「信じられない。何ですか、あれ。本当に血も涙もないです」
「……また、来たのかよ、バニーちゃん;」

真っ暗な地下に辿り着くとランプを掲げてそうバーナビーは、大声で不正不満をぶちまけてやった。
そんなバーナビーの前にタイガーは、呆れたように姿を現す。

「はい。僕、また来るって言いましたよね」
「はいはい。それで。今度は、どうしたんだよ?」
「ネイサンとカリーナが酷いんです」

バーナビーは、先程あった出来事をタイガーに話した。

「そりゃぁ、そうだろ。バニーに出ていかれて困るのは、あいつなんだからな。普通、止めるだろ」

そのタイガーの反応がバーナビーには不満だったので眉を顰めた。

「貴方、僕を助ける気、あります?」
「気持ちだけはあるぜ」
「気持ちだけではなく、態度と行動もこちらとしては欲しいのですが」
「自分で何とかするんじゃなかったのか?」
「そのつもりでした。ですが、さっきも話した通り、無理でした」
「もう諦めるのか?」
「いえ。ここを出る事は、諦めません」

タイガーのその言葉にそうバーナビーは即答する。
諦めたりはしない。絶対に……。

「だったら、頑張ってみな。俺は、この通り非力な幽霊だから、何もしてやれねぇけど、心の中では応援してるからな」
(本当にこの人は……!)

そう言って手をひらひらさせるタイガーの反応にバーナビーは、思う。
本当に、彼は役に立たないのだと。
だが、いないよりはマシである。
こんな風に愚痴を聞いてもらえるだけでも、少しは気が晴れるのだから。

「また、来ます」

もう暫く、ネイサンとカリーナの悪口を言い続けた後、バーナビーはそう言うとすっきりしたのか、地上へと戻って行った。
今や、地下迷路はバーナビーにとって、悩み事相談室と愚痴を言う場所になりかけていたのだった。


~ワイルドタイガーの指輪~

「安心するのは、まだ早いぜ。そいつは、多分時期を待ってんだよ」

ここまでの経過を見た限り、どうやらネイサンはすぐにバーナビーの事を殺すつもりがない事はわかった。
その事にホッと胸を撫で下ろしていると、そうタイガーは言った。

「時期?」
「そ。儀式を行う為に相応しい時期だ」

その初めて聞く言葉にバーナビーは、首を傾げた。

「儀式って……何ですか?」
「あぁ、そうか。バニーちゃんは、知らねぇんだったなぁ」
「だから、何ですか? それ」
「簡単に言えば、バニーの命を自分の力の中に取り込むための儀式だ」
「そんな儀式があるんですか?」
「あぁ、当たり前だろ。いくら魔女って言ったって、すぐにバニーの中から命を取り出せるわけねぇだろ?」
「……それって……どういう事するんですか?」

そうバーナビーが尋ねた声は、恐らく震えていた事だろう。

「いや……。それは、聞かない方がいい。バニーの為にもその方がいいと思うぜ」
「そんな言い方されたら、余計に気になります。教えてください。ちゃんと知っておかなくては、いざという時に対処が出来なくなります」
「…………本当に……言ってもいいのかよ?」

バーナビーの言葉にタイガーは、明らかに動揺していた。
それに対してバーナビーは、何の迷いもなく大きく頷くとタイガーを見つめて言葉を続ける。

「えぇ、勿論です。貴方が知っている範囲でいいので」
「……身体を……火の中に投げ込むんだよ。業火の中で人間の命は、魔女が最も好む形に変化して、肉体から離れるのさ。魔女は、それを喰らうんだ。後には何も残らない。魔女の作り出した業火は、骨さえも焼き尽くすからな」
「!!」

タイガーの言葉にバーナビーの顔色は悪くなった。

(やっぱり……聞かなければよかった……)

まさか、そんなに恐ろしい儀式が待ち受けているだなんて、バーナビーは思ってもみなかった。

「そっ、そんな恐ろしい事をしないと……ダメなんですか?」
「ま、そういう事だ。何だって相手は、邪悪な魔女なんだぜ。生ぬるい事、考えてんじゃねぇよ」
(あぁ……。これは、絶対に逃げてやる)

命を取られるだけではなく、火の中に放り込まれるなんて……。
冗談ではない。
そんなバーナビーの表情を見たタイガーは、溜息をついた。

「だから言ったろ。聞かねぇ方がいいって」
「……そんな苦しい死に方は……嫌です」

バーナビーは、硬直したまま、そう呟いた。
真っ青になって震えているバーナビーを見て、タイガーは慰めるように言葉を続ける。

「……まぁ、苦しみはそんなにないと思うぜ」
「えっ?」
「火の中に放り込まれても、痛みとか熱さとかの感覚は、そんなに酷くない。苦しみ悶えて死に絶えた人間の魂を必要としていないからなぁ。ただ、燃えちまうだけさ」

あっさりとそう言うタイガーをバーナビーは睨んだ。

「どうしてそんなことがわかるんですか?実際に火に焼かれたわけでもないのに」
「いや。実際に焼かれた身だから言えるんだよ。あれは、あんまり苦しくなかったんだ」
「えっ!?」

その何ともあっさりとそう言ったタイガーの言葉にバーナビーは驚きのあまり瞠目した。

(この人は……今、一体、何を言ったんだ?)

頭の思考が全然追いついてきてくれない。
そんなバーナビーの様子を見兼ねたのか、タイガーが言葉を続ける。

「だから、俺は経験者だって。あの魔女の犠牲者第一号だったんだよ。俺は、あの魔女に殺されたの」
「!?」

そのあまりにもあっさりとしたタイガーの言葉にバーナビーは思わず聞き逃してしまいそうになったが、その内容は本当にとんでもないものだった。

「あっ、貴方……あのネイサンに焼き殺されたんですか?」
「そ。随分と昔の話だけどな」
「そ……って、貴方、何でそんな涼しい顔しているんですか! それって大変な事じゃないですかっ!!」
「そりゃぁ、最初はな、腹立ったし、悔しかったし、大変だったけどなぁ……。今は、忘れちまったんだよなぁ」
「そんな大事な事、忘れないでくださいよ! …………あれ? っという事は……」

タイガーとの会話でバーナビーは、何かを思いついたように声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください。貴方も命を食べられたんですか?」
「なーに、アホな事言ってんだよ。んなことあるわけねぇだろ?だったら、こんなところに俺がいるわけねぇだろうが;」
「でっ、ですが、火に焼かれたんですよね?」
「あぁ。けど、俺は、逃げたからな」
「に……」

バーナビーの言葉にタイガーが説明を続ける。

「逃げたんだよ。肉体から魂が離れた時、にな。ま、当然、魔女は追いかけてきたけどなぁ。けど、残念ながら俺が逃げ出す方が早かったってわけだ♪」
「何、手柄立てた役人みたいな顔して自慢しているんですか。所詮死んじゃったって事でしょ? それは、大変な事です。貴方は、もっと怒るべきですし、その権利だってあります」

タイガーの言葉に対してそう言ったバーナビーだったが、そこからまた新たな疑問が生まれてくる。

「あの……。ところで、犠牲者第一号ってどういうことですか?」
「んーと……。要するにだなぁ。遠い昔、この城に住んでいたのは、俺達家族だったんだ。もともとは、この城は、俺の物だったって事さ」
「!!」

初めて聞いたその事実にバーナビーは、ただただ目を見開くばかりだった。
それに気付いているのか、いないのか、タイガーは思い出すように呟いていく。

「その時もあの魔女は、俺の母親を殺し、取って代わったんだよ。そして、何も知らなかった俺の家族や使用人達を母親の姿で欺き、次々と殺していったんだ。今と同じように、この城から人の姿が消えるまでな」
(……どうして?)

タイガーが、まるで何でもない事のように淡々と話をしている事がバーナビーには、不思議で仕方なかった。
どうして、こんなにも残酷な経験を、こんな風に平気な顔で貴方は、話せるんですか?
きっと、思い出すだけでも辛い筈なのに……。
そう考えると、バーナビーの胸が痛んだ。

「……どうして、そんな風になるまで皆さん気付かなかったんですか? この城には、たくさんの人達ががいたんでしょう? 普通は皆さん、変に思うんじゃないんですか? そういう時って。だったら……防げたんじゃ?」
「魔術を使ったのさ。誰もおかしいとは、思わなないようにな。その辺は、抜かりないぜ、あの魔女はよ」
「……それで、貴方は無事に逃げられたけど、他の人達は皆さんダメだったんですか?」
「あぁ……。みんなダメだった。その次の家族もな」
「その次の家族?」
「この城に新しくやってきた家族だよ。魔女が力を使って別の貴族を呼び寄せたのさ。そいつらも俺達と同じ末路を辿ったけどなぁ。その次も同じだった。その次もな。あいつは、そうやって何十年も何百年も時間をかけてゆっくりと獲物を料理していった」

タイガーの言葉でバーナビーは、漸く納得できるような気分になった。
この城にどうして、使用人が殆どいないのか……。
この城の人々の命は、すべて魔女の力の源になって消えてしまったのだ。

「それじゃぁ、本物の叔母様達も……?」
「そ。どういう理由でバニーの父親の家族が選ばれたのかは、わからねぇけどなぁ」
「…………ということは……やっぱり、僕は、この城の息子何ですか? 僕の父さんは、本当にここで育ったんですか?」
「あぁ。言ったろ? 俺は、バーナビーを知ってるってな。俺が、バーナビーを逃がした。あいつをあんな奴に殺させたくなかったからなぁ。……俺は、バーナビーと親友だったんだ」

そう言ったタイガーは、懐かしい物でも見るように、バーナビーを見つめた。

「まさか、バニーがあいつの息子だなんて思わなったなぁ。あんまり、似てねぇからなぁ」
「僕は……母さん似だったから……」

タイガーの言葉にバーナビーもしんみりとした口調で呟く。
そんなバーナビーの顔をタイガーは、覗き込んだ。
彼の綺麗な琥珀の瞳とバーナビーの目が合った。

「…………あっ、でも、言われて見れば、少し面影とかがあるなぁ」

そして、まるで大切なものに触れるかのように、タイガーはバーナビーの頬に触れた。

「あぁ、そうだ! すぐに気付けばよかった! バニーは、本当にバーナビーの息子だわ!!」
「っ////」

その表情が照れたような嬉しそうなものへと変わった。
そんな風に触られて、バーナビーの心情が跳ね上がった。
相手が最早この世のものではない幽霊で、しかも、男だというのに……。
それでも、ちゃんと触れられる身体が彼にはあるのだ。
彼に対して、妙に意識してしまった事に何だが恥ずかしくなってきた。

(なっ、何を考えているんだ、僕は! 相手は幽霊。しかも、僕より年上のおじさんじゃないか!!)

どんどん落ち着きを取り戻していくうちにその現実が少しだけ哀しく思える僕がいた。

「タイガーさんが父さんを助けてくれたんですね……。でしたら、僕は貴方にお礼を言わなくてはいけませんね? ありがとうございます。貴方のおかげで、父さんは幸せになれたんです」
「!!」

父さんが生き延びれたからこそ、今のバーナビーはここにいる。
そのバーナビーの言葉にタイガーは、はっとした表情を浮かべた後、ジッとバーナビーの事を見つめた。

「…………あいつは、最期まで……幸せだったのか?」
「えぇ。貧乏でしたけど、幸せだったと思います。事故で死ぬ直前まで、最後に出かける前に笑って家を出ました。いい子にしているんだよって、優しく微笑んで僕の頭を撫でてくれた。今でも、それだけは……はっきりと憶えています」
「そうか。そう、なのか……」

そう小さく呟くタイガーは、今一体何を考えているのだろうか……。
その琥珀の瞳が、ほんの少し切なそうに揺れた。
その意味をバーナビーは、問いかけたかったが、思い直す。
永くこの城に留まり、魔女の悪行の前で何も出来ずに、ただ見守る事しか出来なかったタイガーが、ただ一人救う事が出来たのは、バーナビーの父親。
バーナビーには、その想いを推し量ることが出来なかったし、問いかける権利もない。
だからこそ、暫く考えたバーナビーは、タイガーの手を取った。

「ねぇ……。貴方、僕と一緒に逃げませんか?」
「はあっ!?」

そのバーナビーの提案にタイガーは、心底驚いたような表情を浮かべた。

< 「僕、この間から自分の事ばかり考えていましたけど、貴方の話を聞いて少し反省しました。……大変だったのは、僕だけじゃなかった。貴方が命を食べられなかったのは、不幸中の幸いでした。ですが、いつまでもこんなところで彷徨っていては、いけません。そうじゃないと……この先何十年も何百年も貴方は、この孤独に耐えなくてはいけなくなります。そう考えたら僕は……貴方を置いては行けません」
「いっ、いや……。俺の心配はしてもらわなくていいぜ; 何たって、もう死んでるんだし;」
「ですが、貴方の魂は、しっかりここに残っているじゃないですか! もし、ネイサンにその事がバレてしまったら、貴方、かなりヤバいんじゃないんですか?」
「見つからなきゃいいだけだろ?」

タイガーの事を心配してそう言うバーナビーに対して、タイガーはそうあっさりと言葉を返した。

「何言ってるんですか。人生なんて、何処に落とし穴が用意してあるかわからないんですよ。用心する事にこした事はありません」
「でっ、でも、俺の人生は、もう終わってるし……」
「とにかく! 僕は、貴方も連れて、この城から逃げます。待っていてください。必ず、貴方をここから助け出してあげますから」
「おっ、おい……」
「そうと決まれば、こうしてはいられません。こうなったら、これまで以上に気合を入れなければ……」

バーナビーの耳にはタイガーの声など全く届いていないのか、すくっと立ち上がると改めて決意した。

「もう少しの辛抱です。貴方を必ずこの城から解放してみせます。そして、二人で一緒に逃げましょう」
「…………」

そのバーナビーの励ましの言葉を耳にしたタイガーは、返事に困ったような表情でバーナビーを見つめるだけだった。








ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第9話でした!!
今回は、タイガーの過去について、色々と衝撃な内容が飛び出してきました。
何故、タイガーがあんなにもあっさりと話すのかは、話が進めばわかってきます。
そんなタイガーの話を聞いたバーナビーは、タイガーと一緒にここから逃げ出すことを決意しました。
それについて、タイガーが困惑するのも後々のお楽しみという事でwww


H.31 4/26