(しっ、しまった。道に迷ってしまった;)

結局、バーナビーは叔母に追いつけなかった。
地下がこんなにも複雑な迷路を作っているとは思いもしなかったのだ。
長い長い階段を下りた後、歩いても歩いても曲がっても曲がっても道は続いていて、迷宮のようだ。
地上の城も同じように広く迷宮めいていたが、扉や広間といった人の足を止めるようなものが数多くあった。
だが、この暗い世界には、残念ながらそういったものはなく、ただ細く長い道が何処までも続いている。
一体、何の為にこのようなところが造られたのか?
まるで、最奥に宝でも隠されている秘境のようだとバーナビーは思った。

(どうするか……)

これが地上であったなら、朝が来るまで待てばいいだけの事だった。
だが、こんな地下に日の光が届く訳もない。
このまま迷い続けては大変である。
バーナビーはランプを翳し、壁を伝い歩く。
だが、どれだけ歩いてもこのままではキリがないだろうと思ったその時だった。

(えっ……?)

バーナビーの肩にひんやりと冷たい感触が触れた。
一瞬の感触にバーナビーは肝を冷やした。
それは人の手の感触だ。
その手が、ぐいっ、とバーナビーの肩を引いた。

(なっ、何だ……?)
「おい」
「っ!?」

突如、背後から声をかけられたせいでバーナビーは思わず声を上げそうになるところを背後から冷たい手によって素早く口元を塞がれるのだった。


~ワイルドタイガーの指輪~

「まっ、待った! 大声出すなよ。あいつにバレちまったらどうする気だよ;」
「だっ、誰ですか? 貴方……」

そう尋ねがら、バーナビーは勢いよく振り向きその人物を見た。

「あっ…………」

その途端、バーナビーは思いがけない人に出会ったような表情を浮かべて立ち尽くした。

「お前、あれだろ? あいつに新しく連れて来られた奴だろ?」
「…………」

声を出せないでいるバーナビーに向かって、彼はそう尋ねてきた。
だが、それに対してもバーナビーは答えられないでいた。

「…………おっ、おい。どうしたんだよ? もしかして、目ぇ開けたまま、気ぃ失ってんのか? あぁ、悪かったよ。突然、驚かせてさぁ;」

それに対して彼はバーナビーの目の前でバタバタと手を振った。
しかし、すっかり石化してしまったように動けなくなってしまったバーナビーは反応できないでいた。
無理もなかった。
バーナビーは凍り付いたように、彼の瞳に見入っていた。

(金、いや……琥珀色の……瞳……?)

見る角度や光の当たり加減によって彼の瞳の色が金や琥珀色へと変わっていく。
その瞳はまるで二つの煌々とした宝石だ。
そう、まるでタイガーアイのような瞳なのだ。
こんな瞳の色を持った人間をバーナビーは今まで見たことがなかった。
髪はこの闇に溶け込むような漆黒の色。
肌は褐色だった。
それはどれもこれも美しい色彩ではあったが、その中でもバーナビーなその世にも珍しい瞳の色に心を奪われていた。

(不思議だ……。こんな不思議な色なのに……叔母様より、ずっと人間らしく見える……)

その冷たい手は、血の通った人間のものというには冷たすぎたし、身に纏う雰囲気も普通とは違うのがわかる。
冷気を肌で感じるようなそんな冷たさと、何よりも深い闇の気配を感じた。
それなのに、バーナビーは彼を恐れなかった。
それは、その容貌を裏切るような、これ以上はないくらいの人間らしい表情と言葉遣いのせいだったかもしれない。

「驚かせて悪かったよ。けど、俺だって驚かされたんだせ? まっさか、お前の方からやってくるとは思わなかったからな」
「あっ、あの…………」
「まぁ、いっか。その方が都合がいいと言えばいいからなぁ。俺が上に行くと、あの女に気付かれてたかもしれないしなぁ」
(……一体、この男は何を言っているんだ?)

バーナビーには彼の言葉の意味がわからなかった。
何故、このようなところにこの男はいるのか。
何の為にバーナビーに話しかけてきたのか。
そんな基本的な疑問すら今のバーナビーには、すぐに思いつかなかった。

「あいつ、今度はどんな奴連れてきたのかなぁ、とは思っていたけど、まさかこんな可愛らしいウサギちゃんとは思わなかったぜぇ」
「なっ! だっ、誰がウサギちゃんですかっ!?」
「いいじゃねぇか、バニーちゃんで♪ 俺、人の名前聞いても覚えられねぇから、お前の事そう呼ぶことにするわ♪」
「はあっ!?」

悪戯っぽく笑ってそう言った男にバーナビーは思わず声を上げてしまった。
叔母といい、この男といい、ここに住む人間はどうしてこうも人に変なあだ名をを付けがるのだろうか……。

「…………で、貴方は何故こんなところに? 僕は叔母様を追ってきたんですけど、貴方もそうなのですか? あの隠し階段からここまでやって来たのですか?」

バーナビーがそう不満そうに訊くと、男は少し困ったような表情を浮かべた。

「いや、俺は別に……。最初からここにいたんだけど……」
「ずっと? ずっとって、上から降りてきたんじゃないんですか?」
「俺は、ずっとここに居着いてんだよ。ってゆーかお前、人の話聞く気あるのかよ?」
「すみません。……皆さん、僕とはあまりお話してくれないので、つい嬉しくて…………」

そう言ってからバーナビーは口を閉ざすと、聞く体勢を整えた。
それに対して男は暫く何を話そうとしていたのか考え込んていた。
どうやら、バーナビーとのやりとりで、すっかり気が逸れてしまったらしい。

「つまり…………」

それでも、とりあえずは口を開いたようだが、気が変わったのか、男は肩を竦めた。

「お前こそ、ネイサンを追いかけてきたって?」
「はい。だって、部屋の中に隠し階段があったんですよ。気にならない方がおかしいじゃないですか。……ここって、何か普通のお城の地下じゃないですよね? だって、何もないじゃないですか。あるのはただ道だけ。何処かに通じているようには思えません」
「…………」

バーナビーの言葉はどうやら核心をついていたようだ。
それを聞いた男は目を細める。
少しバーナビーの見る目が変わったのがよくわかる。

「すみません、余計な事言ってしまって。ですが、ここは少し変です……」

バーナビーはそう言うと周囲へと視線を彷徨うわせる。

「……まるで、終わりがないみたいだ。この地下はただ、道を造ることだけを目的にしているみたいなんですけど、そんなの聞いたことがない」
「…………へぇ。やっぱ、賢いみたいだなぁ。当たりだよ」

バーナビーの言葉に男はニヤリと笑った。

「そうだよ。ここは、まさにそういう目的で造られたのさ」
「じゃぁ、やはりこのまま歩いていても、何処へも出られないという事ですか?」
「あぁ。そういう仕掛けになっているのさ。目的の場所に辿り着ける奴は、現在ただ1人だ」
「それは誰ですか?」
「ネイサンだよ」
「叔母様……?」

男の言葉にバーナビーはハッとした。

「ってことは、叔母様はちゃんと目的があってここへ? じゃぁ、やはりここはだだ道があるだけじゃないってことですか?」
「いや、ただ道があるだけなんだよ。このまま百年歩いたってお前じゃ最奥には辿り着けねぇよ。お前だけじゃなく、他の誰であってもな。この城の主は現在ネイサンだ。あいつ以外にとっては、ここはただの迷路なんだよ」

バーナビーの言葉に男は首を振るとそう言った。
その言葉を聞いたバーナビーは一つの疑問を感じた。

「……じゃぁ、貴方は……?」
「俺? 俺は、ここの住人だから、別格なんだよ。言っとくが、それ以上は答えねぇよ。ここは俺のテリトリーだからな。たとえ誰であっても踏み込ませるつもりない」
(……ここの住人? 別格……?)

男の言葉にバーナビーはさらに訳がわからなくなった。
すっかり考え込んでしまったバーナビーを見て男は息をついた。

「…………まぁ、いいや。迷ったんなら、助けてやるよ。ついて来い」
「えっ……?」
「このままだとお前、永遠にここから出られないぞ。言ったろ? 一度入ってしまえば、ここは道しかないし、果てもねぇ。ただ歩く事だけが目的の道しかないんだ。お前にとってはな」
「貴方には出口がわかるんですか?」
「だーかーら、俺は特別なの。いいからついて来い」

そう言うと男はくるりと身を翻して歩き出す。
それを見たバーナビーは慌てて追いかけた。
ここではぐれてしまったら、もう二度と上にあげれないと思ったからだ。

「待ってください。貴方の名前は……?」

そう言えば、まだこの男の名前を知らないことに気付いたバーナビーは彼の背中に問いかけた。
その問いに男はふと足を止め、不自然な間が開いた。

「…………俺の名前、か……。一応、俺の事を周りの奴は"タイガー"って呼んでるぞ」
「タイガー……ですか。貴方も枝分かれした叔母様の遠縁の親戚なんですか?」

それを聞いた男――タイガーは振り向いた。

「…………まぁ、そんなところだな」

そして、苦笑したような表情を浮かべた。





* * *





それから暫く無言のまま、二人は暗闇を歩いた。
そのおかげで彼もまた叔母と同じ類の人間なんだとバーナビーは悟った。
余計な事を突っ込んで訊いてみても、全てを話してくれないタイプなんだと。

「…………ここには何があるんですか?」

それでも好奇心に負け、バーナビーは口を開いた。

「意味もなく、こんな場所を造ったりしないと思うんですが?」

ここは本当の意味で迷宮だ。
そして、迷宮の向こうにはおそらくきっと、何かがあるのだ。
すると、タイガーはバーナビーの頭をポンッと優しく叩いた。
それは余計な事に首を突っ込むなという合図だった。

「…………忠告してやるよ」

タイガーは足を止めることなく、そう言った。

「本当は最初に会ったら、すぐに伝えるつもりだったんだけどな。……悪い事は言わねぇから、この城から出て行くんだ」
「えっ……?」

タイガーの言葉にバーナビーは耳を疑った。

「これはお前の為を思って言ってるんだぜ、バニー」
「どういう……意味ですか……?」
「ネイサンはお前が思っているような女じゃない」
「叔母様……? 何故、ここで叔母様の名前が出てくるんですか? 叔母様は僕を引き取ってくださった方ですよ」
「馬鹿だな。お前」

タイガーは呆れたような表情で笑った。

「あいつが、お前を引き取ったのには、別の意味のがある」
「えっ……?」

タイガーはバーナビーの瞳を覗き込んだ。

「いいか。あの女を信じるな。お前は、これまでお前が生きてきた世界に戻るべきだ。じゃないと、後戻りできなくなる。俺はお前の為を思って言ってるんだ」
「僕が……これまで生きてきた世界って……」

それは、あの下町のことだろうか?
バーナビーが生まれ育ったあの町のことだろうか?

「それは……僕がこのお城に住むにふさわしい人間じゃないってことですか?」
「その逆だよ。お前にとって、きっとこの城は災いとなる。今ならまだ間に合う。とっとと帰っちまいな」

バーナビーの言葉に対してタイガーは首を振るとそう言った。
彼は一体何が言いたいのだろうか?
バーナビーには、彼の真意が何処にあるのかわからなかった。

(逆ってどういうことだ? この人は何を言っているんだ……?)

答えを導き出そうとバーナビーは考え込んだが、すぐに諦めた。
いくら考えてみても答えは出てきそうになかったからだ。

「それはできません」
「お前なぁ。人が折角親切に――」
「僕にはもう帰りを待ってくれる人も、場所もありませんから」
「…………」

バーナビーはタイガーの言葉を遮ってそう言った。
それを聞いたタイガーは口を閉ざした。

「叔母様は、唯一僕の叔母様なのです。僕は、父さんや母さんが死んでしまって、もう誰もいなくなったとずっと思ってました。……だから、叔母様の存在を知ってとても嬉しかった」
「…………」

タイガーはただ黙ってバーナビーを見つめていた。

「ここが、僕の家なのです。……もう他に行くところなんて僕にはありません」
「……俺は一応忠告はした。それだけだ。後は、お前がどうなろうと知ったことじゃない。だがな……」

バーナビーの言葉にタイガーは息をつくとそう言った。
そして、一度言葉を切った彼は少し苛々したようにバーナビーに目を向けた。

「あの女を信用するな」

先程バーナビーに告げがその言葉を再び口にした。
それから彼はその場に立ち止った。
それにつられてたようにバーナビーも立ち止った。
バーナビーが足を止めた事を確認したタイガーはゆっくりと前方を指差した。

「ほらよ。出口にご到着だ。行けよ」
「あっ、ありがとうございます。助かりました」

バーナビーはそう言うと出口へと歩き出した。

「……あっ、あの、またここに来ても…………」

そして、数歩踏む出した後、振り返りながらそう言った。
だが、振り返った時にはそこに彼の姿はなかった。
彼は、いつの間にか闇に紛れて消えていたのだった。








ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第3話でした!!
ついに、バニーちゃんと虎徹さんがご対面ですww
ここで虎徹さんにどうやってバーナビーの事をバニーちゃんと呼ばせるか悩みました;
そして、虎徹さんがバニーちゃんにこの城を出てけって忠告しても、まったく耳を貸さないバニーちゃんでした♪


H.25 10/24