むかし、むかしのおはなし。
とある王国に赤毛の双子が生まれました。
その赤毛の双子は、大変美しく、皆から愛されて育ちました。
その美しさ故、赤毛の双子は神の心さえ射止めてしまうのでした。

"赤毛の双子が十八歳になった時、我にどちらかを捧げよ。さすれば、この王国に未曾有の祝福を与えよう"

そう神は王に話を持ち掛けました。
神のその甘い言葉に王は迷いましたが、いくら神の頼みとはいえ、可愛い我が子を差し出すことができず、その話を断ってしましました。

"赤毛の双子の片割れを我に差し出さないのならば、この王国を滅ぼしてしまおう"

その王の決断に神は怒り狂い、王国を滅ぼすことにしました。
それからというもの王国は様々な天災に見舞われ、豊かだった王国の人々の暮らしは一気に苦しいものへと変わっていきました。
その状況に心を痛めた赤毛の双子の長子は、病弱にもかかわらずお供も引き連れることなく、独りで神の許へと訪れました。

"私があなたの許へ行くことであなたの怒りが治まるというのなら、私は喜んでこの身をあなたに捧げます"

恋焦がれていたその赤毛の長子の言葉に神は歓喜し、自分のものにする為、天へと連れて行ってしまいました。
その途端、王国に降りかかっていた様々な天災は見事に治まり、人々は喜びました。
ただ一人、自分の身代わりとなって神の許へと行ったことを知ったもう一人の双子を除いては……。
その哀しみからもう一人の双子も自ら命を絶ってしまうのでした。
その悲劇以来、この王国の王族から赤毛の双子が生まれることはなくなるのでした。











この神話は、この王国の王位継承者とその神を祀る教団のごく一部の人間のみに語り継がれてきた話である。
だから、彼らは誰一人知らなかったのです。
この神話に隠された真実とその結末を……。


~緋色の代償~

とある王国。
まだ、誰もが寝静まった真夜中。
その中の屋敷の一つの部屋からぼんやりと明かりが灯っていた。
その部屋の住人はせわしなく荷造りを行っていた。
彼の名前は、ルーク・フォン・ファブレ。
この国、ライマ王国の第一王位継承者でもある。
彼は、この王国の王族特有の赤毛の長髪で翡翠の瞳が印象的で一見少女にも見える。
そんな彼が何故、こんな夜遅くに荷造りをしているのか。
それは、彼は今日この屋敷を出ていくことを決意したからである。
世間から俗に言う家出というやつだ。
だが、それは単なる家出とは訳が違う。
何せ、彼は第一王位継承者なのだ。
自分が突然この王国からいなくなれば、間違いなく王国中がパニックになるだろう。
そのことを承知の上で彼はこの屋敷を後にすることを決めたのだ。
これ以上、俺はここにいるべきではない。
この王国にとっても、そして、何よりも……。

「………よし! できた!!」

一通り荷造りが終わったルークは住み見慣れた部屋を見渡した。
彼の部屋は王族という割には酷く殺風景な場所だった。
必要最低限の本棚にベッドと机があるだけの部屋だ。
おそらく、この部屋にはもう二度と戻ってくることはないだろう。
そうなることをルーク自身、望んでいた。
長年暮らしていたこの部屋に心の中で別れを告げると、ルークは部屋の窓を開けると外へ飛び出す。
ルークの部屋はこの屋敷から離れた別館のはなれである為、ルークが部屋から出たということはこの時点ではまだ、誰も気付いていない。
正直、こんなにも警備が手薄なことにルークは少し疑問に思いつつも、屋敷の外へと駆け出した。
だが、とある屋敷の窓の前でルークは足を止めてしまった。
その部屋の主は、ルークの双子の弟であるアッシュの部屋だ。
ほんの数分の生まれの違いによってルークの弟となり、第二王位継承者となってしまった彼の部屋だ。
そして、この屋敷での生活の中でルークの心の支えとなっていた人物の一人でもある。

(アッシュ……)

ルークはアッシュの部屋へと近づき、窓から覗き込もうとしたが、途中で思い止まった。
ここでアッシュの顔を見てしまったら、きっと決意が揺らいでしまう。
もう一度だけ自分と同じ彼の顔を見たいという気持ちを必死で抑えながらルークは再び走り出し、屋敷から無事に脱出した。

(ごめん、アッシュ。……じゃぁな)

こうして、ルークは見事に屋敷から家出することに成功するのだった。





* * *





「……ったく、アンジュの奴。いくらなんでも多すぎだろ、これ;」

ライマ王国にある市場でメモを見ながらそう一人の青年は呆れたようにそう呟いた。
彼の名前は、ユーリ・ローウェル。
夜に紛れるような黒衣の服を身に纏い、腰まで伸ばした漆黒の髪に紫の瞳を持つ彼は、その容姿からちょくちょく女性と間違われては声を掛けられるくらいの美人である。
そんな彼は、色々と分け合ってとあるギルドに所属している。
ギルド名は、『アドリビトム』。
この世界の古代神官語で「自由」を意味する言葉通りギルドに所属するメンバーは多国籍に渡っている。
その中には、どこかの国の王族だったり、それを守護する立場の者や、戦争等で被害を受けた村に孤児院や学校を設立させようと集金集めに勤しむ者など、様々な境遇を持った人々が空飛ぶ船バンエルティア号に集まって結成されたギルドである。
正確な人数は数えたことがないのでわからないが、ギルドマスターであるアンジュを含めてもざっと八十名くらいだろう。
この『アドリビトム』は多国籍ギルドである為、ギルドマスターであるアンジュはギルドに所属するメンバーを皆平等に扱っている。
例え、クエストの内容で身に危険が迫るものであっても、メンバーができると判断できれば、あっさりと任せるのだ。
まさに、このギルドは彼女がいなければ、回っていないだろうと思わせるくらい彼女の采配は素晴らしいものである。
そんな、アンジュから今回任された依頼は、食糧の買い出しだった。
長期の討伐クエストから戻ってきたユーリはしばらく昼寝を楽しむと決め込んでいたのだったが、それを阻止するかのようにアンジュから買い出し用のメモを顔へと落とされたのだった。
正直、買い出しなんていつもだったら行く気ならずに断っていただろう。
けど、今回に限ってのユーリは何故かそれを素直に応じてライマ王国へと降りた。
正直、ユーリの反応にアンジュも驚いていたのだが、それ以上にユーリ自身も驚いていた。
長期の討伐クエストが終わったばかりなのだから、普通に身体を休めたい。
だが、この時はそれとは違う思考がユーリの頭に過ったのだ。
"ここで行かなきゃ、あいつに一生会えなくなる"と……。
その"あいつ"が誰なのか、全くもって検討もつかないが、まぁ、行けばわかるだろう。
軽い気持ちでアンジュの依頼メモを見たが、その内容にユーリは眉を顰める。
その内容はいくら何でも青年一人では買い切れる量ではなかった。
出る前にちゃんと確認しなかった自分も悪い。
この買い出しは二回に分けて行おう。
そう考え直した、その時だった。

「どあっ!?」
「! すっ、すみませんっ!!」

突如、目の前に現れた人物とユーリはぶつかり、これまでに買ってきた食糧を見事に道端にぶちまけてしまった。
それを見たユーリにぶつかった人物は、本当に申し訳なさそうにそう言うと慌てて食糧を拾い始める。
その人物の行動に少し呆気にとられたが、ユーリも食糧を拾い出して、その人物を見た。
その人物は、顔まで隠れるくらいの深めのフードを被っており、ちゃんと顔を見ることができなかった。
だが、そのフードから若干はみ出た髪は、まるで夕焼けのように赤い色だった。
そして、何処からともなく漂う雰囲気は、何処か高貴なものだ。
間違いない。
こいつは、どっかのボンボンだろう。
オレが最も嫌いな人種。
自分たちが一番偉いとふんぞり返っている高貴な分類の人間だ。
だが、それにしては少しおかしなこともあった。
こういう類の人間には必ずお供が付いているはずなのに、その気配が一切感じない。
そればかりか、貴族の奴だったら、こんなに落ちた食糧なんか汚いと言って触ったりしないだろう。
まぁ、うちの王女様は別だろうけど……。
それにしても、こいつは、一体何者なんだ……?

「はいっ! これで、全部拾えたかな? 本当に、ごめんな……。あっ、俺、急いでいるからっ!!」
「おっ、おい!」

地面に散らばった食糧を全て拾い終わったその人物は、それをユーリに手渡すと申し訳なさそうにそう謝った。
だが、遠くの方で何か気配を感じ取ったのか、その人物は、慌ててその場から駆け出してしまう。
そのせいでユーリは、お礼を言いそびれてしまった。
と言っても、さっきの人物が自分にぶつからなければ、そもそも食糧をぶちまけることもなかったのだが……。

「……ん? なんだ、これ?」

すると、ユーリは、食糧を入れていた袋の中に何か入っていることに気付いた。

(……これって、薬か?)

それは、明らかに自分が買った覚えのない小瓶だった。
おそらくさっきの人物が間違えて自分の持ち物までこの袋に入れてしまったのだろう。
なんともドジな人物である。

「…………しゃぁねぇなぁ;」

これが薬とか出なかったら、返しに行こうとまでは正直思わなかったかもしれない。
いや、さっき妙に慌ててその場から離れていったことも多少気になった。
とにかく、ユーリは、先ほどぶつかった人物を捜す為、その人物が走り去った方向へと足を進めるのだった。





* * *





「……はぁ……はぁ」

ライマ王国の市場を一気に走り抜け、広場へとやってきた少年――ルークは、肩で息をしていた。
さすがに外だとこの色の長髪は目立つ思ったので、顔まで隠せるフードを今は身に着けている。
ルークは初めて市場を見て、目に入るものすべてに感動していた。
いつも本でしか知らなかった世界が確かにそこに広がっていた。
そして、初めてお金を使って買い物もできた。
やっぱり、唯知るだけじゃなくて、それを試さないとその感度は味わえないのだと再認識した。
後は、これからどうやって自分でお金を稼いでいこうか……。
屋敷を出るときに周囲に内緒で貯めていたお金が一応あるにはあるが、それがいつまで持つかはわからない。
ちゃんと、自分でお金を調達するすべを身につけなければ……。
そんなことを考えているルークは、とある光景を目にしてしまう。
それは、見るからにガラの悪そうな男たちが一人のか弱そうな少女に言い寄っている姿だ。
少女は明らかに困った表情を浮かべて周りに助けを求めているのに誰も彼女を助けようとはしない。
まるで、厄介事から避けるみたいに……。
それを見たルークは、許せなかった。
だから、思いっきり助走したうえで男達の顔を見事なまでに蹴り倒してやったのだった。
ルークに不意打ちを食らった男達は激怒し、その怒りから標的をルークへと変えた。
それにさすがにヤバいと感じ、ルークはその場から離れるため市場を駆け抜ける。

「どあっ!?」
「!すっ、すみませんっ!!」

逃げることに気を取られすぎたせいでルークは誰かとぶつかってしまい、その人物が持っていた食糧を道端にばら撒いてしまったのだ。
食糧は大切に扱わないといけないと本に書いてあったのに……。
だから、食糧を迅速かつ丁寧に拾うとそれを相手に手渡し、素直に謝った。
食糧を手渡した相手にルークは少し驚いてしまった。
腰まで伸びた漆黒の髪に紫の瞳と一瞬目があって、何故か心が高ぶった。
とても綺麗な容姿だが、おそらく男性だろう。
正直、ちゃんと彼に謝りたいと思ったが、今は後から追いかけてきているであろう男達を撒く方が先だった。
ちゃんと謝りたかったけど、仕方ない。
そんなこんなでルークはここまで走ってきたのだった。

「はぁ……はぁ……ごほ……ごほっ……!」

男達をちゃんと撒けたことに安堵したルークだったがが、咳が止まらなくなってしまった。
ルークは幼い頃から喘息持ちなのだ。
大丈夫。薬さえ、ちゃんと飲めば治ま……。

(……うっ、うそだろ!?)

ルークは、カバンの中に入れたはずの薬がなかったのだ。
逃げる途中で何処かで落としてしまったのだろうか。
それを確認するには元来た道を戻らないといけないが、そうするとせっかく撒いてきたあの男達に出くわすかもしれない。

「ごぼっ、ごぼっ、ごぼっ!!」

だが、今はそんなことを考えている余裕すらなかった。
一刻も早くあの薬を飲んでこの咳を止めたかった。
そう思った、ルークはカバンの中を隈なく探すが、やはり薬は見つからなかった。

「漸く見つけたぞっ!!」
「げっ;」

そして、ルークの嫌な予感は見事に的中する。
っていうか、こいつら妙にしつこくないか?
さっき俺に蹴られたことがそんなにも悔しかったのだろうか。

「おい! さっきは、よくもやってくれたなぁ!!」
「なっ、なん……だよ。……かの……じょ……嫌がってたんじゃんか!」
「うるせぇ! あんな大勢の面前で恥かかせやがって!」

男達にルークは必死に咳を止めながらそう言うが、彼らはそれすら気が付いていないようだった。
確かに綺麗なまでに蹴りが決まったので、そこは少しルークも同情するが、そもそも嫌がる少女に付き纏っていた彼らが悪いのだ。
だったら、仕方ない。
ここは、彼らを気絶させてる程度にあしらってこの場をやり過ごそう。
そうルークは思い直した。
頭に血が上っている相手にいくら言葉をかけても聞く耳は持たない。
そう、アッシュも言っていたし……。
実戦と言える実戦は、殆ど経験していないが、多分大丈夫だろう。

「……このやろうっ!!」

自分へと向けられる悪意に向き合う為、ルークは、咳を止めることに意識をしつつ体勢を取る。
が――。

「っ!!」

突如、ルークを襲ったのは、激しい頭痛だった。
ルークは幼い頃からこの喘息と頭痛に悩まされながら育ってきたのだったが、いくら何でもタイミングが悪すぎる。
喘息と頭痛のコンボに正直ルークは立っているだけでやっとな状態となり、今すぐにでも逃げだしたい。
だが、今のルークの体力ではそれはできそうにない。
そう悟ったルークは自分の身体に極力負担が掛からないように態勢を取り直すことにした。
だが――。
彼らから振るわれると思っていた暴力はいくら待ってもルークへと来なかった。

「……おいおい。か弱そうな少年一人に、なーに大の大人が寄ってたかってんだよ?」
「っ!!」

その声でルークは漸く気が付く。
自分がとある青年の身体に身を預けているということに。
そして、その青年が自分へと放たれていたその拳を寸前のところで止めてくれたことに……。

「あん? なんだよ、お前!!」
「おい、ちょっと、待て! こいつは……!」
「!!」

青年の言葉に男の一人はそう吠えたが、青年の正体に気付いた男達の連れの言葉に絶句した。
「……で、どうする? オレはこのままやっても、構わないが?」
「……しっ、失礼しましたっ!!」
(えーーっ!?)

青年の言葉に男達はビビり、その場から逃げるように去って行ってしまった。
その状況にただただルークは驚くしかなかった。

「おーい。心配になって追いかけてみたら、随分と面倒な事に巻き込まれてんじゃんか、お前」
「……すっ、すいません。……あっ……」

青年に声を掛けられたルークは俺を言うべく、顔を上げた。
そこにあったのは、腰まで伸びた漆黒の髪にに紫色の瞳をもつ青年の顔だった。
その美しい顔立ちは一瞬、彼を女性かと錯覚させてしまうくらいのものだった。

「……あっ、ありがとう……ございます。……なんて……お礼言ったらいいか……っ!!」
「! おっ、おい! ……っ!!」

彼の顔を見た瞬間、思考が止まってしまったルークだったが、何とかお礼を言おうと言葉を紡ぐ。
だが、それと同時に頭痛の傷みが激しくなっていき、ルークは思わず体勢を崩した。
それを見た青年は咄嗟にルークの身体を支えた。
その時、初めてルークが被っていたフードがずり落ち、ルークの素顔が露わになり、青年は思わず息を呑んだ。
彼の髪は夕焼けのように赤い長髪で、翡翠の瞳がとても印象的な少年だった。
おそらく彼も見方を変えれば、女性に間違われていただろう。
もしかすると、さっきの連中は、こいつのことを女性だと勘違いしたからあんなにも追い回していたかもしれないと、青年は思ってしまった。
だが、青年にはいまそう言った思考はどうでもよかった。
自分の身に身体を委ねる彼の息はかなり上がっており、酷く苦しそうな表情を浮かべているからだった。
さすがにこんな状態の奴を放っておくことはできない。
仕方ない。一時的にも彼をバンエルティア号に連れて帰るしかねぇか……。
そう思い、青年――ユーリは、ルークを担ぎ上げた時だった。

「……あっ、あの!」
「ん?」

その声にユーリは、振り向くとそこには一人の少女の姿があった。

「……この人、大丈夫なんですか? ……私が変な人に絡まれたせいで、この人を巻き込んでしまって……」

そう言った少女の視線はルークへと向けられ、それはとても心配しているものだった。
この少女は、彼がこうなってしまったことの原因が自分であることを酷く責めているようにユーリには見えた。

「そんなに心配することはねぇよ。こいつのことはちゃんと『アドリビトム』で預かるからよ」
「『アドリビトム』……でしたら、彼が目を覚ましたら、私のことは大丈夫ですと、伝言をお願いしますっ!」
「あいよ。で、お嬢ちゃんのお名前は?」
「カナです」
「カナだな。ちゃんと、伝えといてやるよ」

少女――カナの言葉にユーリは、そう応えると食糧と少年を抱えてバンエルティア号へと戻っていく。











これが、青年ユーリと少年ルークとの初めての出逢いであり、彼らが運命が大きく動き出した瞬間でもあった。









新シリーズ小説のプロローグでした!!
今回は、初めてのユリルクです!(一応アシュルクもあります)
話の舞台は、TOW3なのですが、当の本人はちゃんとプレイしたことがありません!(おい!!)
なので、その辺は色々とおかしい箇所があるかもしれませんが、その辺は大目に見てもらえれば助かります;
突然降ってきたネタなので、ちゃんと完結できるかわかりませんが、頑張ります!


H.30 6/26