「はぁ……はぁ……」

今、バーナビーは全速力で走っていた。
心臓が破れそうになるくらい苦しかったが、今はそんな事すら気に止める余裕もなかった。

(冗談じゃないっ!)

既に心の中はパニック状態に陥っていた。

(僕は、何て所に来てしまったんだ!)

縺れて転びそうになりながらも、走る事を止めない。
バーナビーは、つい先ほどタイガーと交わした言葉を思い出していた。


~ワイルドタイガーの指輪~

「お前の本当の叔母様はとっくにあの魔女に喰われちまったってことだよ」

その時タイガーがバーナビーに告げた言葉に、バーナビーは一瞬声を失ってしまった。

「くっ、喰われたって……どっ、どういう意味ですか!?」

それでも、何とかバーナビーは声を振り絞りだしてそうタイガーに尋ねた。
それは、タイガーに自分が幽霊だと告げられた時の驚きなど、比べ物にならないくらいの衝撃だった。
いや、驚きなどというような生易しい表現ですらないだろう。

(あの叔母様が僕の本当の叔母様じゃない……?)
「あの叔母様は、本当の叔母様を食べてしまったんですか? そっ、それって……」

その事を想像しただけでも気持ち悪くなる。
口元を押さえて、吐き気を堪えているバーナビーを見たタイガーは言い直した。

「まぁ、正確には、生命そのものをだ。要するに人間の命だな」
「いっ、命……? 命って食べられるんですか?」
「当然だ。あぁいう魔女にとっては人間の命ってのは、またとない好物なんたぜ。たくさんの人間の命を食べれば食べるほど力が増大するからな。あの魔女は魔女の中でも、尤も邪悪で恐ろしい力を持っているんだ。それだけたくさんの命を喰らってきたって証拠だ。あいつは、本物のネイサンの命を喰った上に、ネイサンに化けて、さりげなくこの城を乗っ取っちまったんだよ」
(魔女……力……。あの叔母様が……魔女……?)

言われてみれば、確かに初対面の時から人間離れした人だったと、改めて思った。
闇の中に灯りも点けずに、歩き回っているあの姿はまさに魔女と呼ぶに相応しいかもしれない。

「そんな……」

バーナビーは自分の身体から力が抜けていくのがわかった。

「……せっかく、新しい家族ができたと思ったのに……。本当に僕は、叔母様と会えて嬉しかったのに……。ちっとも僕を見てくれなかったけど、それでもいつかきっとわかってくれると思っていたのに…………」
「だから、忠告したんだ。早く、この城から出て行きなって」

すっかり打ちひしがれてしまったバーナビーに対して、タイガーは少し同情したのかそう優しく言った。

「バニーの為を思って俺は言ってたんだぜ? お前、本当に何も知らないみたいだからなぁ;」
「そっ、それはどういう意味……!」

そう言ったバーナビーはすぐさまハッとした。

(そう言えば、あの人が血が繋がった叔母様じゃないということは……。どうして、僕を引き取ったんだ?)

てっきり自分が叔母の身内だから引き取られたのだと、バーナビーは思っていたのだ。
しかし、あの叔母と血が繋がっていないのならば、何故僕は引き取られたんだ?

「あの魔女は、今度はバニーの命を喰うつもりなんだよ」
「!?」

混乱する中、そうタイガーに告げられたバーナビーは、瞠目した。

「ぼっ、僕の命をですか!? 何故です! ?どうして、僕なんですか!? 僕なんて、ついこの間までごく普通の生活をしていただけの、ごくごく普通の人間ですよ!わざわざ探してまで食べる価値なんて……」
「まぁ……魔女にとって、命もだけど、精液も力になるからなぁ」
「! そっ、それは! つっ、つまり……っ!!」

そうさりげなく言ったタイガーの言葉にバーナビーは青ざめた。
タイガーが言った事を想像してみると、それはなんとも恐ろしいものだった。

「ってのは、冗談だけどな」
「じょっ、冗談なんですか!? そんな笑えない冗談はやめてくださいよっ!!」
「あぁ、悪ぃ;バニーの反応が面白かったんで、ついな」
「もう! 貴方って人は!!」

バーナビーの反応を見たタイガーはさすがに申し訳なくなったのか、そう言った。
それに対してバーナビーが怒ると、タイガーは悪戯っぽく笑って誤魔化した

「……けど、バニーが狙われる理由はちゃんとあるぞ。だって、バニーはバーナビーの息子だしな」
「えっ? それって、どういう……?」
「とにかく、だ」

タイガーの言葉に疑問を感じ、バーナビーは問いかけようとしたが、それを誤魔化すかのようにタイガーはバーナビーの肩を叩く。

「我が身が可愛かったら、今すぐにでも、ここを出てゆくことを勧めるぜ。それがバニーの為だ」
「ですが!」
「そんなところで無駄話している間に、ネイサンの気が変わったらどうするんだよ? あの女が今のところバニーに手を出さないのは、きっとまだ、バニーの様子を見ているからだぞ。けど、あいつは気まぐれだからなぁ。明日にでも、バニーの命を、自分の力として取り込んじまうかもしれねぇじゃんかよ」
「そっ、そんな!」

タイガーの言葉を聞いてバーナビーは真っ青になった。

「だから、俺が忠告したんだよ。大丈夫だ。今からでも遅くはない。思い立ったら即行動だ。とっとと逃げちまいな」

そう言ってタイガーはバーナビーの手を取って立ち上がらせると、その手にランプを持たせた。

「ですが――」
「だぁっ! でもも、だってもねぇ! ほら、行った行った!」

タイガーは、シッシッとバーナビーを追い払うように手を振った。
しかし、バーナビーはまだ戸惑ったまま動けなかった。
あまりにも急な話の展開に頭が付いてゆけないのだ。

「だぁっ! 迷っている場合じゃねぇだろ? 早く! ネイサンに見つかる前に行っちまいなって!!」

そんなバーナビーの様子を見てタイガーは、少しイライラしたようにそう言った。

「出口なら、すぐそこにあるからな」

その言葉にバーナビーは前方を見ると、確かにそこにあるはずのない、上階へ繋がっているはずの階段が見えた。
バーナビーは迷うように出口に向かって踏み出したが、不安となり立ち止って振り返った。
しかし、バーナビーが振り返った時には既にタイガーの姿はなく、仕方なくバーナビーは上へと目指し、階段を駆け上がったのだった。





* * *





そして、バーナビーは今全速力で廊下を走っていた。

(とにかく、逃げないと……)

あの叔母様が本当に叔母と取って代わった魔女だというのならば、彼女がバーナビーを引き取るいわれは何一つないのだ。
それを引き取ったのだすれば、タイガーの言う通り、目的はただ一つだ。

(殺される……。叔母様――いや、ネイサンにっ!!)

いつ、その時が来るのかわからない。逃げるなら早い方がいいのだ。
今やあの偽者の叔母に対してバーナビーは何一つ未練もなかった。
家族を求める心も綺麗さっぱり消えていた。
全ては命があっての物だねだ。
殺されてしまっては、元も子もないのだ。
人生は、生きているからこそ意味がある。
だからこそ、喜びも悲しみも感じることができるのだ。
そうバーナビーは自分に強く言い聞かせて走り続けるのだった。





* * *





「……どういうことだ? 扉が……開かない!?」

城の玄関にあたる扉の前まで来た時、バーナビーは信じられない思いでそう呟いた。
ネイサンの気が変わらないうちに、早くここから逃げようと決意したところまではよかったが、実際はそううまくいかなかった。
せっかく暗いうちに逃げようと思っていたのに、これではそうすることもできないではないか。

「けど、どういうことだ? 鍵がかかっているようには、見えないのに……」

重々しい鉄の扉は、バーナビーが力いっぱい押しても引いてもピクリとも動かない。
岩のようにどっしりとそこにあった。
まるで、バーナビーがここから出て行こうとするのを拒むかのように……。

(さすがにそれは、被害妄想か……)

今は何を考えてもマイナス思考になってしまうようだ。

(……とにかく、朝になるまで待つしかないな。それまでにネイサンの気が変わっていなければいいですけど……)

こうして、バーナビーは仕方なく自分の部屋へと戻り不安な夜を過ごすのだった。








ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第6話でした!!
こちらも、バディ再結成記念日としてアップしました!
こっちは、前回のアップからかなり時間が立ってましたね;
今回は、前回の爆弾に引き続きネイサンの事に関してのお話が続きます。
さてさて、バニーちゃんはうまく逃げられるのでしょうか……?


H.30 12/24