――――……ーク! ……ーク!!

誰かが俺のことを必死に呼びかけている気がする。
けど、それに対して俺は、何も反応することが出来ずにいた。
いつもの頭痛の痛みと何処かから感じる身体の痛みに耐えるだけで精一杯だった。
けど、俺は、俺のことを呼び掛けていたのが誰だったのか、なんとなくだけどわかっていた。
俺のことを必死で見つめる、紫の瞳の持ち主のことを……。


~緋色の代償~

「なぁなぁ、ルーク! 俺たちと剣の稽古しようぜ!!」

そうクエストから戻り、ホールでのやり取りが終わった直後にルークはロイドたちから声を掛けられた。
それを見たユーリは「また、出たな」と心の中で呟いた。
アドリビトムのメンバーの中でもクレスとロイドは友好的かつ、お節介の分類に属している。
だから、この二人は、隙を見つけてはこうやってルークに声を掛けるのだ。
正直、ユーリにとっては面白くない話であるが……。

「えっ? でも、俺の剣なんて、二人に比べたら全然だし……」
「そんなことねぇよ! ルークの剣術見た時は正直驚いたぜ! あれで、実戦経験がないって言われて、マジでビックリしたんだぞ!!」

ロイドのその意見には、ユーリも同感だった。
初めて討伐クエストに連れて行った時、あの剣捌きは物凄いものだと感心した。
あの動きは決して素人の動きではなかった。

「う~ん。多分、俺の剣を教えてくれた師匠(せんせい)がよかったのかもなぁ」
「へぇ。ルークの剣術は、独学じゃないんだね」
「うん! 師匠(せんせい)がたまに屋敷に来てくれては、剣の稽古をつけてくれてたんだ!」

そう言うルークの声は本当に嬉しそうなものだった。
屋敷での生活は決して苦しいものだけではなく、こういった楽しいものもあったようだ。
それでも、ルークはその屋敷から抜け出し、ここに身を寄せることを選んだ。
そこには、一体どういう理由があったのだろうか……。

「なぁなぁ、ルーク! いいだろ!! 剣の稽古、やろうぜ!!」
「えっ、え~っと……あっ、そうだ! ユーリさんも一緒にどうですか?」
「なんで、そこでオレの名前が出て来るんだよ;」

ロイドの誘いに困惑したルークは、何かを思いついたかのようにユーリの名前を出した。
それに対してユーリは、怪訝そうに眉を顰めた。

「だって、ユーリさん、戦闘狂じゃないですか♪」
「……間違ってないが、お前。そういうこと、笑って言うなよ;」
「いいじゃないですか、別に♪ それに、俺、ユーリさんとも一緒に剣の稽古したいですし……ダメですか?」
「…………しゃーねぇなぁ;」
(あっ、ユーリが落ちた)
(流石、ルークだな)

まるで、子犬のようなつぶらな瞳でルークに見つめられたら、断りようがない。
なので、ユーリは諦めたかのように溜め息をついて、それに応じた。
そんな二人のやり取りを見てクレスとロイドは、心底関した。
自分たちがいくら稽古に誘っても駄目だったユーリをこうも簡単に落とすことに……。

「ただし、ちょっとだけだからな」
「はい! ありがとうございますっ! ユーリさん!!」

ユーリの言葉を聞いたルークは、嬉しそうに笑うのだった。
つくづくこの笑顔に弱いのだということをユーリは改めて実感した。





* * *





「……はぁ……はぁ……ごほっ、ごほっ!!」
「おいおい、坊ちゃん。大丈夫か?」

あれから、暫く甲板でルーク、ユーリ、クレスとロイドは剣の稽古をしていた。
すると、そんなルークたちの姿に触発されたのか、我慢できなかったかのようにスパーダがルカを巻き込んで参戦し、そこにスタンやエミルまでもが加わった。
気が付くとかなりの少年青年たちが互いに汗を流して、剣術の向上を目指していた。
これも、すべてはルークの効果なのだろう。
ルーク自身は全く気付いていないだろうが、あいつには人を巻き込む才能がある。
だから、こうやって自然と仲間が集まってくる。
これは、まるで、王族に備わった気質なのかもしれないと考えたが、あいつはただの一貴族でしかない。
だとすると、やっぱ一番はルークの人柄だろう。
みんな、あいつの笑顔に誑し込まれてしまっているのだ。
まぁ、その中にオレも含まれているが……。

「坊ちゃん。ちゃんと、薬は飲んだのかよ?」
「えっ? え~~っと…………まだ、です;」
「お前なぁ;」

喘息の発作が出だしているルークの許にユーリは、駆け寄るとそう訊いた。
それに対してルークは、苦笑混じりでそう言葉を返すのでユーリは諦めた。

「こうなるのわかってただろうが;今、手元に薬はあるのか?」
「……あっ、ちょうど切れてる;ごほっ、ごほっ!!」

ユーリに促されるようにルークは携帯している薬袋の中身を確認したが、その中身は見事なまでに空っぽだった。
それを聞いたユーリは、呆れたように溜め息をつきながら少しでもルークが楽になるように背中を擦ってやる。

「……もういいから、早く医務室に行って、アニーに薬もらって来いよ」
「あっ、はい……。みんな、俺、ちょっと抜けるけど、ごめんな!」

ユーリにそう促されたルークは、皆に申し訳なさそうにそう言うと医務室へと向かうことにした。

「……ったく。お前ら、もう少し坊ちゃんの身体のこと気にかけて稽古してくれよなぁ;」

ルークは、見た目は実に健康体に見えるが、持病持ちなのかよく喘息の発作を起こすのだ。
実際、オレが初めてあいつにあったと出会った時もそうであったように。

「……いやさぁ、ユーリ。それを言うんだったら……お前の方じゃないか?」
「えっ?」
「うん。その意見には、僕も賛成だね。無意識だと思うけど、ルークと手合わせしているときのユーリの顔、凄く生き生きしていたし……」
「ありゃぁ、間違いなく、戦闘狂のスイッチ入ってたぜぇ!」
「だな! あの動きは凄かったぞ!!」
「でっ、でも! あれに全く動じることなく反応していたルークは、やっぱり凄かったよ!」
「…………」

そう言ったロイド、クレス、スパーダ、スタン、そしてルカの言葉にユーリは思わず頭を抱えてしまった。
やっちまった。あいつの動きがあまりにも良すぎたから、つい無意識のうちに血が騒いでしまっていたのか……。
これは、謝りに行った方がいいかもしれない。

「…………悪ぃ。オレ、ちょっと、坊ちゃんの様子見てくるから、後は任せるわ」

ユーリは、そう言い残すと甲板を後にして、ルークの後を追いかけるのだった。





* * *





「……はぁ……はぁ。……また……やらかしちまったなぁ……俺……ごほっ、ごほっ!」

ユーリたちと別れたルークは、医務室へと向かう。
稽古とは言え、ユーリと剣を交えた時、彼は本当に楽しそうな表情をしていた。
その表情は、まるで子供のようなものだった。
その表情が見ていたくて、彼に合わせていたら、思っていた以上に身体に負担を掛け過ぎてしまったようだった。
喘息は、アニーやハロルドたちが調合してくれる薬のおかげで大抵落ち着かせることが出来る。
けど、あれは……。

「っ!!!」

まさに、その事を考えていた瞬間、ルークは激しい頭痛に襲われた。
その痛みにルークは耐えようとしたが、やはり駄目で身体がよろめき、その場から動けなくなる。
こうなったら、ルークに出来ることはジッと瞳を閉じて、ひたすら痛みが引くのを待つだけだった。
それ以上の対処方法をルークは知らないから、ずっとそうやって耐えて来た。
この痛みは、決して薬で抑えることはできない。
だから、この痛みに耐え切れず何度も意識を失ったこともあった。

(あっ……ダメだ)

ふと、ルークは今自分が何処にいるかを思い出す。
ここは、医務室へと向かう途中の通路だった。
こんな所で蹲っていたら、この姿を誰かに見られてしまうかもしれない。
それだけは、ダメだ。
この頭痛のことは、誰にも知られたくない。
そう思ったルークは、なんとかここから離れて自分の部屋に戻ろうと立ち上がろうとする。
だが、思っていたように足に力が入らず、返って体のバランスを崩してしまって、倒れそうになる。
その時、

「危ねぇ!!」
「!!」

ルークは床にぶつかることはなく、誰かに腕を掴まれたおかげで自ら断つことに成功した。

「お前、すげぇ、フラフラじゃないかよ。普通こんなになるまで無理するかねぇ;」
「…………ユーリ、さん?」

その声で漸くルークは視線を変え、その人物がユーリであることを認識した。
そんなルークの様子などお構いなしといった感じでユーリは、ルークの身体を自分の方へと引き寄せる。

「ほら、さっさと医務室に行くぞ」
「…………嫌です」
「は? 坊ちゃん、何言って――」
「嫌なものは、嫌なんですっ!!」
「!!」

ルークの状態から医務室へ連れて行くことが最善と考えるユーリに対して、それをルークは拒否した。
ルークが医務室へ行くことを拒む理由がわからず、ユーリは眉を顰めてそう言いかけた時、ルークは声を張り上げてそう言った。
そんなルークの反応にユーリは瞠目する。

「お願いです。……これは、暫くしたら収まりますから……これだけは、誰にも、知られたくないんです。だから……」
「…………」

嫌だ。このことは、誰にも知られたくなかった。
知られたら、せっかく仲良くなったギルドのメンバーに迷惑を掛けてしまう。
本当は、ユーリにも知られたくなかったのに……。
ユーリの腕を掴むルークの手は、頭痛からくる痛みからではなく、その恐怖から震えていた。
そんなルークの姿をユーリはただ静かに見つめていた。
そして、諦めたかのように大きく溜め息をついた。

「……しゃぁねぇなぁ;だったら――」
「えっ? ちょっ、ユーリさん!?」

そう言うとユーリは、ルークの身体をひょいっと抱きかかえるとそのまま歩き出す。
そのユーリの行動にルークは、驚いたように声を上げた。

「おいおい、あんま大声出すなよ。誰かに聞かれたら、どうするんだ?」
「! そっ、それは……」
「安心しな。医務室じゃなくて、坊ちゃんの部屋に運んでやるからさ。……それとも、オレの部屋にでもするか?」
「? ユーリさんの部屋……? 何でですか?」
「なっ、なんでって、言われても……;」
「??」

ちょっとした冗談のつもりでそう言ったつもりだったが、それに対して純粋に首を傾げてそう質問するルークにユーリは困惑した。
世間知らずのお坊ちゃんのせいか、こういうことに関してはユーリと想像していた反応とルークは違う反応を返してくる。
それが、また無防備で可愛いと思ってしまう俺もどうかしていると思うが……。

「あの……ユーリさん?」
「! なっ、なんでもねぇよ///ほら、さっさと行くから、しっかり掴まってろよ」
「? あっ、はい……」
(あー。マジで調子狂うわぁ……;)

不思議そうに自分のことを見つめる翡翠の瞳にそう言ってユーリは顔を合わせることなく足を進めた。
それに対して、ルークは素直にユーリに身体を委ねる。
その時聞こえてきたユーリの心臓の鼓動が若干早いように感じた。








緋色シリーズ第6話でした!
今回は、ユーリさんとルークに剣の稽古をさせてみました♪
クレスやロイドは、恐らく昔はユーリさんも稽古に誘っていたと思うんですが、ユーリさんは面倒臭がって断っていたと思います。
そんなユーリさんを一発で落とすルークは流石ですよね♪
そして、また一つルークとユーリさんは秘密を共有するのでした。


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