――――……なぁ、バーナビー。お前、俺の主になる気……あるか?
――――…………はっ?
数十年くらい前の出来事も虎徹にとっては、昨日の事のように思い出せてしまう。
冗談っぽくそう言った虎徹の言葉にバーナビーは、意味がわからないと言ったような表情を浮かべてこちらを見ていた。
――――もうそろそろ、いいかなぁ、って思ってさぁ。……まぁ、お前がよければだけど?
――――…………タイガー。それ、本気で言っているのか?
――――あぁ、本気本気。お前だったら、他の魔術師も文句言わねぇだろうし……どうだ?
そう言えば、誰も自分の誘いなど断る奴なんていないと思っていた。
俺は、炎の指輪の精。
魔術師なら、誰もが欲しがる存在なのだから……。
――――…………悪いが、その話は断らせてもらうよ。
――――! なっ、なんでだよ!?
だが、バーナビーから返ってきた言葉は、虎徹にとっては予想外のものだった。
――――だって、そんなの君らしくないだろ?
――――俺らしく……ない?
――――そう。君は、誰とも契約を交わさない唯一無二の宝玉のはずだ。それなのに、そんな自棄をおこしてまで私と契約する必要なんてないんだよ。
――――別に自棄なんて――。
――――それに……。
バーナビーの言葉に反論しようと虎徹は口を開こうとした。
別に自棄なんておこしていない。
本当にお前だったら、契約してもいいと思ったからそう言ったんだ。
だが、その反論を遮るかのようにバーナビーは言う。
――――それに、タイガーは、僕に"名前"、教える気はないだろ?
――――!!
その言葉に虎徹は、瞠目し、何も言い返せなくなった。
そんな虎徹の様子を見たバーナビーは苦笑した。
――――私は、タイガーとは、友人でいたいんだ。だから、君とは、契約もしないし、ここから出て行くよ。だから……君が本当に"名前"を読んで欲しい人物が現れた時に契約すればいいよ。
そう言ったバーナビーは、踵を返すと虎徹のいる地下迷路から二度と訪れることはなかった。
そんな奴なんて、現れるわけがない。
俺の"名前"を呼んで欲しい人物が現れるなんて……。
たった一人だ。俺は、彼女だけに"名前"を呼んで欲しかった。
けど、もうその彼女は、何処にもいない。
だから、誰もいない。
そう、思っていたはずだったのに……。
~ワイルドタイガーの指輪~
「…………なぁ、少しは俺の話を聞けよ、バニーちゃん」
「僕に話しかけないでください」
夜が明けていく中、バーナビーは憤った様子で歩いていた。
彼が目指しているのは、城門である。
その後を虎徹は、付いて来ていた。
空が徐々に明るくなるにつれ、虎徹の容貌が鮮やかに太陽に光に照らされていく。
どうやら、彼は、明るい朝に陽の光に当たっても平気なようだ。
まぁ、幽霊でもないのだから、当然かもしれないが……。
この男は、バーナビーを騙し、嘘をついていただけなのだから……。
「悪かったって。最初は、お前をこの城から追い出そうと思ったんだよ」
バーナビーの背中にそう虎徹は言った。
「ネイサンの奴が、次から次へと候補者を俺の前に連れて来ては、選ばせようとして、面倒くさいから地下で眠ってたんだよ。結構、長く生きてきたし、退屈だったし、そろそろ昇天してもいいかなぁって、感じでな。まさか、ネイサンがバーナビーの息子を捜し出してくるとは思ってもみなかったんだよ」
「…………」
それに対して、バーナビーは答えなかった。
ただ、ひたすら、道を歩き続けていた。
「……俺はなぁ、バニー。バーナビーにフラれたんだぜ。せっかく、この俺が選んでやったのに、だ」
「きっと、父さんは、貴方の事をちゃんとわかっていたんですね。嘘つきでいい加減で不誠実だって事を」
「あいつは、友達だった」
「どうだか! どうせ、それも嘘なんでしょ?」
「本当だって! 向こうから、懐いてきたんだよ。赤ん坊の頃から、面白がって俺の後を付いてきたんだよ。それで、俺がわざわざ妥協してやったのに、あの野郎突然逃げやがった」
それを聞いたバーナビーは、虎徹の事を睨みつけた。
「僕は、父さんから貴方の話なんて一度だって聞いた事はありませんでした。本当に父さんと友達だったのなら、一度くらい聞いていてもおかしくはないはずですが!」
「わっかんねぇ奴だなぁ;」
虎徹の言葉にそれまで怒りを込めて歩き続けていたバーナビーの足が止まった。
そして、勢いよく振り返る。
「わからないのは、貴方の方でしょ? 僕は、指輪なんていらないって言ってるじゃないですか。貴方とは、ここでさようならです。僕は、ここから出て行きますから」
「行くところなんてなかったんじゃないのかよ?」
「こんなところにいるくらいでしたら、何処へだって行けます!」
バーナビーと虎徹は、睨み合った。
どちらも意見を引くつもりなどない。
「二度も指輪の主に逃げられるなんざ、いい笑い者だ。冗談じゃねぇ。それも、親子でなんてな。諦めて俺を受け入れろ」
「そんな事、僕の知った事ではありません」
「聞き分けのねぇ奴だなぁ;」
そう虎徹は、呆れたように呟く。
「貴方にそんな事言われたくありません!」
大体、どの面下げて、この男は、こんな言葉を言えるのか……。
指輪の候補者だが何だか知らないが、僕の事など認める気がなかったから、あんな嘘を並べて、僕をこの城から逃げ出すように仕向けたくせに……。
それがどういうわけか、途中で気を変えて主にしたいだなんて……。
それを僕が快く受け入れるとでも思っているのだろうか?
だとしたら、あまりにも人を馬鹿にし過ぎている。
この男が、バーナビーについた嘘は、決して笑って許せるものではなかった。
実の叔母を憎むように仕向けるようなものだった。
そこまでして、バーナビーをこの城から追い出そうとしておきながら、今更である。
バーナビーは、虎徹の存在を無視して再び歩き出そうとした。
「おい!」
虎徹が、呼び止めたが、今度は反応しなかった。
もう無視する事をバーナビーは決めた。
今、口を開いても怒りの言葉しか出てこないからだ。
その時、ガラガラと音がして、城の方向から馬車がやってきた。
バーナビーは、その音に気付きつつも無視して歩き続けたが、馬車はどんどん近づいてくる。
そして、ついにはバーナビーの前で止まると中から一人の男が顔を出した。
その顔を確認したバーナビーもとうとう立ち止まった。
「…………ユーリ」
それは、銀髪の長い髪を一つに纏めた紳士。
叔母の代理人として、バーナビーをここまで連れてきた人物だ。
もう、すっかり忘れていたその存在が突然目の前に現れて、バーナビーは、心の中で驚いていた。
だが、怒りに包まれていたバーナビーは、それを表には出さなかった。
「どうぞ。乗ってください」
「ですが……」
ユーリは、そう言うと馬車のドアを内側から開けた。
それに対して、バーナビーは、すぐに反応できなかった。
「まさか、歩いて行くつもりではないですよね? 町までどれだけあると思っていますか?」
「う゛っ……;」
ユーリの言葉にバーナビーは、返す言葉が見つからなかった。
確かにユーリの言う通りだ。
冷静に考えれば、徒歩で平原を渡るには、無理があった。
その先にある森も越えられないかもしれない。
残念な事に充分な旅の身支度すらしてもいないのだ。
今のバーナビーの姿では、一番近い町だって無事に辿り着けないかもしれない。
ユーリが、何故バーナビーを町まで送っていってくれる気になったのかは、わからなかったがバーナビーは、馬車に乗り込んだ。
「…………貴方は、付いて来ないでください」
「お前なぁ;」
そして、窓から顔を出し、虎徹に向かってそう言い放った。
それを聞いた虎徹は、他にも何か言いたそうだったが、バーナビーはそれを無視した。
「行ってください」
「ですが……彼は、まだ、何か言いたそうですが?」
バーナビーの言葉を聞いたユーリは、そう言うと虎徹へと視線を向けた。
「僕は、何も聞きたくありません。どうせ、全部嘘に決まっていますから」
「…………」
バーナビーの言葉にユーリは、まるで同情するかのように虎徹を見た。
それに対して、虎徹は、少し困ったように肩を竦ませるだけで、特に何も言わなかった。
彼の行動から何かを察したのか、ユーリは緑色の帽子を被った御者に馬車を出すように命じた。
「では、おじさん。もう二度と会いたくなんてないです」
「…………」
そう言い捨ててバーナビーは、窓から顔を引っ込めた。
そして、馬車は動き出した。
その馬車を虎徹は、追いかける事はなく、その場に立ち尽くしたままだった。
ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第14話でした!!
バニーちゃんは相変わらず、激おこ状態です。
そして、久々の登場のユーリさん!彼は初めからこうなることが分かっていたのか、準備が早いですねwww
これから町に戻るバニーちゃんですが、これからの展開はどうしようかなぁ?
R.1 11/10