それは、幼い頃の大切な思い出。

――――……なぁ、兄上。
――――? なんだよ、アッシュ?

父上の公務が終わるのを待つ間、そう会話を切り出したのはアッシュの方からだった。

――――お前は、伯父上の後を継いでこの国の王になりたいのか?
――――う~ん。正直、まだわかんないなぁ。父上とか、伯父上とか見てると、大変そうだし;
――――そうか……。やっぱり、お前らしい答えだなぁ。
――――なっ、なんだよ、それ!?

ルークの言葉を聞いたアッシュは、自分が想定していた言葉がルークから返ってきた様子でそう言った。
それに対して、ルークは不満そうな顔をする。

――――そう言うアッシュは王様とかになりたのかよ? 俺は……アッシュの方が、向いていると……正直思う。

双子の弟であるアッシュは、俺とは違い、何でも出来る。
それに比べて、俺は身体も弱くて何も出来ない。
どうして、俺の方が先に生まれてしまったのだろうか……。

――――……俺は、王位継承何て興味ない。だが……。

そう言ってアッシュは、真っ直ぐルークを見つめた。
そこにある翡翠の瞳は俺と同じ色のはずなのに、違うように見えた。

――――だが……俺は、この国を……どこの国よりも豊かな国したい。そんな国を……ナタリアと兄上たちと作っていきたい。
――――アッシュ……。
――――だから、約束して欲しい。『この先、何があってもお互い助け合って生きていくことを。そして、俺たちでこの国をいい国にしていこう』って。
――――……なんか、約束っていうよりプロポーズされてるみたいだな。
――――俺は、そのつもりでそう言った。
――――っ////

アッシュの言葉を聞いたルークは冗談のつもりでそう言ったのに対して、アッシュはあっさりとそう優しく笑って返した。
それを聞いたルークは思わず赤面する。
けど、嬉しかった。
アッシュが俺のことを想ってくれることが……。
俺なんかとずっと一緒にいたいと言ってくれたことが……。

――――うん……。わかった、約束する。
――――あぁ、約束だ。

この先、何があってもアッシュのことは俺が守る。
そして、この国をよりよい国にしていく。
そう、アッシュと約束を交わし、指切りをしたのに……。
その約束を、俺はもう、守ることができないのだった。


~緋色の代償~

「……もう、ユーリ。何でもかんでも拾ってくるのは、あなたの悪い癖ですよ」
「じゃぁ、アンジュは、こいつをあのまま置き去りにした方がよかったとでも言いたいのかよ?」

アドリビトムの拠点であるバンエルティア号にルークを担いでユーリが戻ってくるとギルドマスターであるアンジュが誰よりも早く対応してくれた。
ルークとユーリを医務室へと連れていくとルークをベッドに寝かせる。
そして、一通り落ち着いたところでそうアンジュがユーリに対して小言を言ったのだった。
それに対してユーリがそう言うとアンジュは少し困った表情を浮かべる。

「別にそこまでは言っていないじゃない。……あっ、そうだわ、ユーリ。お願いしていた食糧の買い出しは終わったの?」
「いや。途中までだよ」
「……そう♪」

アンジュの問いにユーリがそう言うとアンジュは笑顔でそう言った。
だが、その笑顔は明らかに笑っていない。

「わーったよ。後で、ちゃんと、行くから;」
「あら、それはよかったわ♪」

ユーリがあぁ言わなければ、この場の雰囲気が治まらないだろうと確信したユーリはそう言うしかなかった。
こいつのお陰でうまくサボれたかと思ったのに、正直残念だ。

「……うっ」

すると、ベッドに寝かせていたルークから小さな呻き声が上がったので二人の視線はそちらへと向けられた。
ルークの瞼が徐々に上がり、そこから美しい翡翠の瞳が現れる。

「………あれ? ……ここは?」
「よかった。目が覚めたみたいで」

自分の置かれている状況がよく呑み込めていないルークに対してアンジュは優しく接した。

「どこか気分の悪いところはない?」
「あっ、はい。今のところは……特に……。あの、ありがとうございます。え~っと……」
「私の名前は、アンジュと言います。そして、このギルド『アドリビトム』のギルドマスターをしています。彼は、ギルドメンバーの一員のユーリです。あなたをここまで運んだのも彼です」

アンジュの言葉を聞いてルークは驚いたような表情を浮かべた。

「えっ! そうだったんですか!? あの……ありがとうございました!!」
「……別に、俺は大したことしてねぇよ」

直にルークにお礼を言われたユーリは、少し面を食らったのか、何処か素っ気なく言葉を返した。

「……あの、アンジュさん。その……ギルドって何ですか?」
「ギルドっていうのはね、そうね……。人々の生活を助けとなることを主な目的として作られる団体のことを言うの。依頼は、魔物の討伐や薬草の採取など色んなことをしているの。簡単に言うと町の便利屋さんってところかしら」
「そうなんですか! ……あの、アンジュさん。それだったら、俺、依頼したいことがあるんです!」

アンジュの話を聞いたルークは何かを閃いたようにそう言った。

「俺を……一年間だけでもいいので、このギルドで働かせてくれないでしょうか?」
「「!!」」

その突然のルークの提案にアンジュとユーリは共に瞠目した。
だが、アンジュは何とか気を取り直してルークの依頼の意図を探り出す。

「あなたは、どうしてこのギルドで働きたいの?」
「……俺。……世間のことが、全然わからなくて……。このまま何も知らないまま生きるのは、ダメな気がしたから……」
「家を……出てきてしまったってことかしら?」
「……はい」

アンジュの言葉にルークは素直に頷いた。
それと同時にユーリの表情が変わったことにルークは気付く。

「どんな些細なことでもいいんです。お願いしますっ!!」
「そうね……」
「いいんじゃねぇか?」
「「!!」」

ルークのお願いに困惑するアンジュに対してそう言ったのは、意外にもユーリだった。

「別に、メンバーが一人増えるくらい大したことじゃねぇだろ?」
「それは、そうなんだけど……」
「それに、ここを断られたら、このお坊ちゃん。間違いなく違うギルドに同じことを頼みに行くだけだろうし」
「おっ、お坊ちゃん!?」
「あぁ、お前、お坊ちゃんだろ? どうせ、今まで何も知らず、安全な場所でぬくぬく育ってきたんだろ。オレ、そういう奴、大嫌いだから」
「っ!!」

ユーリの言葉にルークは瞠目した。
ただ、自分のことを『お坊ちゃん』呼ばわりされただけなのに胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまった。
この人は、俺みたいな人間が本当に嫌いなんだろう。
だったら、俺はこの人の傍に……。

「…………あなた、名前は?」

そんなことを考えていると、その思考を遮るかのようにアンジュがルークに問いかける。

「俺は……ルークです」
「ルークね。それじゃぁ、これ書いてくれる?」
「えっ?」

ルークの名前を聞いたアンジュは、一つの紙をルークに手渡しながらそう言った。
その紙には『ギルド入団希望申請書』と書かれていた。

「ギルドマスターとして、私はあなたをこのギルドへの入団を許可します」
「えっ!? いいんですか!?」
「えぇ。けど、それには一つだけ条件があります♪」

アンジュの思ってみない言葉にルークは驚いたようにそう言った。
それを聞いたアンジュは、少し悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。

「条件……ですか?」
「そう! ルークがこのギルドの生活に慣れるまで、ユーリ。あなたがルークの面倒を見ること。それが条件よ」
「はあっ!? なんだよ、それ!?」

そのアンジュの提案は、ユーリにとっては寝耳に水の状態だった。

「あら? ユーリだって、いいんじゃないかって、賛成してくれたわよね?」
「そっ、それはそう言ったが……」
「それとも何? ユーリは、世間のことを全く知らないルークをこのまま放り投げて、悪い人たちに引っかかればいいとでも思ってるわけ?」
「べっ、別にそんなことは言ってないだろうが;」
「はい。じゃぁ、ルークのギルド入りは賛成ということで♪」

アンジュの言葉にユーリは、これ以上言い返すとことは無理だと判断し、溜息をついた。
おそらく、ユーリが賛成した時点でルークのギルド入りをアンジュの中では確定していたのだろう。
余計なことを言わなければよかった……。

「というわけで、ルーク。これに、サインして♪」
「あっ、はい……」

ちょっと、アンジュの対応に戸惑いつつもルークは書類にサインをした。
そこには、フルネームではなく、『ルーク』とだけを記述して。

「……これで、いいですか?」
「えぇ、大丈夫よ。アドリビトムへようこそ、ルーク」

ルークから手渡された書類を一通り目を通したアンジュはにこやかに微笑んでそう言った。
そして、ルークに近づくと軽く耳打ちをする。

「……今は、事情は訊かないでおくけど、このギルドのメンバーになった以上、一年とは言わず、ずっといてもらっていいからね」
「あっ……はい……」

それを聞いたルークは少し言葉を濁しながら、頷いた。

「じゃぁ、早速だけど。二人で買い出しをお願いね。さっきユーリが買いそびれた分も含めてちょっと追加しておいたから」
「えっ? それって……」

アンジュの話を聞いてルークはここへ来る前のことを思い出す。
おそらく、ユーリはアンジュに買い出しを頼まれてあの場にいたのだろう。
でも、俺が倒れてしまったからそれを途中で切り上げてここに連れて来てくれたのだろう。
そう考えると、申し訳ない気持ちになった。

「大丈夫よ、ルーク。ユーリはルークを口実に買い出しをサボっただけなんだから」
「おいおい。その言い方はないだろ;」
「あら? 私は事実を言ったまでだけど、間違ってかしら?」
「…………」

そのルークの心情を察したのか、アンジュはそう優しく言った。
それに対してユーリは眉を顰めたが、それ以上アンジュに対して文句を言うことはなかった。

「わーったよ。ほら、さっさと行くぞ」
「あっ、はい」

ユーリの言葉に促され、ルークはベッドから降りるとユーリと共にホールへと向かうのだった。








新シリーズ小説の第1話でした!今後は、こちらについては、緋色シリーズと呼ばせていただきます。
今回でルークがアドリビトムに加入することになりました。
ルークが自分の嫌う身分にいるとわかるとすかさず、ルークのことを『坊ちゃん』呼ばわりするユーリさん。
ルークのことを何も知らないとはいえ、ちょっとひどいですよね;
次回は、違うメンバーとの絡みをちょっとしていきます!


H.30 7/1