バーナビーは窓から再び外の風景を眺めていた。
(……皆、きっと知らないんだろうなぁ)
この城を支配しているのが、誰なのかということを……。
皆、何も知らずに毎日過ごしているに違いない。
貴族の城なんてものは、もともと人里離れた辺鄙な場所にあるものなのだ。
そして、この城はそれに輪をかけたような辺鄙な場所にある。
いや、問題はそれだけではない。
問題は、この平原に人が訪れないことだ。
そして、この城より先には街もないし、道もない。
要するに、わざわざここまでやってくる人間など、普通に考えれば関係者以外いないということなのだ。
森と違って誰かが迷い込んで来ることもない。
こんな辺鄙な貴族の領土にわざわざ足を踏み入れる物好きなどいない。
(こんなところに人を呼び出すなんて、卑怯だ)
だから、何としてでもここから出て外の人たちに知らせなければならない。
ここに恐ろしい魔女がいるということを……。
しかし、一体どうやって……?
「どうかしましたか? バーナビーさん」
そんな事を考えて、バーナビーが深々と溜め息をついたその時、バーナビーは後ろから声を掛けられるのだった。
~ワイルドタイガーの指輪~
「! イワン!!」
その声にバーナビーの心臓は跳ね上がり、すぐさま振り向いた。
そこには、いつの間にか後ろに立っていた使用人イワンの姿があった。
「あの……この頃バーナビーさんは、少し変ですけど……大丈夫ですか?」
「えっ? そっ、そんなことないですよ。ただ、毎日が退屈なので……」
イワンの言葉にバーナビーは慌てて言い訳をした。
「叔母様は、相変わらずですし、イワンもちっとも構ってくれませんし……。凄く、退屈なんです」
「そっ、そうでしたか! ……僕としたことが、気付かず、すみませんでした。あの…暇でしたら、本でも読みますか? 何か面白そうなものを探して持ってきますよ」
「えっ、本……ですか?」
そのイワンの言葉にバーナビーは思わず反応した。
もともと、本を読むことが好きな方であるバーナビー。
本を読めば、ここを出る方法の何かヒントが得られるかもしれない。
「……では、数冊ほどお願いできますか?」
「はっ、はい! 任せてくださいっ!!」
そのバーナビーの言葉を聞いたイワンは嬉しそうにそう言うと部屋を出ようとした。
「あっ、そう言えば、バーナビーさん。言い忘れるところでしたが、今日はカリーナ様とパオリン様に会うことはないと思いますよ」
「えっ? どうしてですか?」
「確か、彼女たちはこれからネイサン様と外へお出かけされる予定になっていたかと思いますので」
「!!」
ふと、思い出したかのようにそう言ったそう言ったイワンの言葉にバーナビーは驚いた。
「出かける……? 叔母様とカリーナとパオリンが? 外へ……?」
「はい。もうそろそろその時間だったかと……?」
「何故、それをもっと早く言ってくれないんですか!」
「えっ? あっ、バーナビーさん!?」
イワンの言葉を聞いたバーナビーは、慌てて外へと飛び出していった。
まさか、こんなにも早くチャンスがやって来るなんて思ってもみなかった。
そう思ったバーナビーは、急いで玄関へと向かうのだった。
* * *
(よかった! 間に合った!!)
玄関の階段を降りたところでネイサンとカリーナ、そして、パオリンが馬車に乗り込もうとしているところだった。
その姿を見たバーナビーは、ホッと胸を撫で下ろした。
「叔母様!」
バーナビーは、大声を張り上げ、ネイサンの許へと駆け寄った。
「待ってください、叔母様! どちらに行かれるのですか?」
「用事が出来たから、ちょっと出かけてくるわ」
そんなバーナビーの姿を認め、カリーナが迷惑そうに眉を顰めているが、それに気づかないフリをしてそうバーナビーはネイサンに問いかけた。
それに対して、ネイサンは冷たい声で答える。
「カリーナとパオリンも一緒ですか?」
「えぇ、そうよ」
「でしたら、僕も一緒に連れて行ってください」
「それはできないわ」
「どうしてですか?」
「ハンサムを連れて行けるようなところではないからよ」
ネイサンの正体をする前ならば、ここで引いていただろう。
それは、これ以上、叔母に嫌われたくなかったからだ。
でも、今は違う。
嫌われたって構わない。
しつこがられたって平気だ。
だから、バーナビーは粘る。
「ご迷惑はお掛けしません。何処であろうとも、僕は借りてきた猫のように大人しくしているつもりです。だから、どうかご一緒させていただけませんか?」
「……ハンサム。あんたは、外へ出る必要はないのよ」
「でも!」
「それとも、どうしても外へ出なければならない理由でもあるのかしら?」
「!!」
食い下がらないバーナビーに対してネイサンは、そう冷ややかに尋ねられ、バーナビーは怯む。
いけない。この人に僕の目論見を悟られては……。
「いいえ。そんな理由なんてありません。ただ、この城に来てからまだ一度も外へ出たことがないんです。それで退屈になってしまったので、たまには外に出たいと思っただけです。だって、二人だけなんてズルいじゃないですか」
「あら? あんた、何言ってるのよ?」
すると、カリーナが口を開いた。
「私たちは、この城の客なのよ。あんた如きと一緒にされるのは、迷惑だわ。城の主は客人を歓迎し、接待をしなければいけないのよ。私とあんたが同じ扱いの訳ないじゃない?」
「カリーナ。そんな言い方しなくたって……」
その厭味ったらしいカリーナの口調にパオリンがそう仲裁してくれるものの、バーナビーはムッとしてしまった。
だが、ここで腹を立ててはいけない。
バーナビーは忍耐強く微笑んで見せた。
とにかく、ここはうまく言いくるめて馬車に乗り込んでしまえば、後はこっちのものなのだ。
その為ならば、少しくらい嫌な思いをしたとしても我慢する。
「あぁ、そうでしたか。それは、知らず、申し訳ありません。ですが、一緒に同行させていただけないでしょうか? 貴女とは、ちゃんと友人にもなりたいですし」
「嫌よ」
バーナビーの言葉にカリーナは、そっぽを向いた。
そして、それから嬉しそうにネイサンの腕に自分の腕を巻き付けた。
それは、まるでバーナビーに自分とネイサンの仲の良さを見せびらかすような仕草だった。
「ねぇ、ネイサンおば様。早く行きましょうよ。時間に遅れてしまいますわ」
「えぇ、そうね」
そう無邪気さを装ったような表情でカリーナは、ネイサンを馬車へと引っ張る。
それにネイサンは頷くと馬車へと近づく。
(えっ……?)
そして、この時バーナビーは、漸く気が付く。
三人に気を取られて今まで気づかなかったが、御者台にはなんと人がいたのだ。
緑色の帽子を深く被っていて表情は見えない。
年齢も顔もわからなかったが、雰囲気からしてどうやら男のようだ。
バーナビーは、この城で初めてイワン以外の使用人の姿を見つけたのだ。
(一体……何処から……?)
あまりに不意打ちな出現にバーナビーは呆気に取られていると、御者は三人が乗り込んだことを確認することもなく、黙って馬車を走らせ始めた。
「あっ……」
御者に視線を奪われたせいで、バーナビーの反応が遅れた。
たちまちのうちに遠のいていく馬車を追いかける暇もなかった。
そして、ネイサンとカリーナ、そして、パオリンを乗せた馬車なら、城門は簡単に開く。
その事実を改めて突き付けられて、バーナビーは愕然とするのだった。
ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第8話でした!!
相変わらず、城から脱出を試みるバニーちゃんですが、なかなかうまくいかない模様。
そして、厭味ったらしいカリーナを書いているのが楽しくて仕方ない私www
イワンにネイサンのことを様付けで呼ばせるのか、何気に迷いました(;'∀')
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