「……ってわけで、坊ちゃんを暫くここの手伝いをさせてやりたいんだが……問題ないか?」

翌日、ユーリは早速ルークと共に作ったお菓子をロックスたちにお礼と称して渡し、ルークから聞いた話を彼らに話した。
だが、すべてを話したわけではない。
ルークのあの話をすべて話すのは、ロックスたちにはあまりにも酷だろうと思ったから、ある程度話は簡略化させて話はした。
そして、その上でルークを食堂で手伝いさせることが出来ないかという提案を持ち掛けている。
一応、ルークも自分のことだから付いて行くと言って聞かなかったが、それだと話が長くなる可能性があったので、ユーリ一人で話をつけるとルークには言い聞かせた。
ユーリの話を聞いたロックスたちは、その内容が衝撃的だったのか、あまり顔色がよくない。
まぁ、すべてを聞いたオレでさえも衝撃的だと思ったのだから仕方ないかもしれない。

「嫌なら、別に無理にとは言わないが?」
「嫌なわけないじゃない!」

ユーリの言葉に真っ先にそう反応したのは、リリスだった。

「……私たち……ルークの事情も何も知らないで酷いことしちゃった」
「…………」

そう言ったリリスの表情は酷く哀しいものだった。
やっぱ、あいつをこの場に連れて来なくて正解だった。
あいつは、彼女たちのこういう表情が見たくなくて、ずっと隠していたのだったから……。

「ルークの気持ちは、よくわかりました。私たちが全力でルークをサポートします。いいですよね、アンジュ?」
「えぇ。それで、ルークが良くなるなら、全然大丈夫よ」

クレアの心強い言葉にアンジュも頷く。
こうして、ルークは暫く食堂での手伝いをする生活が始まるのだった。


~緋色の代償~

「………ねぇ、なんか、ユーリ。機嫌悪くない?」

そう言葉を口にしたのはリタだった。
今、このクエストに参加しているのは、ユーリ、リタ、エステルとレイヴンである。
彼ら四人はこのところコンフェイト大森林で出現が多発しているウルフを討伐する為にやってきたのだった。
コンフェイト大森林に着いた早々ユーリは、ウルフたちをバッタバッタッと倒していく。
彼が「剣を振るとどんどん元気になる」と自ら発言していた通り、彼が戦闘狂であることはよく知っていたつもりではいた。
でも、今回の行動はそれだけじゃない気がしてならない。
まるで……。

「まるで、ウルフたちに八つ当たりしてるみたいじゃない、あれ」
「確かに……どうしたんでしょうか、ユーリ?」
「……まぁ、大体は……想像つくけどねぇ」

リタとエステルの会話にそう割って入ったのは、レイヴンだった。

「まぁ……あたしも大体は……想像はつくけどさぁ……」
「ええっ? リタもなんですか!?」
「じゃぁ、嬢ちゃんにもわかるように、ヒントあげちゃおうかね♪」
「……あんた。絶対、悪いこと考えてるでしょ?」
「さぁ、なんのことかね♪」

自分だけユーリが不機嫌な理由がわかっていないことにエステルは焦る。
それを見たレイヴンは何やら悪戯を思いついたのか、笑みを浮かべた。
そのレイヴンの笑みを見たリタは、呆れたような表情を浮かべたがレイヴンは特に気にしていない様子だった。
そして、ユーリの背中目掛けてある言葉を投げかける。

「あーぁ、こんなクエストさっさと終わらせて、早く食堂で休憩したいものだねぇ~」
「!!」

その言葉を聞いた途端、ユーリの背中がピクリと反応する。

「……食堂だぁ?」
「うわぁ、青年。マジ、怖い;」

そして、振り返ってそう言ったユーリは、笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。
それを見たレイヴンは、思わず一歩後退りをした。
そんなことは気にせず、ユーリはずかずかとレイヴンへと近づく。

「なーにが、食堂で休憩したいだぁ? おっさん、全然働いてねぇくせに」
「いっ、いいじゃないのよ、別に;おじさんだって、癒しが欲しいんだもん」
「ほほぉ。癒しねぇ♪」
「青年。マジ、怖いから;」
「ほら、言わんこっちゃない」

レイヴンの言葉にユーリは、そう言って笑みを浮かべる。
だが、相変わらず目が笑っておらず、レイヴンはからかったことを後悔し始める。
そんな、二人のやり取りを見たリタは、呆れたように溜め息をついている。
そして、その時、エステルが何かを閃いたかのように手をポンッと叩いた。

「あっ! わかりました! ユーリは、ルークに会いたいんですね♪」
「「「!!」」」

そうにこやかに言ったエステルの言葉にユーリだけでなく、その場にいたリタとレイヴンも固まる。
だが、それを言った当の本人は、その事には気づいておらず、話を続けていく。

「なら、このクエストはさっさと終わらせて、早くみんなで食堂に行きましょう! ルークもきっと喜びますよ♪」
「いっ、いや……オレは、別に……いいわ;」
「ダメですよ! ユーリは、ルークの面倒を見る係なんですから、ちゃんと見てあげてください。絶対に行きましょう! きっと、ルークも笑顔で迎えてくれますよ♪」

先ほどまではユーリが好戦的な話が進んでいたが、いつの間にか話の主導権にいつの間にかエステルへと移っていた。
こうなったエステルを止められる奴は、ここにはいなかった。
だから、ここは仕方なく、ユーリが折れるしかなかった。

「ふふ……。それでは、さっさとこのクエストを終わらせましょう♪」
「…………」

嬉しそうに笑うエステルの言葉にユーリは、複雑な表情を浮かべていた。
今の坊ちゃんが、オレのことを喜んでくれるだろうか……?
その答えは、食堂に行かなければわからないのだった。
少し憂鬱な気分になったユーリは、とにかく討伐クエストに専念し、この後訪れる食堂のことは一切考えないようにするのだった。





* * *





「あっ! エステル! リタ! レイヴンも!! クエスト、お疲れ様!!」

討伐クエストを終えて食堂へと足を運ぶと一つの明るい声が耳に届いた。
その声の主は、夕焼けのように赤い長髪が食堂の手伝いをするのに邪魔にならないように一つに纏めて結われていた。
そして、エステルたちの姿を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ごめんな;まだ、夕飯の準備終わってないんだよ;代わりに何か飲む?」
「そうなんですね。では、私は、ハーブティーが飲みたいです!」
「あたしは……そうね。……アイスコーヒーでいいわよ」
「じゃぁじゃぁ、俺様もアイスコーヒーで♪」
「うん! わかった!! ちょっと、待ってて!!」

ルークは、エステルたちからそれぞれオーダーを聞くとさっさと厨房の方へと走って行った。

「あれ? ユーリは、ルークに何か飲み物を頼みましたっけ?」
「…………いや」
「えっ? 頼んでなかったの!?」

ユーリの言葉を聞いて、エステルとリタが驚きの表情を見せた。

「ちゃんと、頼んだ方がいいですよ。今、ルークを呼びますから」
「いや……。いいって。……たぶん、アレが出て来ると思うから」
「「アレ?」」
「はい! お待たせしましたっ!!」

ユーリの言葉に不思議そうにエステルとリタは首を傾げたが、その思考ルークの声が遮る。

「はい! これがエステルのハーブティーで、こっちがリタとレイヴンのアイスコーヒーね!」

そして、ルークは先程頼まれた飲み物を間違えることなく、それぞれテーブルに置いていく。

「……で、ユーリさんには、いつもの」
「いつもの?」
「うわあっ! とっても、可愛らしいです♪」

そして、最後にルークがユーリにへと渡されたのは、コーヒーカップいっぱいに生クリームがたっぷり乗ったウィンナーコーヒーだった。
それをユーリは、慣れた手つきでスプーンで生クリームを食べた後、そのままコーヒーを啜った。

「まぁまぁだな」
「う゛っ、やっぱり、ユーリさんは厳しいなぁ;」

そう言ったユーリに対してルークは、苦笑いを浮かべて答えた。

「は~ぁ、腹減った!」
「ったく、ロイドは;あっ、ルーク。今日の夕飯は何だい?」

その時、食堂の入口から二人の少年が入って来た。
一人は、赤いバンダナが一生的な少年。
そして、もう一人は、短く刈って立って髪と同じ鳶色の瞳を持つ少年である。

「クレス! ロイド! ごめん。夕飯の準備は終わってないから、もう少しだけ待ってて!」
「えっ! そうなのか!?」
「そうなのか、それは残念だね……」

ルークは、クレスとロイドにそう言うと、二人は残念そうな表情を浮かべた。
だが――。

「あっ、そうだ、ルーク。もし、よかったら、その手伝い、僕にもさせてくれないか?」
「えっ? でも、クエストしてきて疲れてるんじゃ……」
「そりゃぁ、疲れてるけどさぁ、みんなで作った方が早いし、ただ待ってるよりかは全然いいよ。俺も手伝うぜ!」
「クレス……ロイド……。うん、ありがとう!!」
「…………」

その三人の会話をコーヒーを飲みながらユーリは無言で見つめていた。
そして、コーヒーを飲みほしたユーリはルークの許へと歩み寄る。

「坊ちゃん。オレも手伝ってやってもいいぜ」
「えっ? あっ……。ユーリさんは、大丈夫ですよ」
「けどさぁ……」
「ほっ、本当に大丈夫ですから……。ありがとうございます」
「………そう……かよ。じゃぁ、オレはまた後で来るわ」
「えっ? ユーリ!?」

これだ。これがユーリの不機嫌の一番の理由だ。
ルークは、どうもオレのことを避けているのだ。
さっきもそうだ。
エステルたちの名前は呼んだのに、オレだけは呼ばれなかった。
けど、何故かオレのお気に入りの飲み物は大体頭に入っているのか、頼まなくても勝手に出て来る。
そして、ルークが食堂の手伝いをするようになって今まで以上に他のメンバーと話す機会が増えた。
今のクレスやロイドのこともその一例に過ぎない。
ルークの過去の話を聞いていたヴェイグもルークが気になるのか、クレアと会話する際にさり気なくルークとも会話をしている。
そして、あまり食堂の食事の準備をしようとしなかったメンバーがこうやって手伝うようになっていった。
まぁ、一部のメンバーについては、その力量の問題からそれをやんわりと断られているようだが……。
だが、その一部に何故だが、オレも含まれているようで、ルークから断られてしまう。
なんでだ? なんで、あいつは、オレのことを避ける?
その理由を探そうとしても全然検討もつかない。
だから、暫くは俺自身も必要最低限以外あそこに行かないようにしていた。
ルークが他のメンバーと楽しそうに話しているのが、気になって仕方なくなるから……。
食堂を後にしたユーリは自室へと戻り、ベッドに寝転んだ。
そして、ふと右手を眺める。
あの時、ルークの髪を撫でた感触が今まで忘れられない。
ルークに触りたい。
ルークと話がしたい……。

「…………会いてぇなぁ。……ちきしょう」

ついさっき会ったばかりなのに……。
そう誰にも聞こえない声でユーリは、無意識に呟いていた。








緋色シリーズ第4話でした!
はい!今回のユーリさんは、心底機嫌が悪いですwww
まぁ、ルークに避けられているから仕方ないのですが;
そのせいか、ユーリさんにとってのルークという存在がどんどん大きくなっていくんだと思います。
クレスとロイドは何となくわかるけど何気にヴェイグさんとも話しているルーク。絶対微笑ましいだろうなぁ。


H.30 8/3