――――いってぇ! もうちょっと、優しくしろよ! アッシュ!!
――――うるさい。大体、この程度の稽古で怪我をした兄上が悪い。
――――う~! アッシュの意地悪!!
それは、とある日の思い出。
アッシュの剣の稽古に付き合った結果、怪我をした俺をアッシュが手当てをしてくれたことがあった。
――――……大体、兄上が剣を握る必要なんてないだろ? 兄上は、この国の王になるんだから……。
――――やだ!
そんな俺に対してアッシュが呆れたように溜め息混じりでそう言った。
その言葉が気に入らず、俺はそう即答する。
――――人の上に立つ人間は、それなりに強くなければいけないって、そう父上も言ってただろ?
――――だが……。
――――それに、俺は自分の大切なものは、自分の手で守りたいんだよ。アッシュやナタリアをさ!
――――っ!!
そう俺が笑って言うとアッシュはひどく驚いたような表情を浮かべた。
だが、その後すぐにその表情が優しい笑みへと変わる。
――――……兄上の気持ちは分かった。けど、まずは自分の身をちゃんと守れるようにしてからだ。
――――う~。やっぱ、アッシュは意地悪だ!
――――当たり前だ。……兄上の事を守るのは、俺だけでいいんだからな。
――――なっ、なんだよ、それ。
そうやって、二人で笑い合ったのは、ずっと昔の事なのに、その思い出はまるで昨日の事のように鮮明に思い出せる。
あんな風にアッシュと笑い合えることなんて、もう出来ないのに……。
~緋色の代償~
「よっしゃぁ! これで今日のノルマ達成!!」
そうルークは、最後の一体となったウルフを一撃で倒すとこちらへと笑みを浮かべた。
その笑みは、ここにいる全員が癒されたのがわかる。
今回のクエストは、コンフェイト大森林で大量発生しているというウルフの討伐である。
「うわぁ! 流石です! ルーク!!」
「へへっ、ありがとうな、エステル!」
そんなルークを見てエステルがそう言うと、それにルークも嬉しそうに笑って応えた。
そんな二人の事をユーリとリタが揃って腕組みをしながら眺めている。
「ホント、あんたらとクエストに出ると仕事が楽で助かるわ」
「オレとしちゃ、もう少し暴れたかったんだが……」
「うわぁ、出た。ユーリさんの戦闘狂発言!」
「お前なぁ。そういう事を言う口はこれか?」
「いたたた! 痛いってば! ユーリさん!!」
ユーリがそう言っても本気で怒る事がないという事をわかっているのか、ルークは最近ふざけてよくそう言うようになった。
だから、ユーリはルークの両頬を引っ張ってお灸をすえてやる。
大体、こんな事一体誰がルークに教えたんだよ?
おそらく、フレンかジュディスあたりだろうが……。
そんな二人のやり取りをエステルは、微笑ましそうに見つめる。
「ふふっ。ユーリとルークは、まるで兄弟みたいに仲がいいですね♪」
「! ……兄弟?」
「はい! ユーリがお兄さんで、ルークが弟です♪」
「…………」
嬉しそうにそう言ったエステルに対して何故かルークの表情は曇った。
それに気付いたユーリは眉を顰めた。
「何だよ。オレが兄貴じゃ、不満ってことか?」
「えっ? あっ! いや……そういうわけじゃないんです……」
そのユーリの言葉にルークは答えに困った。
別にユーリの事が嫌なわけじゃない。
ただ……。
「俺が……弟だったら……よかったのかなぁって……」
そうだったら、王位継承は俺じゃなくて、アッシュだったのに……。
そうしたら、俺はアッシュの傍にずっといられただろうか?
そうしたら、何かが変わっていたのだろうか……。
そんな事がふと頭に過ってしまったのだ。
「「「…………」」」
「あ゛っ……。なんか変なこと言って、ごめんなさい。何でもないから、早く戻ろうぜ!」
(……そんな顔して、何でもねぇわけ、ねぇだろうが)
ユーリたちに笑ってルークがそう言った事にユーリは唇を噛んだ。
以前ルークから聞いた話をユーリは、思い出していた。
ルークには、双子の弟がいること。
その弟を守る為にルークが自ら毒入り料理を口にしたことを。
そんな経験を経てルークは、今ここにいるのだ。
そんなこいつに、オレは一体何を言ってやればいいんだよ。
何を言ったって、気休めにもならないじゃねぇか……。
だったら……。
「そうだな。さっさと、戻ってみんなに顔見せてやれよ」
そう言ってユーリは、ルークの髪を優しくクシャクシャと撫でてやった。
今すぐじゃなくたっていい。
ここがお前の本当の居場所になればいいと。
過去の事なんて引き摺らなくても済む場所にしてやるから……。
「……はい!!」
それを聞いたルークは、初めはきょとんとした表情を浮かべていたが、次第に嬉しそうに笑った。
その笑顔を見たユーリはフッと笑う。
そして、コンフェイト大森林の出口へと向かって歩き出す。
「……! ユーリさん! 危ないっ!!」
「えっ? ……っ!?」
そうルークの声にユーリは振り向くとそこにあったのは、必死そうなルークの姿。
夕焼けのように赤い長髪い目を奪われ、ユーリの判断が遅れる。
そして、ルークがオレを庇って魔物に襲われたことに気付くことにも遅れたのだ。
「っ!!」
「ルーク!?」
「なっ、何よ、この魔物!? こんなの見たことがないわよ!?」
その魔物は、今まで見たことのない魔物だった。
一体、この魔物は何処から現れたのか?
だが、そんな事を考えている余裕なんてユーリにはなかった。
この中で一番落ち着いていたリタがすぐさま詠唱を始める。
「――――ファイアーボール!!」
そして、早々と詠唱を終えると火球をその魔物に向けて放つ。
火球は、見事に魔物に命中し、呆気なく倒すことに成功する。
「おい! 坊ちゃん! 大丈夫か!?」
「…………大……丈夫。……たぶん」
そう言ったルークではあったが、ユーリの腕を掴むその手は酷く震えていて、顔色も頗る悪かった。
明らかに大丈夫な状態ではない。
「ルーク! 待ってください! 今、治療しますからっ!!」
そんなルークの姿を見て、エステルがすぐさま駆け寄るとルークに治癒術をかける。
だが、それにエステルは、驚いたように目を見開く。
「……嘘。……力が追いついていない」
さっきの魔物の攻撃で受けたルークの傷はそんなに大きなものではなかったのに、エステルが治癒術を使っても全然傷口が塞がる気配がないのだ。
「……大丈夫だよ……エステル。……エステルの治癒術が……効いてない……わけじゃ……ないから……。俺の……体質の……せい……だから……」
「体……質?」
焦るエステルに対してそうルークは苦笑混じりでそう言った。
「……昔……"色々"あって……術の効き目が……遅くなったんだ……」
「お前、"色々"って……」
その言葉を聞いてユーリは更にルークから話を聞こうとしたが、途中で止めた。
そんな事、訊かなくたってわかる。
ルークの言う"色々"が何だったのか……。
幼い頃から、服毒に遭っているのだ。
その治療の過程で今言ったように効き目が遅くなってしまったのだろう。
それを想像しただけでも、ゾッとする。
お前は、一体どれだけの修羅場に遭遇してきたのかと考えると……。
「……だから……後は、身体を……休めれば……大丈……っ!」
「おっ、おい!!」
そう言いながらルークは、コンフェイト大森林の出口を目指そうとする。
だが、こんな状態で真面に歩くことなどできる筈もなく、バランスを崩す。
それをユーリが慌ててルークの身体を支え直す。
「おい、坊ちゃん! しっかりしろっ!!」
「…………」
ユーリが必死にルークを呼び掛けるがルークの反応はなかった。
それにユーリは焦る。
「おい、しっかりしろっ!! ……ルーク! くそっ!!」
顔色が見る見るうちに悪くなっていくルーク。
そして、そんな騒ぎからかまた何処からともなく魔物たちが現れ始める。
「まずいわね。また、魔物たちが騒ぎ始めたわ」
「ちっ! ……エステル! リタ! ここは一気に抜けて、船に戻るぞっ!!」
このまま、囲まれたら確かにまずい。
そんな状況を見てユーリは舌打ちをすると、何の躊躇いもなくルークを抱きかかえて、そうエステルとリタに告げる。
そのユーリの言葉に二人は頷く。
「はい!」
「わかったわよ! ルークの事、落とすんじゃないわよっ!!」
「あぁ、誰が落とすかよ!!」
二人の言葉を聞いたユーリはそう言うと、コンフェイト大森林の出口目掛けて駆け出す。
それをサポートするかのようにエステルとリタが周りの魔物たちを蹴散らしていく。
二人のサポートのおかげで、ユーリは無事にルークを連れてコンフェイト大森林を後にすることが出来た。
そして、この時、誰もが必死だった為、ユーリがルークの事を『坊ちゃん』ではなく、『ルーク』と呼んでいた事に気付く者はいなかったのだった。
* * *
バンエルティア号へと戻ってきたユーリたちはすぐさまルークを医務室へと運んだ。
そこでアニーたちにルークを治療してもらおうと思ったユーリだったがそこで驚くべき光景を目にした。
ルークの身体には傷一つ残っていなかったのだ。
あの時には確かにあった筈の傷が全くなかったのだ。
だが、ルークの顔色は相変わらず悪かったので、とりあえずそのまま医務室のベッドで休ませることにした。
今は、ユーリだけがルークに付き添って傍にいる。
エステルとリタも付き添うと言って聞かなかったが、こうなった原因は自分であるからと言って、ユーリが断った。
ちゃんとルークが目を覚ましたら、呼びに行く事を条件にはされたが……。
「……ホント……何やってんだよ、オレは!」
ルークの面倒を見る立場でありながら、こうもうあっさりとルークに守られている自分が情けなかった。
いや、それもそうだが、オレはまだルークに叱ってやれていないのだ。
ルークの戦い方について……。
「…………」
「! 坊ちゃん!!」
すると、ルークが何か譫言を言ったことに気付き、ユーリはベッドに身を乗り出した。
「…………アッシュ。……ごめんな」
「!!」
だが、次に聞こえてきたルークのその言葉にユーリは瞠目した。
アッシュ。
ルークの口から発せられたその人物は、この船にはいない人物。
オレが知らない人物にルークは譫言で謝っていた。
だが、それが誰なのか、なんとなくわかった。
きっと、そいつが、ルークの双子の弟なのだろう。
でも、何でだ?
何で、お前がそいつに謝る必要があるんだよ?
「うっ……」
そんなことをユーリが考えていると、ルークの瞼がゆっくりと上がっていき、あの美しい翡翠の瞳がユーリの事を見つめた。
「……坊ちゃん。……オレが誰だか……わかるか?」
「……ユーリ……さん?」
「正解だ」
そのユーリの言葉にルークがそう言ったので、ユーリはルークの髪を撫でてやった。
そして――。
「いっでぇ! いきなり、何するんですか!?」
「そりゃぁ、頭殴ったら痛いだろうなぁ」
ルークの頭を思いっきり殴ったユーリは、そうあっさりと言った。
そのあまりの痛さにルークは頭を擦った。
「……あの……ユーリさん。もしかして……怒ってますか?」
ルークの問いにユーリは、眉を顰めた。
先程、自分が言った譫言のことはないも覚えていないようだ。
いや、今はその事は、どうでもいい。
こいつにちゃんと言ってやらなければ……。
「当たり前だろう。坊ちゃん、今日のあの戦い方、一体どいうつもりだよ?」
今日のルークの戦い方は、魔物を見つけるや否や何の計画も立てることなく突っ込んでいったのだった。
ルークの剣術が凄いことはわかっている。
だが、それにしてもあの戦い方は酷いと思った。
あれは、まるで……。
「オレは、あんな死に急ぐような戦い方は一つも教えたつもりはないんだがな?」
「!!」
そのユーリの言葉が図星だったのか、ルークは驚いたようにこちらを見つめた。
「……お前は、もう一人じゃねぇんだぞ。もっと、オレたちに頼れ」
「…………はい」
そう言ってユーリがルークの髪をクシャクシャと撫でてやると、ルークはそれに一切抵抗することなく素直に頷いた。
「よし! じゃぁ、エステルとリタの奴も呼んで来るから、ここで大人しくしてろよ」
「あっ、はい……」
そして、ユーリはルークの髪から手を離すとそう言ってエステル達を呼ぶべく、医務室の出口へと歩き出した。
ユーリから手を離されたルークは、何処か物足りなさを感じつつもそう言って同意した。
「……あっ……ユーリさん!」
「ん? 何だよ?」
すると、ルークは何かを思い出したかのようにそう言うとユーリを呼び止めた。
そのルークの行動にユーリは、不思議そうにルークを見つめた。
「……俺の事……心配してくださってありがとうございます。けど……俺なら、大丈夫ですから」
「はぁ? また、今日みたいにぶっ倒れるかもしれないのにか?」
「はい。だって、俺……」
怪訝そうに眉を顰めるユーリに臆する事なくルークは、笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「だって、俺……死ねないですから」
「!!」
そう笑って言ったルークの言葉にユーリは瞠目した。
今のルークの言葉が本気なのか、単なる冗談なのか、この時のユーリには判断することが出来なかった。
でも、この時、お前に何か言葉をあげられていたら、何か変わっていたのだろうか……。
緋色シリーズ第7話でした!
今回は、ルークがユーリさんを庇って倒れてしまいました。
そして、何気なく譫言でアッシュの名前を呼んじゃって、それを聞いてしまったユーリさん。
絶対、アッシュに対して嫉妬してますよね、ユーリさんwww
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