「命と引き換えって……それどういう事よっ!」
「……お前らは知ってるよな? この街に古くから伝わっている≪女神伝説≫をさ」
ライアンの言葉に絶句する中、その静寂を破ったのはブルーローズだった。
その言葉にライアンはそう言うとドラゴンキッドが不思議そうに首を傾げた。
「≪女神伝説≫……ってあの≪女神伝説≫だよね?」
「そんなの当り前じゃない。この街の人間ならみんな知ってるわよ。それが何だって言うのよ?」
「…………やっぱ、この話をずっと聞かされてたあんたらには何も違和感も感じねぇんだな。この神話についてさ」
そんな彼女達の反応をさも予想していたと言わんばかりにライアンは大きく溜め息をつくとそう言葉を返した。
それに対してブルーローズはムッとした表情を浮かべる。
「何よ、それ? 一体どういう意味?」
「だーかーら! この神話には、お前らの知らない隠された真実があるってことだよ」
「僕達の知らない……≪女神伝説≫の真実?」
ブルーローズの言葉を聞いたライアンは何処か呆れたように肩を竦めるそう言った。
それを聞いたバーナビーは眉を顰めるとそう口にした。
「あぁ……。その話を今からしてやる。それから、これだけは最初に言っといてやるよ。これは、実際に起こった話だってことをよ」
~君、思フガ故~
はるか昔、人々がまだ正義という言葉を知らなかった時代に一人の女神がシュテルンビルトの大地に小さな町を創りました。
女神は、少しでも人々の生活が豊かになればと思い、一部の人間に特殊な力を与えました。
しかし、それがきっかけとなり、町の人間は己の欲望のままに略奪を繰り返しては争うようになってしまいました。
それを見兼ねた女神は彼らに天啓を与えるべく、一匹の蟹を遣いに出しました。
蟹は告げました。
『汝、己の業を悔い改めよ。さもなくば、天罰が下るであろう』
ところが、人間はそれに耳を傾けることもなく、あろうことか遣いの蟹を食べてしまったのです。
女神は哀しみに打ち震えると、唸り声を轟かせ、天空にそのお姿を現します。
するとどうでしょう。
空からは鋼の剣よりも硬き尖った光の雨が降り注ぎ、牛や馬は恐れをなして海へと飛び込み、さらに多くの人々を眠りの病が襲います。
彼らは悪夢を彷徨い続け、眠れない日々が続きました。
しかし、女神から数々の天罰を下されても尚、人間達は正しい心を持とうとはしませんでした。
最後に女神は全てを無に還すべく、街を覆い尽くすほどの暗く深い大穴を開けます。
暗闇へと落された町の人達はそこで初めて醜い己の行いを悔い、正義の心を宿し始めました。
しかし、人々がそれに気付くには遅すぎたのです。
人々が己の行いを悔い改めどんなに許しを請いても女神の怒りは静まることはありませんでした。
女神の意志は固く、この世界そのものを一度無に還して、新たな世界を創ろうとしていたのです。
それを知った一部の勇気ある人々が立ち上がり、己の力を駆使して何とか女神に怒りを鎮めようと試みました。
その中の一人の男の力――己の血に触れたものを結晶化できる力を自分の命と引き換えに使用したことによって女神の身体は結晶化させ、封印することに成功しましたが、それと同時に人々は特殊な力を失うことになりました。
男はこの悲劇を再び繰り返さないように人々に支えあって生きることと、女神が再び目を覚まさないようにこの地の地中深くに隠すことを共に立ち上がった仲間に言い残すとそのまま息を引き取りました。
その男の言葉を受け、女神の身体は人々の目に決して触れないであろうこの地の地中深くに隠され、特殊な力に頼ることなく人々は互いに支えあって生きるようになりました。
人々がその心を忘れぬ限り、女神が再び目を覚まして人々に天罰を与える日は来ないでしょう……。
* * *
「……って感じなのが、世間には伝わってねぇ≪女神伝説≫の真実だよ」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
そう言ったライアンの言葉を聞いたバーナビー達はその内容に衝撃を受け、言葉が出てこなかった。
これが自分たちの知らなかった≪女神伝説≫の真実。
平和と正義の象徴とされていた女神が町の人々を滅ぼそうとしていたなんてすぐには信じられなかった。
だからこそ、それが現実に起こった事だとどうしても認めたくなかった。
「…………それが、現実に起こったという証拠はあるんですか?」
「証拠って言うなら、俺たちの存在そのものだろ? 俺たちの能力が」
「! それって……」
「そう。この伝説に書かれている女神から特殊な力をもらった人々は、俺達と同じNEXTの事だ。……そして、四十年位前からその封印が何らかの原因で弱まっちまったことで世界中にNEXTが再び現れるようになったんだとよ。んで、この伝説を代々受け継出いたマークさんは再び女神を封印する為に伝説で記された男の力と同じNEXT能力を持つ人物をずっと捜してたんだよ」
「! ちょっと待ってください! それが本当だということは……」
ライアンの言葉を聞いたバーナビーはそう口にしたが、それ以上言葉は続かなかった。
いや、続けたくなかったのだ。
それを口にしてしまうのが、怖かったから……。
「…………やっぱ、ジュニア君は物分り早ぇなぁ。そうだよ。その力を持っていた人物こそが虎徹だったんだよ。あの健康診断は、それを調べる為にアポロンメディアの社員に行われたもんだったんだよ」
「!!?」
だが、その思いを打ち砕くかのようにそうライアンは言葉を続けた為、バーナビーは愕然とした。
それによってあの人が今から何をしようとしているのか全て理解してしまったから……。
あの人は、自分の血を使ってこの地に眠る女神を再び封印しようとしているのだ。
そんなことをすれば、伝説に記されていた通り間違いなく出血多量であの人は死んでしまうかもしれないのに……。
「ちょっと待ってくれ! 私には、その話がよく理解できないのだが?そもそも私の記憶では、ワイルド君の能力はバーナビー君と同じハンドレッドパワーだけだったはずのだが……?」
「そっ、そうですよね。……第一、そんな能力でしたら、いくらなんでもタイガーさんだって気付いていたと思いますし……」
「そうだぞ! 長年あいつと一緒にいたけど、そんな様子なんて全然なかったしな」
「そりゃぁ、そうだろ。だって、虎徹がその能力に目覚めたのは、つい最近だったしなぁ」
「? それ……どういう事よ?」
ライアンの言葉にヒーロー達は皆不思議そうな表情を浮かべた。
ジェイクのように稀に二つのNEXT能力を持っている人物はヒーロー達も知っていたが、それが途中から二つに増えるなんて聞いたことなんてなかったからだ。
「NEXT能力減退は、本来だったら決して止められるもんじゃない。けど、虎徹の奴はそれを一分でしかも自力で抑え込んだ。……それが、虎徹の血に思わぬ作用が働いちまって、目覚めるはずないあの力が目覚めちまったんだよ」
「そっ、そんな……!」
ライアンの言葉を聞いたヒーロー達は皆、絶句した。
それによってライアンが今話したことを事実だと認めざる得なくなってしまった。
そんな彼らに対してライアンは一人バーナビーへと視線を向けると、彼の肩へと手を置いた。
「……なぁ、これでもうわかっただろ? 虎徹の奴がジュニア君に対して何であんな行動をとったのかが?」
「…………」
「全部さぁ、ジュニア君の為だったんだよ。自分がいなくなっても大丈夫なように態と自分からジュニア君を遠ざけてたんだよっ!!」
「っ!!」
無言でいるバーナビーに対してライアンはそう声を荒げて言った。
その言葉にバーナビーは瞠目した。
わかっていた。あの人が僕に何か隠していたことは……。
ライアンと付き合っていない事が実際に解ってからそれは尚更感じていた。
でも、その内容は僕が想像していた以上のものだった。
どうしてもっと早くそこのことに気付いてあげられなかったのだろう?
どうしてもっと早くあの人に真実を追求しに行かなかったのだろう?
僕が虎徹さんの事なんて考えようとしないでいる間、あの人は一体どんな想いで独りでいたのだろう?
ずっと、死への恐怖に独りで闘っていたかと思うと胸が張り裂けそうになる。
それもすべて僕のせいだ。
僕がまだ未熟なせいで虎徹さんを独りで悩ませてしまったのだ……。
「…………なぁ、ジュニア君……」
バーナビーが独り、自分の今までの行いを悔いる中、ライアンが力なくそう呟いた。
「虎徹がさぁ……俺に最後に言った言葉、何だと思うか?」
「……えっ?」
「虎徹はさぁ……俺に笑ってこう言ったんだよ。『バニーと楓の事、頼むな』ってさ……」
「!!?」
ライアンの言葉にバーナビーは瞠目した。
「…………本当、虎徹は最後の最期までジュニア君の事、想ってんだなぁ。……俺の入る隙なんてないくらいにさぁ」
「ライアン……」
酷く優しい虎徹のあの声を聞いた時、ライアンの思考回路は全て停まっていた。
その言葉は俺にとってとても残酷だったものだったのにそう感じなかったのは、その前に虎徹が俺の名前を呼んだからだろう。
でも、今はもうそんな事はどうでもよかった。
虎徹を助けられるなら………。
「頼む! あいつを……虎徹を止めてくれっ! ……きっと、虎徹の事を止められるのはジュニア君、お前だけだ!!」
今、言っている事は本当虫がいい事なんてわかってる。
虎徹の頼みとはいえ、俺はずっと大切なことを黙っていたのだ。
ジュニア君に嫉妬していた事もあったけど、黙っていた事には代わりねぇんだから。
でも、それでも、今ここで頼まなければ、虎徹を救えない。
俺じゃダメなんだ。俺の声じゃ、もう虎徹には届かねぇんだよ……。
「…………何処ですか?」
「えっ……?」
「ですから、虎徹さんは今何処に向かっているんですか? 場所がわからなければ、止めようがないじゃないですか」
「! ……行ってくれるんのかよ、ジュニア君!?」
正直、バーナビーの言葉に驚いたライアンはそう口にした。
「勘違いしないでください。別に貴方が頼んだから僕はあの人を止めようと思った訳じゃありませんから。……僕自身がそれを望んだだけです」
誰から言われたからあの人を止めたいわけじゃない。
僕はあの人の事を失いたくないのだ。
そして、叱りたい。また、あの時のように独りで悩んでいた事に対して……。
そして、謝りたい。あの時のようにまた独りで悩ませてしまった事に対して……。
「すみませんが、僕達は一旦抜けます。問題ないですか?」
『……わかったわ。私が許可するわ。けど、必ずあの馬鹿を連れ戻してくること。これが絶対の条件よ』
「そうよ! こんだけあたしたちのこと、心配させたんだもの! 一発くらい殴らせてもらわないと気が済まないし♪」
バーナビーの問いかけにアニエスとファイヤーエンブレムがそう言うと皆深々と頷き、誰も反対する者はいなかった。
それを見たバーナビーはホッと胸を撫で下ろすと、再びライアンへと視線を向ける。
「では、さっさと行きましょうか。手遅れになる前に」
「あっ、あぁ……」
「待って!!」
バーナビーの言葉にライアンは少し戸惑いつつも頷く。
そして、二人がその場から離れようとした時、一つの声が響き二人の前に立ちはだかった。
その行動を起こしたのが楓だった為、バーナビーとライアンは驚いたように目を見張った。
「かっ、楓ちゃん……?」
「バーナビー……お願い! 私も一緒にお父さんの所に連れてって!!」
「! そっ、それは……」
「それが危険かもしれない事はわかってるけど……このまま待っているだなんてやっぱりできない! だからお願い!!」
「でっ、ですが……」
「…………いいぜ。ついてきな」
「!!?」
楓の言葉に困惑しているバーナビーに対してライアンはそうあっさりと言った。
「貴方、それ本当で言ってますか!?」
「だって、ジュニア君だけじゃ虎徹の事止められるか心配だし……」
「ですが!!」
「それに! 何かあっても俺が守ってやるし。……それが、虎徹に頼まれた事だったしなぁ」
――――バニーと楓の事、頼むな。ライアン。
そう言った虎徹の頼みを聞かないわけにはいかないのだ。
だからこそ、彼女の事は俺が何があっても守ってみせる。
「……貴方、そうやって虎徹さんへのポイントを稼ぐつもりですか? なら、楓ちゃんの事は僕が守りますので、ご安心を」
「はあっ!? 何言っちゃってるの、ジュニア君!? 俺が守るって言ってるでしょ!?」
「ですから大丈夫です。僕が楓ちゃんを守りますから」
ライアンの言葉を聞いたバーナビーは何を思ったのか先程とは打って変わってそう宣言した。
「だーかーら! 俺が守るっつってんだろっ!」
「いえ。僕が守ります」
「俺だって!」
「僕です」
「俺!!」
「僕――」
「どっどーん!!」
「「っ!!?」」
バーナビーとライアンが言い合っていると突如二人にとてつもない重力が圧し掛かり、地面へと這いつくばった。
それは、いつの間にかライアンから能力をコピーした楓がNEXT能力を発動させたからだった。
「ご心配なく。私、二人に守ってもらうほど弱くないから♪ だから、さっさとお父さんの所にいこ♪」
「わっ、わかったから……」
「かっ、楓……ちゃん……。能力の発動……やめ……」
「あっ、忘れてたww」
そう楓はにっこり笑ってそう言うとNEXT能力の発動を止めた。
それにより、バーナビーとライアンは漸く重力場から解放された。
そんな二人を置いて楓はさっさと歩き出そうとする。
「ほーら、もうさっさとお父さんの所に行こうよぅ!」
「だっ、誰のせいでこっちは動けなくなったと思ってんだよ! 人の能力勝手に使いやがって!! お前、本当に虎徹と友恵さんの娘かよっ!?」
「はあっ!? それ、どういう意味よっ!!」
「言葉通りの意味だよっ!!」
「何それ! ひっどい! そんなんだから、お父さんもバーナビーを選ぶのよ!!」
「なんだとっ!!」
『ちょっと、バーナビー。あれ、何とかしなさいよ』
「……えぇ。そうします;」
ライアンはそう言うと楓を睨みつける。
だが、それに臆することなく楓もライアンを睨み返した。
そんな二人を見て早く虎徹を助けに行けと言わんばかりにアニエスから内線が入るのを聞いたバーナビーは少し呆れたように息をつくと二人の仲裁へと入る。
「……二人共、虎徹さんの事を助けたいのなら、お喋りは後でしましょう。いいですね?」
「あ゛っ、あぁ……」
「……バーナビーがそう言うのなら」
バーナビーの言葉にまだ少し納得はしていないものの、ライアンと楓はいがみ合いを止めた。
こんな事より、まずは虎徹の許へ向かう事が先決だと二人は考えたのだろう。
「では、ライアン。早く虎徹さんが向かった場所に……!」
「きゃぁっ! なっ、何!?」
そうバーナビーが口にした瞬間、バーナビーは楓を抱きかかえてその場から離れる。
すると、その直後に二人が立っていた場所に二つの軌跡が走る。
それは、円形の刃が付いたチャクラムであり、見事に弧を描いて持ち主の元に納まった。
その人物を確認したバーナビーは思わず舌打ちをした。
こうも急いでいるというのに何とも間の悪いタイミングで彼らは僕達の前に現れるんだと……。
「こんばんわ。ヒーローの皆さん♪ 悪いけど、ちょっとだけ私達に付き合ってくれるかしらぁ?」
そんなバーナビーの心境を知ってか知らずか女――カーシャは妖艶な笑みを浮かべてヒーロー達を見つめるのだった。
劇場版-The Rising-のIF小説第2弾の第7話でした!
今回でついに虎徹さんがみんなに隠していた謎が明らかになりました!
女神伝説のその後のについて想像して書いてみた結果、人々が許しを請いても女神は許さなかったんじゃないかという結論に達してしまって、こんな妄想に行きつきましたwww
何気にライアン君と楓ちゃんの言い合いが今回の一番のお気に入りだったりする♪
H.26 5/12