――――アッシュ……。もう、ここへは、来んな。
俺がそう言った時、アッシュは酷く傷付いたような表情を浮かべていたことを今でもよく覚えている。
――――兄上……。何でそんなこと……。
――――理由なんて、お前自身がよくわかってるんじゃないのか?
俺のその言葉にアッシュは何かを思い当たる節があるのか、翡翠の瞳が酷く揺れた。
わかってる。
それは、決してアッシュのせいじゃないことは……。
でも、今の俺にはこんな方法でしか、アッシュを守ることが出来ないんだ。
そんな俺の気持ちに同意するかのようにいつもの頭痛が俺を襲う。
お前に……大切な存在は誰一人いてはいけないのだと、言われているかのように……。
――――……アッシュ。俺はお前のことが……大っ嫌いだ。だから、もうお前の顔なんて……見たくねぇよ。
だから、俺は、ありったけの言葉という武器を使ってアッシュを傷付けた。
これまでは、そうやって俺は、大切なものを自分から遠ざけて守ってきた。
そう言うやり方しか、俺は知らなかったから……。
~緋色の代償~
「…………あっ、あの……ユーリさん」
無言でホールに向かう中、そう口を開いたのは、ルークからだった。
「一つ聞いても、いいですか?」
「……何だよ?」
「ユーリさんって、俺のこと……嫌い、ですよね?」
「!!」
そう言ったルークの言葉にユーリは瞠目した。
「何で、そんなこと、訊くんだよ?」
「えっ? だって、ユーリさん。さっき、俺のこと、嫌いって言ってませんでしたっけ?」
「だとしても、普通それ、訊き返すか;」
ユーリの問いにそうルークは、不思議そうな表情を浮かべ、不思議そうに首を傾げてそう言った。
それを聞いたユーリは、呆れたようにそう言った。
やっぱり、こいつは何処か変わっている気がする。
「で? 結局、俺のことどう思ってるんですか?」
「……それ、そんなに大事なことかよ?」
「はい。俺にとっては……凄く大事なことだから……」
「…………」
ルークの言葉に正直ユーリは戸惑った。
オレは、こいつのことをまだ何も知らない。
そんな状況でこんなことを訊かれても答えようがない。
けど、こいつにとってはそれが大事なことらしい。
だから、今思ったことを正直に伝えることにした。
「オレは……お坊ちゃんのことなんて、何とも思ってねぇよ」
「それは……好きでも、嫌いでもないってことですか?」
「そう。どっちでもない」
「それじゃぁ、困ります」
何も知らない奴のことをどうも思わない。
それは、好きか嫌いかというより、無関心であるということ。
一番曖昧で、一番残酷な答えだとユーリは思ってそう言った。
だが、ユーリの言葉を聞いたルークは、それに納得することはなかった。
「俺が訊きたいのは、『好き』か『嫌い』かのどっちかです。ちゃんとどっちかで答えてください」
「そこまで言うなら答えてやるよ。オレは、お前のことなんて……『嫌い』だよ」
好きか、嫌いか、はっきり言わなければならないのだったら、ユーリの答えは嫌いだった。
こんなつまらない質問をしてくることも、そして、こいつが何よりもボンボンであったことから、その答えに罪悪感はなかった。
これで傷付いたと言うのなら、鼻からこんな質問をしてくるこいつが悪い。
そうユーリは思った。
「正直、アンジュからあんなこと言われなかったら、お坊ちゃんの面倒なんて見る気もなかっただろうし……」
「…………そっか」
アンジュに頼まれなかったら、こいつとあれ以上関わるつもりなんてなかっただろう。
こんな面倒なことは、やりたくもない。
なんで、アンジュはこんなことをオレなんかに押し付けたのだろうか……。
とは、思いつつも少し言い方がきつかったかと思ったユーリはルークを見つめた。
案の定、ユーリの言葉にルークは、何処か驚いたような表情を浮かべていた。
だが――。
「…………よかった!」
「っ!!」
次にルークから発せられた言葉と笑みにユーリは思わず息を呑んだ。
(……なんでだよ?)
なんで、こいつは、こんなに嬉しそうに笑ってるんだ?
オレは、お前のことを嫌いだって言ったんだぞ?
傷付けたオレになんでそんな風に笑みを向けられるんだよ?
知りたい。
こいつのことを、もっと……。
たった一言とその笑顔だけで、ユーリはさっきまで決して抱くことのなかった感情が胸の中に湧き上がってくるのを感じた。
「なんで――」
「やぁ、ユーリ! こんなところにいるなんて珍しいね!」
その思いからユーリがルークに声を掛けようとしたその時、一つの声がすべてを遮った。
この声が聞こえる方へと振り向くとそこには、金髪と青い瞳を持った好青年の姿があった。
彼の名前は、フレン・シーフォ。
ユーリとは幼馴染でもあり、ガンバンゾ国の騎士でもある。
オレも一応フレンと同じように騎士をやっていた時もあったが、色々あってギルドに身を置くことを決めたのだった。
「長期討伐のクエストから戻ったばかりだって聞いてたから、てっきり昼寝でもしてると思ったんだけど?」
「オレも出来ればそうしたかったんだけどなぁ……」
「あれ? ユーリ、その人は誰? ユーリの依頼人?」
「いや、こいつは……」
ユーリと会話していたフレンは、ようやくユーリ以外の人物がいることに気付く。
ふと、ユーリはルークに目をやると、ルークは何故か明らかに驚いた表情を浮かべていた。
「…………ガイ」
「えっ?」
「あっ! いや……その……。ごめんなさい。知り合いに……凄く似ていたから、つい……;」
そう思わず呟いたルークの言葉にフレンが驚いた表情を見せたので、ルークは慌てて説明をした。
それを聞いたフレンは納得したように笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだったんだね。世界には自分と同じ顔の人が三人いるらしいよ」
「えっ? そうなんですか!?」
「うん。そうみたい♪」
フレンはルークの反応が面白いのか、嬉しそうにそう言った。
「……フレン。こいつは、依頼人じゃねぇよ。ついさっき、アドリビトムに加入した新人だよ」
「えっ? そうだったんだね! 自己紹介が遅くなってしまってすまない。僕の名前は、フレン。一応、ユーリとは幼馴染なんだ。これからよろしく! えっと……」
「あっ、俺は、ルークです。よろしくお願いします、フレンさん!」
「フレンでいいよ。あと、無理して敬語も使わなくてもいいから♪」
「あっ、うっ、うん……。ありがとう、フレン!」
「…………」
フレンとルークが楽しそうに話すのをユーリはただ黙って聞いていた。
だが、二人が楽しそうに話しているのを見ていると何故かイライラしてきた。
「……おい。そろそろ、行くぞ!」
「あっ、はい……」
「ん? ユーリたちはこれから、どこかに行くの?」
「あっ、えっと……。これから、アンジュさんにお願いされた買い出しに行くところなんだ。俺のこのギルドでの初依頼なんだ!」
「そうなんだ。だったら、それに僕も付き合ってもいいかな?」
「えっ?」
「!!」
思ってもみないフレンの言葉にルークだけでなく、ユーリも驚く。
「ダメかな? 大勢で行った方が早く終わると思うし。それに、僕はもっとルークと話がしたいからさぁ……」
「えっ、えーっと……」
「そりゃ、ダメだな」
「!!」
フレンの言葉に対してルークは、明らかに動揺している。
それに助け舟を出したのは、またもやユーリだった。
ユーリは、ルークの頭に手を添えると優しく自分の胸へと押し付ける。
「オレは、坊ちゃんの世話係なの。だから、初依頼は、二人っきりってことで♪」
"だから、お前は、邪魔すんな。"
決して言葉では口にしなかったが、ユーリの紫の瞳はそうフレンに告げていた。
それが長年付き合っているからか、フレンにはちゃんと伝わり、残念そうに息をつく。
「……仕方ないね。今日のところは諦めるよ。ルーク、またね」
そして、王子様を思わせるような爽やかな笑みをルークに向けると、フレンはその場から去って行った。
「ほーら、さっさと行くぞ。このままだと、日が暮れちまう」
「あっ……はい……」
そう言うとユーリは漸くルークから手を離すと、再び歩き出した。
ユーリに自分が何をされたのかわからなかったが、とりあえずは気にしないでおこうと思い、ルークも歩き出す。
だって、この人から一番重要なことはちゃんと確認できたから。
俺のことは、『嫌い』だってことを……。
俺のことが嫌いなら、俺はこの人のことを傷付けずに済むんだって、わかったから……。
そう、この時のルークは思っていたのだった。
緋色シリーズ第2話でした!
はい!今回の回でユーリさんがルークに対しての『ほっとけない病』を発病させました♪
そして、爽やか王子様こと、フレンさんの登場です♪
フレンさんもルークのことが気になるようで、ユーリさんの警戒がMaxで面白いwww
けど、ルークは、何故フレンさんにはあの質問をしなかったのかということは、また話を進めるうちに明らかになるかも…。
H.30 7/15