――――ったく! 兄上は、不用心すぎる!!

いつかのアッシュがそう言って俺の事を凄く怒っていた。

――――いいか、兄上。外で出された飲み物なんて不用意に飲むなよ。
――――ええっ!? 何でだよ!? せっかく、親切に出してくれてるのに……。
――――そんなわけないだろう;俺たちは、王族なんだから、いつどこでで命を狙われているのかわからないんだからな。
――――? 王族だと、何で命を狙われるんだよ?
――――そっ、それは……。

何気ない俺の質問にアッシュは、少し困ったような表情を浮かべた。
無理もない。この頃の俺は、この国の内政事情についてなど何一つ知らなかったのだから……。

――――……とにかく! 外で出された飲み物は、絶対に飲むな。わかったな?
――――うっ、うん……。わかったよ。

あんなにアッシュは、俺に対して忠告してくれたのに、俺はその事をすっかり忘れてしまっていた。
このギルドでの生活がとても楽しかったからかもしれない。
だから、今のこの事態を引き起こしたのは、俺の甘さだ。
ユーリたちには、何の責任はないと思いながら、ルークは意識を手放していた。


~緋色の代償~

「…………おい。なんか、あの馬車の動き、おかしくないか?」
「なに?」

そう言ったヴェイグの言葉にユーリは、馬車へと視線を向けた。
遠くからだったのでよく見えなかったが、御者の男が何やら後ろの方を見ている。
その行動から考えられるのは、馬車の中の人物と会話しているという事だ。
今、馬車の中にいるのは、今回の依頼主とルークだけだ。
それを思い出した瞬間、ユーリに嫌な予感が走った。

「おいっ! あの馬車を今すぐ止めさせろっ!!」
「おっと、これ以上は行かせられねーな」

そう言ってユーリは、馬車へと駆け出したが、もう手遅れだった。
その瞬間、馬車のスピードが一気に速くなった。
そして、ユーリの行動を阻むかのように一緒に護衛をしていた男たちがユーリたちに剣を向け取り囲んだ。

「おい! これは、どういうつもりだ!?」
「見たらわかるだろうが! こいつらの狙いは、坊ちゃんだったって事だよっ!!」
「「!?」」

その彼らの行動の意味が理解できなかったリオンたちに対して、ユーリがそう言うと二人は驚いたように瞠目した。
その反応を見た男たちは、楽しそうに笑った。

「今回のターゲットがギルドにいるって知った時は、正直焦ったがこうもあっさり引っかかるとはなぁ。流石は、世間知らずの"お坊ちゃん"ってわけか!」
「…………黙れよ」
「!!」

その男の言葉にそう言ったユーリの声は、驚くほどに静かなものだった。
その言葉は、オレが散々あいつに言ってきた言葉なのに、他の奴に言われると腹が立つ。
何も知らないこいつらに、あいつの事をそんな風に呼ぶ資格なんてねぇんだよ。
ユーリのその言葉を聞き、その気迫に男たちは、思わず一歩後退った。

「……ユーリ。俺が一瞬だけ隙を作る。その隙にお前は、ルークを追いかけろ」
「なに?」
「俺たちが、こいつらの相手を引き受けてやるから、お前がルークを助けろ」
「!!」

その思ってもみないヴェイグの提案にユーリは、驚いた。
それは、リオンも同じだったようだ。

「なっ、何で僕まで!」
「なんだ? リオンは、ルークを助けたくないのか?」
「そっ、そんなわけない……」
「だったら、手伝え。……それとも、こいつらをさっさと倒して、ルークを助けに行くっていう自信がないのか?」
「! 僕を誰だと思っているんだ? こんな奴ら僕にかかれば、瞬殺だ」
「ふっ……。じゃぁ、決まりだな」

初めからこうなる事を予想していたかのようにヴェイグは、静かに笑ってそう言った。
こいつは、オレが思っていた以上にギルドのメンバーの事を見ているようだ。

「……よし、いくぞっ! ――――凍牙衝烈破!!」

そして、ヴェイグは、剣を一気に地面へと叩きつける。
すると、剣からV字状に氷塊が出現する。

「今だ! ユーリ!!」
「ああ!」

ヴェイグのその合図を聞いたユーリは、一気にその氷塊目掛けて駆け出す。
氷塊を見事に踏み台にして、ユーリは男たちを飛び越えるとそのまま馬車を追いかけ始めた。

「おい! 逃がす――」
「砕け! ――――グレイブ!!」

男たちがユーリを狙おうとする中、一つの詠唱が響き渡たった。
それにより、地面から四本の岩塊が男たちとユーリの間に出現する。
それは、ユーリの行動を妨害させない為にリオンが放った術技だった。

「お前たちの相手は、僕たちだろ? さっさと終わらせる!」

そう言ったリオンの表情は、明らかに不機嫌なものだった。
それはやはり、ユーリの役割をリオン自身がやりたかったからに違いない。
そんな彼らの声を聞きつつユーリは、必死に馬車の後を追いかけるのだった。





* * *





(くそっ! 一体、何処にいるんだよ!!)

それから、どれくらい走っただろうか。
ユーリは、ルークを乗せた馬車を追いかけて、とある町までやってきた。
この町に馬車に入ったところまでは、確認できたのだったが、この町の入り組んだ道のせいか途中で見失ってしまった。
それにユーリは、必死にルークの姿を捜す。
大抵、こういう人攫いは、何処かで取引を行うのに宿か空き家を使う筈だ。
だから、ユーリは、人気の少ない宿屋や空き家を虱潰しにあたっていく。
だが、何処を見てもルークへの手がかりが得られなかった。
時間が経つにつれて、ユーリの焦りが募っていく。
早く見つけ出さないと、また、別の何処かへ連れて行かれる可能性だってある。
そうなれば、ルークを助け出すのが、困難になる。

「くそっ!!」

何処だ? 一体、何処にいるんだよ、ルーク!!
そう考えていた、その時だった。
一つの色がユーリの目に留まった。
それは、赤だ。ルークに似た赤い色だ。
その色が遠く離れた所に立っていた。

「…………坊ちゃん?」
「…………」

そのユーリの言葉に赤い色は、こちらへと視線を向けたのがわかる。
だが、ユーリの方へは決して近づかず、その赤は別の方向へと走り出した。

「おっ、おい!」

それを見たユーリは、咄嗟にその赤を追いかけた。
何故だかわからなかったが、それを追いかけずにはいられなかった。
ユーリは、その赤を何度も見失いかけたが、その度にそれは足を止め、追いつこうとすると、すぐにまた離れる。
その行動は、まるでユーリを何処かへ導こうとしているようにも思えたが、そんな事を考えている様子は今のユーリにはなかった。
そして、その赤は、ついにとある建物前で足を止めた。
それは、町外れにある廃墟のような建物だった。
ユーリもその建物へと近づく。
すると、赤は、まるで炎が燃え尽きたかのようにその場から姿を消したのだった。
その光景にユーリは、驚いたが、それ以上に驚く事が続く。

「うわああああぁぁぁっ!」
「!!」

それは、建物の中から聞こえてきた声のせいだった。
その声をユーリが聞き間違える筈がない。
その声の主は……。

「坊ちゃん!!」
「なっ、なんだ、お前!?」

間違いない。ルークは、ここにいる。
ユーリは、何の躊躇いもなく、その建物の中に入ると、そこには見張りらしき男たちがいて、こちらへと剣を向けた。

「そこをどけっ!!!!」

そんな男たちの事などお構いなしで、ユーリの目には奥の部屋の扉しか見えていなかった。
自分へと襲い掛かってくる男たちを一振りで薙ぎ倒すと、そのままの勢いで奥の部屋の扉を蹴破った。

「!!」

そして、扉を蹴破った先にあった光景にユーリは、絶句した。
部屋の窓から薄暗い光が差し込むその部屋には、一つのベッドがあり、そこにユーリがずっと捜していたルークの姿があった。
だが、そこにいたのは、ルークだけではなく、もう一人男がいた。
そして、その男は、ルークの左肩に剣を突き刺していた。

「…………ユー……リ……さん?」

言葉を失うユーリの姿に気付いたルークは、そう弱々しくユーリの名を呼ぶのだった。








緋色シリーズ第11話でした!
前回、あんなに警戒していたユーリさんたちでしたが、結局ルークは連れていかれてしまいました。。。
それにしても、ヴェイグさんは物凄く冷静に対応してるなぁ。
ユーリさんやリオンくんが感情を露わになっている分、そうならざる得なかったのかもしれませんが、内面ではかなりおこの状態ですwww
そして、ルークを見つけたユーリさんの目に飛び込んできた光景は、ルークがとても痛々しい状況に……。


R.1 8/28