「どうかしましたか? バーナビーさん? 昨夜はあまり眠らなかったようですけど……」

翌日、バーナビーは何事もなかったかのように朝を迎えた。
いつものようにイワンと顔を合わせ、当たり前のように朝食を摂った。
しかし、昨夜は恐怖のあまり一睡もできなかった。
そんなバーナビーの様子を不審に思ったのか、珍しくイワンの方から声を掛けてきたのだった。
それに対してバーナビーは、ビクッと身体が跳ね上がった。

「なっ、なんでもないですよ」
「ですが、目が真っ赤に充血していますが?」
「本当になんでもないですから!」
「…………」

少し心配そうな表情を浮かべてそう言うイワンに対してバーナビーは焦ったように大きく手を振ってそう言った。
言える筈などない。
僕が叔母――じゃない……ネイサンの正体を知ってしまったなんて……。
下手に喋るわけにはいかない。
まだ、彼が僕の味方になってくれるかどうか、わからないのだから……。

(とにかく、無事に朝を迎えられたわけだから、隙を見て逃げ出さなければ……)

その為にも今はしっかりと食事を摂って頭を働かさなければ……。
そう思ったバーナビーは、目の前の食事を黙々と口へと運んだ。
そんなバーナビーの姿を見てイワンは、それ以上何も口にすることはなく、唯見つめるのだった。


~ワイルドタイガーの指輪~

「……お前、逃げたんじゃなかったのか?」

そう言うとタイガーは呆れたような表情を浮かべた。

「もちろん、逃げましたよ! 言われた通りに逃げました! えぇ、それはもう、全速力で!ですが、逃げられませんでした! 城門が開かなかったんです! 僕はこの城に閉じ込められたんですよ!!」

その言葉にバーナビーは勢いよくそう答えた。
そう逃げようとしたのだ。
だが、外の城門の扉は、ビクともしなかったのだ。
その時になってバーナビーは思い出した。
あの夜、その城門はまるでバーナビーをやって来るのを待ち受けていたかのように開いたのだ。
"ネイサンは魔女"その言葉がありありと浮かんでくる。
この城門は、ネイサンの魔力によって動いているのかもしれないと……。
そう、最初からネイサンは、バーナビーをこの城の外から出す気などなかったということに……。
だから、バーナビーはここへ戻ってきたのだ。
もうこの城で頼りに出来る者とと言えば、ここにいるタイガーしかいない。
相手が幽霊だとしてもだ。
タイガーだけが今のところ、バーナビーの味方なのだから。

「逃げられないって……。あぁ、そういうことか。予め、バニーが逃げ出すかもしれないってことも、予想していたわけだ。あの魔女も意外に用心深いようだなぁ」
「ここですんなり納得してる場合じゃないですよ。これから、どうすればいいんですか!」
「……って、言われてもなぁ;」
「もともと、貴方が言ったんですよ? 僕に逃げろって。自分から言い出した以上、ちゃんと責任は取ってください!」

自分の命がかかってしまったバーナビーは、今や必死である。
ただ、ひたすら、ここから逃げ出すことだけを考えていた。
しかし、そんな風に人が真剣になっているというのに、この幽霊は……。

「う~ん。そうだなぁ。いや、俺も協力してやりてぇのは、山々なんだけどなぁ。ただ、俺、普通の幽霊だし」

などと言って頭をポリポリ掻いて、そう呟くのだった。

「何言ってるんですか。それだけでも、充分凄いことじゃないですか。幽霊の癖に実体まであるんですよ。それだけ、凄い力を持っているってことですよね?」
「……まぁ、長い間、幽霊やってたからなぁ。でも、それだけだせ?実体はあっても、俺はただの幽霊。あの魔女に対抗できる力なんて、ありゃしねぇよ」
「!!」

タイガーの言葉にバーナビーはショックを受けた。
すっかりこの幽霊を当てにしていたのに、その彼がこんなにも頼りにならないとは、思わなかったのだ。
初めて会った時から、ひょうひょうとした雰囲気を持っていたので、てっきり特別な力を持った幽霊だと思ったのだ。
見る角度や光の当たり加減によって金や琥珀色へと変わる瞳を持った幽霊が唯の幽霊の筈がないのだと思い込んでいた。
だが、実際に蓋を開けてみれば、全く役に立たない人であることにバーナビーは、ただ茫然としていた。
こうなったら、最早頼れるのは、自分だけである。
自分のことは自分で面倒を見る。
それが、これまでのバーナビーの生き方だった。
もともとバーナビーは、人に頼る人生など送ってはいない。
自分の人生は、自分で切り開くものなのだ。
バーナビーは原点に戻ることにした。
こうなったら、自分で考えるしかない。

「お邪魔しました。また、来ます」

そう言ってバーナビーは、タイガーの許から去っていくのだった。





* * *





「……で、いつまでそこで隠れて見てるつもりだ?」
「……おや? 気付いていましたか。流石ですね」

バーナビーが去った後、そう深く溜め息を吐いて暗闇へとタイガーが言葉を放つと、一つの声が返ってきたかと思うと一人の男の姿が現れた。
そこにあるのは、癖のある長いグレーの髪だ。

「お前、俺を誰だと思ってるんだよ?」
「おや? バーナビーには、ただの普通の幽霊だって言っていませんでしたか?」

そうユーリが答えるとタイガーは気分を害したのか、ムッとした表情を浮かべる。
そんなタイガーを見てユーリは笑みを浮かべると言葉を続ける。

「まぁ、冗談はこの辺にしておきましょうか。……彼のこと、どう思いますか?」
「どうって…………別に、何とも思ってねぇけど……」
「本当にですか? 私は、結構いいと思ったんですけど? 正直、ここを見つけて、あなたと出会うのも、もっと時間がかかると思っていたくらいですし」
「…………お前、何が言いたいんだよ?」
「それを口にしなくても、あなたはわかっているんじゃないですか?」
「…………」

ユーリの言葉にタイガーの表情はどんどん不機嫌なものへと変わっていく。
だが、ユーリはそんなこと、一切気にしていないようだった。

「……ネイサンに伝えろ。これ以上、バニーを余計なことに巻き込むなって」
「それは、彼がバーナビーの息子である以上、難しい相談ですよ。それに、それを最終的に決めるのは、彼女ではない。あなたですよ」
「…………よく言うぜぇ。こっちには、選択肢を一つしか選ばせないようにするくせに」

そうだ。こいつらは、俺の意思とは関係なく、一つの選択肢のみしか与えないのだ。
俺の為だとか言いつつ、自分たちのことしか考えず、他人を巻き込む。
そう。今、まさにバニーを巻き込んでいるように……。

「……確かに、私たちは、自分たちの望む選択肢をあなたに選んでもらおうと様々な手を使っています。けど、それをしても、あなたがそれを選んだことは一度もなかった。気に入らなければ、それを選ばなければいいだけのこと。それは、今回も同じはずです」
「…………」

ユーリの言葉にタイガーの瞳は、明らかに動揺していた。
こんな彼を見るのは、いつぶりだろうか。
それは、ある意味、答えを示していると同じだった。
なら、自分にできることは、その答えに彼を導くことのみだ。

「…………一週間後、ネイサンは、例の儀式をバーナビーに執り行う予定で準備を進めています」
「! おいっ! それって……」

静かにそう言ったユーリの言葉にタイガーは明らかに動揺した。

「あの儀式を今のバニーなんかにやったらどうなるかなんて、お前だって目に見えてわかってるだろうが! なんで、止めないんだよ!!」
「それは無理です。彼が、この城に訪れた時から既に決まっていたこと。それが、周囲の人間を納得させるには、一番手っ取り早いことですし」
「けど!!」
「そんなに心配なら、あなたが力になってあげたらいいんじゃないですか」
「そっ、それは……」

ユーリの言葉にタイガーは言葉に詰まった。
自分がバニーに手を貸すということは、つまり……。
いや、それだけは、ダメだ。
そんなことをしたら、バニーは戻れなくなる。
せっかく、バーナビーが掴んだ幸せを俺なんかのせいで壊させたくない。
いや、壊したくない……。

「……できもしないのなら、この件について、これ以上、口を挟まないでください」
「っ!!」

そんなタイガーの心境がわかっているのか、ユーリは溜め息をつくと、そう冷たく言い放った。
その言葉にタイガーは何も言い返せなくなった。

「では、あなたに伝えることは伝えましたので、私はこれで失礼します」
「…………だよ」
「……? 何か言いましたか?」

踵を返して、その場を立ち去ろうとしたユーリだったが、タイガーが何か言ったように聞こえたので、一度足を止めるとタイガーの方へと再び視線を向けた。

「……なんで、そこまでするんだよ。俺のことなんか、もう放っといてくれよ」
「それは、できない相談です」

弱々しくそう言ったタイガーに対して、ユーリは、はっきりとそう言葉を紡ぐ。

「これは、私の意思であると同時に"彼女の願い"でもありますから」
「…………ズルいわ、それ」

ここで、それを持ち出してくるなんて、本当にズルいわ。
それを言われたら、本当に何も言い返せなくなるじゃねぇかよ。

「はい。私は卑怯者ですよ。ですが、それだけあなたのことを想っているということだけは、わかってください」
「…………」

タイガーは、それ以上は何も言わず、ただ静かにユーリがその場から去っていくのを唯見つめるのだった。








ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第7話でした!!
本日は、タイバニ祝8周年日!!二期も決まっているみたいなので、嬉しい限りです♪
今回は、虎徹さんとユーリさんとの絡みが多め♪
ユーリさんの口ぶりから、ユーリさんと虎徹さんは何やら只ならぬ関係の予感♪
さてさて、バニーちゃんの方はこれからどうなる事やら;


H.30 12/24