
その依頼主がバンエルティア号を去った後、ユーリがルークを連れてきた時には正直驚いてしまった。
だからこそ、私はあの依頼主が言っていた通り、ユーリとルークを組ませることにしたのだ。
あの時、アンジュは依頼主の名前を聞きそびれてしまっていた。
その名前さえわかれば、ルークとその依頼主の接点について何か分かったかもしれないのに……。
とにかく、今、わかっている事は、ルークが政治絡みか何か大きな事に巻き込まれているという事くらいだった。
だとしても、ギルドマスターであるアンジュがやるべき事は唯一つ。
ここにいるメンバー全員が笑顔でいられるようにする。
ただ、それだけだった。





* * *





とあるガンバンゾ国の酒場。
そこに、この酒場の雰囲気にそぐわない男が一人来店する。
その男が放つオーラに思わず酒を楽しんでいた先客達も視線を送った。
そんな視線など諸共せず、バーカウンターの方へと男は向かう。

「……いらっしゃい。お客さん、何にする?」
「…………『誰そ彼時』」
「!!」

バーテンダーをしている男に彼はそう言うと、男の顔色が変わった。
それを見た彼は、フードの下から笑った。

「……おや? この言葉を言えば、依頼を受けてもらえると伺ったのですが?」
「そっ、それは、そうだが……あんた、その合言葉は……」
「はい。もちろん、あなた方にお願いしたいことは、『人攫い』です」

戸惑う男に対して、彼は爽やかな笑みを浮かべてそう言うと、フードの下から小袋を取り出し、バーカウンターに置いた。

「とりあえず、こちらは前金です。依頼をちゃんとしていただけるのなら、こちらの倍の金額をお支払いさせていただきます」
「! …………で、何処のどいつをあんたに差し出したらいいんですか?」
「…………あの方は、とても美しい人です。……夕焼けのような赤い髪に美しい翡翠の瞳を持つ人です」

今でも鮮明にあの人の姿が、あの人の笑顔を思い出すことが出来る。
それは、彼にとってかけがえのない宝物。
彼を自分のものにする為ならば、どんな手段を使ったって構わない。
だから、こうやって『人攫いギルド』の力借りる事にも何の抵抗も感じなかった。

「……あの方のお名前は、実に尊いものなので、一度しか言いません。お聞き逃しがないよう、お願いします。あのお方のお名前……それは――」

今から楽しみで仕方がない。
彼が私を見た時の表情を想像するだけで楽しくなる。
あぁ、早く、あの方にお逢いしたい……。

「彼のお名前は……『ルーク・フォン・ファブレ』と申します」

次にあなた様にお逢いできることを心よりお待ちしておりますよ、ルーク様。
そう告げた彼の表情には、黒い笑みがはっきりと浮かんでいるのだった。








緋色シリーズ第8話でした!
今回は、ルークが出てこない回になってしましました。
何やら、怪しい動きが……。
今回は、完全に次回以降のお話の付箋となるお話になってしまったので、次回以降波乱が起きるとか起きないとか!


R.1 5/25