「……何だよ。まだ、目を覚ますことができるんだなぁ。俺は…………」

久しぶりに目を開けた直後、彼はそう自嘲するように呟いた。
最後に目を閉じて眠りについた時は、今度こそ安らかに昇天してやると思っていたのに……。
結果は残念ながら、まだこの暗い場所で闇に抱かれて眠っていただけらしい。
彼の美しい琥珀の瞳はそのことを本当に残念そうに思い、哀しみで揺れていた。
俺はいつまでこの世界で生きなきゃいけないんだよ。
もう充分生きたはずだろう。
もう静かに寝かせてくれよ……。
そんな彼の気持ちとは裏腹に周りは、世界は彼を生かそうと動き出す。
だから、今回彼は長い眠りから覚める羽目になったのだ。

「……あいつ。当分大人しくしてると思ったのになぁ。……今度は、何処のどいつに目ぇ付けやがったんだよ?」

彼は、あの派手なショッキングピンクの短髪ヘアの魔女の顔を思い浮かべながらそう彼は呟いた。
この城を支配するあの得体の知れない魔女が動き出した。
そして、魔女の命によりこの城にまた誰かが招き入れられる。
その人物の顔をまだ彼は知らない。
だが、その者にもし会ったら忠告してやらないといけないだろう。
"お前がやってきたここは、魔の巣窟だ"と……。
それまでは、この闇の中で身を潜めているか。
まだ、顔も知らぬ哀れな者へ。
お前が平穏な生活を送りたいと思うなら、この城へ決して足を踏み入れるな。
それが、お前自身の為なのだから…………。


~ワイルドタイガーの指輪~

「はじめまして、バーナビー・ブルックスJr.。私は、ユーリ・ペトロフと申します。あなたの叔母様の代理人として参りました」

男――ユーリはそう物静かに青年――バーナビーに告げた。
突然の訪問者の言葉にバーナビーは目を丸くする。

「……お……ばさま? 人違いでは、ありませんか? 僕に叔母がいるなんて話聞いたことありませんが……」

バーナビー・ブルックスJr.は天涯孤独であった。
四歳の時に両親を一遍に亡くし、ずっとこの下町で独りで生きてきたのだった。
両親からもそんな人物がいるとは聞いたことがない。
第一、自分とそれほど年が違わない男が代理人として訪ねてくること自体怪しいと思うべきだろう。
何か裏があるに違いない。

「……僕を騙しても一銭の特になりませんよ。なんてたって無一文に等しいんですから。……言っておきますが、僕を色町へ売り飛ばす考えもすぐに捨てたほうが身の為ですよ?」

バーナビーがそう言うとユーリは少し驚いたような表情を浮かべると額に手を当て溜め息をついた。

「バーナビー・ブルックスJr.。どうやら、あなたと我々には大きくて深い川が流れているようですね。とりあえず、その溝を埋める為にもまずは話をしましょう。上がってもいいでしょうか?」
「…………どうぞ」

ユーリの言葉にバーナビーは渋々承諾する。
正直、人買売りかもしれないこの男を家にあげたくはないと思ったが、とりあえずいかにも金持ちらしき人物にここまで下手に出られてはあまり邪険にもできない。
しかも、騒ぎを聞きつけたした街の人々が集まってきている。
何かあれば、直ぐに彼らが飛び込んでくるだろう。
だが、部屋の中で紳士である男の口から出た話は、バーナビーの人生がひっくり返るものだった。





* * *





「…………あの……ユーリ・ペトロフさん」

馬車が徐々に己が暮らしていた場所から離れていくのを目で確認した後、バーナビーは改まったようにユーリと向き合った。

「ユーリで結構ですよ。私はあなたとは遠い身内ですから」
「僕の親戚なんですか?」

ユーリの言葉にバーナビーは驚いた。
それに対してユーリは頷く。

「遠い親戚ですがね。あなたの家系はとても古くていくつも枝分かれしていますから、そう言う意味での親戚なら山のようにいますよ」
「どちらでもいいです。父さんや母さんからそんな人いるって聞いたことがなかったんです。……だから、遠い親戚でも何でもとても嬉しいです」

二十年間ずっと独りで生きてきたのだ。
誰の力も借りずに生きていくことになるだろうと思っていたのに、実は僕には叔母がいて、しかも貴族であることに心底驚いたと同時に嬉しさが込み上げてきた。
僕はもう独りじゃない。血の繋がった家族がいるのだと……。
そんなバーナビーの心境を察したのか、ユーリは安堵の息をつく。
だが、次のバーナビーの質問にユーリは困った表情を浮かべることになる。

「ところで、僕の叔母様ってどんな方なんですか?」
「…………美しい方、だと思いますよ」
「思う?」

ユーリの言葉にバーナビーは眉を顰めた。

「美しいが、少し変わった人だと思います。自分の目で確かめた方がいいです。私にはそれだけしか言えないです」
「そう……ですか。……叔母様は……俺のこと気に入ってくれると思いますか?」

ユーリの言葉に微かな不安を感じたバーナビーはそう口を開いた。

「……彼女なら……きっと、あなたを気に入りますよ。……たぶん」

それに対してユーリの言葉は苦笑混じりで曖昧なものしか返ってこなかった。





* * *





(あれが……父さんが生まれ育ったところ……?)

それは、バーナビーが生まれて初めて見る光景だった。
何日も馬車に揺られ、旅を続けたあと、一つの河を渡った。
その後、二つの町を通り抜け、深い森を抜け、平原を何処までも突き進んだ後、辿り着いたそこには古い城が聳え立っていた。
灰色の地に蜃気楼のように浮かんでいるような古城は、まるでこの世のものとは思えぬ程だ。
そして、何よりこの古城そのものが世界から切り離されているような寂しさも感じられるくらいだった。
この古城はいつも優しく母の隣で笑っていた父のイメージとはあまりにもかけ離れていた。

(……ここで、これから僕は暮らすのか?)

目の前に聳え立つ不気味な古城にバーナビーは僅かばかりかの恐怖を感じたが、何とか気を取り直す。
大丈夫だ。ここには僕の叔母がいるのだ。
僕をわざわざ捜して見つけ出して引き取ってくれだ人だ。
きっと、優しい人に違いない。
そう覚悟を決めたバーナビーはユーリの後に続いて古城の中へと入っていった。
古城の中はとても薄暗く灯りがなければ歩けそうにないくらいだった。

「…………ネイサン」

古城の中を進んでいき、寒々とした大広間の中央で足を止めると、ユーリはそう声を上げた。

「あなたの捜し求めていた甥をお連れしました。……バーナビーの愛息子。Jr.です」

ユーリの言葉にバーナビーは胸が熱くなるのを感じた。
僕のことを叔母は一生懸命捜してくれていたという事実が嬉しかった。

「…………ふぅん。この子がバーナビーの息子?」
「!?」

だが次の瞬間、バーナビーの胸の高まりが冷めた。
人の気配など全く感じなかったバーナビーの背後から突如の声は聞こえたからだ。

「あら? あんた、金髪なのね? 母親に似たのかしら……」

その声の方向に振り向くと、バーナビーはそこでやっと人の姿を捉えた。
その人物の姿にバーナビーは戸惑いを隠せなかった。
目に前にいる人物は、女性というより明らかに男性であった。
だが、身に纏っている衣装は明らかに女性もので派手な真っ赤のドレスである。
髪はショッキングピンクで短髪ヘアであり、少し派手な化粧をしている。
そんなバーナビーの様子など気にすることなく、叔母であるネイサンはバーナビーに歩み寄ると、手を伸ばした。
そして、その手はバーナビーの顎を捕らえ、心もち持ち上げられ、バーナビーの顔をマジマジと見つめている。
そのネイサンの行動にバーナビーは顔を強ばらせる。

「…………綺麗な顔立ちねぇ♪」
「えっ?」

ネイサンの呟きにバーナビーは目を丸くする。

「兄さんじゃなくて、母親に似たことが良かったのかしら。悪くないわ」
「あっ、あの……;」
「あたしは、ネイサン・シーモア。あんたの叔母よ」
「おっ、叔母ですか?」
「何よ? 何か文句ある?」
「いえ…………」

ネイサンの言葉に思わず声を上げてしまったが、結局バーナビーはそう言わざる得なかった。

「あんたのことはこれから、ハンサムって呼ぶことにするわ。……バーナビーだと、兄さんと紛らわしいから」
「はぁ…………」
「今日からハンサムはこここで暮らしてもらうわよ。ただし、必要な時にあたしの部屋に来ることは禁じるわ。もちろん、あたしの傍に来ることもよ」
「…………」

それを聞いたバーナビーは何処かに安堵の表情を浮かべた。
それが気に入らなかったのかネイサンは眉を顰める。

「何よ? 何でそんなに嬉しそうな顔するわけ?」
「! べっ、別にそんなつもりじゃ…………」
「……そう。ならいいわ。とりあえず、あんたの部屋へ案内しましょう。何か不自由なことがあった時は、いつでも言いに来なさい」

そう言うとネイサンはするりとまるで羽が生えたように身を翻すとそのまま歩き出してしまった。
バーナビーは現状に困惑し、今まで親切にしてくれたユーリに助けを求めようとした。
だが――。

(いない………?)

そこにいるはずだった彼の姿はもう何処にもなかった。
ただ一つの衣擦れも足音も響かせることもなく、叔母の代理人出会ったユーリの姿は忽然と消えてしまったのだ。
それが、まるで悪夢の始まりであるかのように……。





* * *





重々しい足音だけが暗い廊下に響き渡っている。
バーナビーはネイサンに案内されながら、深刻な表情を浮かべつつ、後について歩き、辺りに視線を彷徨わせた。

(……それにしても、何て不気味な城なんだろう……)

暗くてよくわからないが、この得体の知らない叔母と一緒に歩いていると、何だか背後から恐ろしいものが湧いて出てきそうで落ち着かない。
何故、叔母であるネイサンはこんなにも薄気味悪い城の中を灯りもつけないで歩き回れるのだろうか?
僕なら、この人から少しでも離れてしまっては、一歩も前に進めそうにないくらいだというのに……。
そんなことをバーナビーが考えているとネイサンは一つの扉の前で立ち止まり、その扉を開けた。

「今日からここがあんたの部屋よ」

そう言ってネイサンは視線だけでバーナビーに中へ入るように促した。

「僕の……部屋?」
「以前はあんたのお父様が使っていた部屋よ」
「! 父さんが!?」

その言葉を聞いたバーナビーは居ても立ってもいられなくなり、中に駆け込んんだ。
部屋はこれまでバーナビーが住んでいたところの十倍の広さであった。
そして、あちらこちらにバーナビーが今まで見たこともないような見事な調度品が絶妙な配置で置かれている。
貧乏暮らしをしていたバーナビーだからこそこの部屋がいかに立派なものかよくわかる。
こんな場所僕にはふさわしくないとそう頭に過ぎった。

「おっ、叔母様……。こっ、こんな立派な部屋は…………」
「夜着はベッドの上に用意しておいたから、それを使ってちょうだい。それじゃぁ……」
「ちょっ、待ってください! 叔母様……!」

バーナビーが止める間もなく、ネイサンは扉を閉めて去ってしまった。
その為、この広い部屋に一人取り残されたバーナビーは暫く途方に暮れてしまった。
そして、暫く硬直した後、バーナビーは改めて辺りを見渡した。
見れば見るほどここにある物全てが高級なものであることがわかる。
ベッドなんてふわふわで埋もれて沈んでしまいそうになる。
己の父親がこんな立派な部屋を使っていたなんて想像もつかない。

(ん? あれは…………?)

バーナビーはベッドの上に置いていある服に気付き、それに手を伸ばす。
きちんとたたまれたそれは、シルク素材のネグリジェであった。

「これが……寝巻き?」

その何とも言えない手触りに今己が身に着けているものより上質であることにバーナビーは驚かせる。
これを着ることも勿体ないと思ってしまうが、折角の立派なベッドである。
今着ている服でそのまま入って汚してしまって大変だと考え直して、早速着替えた。
その間もバーナビーの視線はあちらこちらに動き回り、休まることはなかった。
夜でランプの明かりだけの状態でこうなのだから、きっと明日朝日の差し込んだこの部屋を見たらさらに驚くことになろうだろう。
そんなことを考えつつ、バーナビーはベッドに潜り込み、長旅で疲れた身体を休めるようにした。
だが、その夜は中々寝付けなかった。
まるで、宝の山に埋もれて眠っているような気分になる。
とにかく、今は明日に備えて眠らなければ……。
明日から本当の意味でバーナビーの生活は全て変わってしまうのだから。

(…………本当に、僕はここでやっていけるのだろうか……?)

今、己の中に渦巻く不安に押し潰されそうになり、バーナビーはぎゅっとシーツを握り締める。
そして、少しでも眠りを誘うように数を数え始めるのだった。









故に、バーナビーはまだ何も知らないのだ。
この古城の秘密も、叔母の正体も、何も知らないのだ。
何も知らないバーナビーはただ明日への期待と不安を胸に深い眠りに落ちていくだけだった。








新シリーズ小説の第1話でした!!
今回は、タイバニでレヴィローズの指輪のパロをやってみました!!
バニーちゃんがジャスティーンでユーリさんがケイドさんという設定です。
ヴィラーネをネイサンにするかアニエスにするか正直迷ったけど、ネイサンの方が絡みが面白そうだったので
ちなみに、虎徹はレンドリアとなりま~す
次の回で、虎徹さんとバニーちゃんが出会えたらいいなぁ


H.25 10/24