「……あんな言い方をしなくてもよかったんじゃないですか? 多分、傷付いていますよ、彼」
「僕はもっと傷付きました。……好きだったんです、彼の事……」

ユーリの言葉にそうバーナビーは、返した。
あの人の事が僕は好きだった。
だからこそ、余計に許せなかった。
どうでもいい存在だったら、あんな風に怒ったりはしなかっただろう。

「…………指輪は……まだ、しているようですね」
「ええ。外れないんです。本当だったら、こんなもの投げ捨ててやりたいんですけど……」

すると、ユーリはバーナビーの指を見つめてそう言った。
その視線の先には、あの指輪がある。
ユーリの言葉にそう言いながらバーナビーは、再び指輪を抜く事を試みてみるが、やはり駄目だった。
この指輪は、自分の指に吸い付いているかのように抜けないのだ。

「そのうち、抜けたらちゃんと叔母様にお返しします」
「抜けたら……ですか……」

バーナビーの言葉を聞いたユーリは、ただそう言うと炎の指輪を見つめているのだった。


~ワイルドタイガーの指輪~

「それより、今まで何処へ行ってたんですか? 貴方が消えてから、僕はとても嫌な思いをたくさんしてました。貴方も僕を騙していたんですか?」
「私は、一度も嘘はついてはいないよ」
「…………」

ユーリの言葉にバーナビーは少し考え込んだ。
確かに、彼はバーナビーに嘘はついていなかった。

「ですが、本当の事も仰ってはくださらなかったですよね」
「そうですね。それは、余計な事は口止めされていたからです。ネイサンは、君が指輪の持ち主になれるか、ずっと見守っていたから」

ユーリのそんな言葉は、バーナビーには何の慰めにもならなかった。
そして、暫くの間、硬い表情のバーナビーの様子を眺めていたユーリは、フッと小さく息を吐いた。

「……私たちは、血統を誇りとする魔術を有する一族です。その指輪は、私たち一族の力の象徴なんです」
「…………」
「ですが、あの通り彼は、若干プライドが高いだけじゃなく、とても気まぐれなんです。長い間、どうしても主を決めようとはしなかった。そして、唯一選んだのが――」
「父さんですか?」
「はい……。バーナビーと私は、幼馴染でした。だから、彼の事はよく知っています」
「! 父さんと幼馴染……?」

それを聞いたバーナビーは、目を丸くした。
ユーリの外見は、どう見たって自分より少し上くらいにしか見えなかった。
それなのに、父さんと幼馴染という言葉がどう考えても違和感でしかなかった。
だが、当の本人であるユーリは、バーナビーのそんな様子など特に気にする事もなく、しっかりと頷いて見せた。

「はい。……だから、彼が君の父と友人だった事は、本当の事だと私が保証します。あの時の私もまた君の父を通して彼とやり取りをしていましたから」
「…………」
「彼は、拗ねていたんですよ。せっかく自分の相棒をバーナビーに決めたのに、彼はあっさりと城から出て行ってしまったから」
「…………」

慰めるように言うユーリの言葉も、一旦頑なになったバーナビーの心を和らげる事はなかった。
寧ろ、逆だった。彼の言う事がどんどん嘘のように聞こえてきた。
だが、それでもユーリは続けた。

「ですが、それは別にタイガーを気に入らなかったわけではありません。彼は、あの指輪の王をとても気に入っていました。彼が嫌っていたのは、一族そのものでした。それに彼は、魔術も嫌いだった。普通の人間の生活がしたかったんです。ですが、指輪を引き継いでしまえば、それが叶わなくなる。指輪を根に入れるという事は、一族の頂点に立つという事ですから」
「一族の頂点に?」
「そうです。その指輪は、それだけの価値があるんですよ」
「……でも、僕には必要ないものです」

ユーリの話を聞いたバーナビーは、そう呟いた。

「…………あの人は、僕を主に決めたんじゃない。せっかく自分が父さんを選んだのに、父さんはあの人を選ばなかったから意地になっているだけなんです。子供みたいに」

だから、僕もあの人の事など選ばない。
叔母が、僕を捜し出したのは、僕が父さんの息子だったからだ。
誰も受け入れない指輪の王。
だから、僕を捜し出したのだ。
父さんの子供ならば、ワイルドタイガーは主として受け入れるだろうと、思って……。
僕に会いたかったわけでは決してなかったのだ。

(……あの人だって……きっと同じだ)

最初の頃のあの人は、僕の事をあの城から追い出そうとしていた。
それなのに、途中で気が変わったのは、おそらく僕が父さんの子供だってわかったから。
だから、考え直しだんだ。
そうバーナビーは、強く思い込んでいた。
誰も本当の意味で僕の事など求めているわけではないと……。そう思った。

「それは……少し違うと思います」
「どうしてですか?」
「確かにきっかけは、本当にそれだったかもしれません。でも、君が感じた事を彼も同じように感じていたかもしれませんよ?」
「そんなの……ありえない」

あの人が僕と同じ事を感じていた?
そんな事ありえない。
あの人は、ずっと僕の事をからかって遊んでいただけなのだから……。

「それに、僕は今、貴方が話した事をすべて信じる事はできません。……とても貴方が父さんと幼馴染だなんてありえないじゃないですか! だって、貴方は、どう見たって……」
「確かに。外見については、君とは大差ないかもしれませんしね」

そのバーナビーの言葉にユーリは、あっさりとそう答えた。
まるで、最初からバーナビーからそう言われる事がわかっていたかのような、そんな口ぶりだった。

「そうですね……。確かに、バーナビーと幼馴染というのは、少し言い過ぎかもしれません。ですが、私は彼の幼い頃は、よく知っています。魔術師は……外見と年齢が一致するとは限りません。私は、君より、そして、ネイサンよりもずっと長く生きています」
「えっ!?」

その言葉にバーナビーもさすがに驚き目を見開いた。

「先程も少し話しましたが、タイガーは君とバーナビーの事を選びました。ですが、そこには決定的な違いがありました。……何だと思いますか?」
「そんなの……僕が父さんの子供という理由じゃ……」
「違います」

戸惑いながらもそう答えたバーナビーに対して、ユーリはそう首を振って否定した。

「答えは……"名前"ですよ」
「名前……?」
「タイガーは、君にだけ自分の本当の名前を教えました。君の父がいくら聞いてもダメだった名前を君には、あっさりと教えたんです」
「えっ?」

そして、ユーリの言葉にバーナビーは心底驚いた。
父さんは、あの人の本当の名前を知らなかった?
タイガーの本当の名前が、"コテツ"である事を……。
だが、あの人の本当の名前を知っているから、一体何だというのだ?

「タイガーが主として選び、加えて本当の名前を教えたのは、君だけ。その意味の大きさをいつかきっとわかる日が来ます」
「…………そんな日……来なくていいです」

そう呟いた後、バーナビーは忌々し気に自分の指に収まっている赤い宝石を見下ろした。

「……どうして、この指輪は、僕の指から外れないんだろうか?」

その問いにユーリは、静かにバーナビーの事を見つめた。
そして、それから一言だけこう答えた。

「タイガーが、君の事を諦めていないからですよ」
「…………迷惑だ」

それを聞いたバーナビーは、吐き捨てるようにそう呟くとそのまま視線を窓の外へと向けるのだった。








ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第15話でした!!
今回は、馬車の中でのユーリさんとバニーちゃんの会話が主なシーンとなります。
なんと、ユーリさんはバーナビーとは、幼馴染のようです!
そして、何気に虎徹さんがバニーちゃんだけに名前を教えている事を暴露しちゃうユーリさんwww
さてさて、次回はどうなる事やら。


R.1 11/10