もう、忘れてしまおう。
別に怖がることなんて何一つないじゃないか。
また、昔みたいに独りに戻るだけじゃないか。
独りでいた方がずっと長かったじゃないか。
また、すぐに独りに慣れるさ。
だから、もう忘れよう。
貴方の事、虎徹さんの事は………。
~君、思フガ故~
あの日からバーナビーは、虎徹の事を忘れるべく、仕事に打ち込んでいた。
その為かバーナビーはポイントをどんどん獲得していき、気付いた時には首位を独走していた。
だが、それでもバーナビーの気持ちは晴れる事はなかった。
あの人の事を忘れようとすればするほど、あの人の事を考えてしまっていた。
事件に出動すれば、ここにあの人がいたらどんな行動をとっていただろうと……。
僕は、自分が思っている以上にあの人に依存していたようだ。
そして、何もよりも僕があの人の事を忘れたくても忘れられない原因は他にもある。
それは――――。
「あっ、虎徹。今日なんだけどさぁ……」
「…………」
そう、その原因がまさにいつも僕の隣にいる奴のせいだった。
奴は、僕が隣にいる事がわかっていて、いつもあの人と電話をしているところを見せ付けて来るのだった。
「あとちょっとで仕事終わるから、大人しくそこで待ってろよ♪」
「…………」
「じゃぁ、また後でな、虎徹。愛してるぜぇ♪」
「…………」
こんな会話を毎日聞かされて、あの人の事を忘れられる人がいるのなら、そいつはよっぽどの馬鹿だろう。
奴が甘ったるい声であの人へ愛を囁くのを聞かされてイライラが募らないわけがない。
「…………あの」
「ん? なんだよ、ジュニア君?」
「仕事中に私用の電話をかけるなんて、あまり感心できませんが?」
「なぁに? ジュニア君、俺が虎徹と連絡取ってる事、妬いてるの?」
「! そんなわけないでしょうがっ!!」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃって♪ 案外、ジュニア君って可愛らしいんですねぇ♪」
「っ!!」
ライアンの言葉にバーナビーは絶句した。
わからない。
何故、こんないい加減な奴の事をあの人は好きになったのかを……。
こんな奴より僕の方が劣っているとでも言うのだろうか。
「あっ! でも、やっぱ一番可愛いのは虎徹だな。寝顔なんてまさに天使そのものだし♪」
「! ……一応訊きますが、あの人とは何処まで進んでいるんですか?」
「う~~ん、強いて言うなら……同じベッドで寝た、くらいまでだよ」
「っ!!」
ライアンの言葉を聞いた瞬間、バーナビーは勢いよく席から立ち上がるとそのままオフィスを出て、宛てもなく走った。
あんな事、訊くんじゃなかった。
あいつが言った事が本当なら、あの人はとっくにあいつに身体を許しているという事になるじゃないか。
まだ出会って、たかが数十日しか経っていないあいつなんかに………。
僕がそうなるまでにかなりの歳月を費やしたというのにだ。
それほどまでにあの人にとってあいつは特別な存在という事なんですか?
そう頭の中で考えていた時、ふとバーナビーの足が止まった。
バーナビーの視線の先に、とある人物の姿が目に留まったからだった。
オフィスのガラスの向こうで沈む夕日に照らされて経っているあの人の姿を遠くに見つけたから……。
あの人は、いつものオリーブグリーンのシャツと白地のベスト、細く長い脚が協調されるズボンにハンチング帽姿ではなく、全体的にグレーでゆとりのあるシャツとサスペンダーの付いたズボン姿だった。
首筋まで伸びていた後ろ髪は短く切られており、その為か以前より大人びて(実際、僕より年上であることに変わりないが)見えた。
服装とヘアスタイルが変わったというだけだなのに、人に与える雰囲気というものはこれほどまでに変わってしまうのだろうか。
だが、それ以上にバーナビーが目を離せなかったのは、彼の表情のせいだった。
夕日に照らされて、携帯を片手に眺めるその表情は何とも儚げなものだったから……。
このまま放っておいたら、彼という存在そのものが消えて無くなってしまうのではないかという錯覚に陥ってしまった。
だから、バーナビーはこれまでのやりことにの事など忘れてしまったかのように彼に声を掛けようとした。
「こて――」
「おい、虎徹!!」
だが、その声を遮るように声が辺りに響いたかと思うと一つの影が虎徹の許へと駆け寄っていく。
それは、紛れもなくライアンだった。
「何でここにいんだよ! 部屋で待ってろって言っただろっ!!」
「悪ぃ悪ぃ;暇だったから、ついここまで来ちまった;」
「…………」
怒るライアンに対して虎徹はいつもと変わらない人懐っこい笑みを浮かべてそう答えた。
そこには、先程まであった儚さは一切存在しなかった。
僕に向けていたあの笑みを今はあいつにあの人は向けていた。
だから、バーナビーはもう声をかける事ができなくなってしまった。
いや、正確に言えば、声が出なくなっていた。
楽しそうに会話をしている彼らを見て、もうあそこに僕の居場所はないんだと実感してしまったから……。
だから、バーナビーはその場から逃げるようにして去った。
別に後ろめたい事なんてあるわけでもないというのに……。
ただ、これ以上あの場に留まっていたくなかっただけだった。
これ以上、あの光景を見ていたら、僕はきっと……。
「!!」
その時、バーナビーの携帯電話のバイブが震えたので、手にとって確認してみると相手はアントニオだった。
「…………はい、もしもし?」
『おう! バーナビーか! 今日、これから飲みに行かねぇか?』
「………別に構いませんが、誘っている相手、間違っていませんか?」
『別に、間違ってなんかねぇよ。俺らは、お前に話があるんだからな』
突然のアントニオからの飲みの誘いに疑問を感じつつもバーナビーはそう言葉を返した。
彼が飲みに誘うなら僕ではなく、あの人のような気がしたからだ。
すると、その事を何となく察したのか、彼は呆れたように溜め息をつくとそう言った。
その言葉を聞いたバーナビーは眉を顰めた。
「僕に話、ですか?」
『そうだよ。いつもの店でまってるから、仕事終わったら、さっさと来いよ!』
そうバーナビーに言い残すとアントニオはさっさと電話を切ってしまった。
一体、彼が言っていた話とはなんだろうか?
あまりいい話ではないような気がする。
そう思いつつも、バーナビーは言われた通り、アントニオが言っていた店へと向かうのだった。
* * *
「よぉ! バーナビー! 案外早かったなぁ!」
バーナビーは指定された店へと入ると一つの声が響いたので視線を向けるとそこにはロックバイソンこと、アントニオの姿があった。
そして、彼の隣にはファイヤーエンブレムことネイサン、スカイハイことキースが座っており、それ以外この店には誰もいなかった。
この店は、ネイサンが経営しているバーの一つでヒーロー仲間と飲みや密談する際にはよくここを貸し切ってしまうのだ。
だから、ここで飲む時は、自分の飲み物は自分で好きな物を注いで飲むのが決まりとなっている。
それをいいことにあの人はここぞとばかりに高い酒を開けて飲んではよくネイサンに叱られているのだった。
そんな懐かしい光景も、今はもう見る事はできないだろうが……。
「ええ。今日はこれといって仕事は入っていませんでしたし……」
「へぇ。天下のバーナビー様にしちゃ、珍しいなぁ」
「そんなことないですよ;」
アントニオの言葉に苦笑しつつ、バーナビーはお気に入りの赤ワインをグラスに注ぐと彼らの許へと歩み寄り、席に着いた。
「…………で、僕に話とは? ……まさかとは思いますが、あの人の話じゃないですよね?」
「……単刀直入に聞くわ。ハンサム、あんたタイガーの事、ちゃんと見てる?」
(やっぱり、その話か……)
彼らが僕に話があると言った時からわかっていた事ではあったが、こうも予想通りだと拍子抜けしそうになる。
「見てるわけないでしょうが。あの人は、二部で僕は一部なんですよ? オフィスだって違いますし、今日は偶々暇でしたが、いつもはスケジュールはぎっしり詰まっていて、話をするどころか顔すら遠くから見れればいいくらいですよ」
「じゃぁ、あんたはあれから全然タイガーと話してないわけ?」
「そうなりますね」
そう問いかけるネイサンに対してあくまでも平然を装ってバーナビーは言った。
それを聞いたアントニオは呆れたように息をついた。
「おいおい。いくらなんでも冷たくねぇか? お前ら、一応は同僚だろ? 他社の俺達だと口出しできねぇこともあるんだから、お前が気にかけてくれないと困るんだよ」
「僕がどうしてそこまでする必要があるんですか? あの人だって、いい大人じゃないですか?」
「ハンサムは何も知らないからそんな事言えるのよ。……タイガーはね、この数週間で体重が激減してるのよ」
「えっ!?」
そう言ったネイサンの言葉にバーナビは瞠目した。
あの人が激痩せしているだなんて、信じられなかった。
だって今日見かけた限りでは、そんな風には全然見えなかったのだ。
「虎徹の奴、最近服装変えただろ? 全体的にゆったりとした服装に。そうやって服装で体型が変わった事を誤魔化してるんだよ」
「そうそう。あれはもう十~十三キロは軽く落としているでしょうね。実際、タイガーの身体を触って確かめたから間違いないでしょうね」
「そうだとも! 私も実際に触ってみたのだが、ワイルド君のウエストがさらに細くなっていたぞ!」
「ちょっ、ちょっと! 僕が知らないところで貴方達何やってるんですかっ!?」
そう言ったネイサンとキースの言葉にバーナビーは思わず声を上げてしまった。
「仕方ないじゃない。そうでもしないとわかんないんだから。こっちはね、タイガーの身体が心配で仕方ないのよ。見るからにいつ倒れたっておかしくない状態なんだから」
「…………だったら、どうして貴方たちはあの人を止めないんですか!? そのことをわかっているのに」
「勿論止めてるわよ。でも、タイガーは私たちの忠告なんて聞きやしないのよ。彼、ああ見えても結構プライド高いから。ヒーローのみんなが言っても全く効果なしなの」
「そんな……」
バーナビーがそう言うとネイサンは手をヒラヒラさせながら、お手上げといった感じでそう言った。
それを聞いたアントニオとキース同意するかのようにうんうんと頷いていた。
「虎徹の奴、お前とコンビ解消した事、相当堪えてるだろうなぁ」
「…………」
アントニオの言葉にバーナビーは、ただ静かにワイングラスを見つめていた。
あの人が堪えている? そんなのありえない。
だって、あの人から僕とのコンビを解消したいと言ったのだ。
僕がしたくないとあんなにも言ったのに……。
「なぁ、お前から虎徹に言ってやってくれよ」
「お断りします」
「! おいおい。虎徹の事、心配じゃねぇのかよ!?」
「別に。……僕とあの人はもう関係ありませんから」
アントニオの頼みをバーナビーはそう言うとはっきりと断った。
それを聞いたネイサンは眉を顰めた。
「……随分と冷たいじゃない? あんた、それでもタイガーと付き合ってるわけ?」
「っ!!」
「頼む、バーナビー君! バーナビー君が言えば、きっとワイルド君だって――」
「いい加減にしてくださいっ!!」
「「「!!」」」
ネイサンの言葉に続いてそう言ったキースの声をバーナビーは何かが弾けたかのように声を張り上げた。
そのバーナビーの声に三人は、驚いたような表情を浮かべた。
「……あの人が堪えてる? そんなわけないじゃないですかっ! コンビを解消したいと言ったのも、僕と別れたいと言ったのも、全部あの人からだったんですよっ!! それなのに、そんな事言われても信じられるわけないじゃないですかっ!!」
「! ちょっ、ちょっと!! あんたさらっと凄い事言ったけど、それどういうことよ!? あんた、いつタイガーと別れたのよ!?」
「…………いつ、数日前にあの人から別れを切り出されました」
「まっ、まじかよっ!?」
「しっ、信じられない。……バーナビー君とワイルド君が別れるなんて……実に信じられない。はっ! ということは、ワイルド君は今フリーというわけなのか!?」
「は~い、スカイハイ。ハンサムがいる前で露骨に喜ばないの」
バーナビーの言葉を聞いて三人は心底驚いた表情を浮かべている。
そして、キースが空気を読まずに喜んでいる事をネイサンがやんわりと窘めた。
この三人を見る限り、どうやら彼らは本当に知らなかったようだ。
僕とあの人が別れていた事を……。
まぁ、そうじゃなければ、僕にこんな事を頼みには彼らも来なかっただろう。
「何時の間にそんな事になってるわけ?原因は一体何よ?」
「……虎徹さんに……他に好きな人ができたから別れて欲しいと」
「誰よそれ?」
「…………」
「…………まさか……あの新人君?」
「…………」
バーナビーの表情から誰かを予想してネイサンがそう言ったが、バーナビーはそれにも答えなかった。
それが、無言の肯定であることがネイサンには理解できた。
「そうなのね?」
「…………はい」
「なっ、なんと! ワイルド君の今好きな人があのライアン君だとは! ……私でない事が非常に残念だ。そして、悔しいっ!」
「……スカイハイ。気持ちは凄くわかるけど、もう少し空気読んで頂戴;」
ネイサンとバーナビーのやり取りを聞いてキースが本当に悔しそうに言葉を漏らした。
それに対して、ネイサンは少し呆れつつも諭すようにそうキースに言うのだった。
ネイサンとキースはバーナビーの言葉に驚いたようだったが、アントニオだけは信じられないと言った表情を浮かべていた。
「虎徹が……あのライアンの事を……? ありないだろ;」
「僕だってそう思いますよっ! あいつのせいで僕とあの人はコンビを解消することになってしまったというのに……。でも、これは事実なんです! あの人は僕にそれをはっきりと言って僕を突き放しましたし、何よりあの人は毎日のようにあいつと会っているんですよっ! 貴方、それでも僕が嘘を言っているとでもいうんですかっ!?」
「いっ、いや、そう言う意味で言ったんじゃ; ……ただ、あのライアンが虎徹の事を好きになるのはわかるが、虎徹がライアンを恋愛対象として好きって言うのがどうも引っ掛かってなぁ」
「……何よ? その言い回しは? あんた、何か私達に隠してる事あるんじゃないの?」
そのアントニオの言葉が妙に引っ掛かったネイサンはそう言ってアントニオを問い詰めだす。
「知ってることあんなら教えなさいよっ! さもないと、お尻揉むわよっ!!」
「ひっ! いっ、言う前からもう揉んでるじゃねぇかよっ!!」
そうネイサンが言ったのとほぼ同時でネイサンの手がアントニオのお尻へと伸び、アントニオが悲鳴を上げた。
「だったら、さっさと言いなさいよ」
「わっ、わかったら、とりあえず手を放せっ!!」
「はいは~い。わかりましたよ♪」
そんなアントニオを見てからかうかのようにそう言うとネイサンはあっさりと手を放した。
「…………虎徹とライアンはなぁ……」
そして、少し息を落ち着かせながら、アントニオは静かに喋りだした。
その声にバーナビー達三人は静かに耳を傾けた。
「虎徹とライアンはなぁ、昔一緒に暮らしてたんだよ」
そして、アントニオから明かされた事実にバーナビーは絶句するのだった。
劇場版-The Rising-のIF小説第2弾の第4話でした!
バニーちゃんに対してあからさまな嫌がらせをするライアンでした;
そして、今回で虎徹さんの服装のイメチェンについてちょっとだけ触れてみました。
若干に1人についてはお遊びが過ぎました;(誰の事言ってるかは、あえて触れません!)
H.25 10/22