いつからだっただろうか?
俺がバニーの事を気にするようになったのは……?
バニーが俺に「一緒に逃げましょう」と言った時からか?
バニーが、バーナビーの息子だと分かったあの時からか?
いや、多分どれも違う。もっとずっと前から俺は、バニーに惹かれてしまっていたんだ。
けど、全て知ったらバニーの奴は、俺の事なんて受け入れないだろうなぁ。
俺は、バニーにたくさんの嘘をついた。
それをバニーの奴は、絶対に許さないだろう。
バニーの奴は、この城にいる誰よりも純粋な奴だから……。
それでもいい。
俺は、もう決めちまったから……。
例え、バニーに嫌われても、俺は……。
~ワイルドタイガーの指輪~
虎徹と別れたその日の夜、バーナビーは久しぶりの寝床へと潜り込んだ。
(今夜もネイサンに動きはなさそうですし、今日はもう寝よう……)
そろそろさすがに徹夜も辛くなってきたところだった。
こんなところで倒れてしまっては、本末転倒である。
ここは一つ、いざという時に備えて体力を温存すべきだと思考を切り替え、眠りにつこうとしていた。
だが、ほどなくして、バーナビーの意識は再び目覚めてしまう。
(! かっ、身体が……動かない。……なんだ、これ? ……まさか……金縛り?)
バーナビーは、目を開けることも出来なかった。
身体は、まるで凍り付いたように動かない。
なのに、何故だか誰かの強い視線を感じた。
その視線が自分の身体を鋭く貫いていた。
(これは……夢?)
うっすらとする意識の中でバーナビーは、そう考えた。
でなければ、目を閉じている僕が人の気配を、こんなにも強い視線を感じることが出来るなんてありえなかった。
(……誰か……僕の事を睨んでいる?)
そう、その視線は、バーナビーの事を睨んでいた。
憎しみのようなものを感じ、バーナビーは戸惑った。
(誰ですか? 一体……誰が僕を……睨んでいる?)
その視線には、殺意すら感じるのだ。
身の危険すら感じたバーナビーは焦った。
何とか指の一本でも動かそうと指先に意識を集中させても、駄目だった。
明らかに忍び寄る殺意。激しい感情。
目が開けられないからこそ、恐怖が募っていく。
だが、バーナビーが息を潜めていると、ふっとその呪縛から解放された。
全身から力が抜け、バーナビーは恐る恐る目を開けた。
(……夢じゃ……ない?)
そして、動けるようになったことで、バーナビーの恐怖はさらに煽られることになった。
あれは、夢だと誤魔化すことが出来なくなったからだった。
バーナビーがゆっくりと視線を動かすと、そこにネイサンが立っていたからだ。
バーナビーは、身を竦ませた。
灯りのない部屋で、ネイサンがバーナビーを見下ろしていたのだ。
「! 叔母様……いつから、そこに……?」
そう言ったバーナビーの声は、震えていた。
さっきまで、僕の事を見つめていたのは、ネイサンだったのだろうか?
だが、今のネイサンからは、先程の強い感情は、何も感じられなかった。
ただ、いつものように冷たい目をバーナビーに向けているだけだった。
バーナビーは、周囲に視線を走らせる。
しかし、ネイサンの他にこの部屋には、バーナビー以外誰もいなかった。
「起きなさい」
「…………えっ?」
突然、ネイサンに命じられてバーナビーは驚く。
「すぐに着替えなさい」
「ですが……まだ、真夜中です。叔母様」
「これから、大切な用があるの」
戸惑うバーナビーに対して、ネイサンはそう言った。
「大切な用、ですか?」
その言葉にバーナビーの全身が緊張した。
何だか、嫌な予感がした。
「何処かへ出かけるのですか? 外へでも?」
「いいえ。ハンサムが外に出る必要は、ないわ。……広間へ来なさい。そこに、大切なお客様達があんたの事を待っているのよ」
「大切なお客様達……? こんな……真夜中にですか?」
バーナビーの身体は、強張っていた。
暗闇の中、ネイサンにはきっと悟られることはなかっただろうが、バーナビーの顔は蒼白になっていた。
(お客様なんて……知らない)
ここ数日、場内に客人が足を踏み入れたことはなかった筈だ。
今、城の中にいたのは、バーナビー、イワン、パオリン、カリーナ、そして、ここにいるネイサンだけの筈だ。
だが、そんな事よりもバーナビーの心が乱れたのは、そのような事ではない。
(僕の事を……待っているだって?)
客人が僕を待っている?
それもネイサンの口ぶりから一人や二人ではないことがわかる。
でも、その理由が分からず、バーナビーは本能的に危険を感じた。
行きたくない、と心の底から思った。
「叔母様……。僕、今、気分が悪いんです。風邪を引いてしまったかもしれません。今日は、このまま寝ている事をお許しください」
だから、バーナビーは、咄嗟に嘘をついてしまった。
すると、ネイサンは、バーナビーの額に手を当てた。
ヒンヤリとした冷たい手にバーナビーの身体がますます竦み上がる。
「…………熱は、ないようだけど」
「でっ、でも、吐き気はするんです。頭もズキズキしますし、お腹も痛くて……」
「ハンサム。あんたは、嘘をついているわ」
「うっ、嘘じゃありません」
「いいえ。あたしにはわかるの」
そう言ったネイサンの目が鋭くなる。
「あたしは、嘘をつく子は、嫌いよ」
「う゛っ……」
そのネイサンの視線にバーナビーは、言葉を失った。
彼女相手にこれ以上の誤魔化しは、無理だと思った。
「早く着替えなさい。あまり長くお客様を待たせては失礼でしょ。このあたしに、恥をかかせるつもり?」
「いいえ。叔母様……」
「早くしなさい」
そう言ったバーナビーの声は、震えていただろう。
それは、ネイサンにも伝わった筈だ。
だが、彼女はそんなことはお構いなしと言った感じで容赦なかった。
だから、バーナビーは仕方いなくベッドから降りてクローゼットを開けた。
そして、クローゼットの中を探り、着替え始めた。
着替える間中、バーナビーには悪い事しか頭に浮かばなかった。
(……まさか、今から例の儀式が始まってしまうという事は?)
それ以外、考えられなかった。
そうでなければ、こんな真夜中に、大広間に客人を呼び集めて何をするというのだ?
それは、まさしく昔読んだ魔女の集会のようではないか……。
(油断した……。今まで、ネイサンが僕に何もする気配なんて感じなかったから、すっかり安心してしまった)
だが、これ以上は気を緩めてはいけない。
魔女は、ただ爪を研いで来るべき時期を待っていただけなのだ。
バーナビーは、わざとノロノロと服を着替えた。
服を選ぶ余裕もなく、ただ無意識に手に取ったタキシードを時間をかけて身に纏った。
少しでも遅くなるように、バーナビーは動いていたが、それでも着替えは終わってしまった。
ネイサンは、それを確認すると先に立ち、バーナビー向かって言った。
「ついてらっしゃい」
* * *
(……あぁ、逃げ出したい)
今、ここで駆けだしたら、彼女は追いかけて来るだろうか。
そんな事を真剣に考えながら、大人しくネイサンの後に続いて歩いていた。
今、ネイサンはバーナビーに背を向けている。
軽く頭を殴って気絶させた隙に逃げるのは、どうだろうか?
(……いや、駄目だ)
何処へ逃げても無駄だ。
この城は、閉ざされた空間なのだ。
例え、一時凌ぎに逃げたとしても、逃げきれない。
かえってネイサンを怒らせるだけだ。
そうなれば、バーナビーが想像している事よりももっと恐ろしい目に遭うかもしれない。
ふと、バーナビーは、左手の中指に嵌めた指輪に触れた。
――――何かあったら、それを使え。
もしかしたら、役に立つかもしれない。
そう言ってあの人から渡された指輪を……。
だが、一体、こんなものが何の役に立つというのだろうか?
(……あぁ、使い方くらい、聞いておけばよかった)
バーナビーは、心底後悔した。
そうこうする間にバーナビーは、ネイサンの行き先がおかしいことに気付き始めた。
(えっ……?)
一体、彼女は、何処に向かおうとしているのだろうか?
バーナビーたちは、たった今、目的地と思っていた大広間を通り過ぎてしまったのだ。
「あっ、あの、叔母様……。どちらに行くのですか?」
「…………」
ネイサンは、その問いに答えてくれなかった。
ただ、黙ってついて来いと、視線だけで強制してくる。
(どういう事だ? 大広間は、あそこではないという事なのか?)
バーナビーが戸惑っている中、ネイサンは一つの部屋の前で立ち止まった。
その場所に、バーナビーは、目を見張った。
(こっ、ここは……!?)
そこは、今のバーナビーにとって一番馴染みのある場所だった。
地下の迷宮へと繋がる階段がある場所だ。
毎日のようにバーナビーが訪れている場所なのだ。
「あの……叔母様……。その向こうには、何もありません。あるのは、ただの道だけで……!」
そう口にした後、バーナビーは、しまったと思い、口元を慌てて押さえた。
だが、ネイサンはバーナビーをただ冷たく見つめるだけだった。
「今日は、特別なのよ」
「特別?」
バーナビーには、ネイサンが何を言っているのか、まるで分らなかった。
ネイサンは、扉の脇に立つと、バーナビーに先に入るように促した。
「……中の事は、知ってるでしょ?」
「!!」
そのネイサンの言葉にバーナビーは、瞠目した。
ネイサンは、知っていたのだ。
バーナビーが毎日、この部屋へとやって来ていた事を……。
ワイルドタイガーの指輪シリーズ小説の第11話でした!!
ついに、ここまでやってきました。
いや~。暗闇の中でネイサンに見下ろされてたら、めっちゃ怖いだろなぁwww
ここまでの話だと、ネイサンが若干ホラー状態だわwww
次回はいよいよ儀式が始まります!!バニーちゃんの運命は如何に!?
R.1 5/25