(この人は……今、何て言ったんだ……?)

聞き違いでなければ、彼は自分が幽霊だと言ったんだ。

「ゆっ、幽霊……? 幽霊って…………あの幽霊?」
「そう、あの幽霊」
「嘘だ」
「こんなこと嘘ついてどうする?」
「ですが、貴方、ちゃんと身体があるじゃないですか!」

バーナビーはまじまじとタイガーの姿を上から下まで眺めまくった。
実体のある幽霊の話など聞いたことなんてなかった。
第一、こんな表情豊かで人間臭い幽霊がいるはずがないのだ。

(やっぱり、からかわれている!)
「僕を騙そうったって、そうはいきませんよ」

そう口を尖らせてバーナビーは言うと、確かめるようにタイガーの頬に触れるのだった。


~ワイルドタイガーの指輪~

(嘘だ。…………冷たい)

タイガーの頬に触れた瞬間、バーナビーはドキリとした。
その肌のあまりの冷たさに驚いたのだ。
そして、ふとバーナビーは思い出した。
彼と初めて出会った時、彼に肩を触れられた際もこんな感じであったことを……。
それは、確かに生きている人の体温とは言い難いものだった。

「って事は、本物の幽霊…………っ!」
「……おっと、約束だからな。気ぃ失うなよ」

バーナビーは目の前が真っ暗になりかけ、グラリと傾きかけると、タイガーがその腕を掴んで身体を支える。
そして、バーナビーを正気に返すように軽く頬を叩いてやった。
辛うじて意識を保ったバーナビーは、体勢を立て直すと、まじまじとタイガーを見つめた。

「貴方……昇天できなかったんですか? 何か心残りでもあったって事ですか?」
「…………」

バーナビーの問いかけを聞いたタイガーは、面白い物を見つけたような表情でバーナビーを見つめた。

「……なっ、何ですか?」
「いや。……あんま、驚いてないなぁ、と思ってな」
「おっ、驚いてますよ。これでも一瞬、目の前が真っ暗になったんですよ! 第一、貴方が気を失うなって言ったんじゃないですか?」
「そりゃぁ、言ったけどさぁ。けど、本当にそうできるとは思ってなかったし。つまんねぇなぁ」

バーナビーの言葉を聞いたタイガーは、本当に残念そうに言った。
どうやら、タイガーはバーナビーに本当はリアクションを期待していたらしい。

(なんだか、子供っぽいところもあるんだなぁ。この人は…………)

時々、信じられないほど、フッと大人びた神秘的な表情は仕草をするのにだ。
こんな風に、驚くほど子供のようなところもあるのだ。
それは、この人が心は子供のまま死んでしまった幽霊だからなのだろうか?
この人は、奇妙に大人と子供が同居しているような男だった。

「それに、そう言われてみればと思ったんですよ。何と言うかこのお城は、なんだか出てそうですし……」

特にこのような夜には、何かが現れてもおかしくない。
それほど夜を迎えたこの城は不気味なのだ。

「…………ですけど、貴方って幽霊のわりには、ちっとも怖くないですよね?」
「それ、誉めてんのか? 馬鹿にしてんのかよ?」
「どちらでもありませんよ。寧ろ感心しているくらいですよ」

バーナビーの言葉を聞いたタイガーは、不満そうに眼を半眼させてそう言った。
それを見たバーナビーは、思わず笑みを浮かべるとそう言葉を返した。
そして、ふと思い当った事を尋ねようとバーナビーは口を開いた。

「…………だから……貴方の瞳は……そんな色なんですか?」
「瞳? ……あぁ、これか?」

バーナビーは改めてタイガーの不思議な色の瞳を覗き込んだ。
その琥珀から金色へと変わる瞳を……。

「……不気味だろ?」

そう口にしながらもタイガーは口の端に小さな笑みを浮かべていた。
その表情は、やはりバーナビーの反応を面白がっているようにも見える。
だが、それ以上に彼が心底哀しんでいるようにもバーナビーには映った。
故に、バーナビーは真剣に首を振った。

「いいえ、少しも。最初は驚きましたけど」
「…………本当に、変な奴だなぁ、お前」
「僕は貴方の目、好きですよ。ちゃんと考えている事がわかりますし。怒っている時とか面白がっている時とか、ちゃんとわかりますから……」

バーナビーの頭の中に、この城で出会ったいくつかの瞳の色が浮かび上がった。
桃色の瞳、紫の瞳、翠の瞳……。
そのどれよりも、今目の前にあるこの琥珀の瞳は、好意が持てた。
気付いた時にはバーナビーの手は自然とタイガーの頬へと伸びていた。
もう尋常な冷たさも気にならなかった。

「……本当に貴方の瞳は、綺麗です。このままずっと見ていたいくらい綺麗ですよ」
「っ////」

バーナビーに見つめられたタイガーは思わず息を呑み、赤面するとバーナビーから目を逸らした。

「そっ、そりゃぁ、どっ、どうも/// 俺も……バニーの事は……気に入ってるぜ」
「本当ですか? そう言ってもらえて、本当にうれしいです!」
「わっ、わかったから! その……そろそろ……手を放せよ。すっげぇ、近いんですけど////」
「……あっ、ああっ! すみません////」

タイガーの言葉に自分が物凄くタイガーの顔に己の顔を近づけている事に漸く気付き、バーナビーはすぐさま手を放してタイガーと距離をとった。
今更ながら、己が無意識の取っていた行動が恥ずかしくなり、バーナビーも赤面する。

「……ほっ、本当にすみませんでした。……ここに来てからそんな事言われたのは貴方が初めてで、つい嬉しくて…………」
「あぁ……。そう…………」

申し訳なさそうにそう言ったバーナビーの言葉を聞いたタイガーは照れ臭そうに頬を掻いた。
それを見たバーナビーは顔を綻ばせた。

「でも……少しだけ残念ですね。貴方が幽霊だという事が……。それにしても貴方、何故幽霊になったんですか? このお城に棲みついているという事は、昔貴方はここの人だったんですよね? ネイサン叔母様が生まれる前からずっと?」
「…………お前。……本当に何も知らねぇんだなぁ」

そう言ってバーナビーは首を傾げた。
そんなバーナビーをタイガーは黙って見つめると、静かにそう呟いた。
その呟きにバーナビーは顔を上げた。

「えっ……?」
「本当に、ネイサンがお前の叔母だとでも思ってんのか?」
「どういう事ですか?」

バーナビーは訝しげにタイガーを見つめた。
すると、タイガーはまるで小さな子供に言い聞かせようとでもするように、バーナビーと視線を合わせた。

「あのなぁ。あのネイサンはお前の叔母様なんかじゃねぇぜ」
「!!」

タイガーの言葉にバーナビーはこれ以上ないくらい大きく目を見開いた。
「あっ、貴方、何言ってるんですか?」
(あの人が僕の叔母様じゃないだって?)

そんなはずないのだ。
絶対にないだと、バーナビーはそう心の中で繰り返した。
やはり、タイガーは僕の事をからかっているだけなのだ。
しかし、今度のそれは性質が悪すぎる。
バーナビーはタイガーを睨みつけた。

「叔母様は僕の叔母様ですよ。あの二人だって最初に会った時、そう言ってました。尤も、彼女達は僕が父さんの本当の息子かどうかは疑ってましたけど」
「そりゃぁ、皆騙されてるってことだな」
「騙されてるって……」
「あいつは魔女だ」

激しく戸惑うバーナビーに対してタイガーは、はっきりとそう言った。
だが、バーナビーはその言葉の意味がわからず、何度も瞬きをした。

「お前の本当の叔母様はとっくにあの魔女に喰われちまったってことだよ」
「!!?」

バーナビーの顔を覗き込みながら、そう言ったタイガーの言葉にバーナビーは今度こそ絶句するのだった。








ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第5話でした!!
わ~い、虎徹さんがついに幽霊だとカミングアウトしたよwww
それに対してのバニーちゃんの反応も可愛すぎるなぁと思いつつ書き上げました!そんなバニーちゃんの反応におじさんもタジタジです♪
そして、虎徹さんはネイサンについてもとんでもない爆弾を落としていきましたねwwwさぁ、これからどうしようwww


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