(なんてこんなもの虎徹さんが……!)

暫くの間、バーナビーは白い封筒を見つめたまま、動けなかった。
わからなかった。虎徹さんがなんでこんなものを持っているのかが……。
だが、いくらその封筒を眺めてもその事実は変わらないのだ。
その封筒に書かれている文字が『辞表』であることは……。


~君、思フガ故~

「…………あれ? バニーちゃん、来てたの?」

『辞表』と書かれた封筒を手にして固まっているバーナビーの背中に誰かが声をかけた。
それは、バーナビーにとって聞き慣れた声。
そして、今一番逢いたくて、逢いたくない人物の声だった。

「…………虎徹さん」

手にしていた封筒が彼から見えないように持ち直してからバーナビーはゆっくりと振り返るとその人物の名を呼んだ。
それを聞いた彼――虎徹は、いつもと変わらない笑みをバーナビーに向けた。

「なんだよ~。来るなら、事前に言っといてくれたらよかったのに。この部屋、散らかってるだろ;」
「そっ、そうですね……」
「あっ、バニーちゃん。コーヒーでも飲むか? こんな場所だけど、コーヒーメーカには持ち込んであるんだよねぇ♪ 久しぶりに俺が淹れてやるよ!」
「あっ、はい……」

虎徹のペースに負け、バーナビーがそう言うと虎徹は部屋の奥に設置してあるコーヒーメーカへと向かって歩き出してコーヒーを淹れだした。

「しっかし、何日ぶりだっけ? こうやってバニーに会ったのって?」
「そうですねぇ……。コンビ解散してから、ずっと会っていませんでしたからね」
「げぇっ! 俺ら、もうそんなに会ってなかったのか!?」

虎徹の言葉にバーナビーがそう言うと声つはオーバーなリアクションを取って返事をした。
いつもなら、それも微笑ましいと思うはずなのに、今のバーナビーの表情は晴れなかった。

「お前、一部に戻ってから毎日大活躍してんもんなぁ;」
「………虎徹さんは、最近どうなんですか? 二部での活動も相変わらず忙しいですか?」
「あぁ、そりゃあ忙しいぞっ! 昨日だって、三回も事件に出動したしなっ!」
(嘘だ……)

バーナビーの問いに笑ってそう言った虎徹の言葉が嘘であることが今のバーナビーにはすぐにわかった。
先程見た虎徹の機能のスケジュールは、書類整理だけだったのだ。
きっと、あの手帳を見ていなければ、今の嘘を見抜く事ができなかっただろう。
でも、どうして? どうして、こんな嘘をつく必要があるんですか?
正直に話してくれればいいじゃないんですか?
それなのにどうして………。

「このままいったら、バニーちゃん今シーズンでいきなりキング・オブ・ヒーローに返り咲いちゃうかもなぁ♪」
「そんなこと……」
「いやいや、そんなことないってっ! テレビ観て思ったけどお前ら、凄く息も合ってるみたいだし、大丈夫だって♪」
「っ!!」

笑ってそう言った虎徹の言葉にバーナビーは絶句した。
あいつと僕が息が合っているだなんて言葉、彼の口から一番聞きたくなかった。
そんなバーナビーの心境を知ってか知らずか虎徹は笑みを浮かべて言葉をさらに続ける。

「もうすっかり、コンビらしくなっちゃって♪ もう何にも心配いらねぇなぁ!」
「…………だから、貴方はもう必要ない。そう貴方は言いたいんですか?」

もうこれ以上聞きたくない。
そう思ったバーナビーは無意識のうちにそう口を開いていた。

「僕とあいつがいるから貴方は必要ないと、貴方は本気でこんな事を一人で考えていたんですかっ!」
「! どっ、どうしたんだよ、バニー? 何でそんな事いきなり――」
「なら、本当のことを言ってください! ……昨日、貴方は本当は何をしていたのかを……」

バーナビーの言葉に虎徹は一瞬驚いたような表情になったが、すぐまた笑みを浮かべてそう言った。
それに対してバーナビーはそう言って虎徹に問いかけた。

「何を言ってるんだよ、さっきも言っただろう? 昨日は、事件に三回出動し――」
「昨日は一日中、倉庫で書類整理をしていたんですよね?」
「! なっ、何でそれを……あ゛っ;」

あくまでも嘘を貫こうとする虎徹に対してバーナビーがそう言うと、虎徹の表情が一変し、思わずそう声を漏らした。

「…………本当は、あの日から一度も事件に出動していないんですよね?」
「! そっ、そんなわけねぇだろっ! たっ、確かに昨日の事はちょっと見栄を張って言ったけど、一昨日はちゃんと出動し――」
「一昨日は、ヒーローアカデミーで特別講師の仕事を一日中されていたんですよね?」

そう言いかけた虎徹の言葉を遮ってバーナビーは口を開いた。

「その前の日は、司法局で新ヒーローの選考面談、その前は選考面談実施の為にペトロフ管理官と打ち合わせと準備、その前が書類整理、その前がまたヒーローアカデミーでの特別講師の仕事。……まだ、続けますしょうか?」
「…………お前、何でそんな事知ってんだよ」
「すみません。ここに置いてあった貴方の手帳を拝見させていただきました。あまりにも単調なスケジュールだったので、僕とコンビを解消してからの内容はすべて覚えられました」
「っ!!」

バーナビーの言葉を聞いた虎徹は絶句した。

「…………そして、手帳を拝見した際、こんなものも見つけました」
「! お前、それっ! 返せよっ!!」
「いやです……」

そう言ってバーナビーは、先程見つけた白い封筒を虎徹に見せつけた。
その封筒を見た途端、虎徹の表情は凍り付き、それを奪い返そうとバーナビーへと手を伸ばす。
バーナビーはそれをあっさりと躱すと虎徹をデスクへと押し付けた。

「……っ! はっ、放せよっ、バニー!!」
「答えてください。こんなもの書いて一体、貴方はどうするつもりだったんですか?」
「そっ、それは……」
「会社、辞めるつもりだったんですか?」
「…………」

バーナビーの問いに虎徹は何も答えず、バーナビーの視線から逃れるように瞳を逸らした。
それが何よりバーナビーの言葉を肯定しているという事がバーナビーには嫌でも理解できた。

「……どうして、どうしてですかっ! 貴方、ヒーローを続けていくって……!」

そう言いながら、バーナビーはある事に気付いた。
この人がヒーローを辞めるなら、その理由はただ一つだけだ。
だが、その事実はあまりにも残酷で認めたくなかった。

「…………もしかして、貴方……また能力の減退が始まったんですか?」
「…………」
「そうなんですね?」
「…………そうだって、言ったら?」

バーナビーの問いに虎徹はバーナビーと目を合わせることなく言った。
その声は酷く静かだった。

「いつからですか?」
「バニーとコンビを解消する……少し前から」
「どうしてですかっ! どうしてそんな大事な事、僕に打ち明けてくれなかったんですかっ!? どうして……」

いつもそうだ。この人は本当に大切なことはそうやって隠す。
そして、一人で悩んで苦しむのだ。
この人のそんな姿なんてもう見たくないと思っていた。
一緒に悩んで乗り越えたいと思っていた。
この人が僕にそうしてくれたように僕も虎徹さんの事を支えたい。
そう思っているのにどうして……。
僕はそんなにも頼りない人間なんだろうか……。
「貴方、ずっとヒーロー続けるって言ってたじゃないですかっ! いつか力がなくなっても、皆に馬鹿にされても、いくら恥かいても、死ぬまでヒーローを辞めないってっ! あの時、僕に言った事あれも嘘だったんですかっ!!」
「…………バニーちゃん、俺の事見損なった? ……なら、話が早ぇや」

そう言った虎徹は自嘲めいた笑みを浮かべた。
そして、ゆっくりと視線をバーナビーへと向けた。

「バニー……。俺達、もう終わりにしよう」
「っ!?」

その酷く静かで優しい虎徹の声にバーナビーの思考が停止する。
だから、虎徹の言った言葉の意味をすぐに理解する事ができなかった。
そして、それを理解した時、バーナビーは震えた。

「…………貴方、何を言って――」
「ずっと、考えてた。コンビを解消したあの日からずっと……。今の俺は、バニーの足を引っ張るだけのお荷物でしかないんじゃないかって。……俺と一緒にいるとバニーまで駄目になるじゃないって。だから、俺はお前と別れる事を決めた。次会ったら、その事を言おうって………」

バーナビーの言葉を遮り、虎徹は淡々とそう言った。
そして、バーナビーに向けて哀しい笑みを見せた。
バーナビーが好きだった優しい笑みではなく、哀しい笑みを……。

「だから……もう別れよう、バニーちゃん」
「…………いやです」

虎徹のその言葉にバーナビーは返すだけで精一杯だった。
嫌だ、別れたくない。
ずっと、貴女の傍にいたい。
貴方と一緒にいて駄目になる事なんてない。
寧ろ、貴方が傍にいないと僕は駄目になってしまう。
その事をどうしたら、この人はわかってくれるだろうか。

「バニー……」
「僕は貴方と別れたくない。貴方の事が好きなんですっ! ……この気持ちを貴方に通じ合ったのに……僕の足手まといになるという理由だけなら、僕は別れたくないっ!!」
「…………じゃぁ、もし、バニーの他に好きな奴がいるって言ったら?」
「! そんな事ありえないっ!!」
「いや、いるよ。他に好きな奴」
「!!」

その虎徹の言葉にバーナビーは瞠目した。
信じられなかった。
虎徹さんが僕の他に誰かを好きになるだなんて……。

「それは…………誰ですか?」

本当は聞きたくなかった。
だが、聞かずにはいられなかった。
虎徹さんの好きになった人なんて……。
それは、僕の知っている人だろうか?
もしかして、スカイハイさん?それとも、ペトロフ管理官?
ロックバイソンさんだったら、今すぐ蹴り飛ばしに行くが……。

「…………俺が今好きな奴は……バニーちゃんの相棒だよ」
「!?」

それは、バーナビーが一番聞きたくなかった人物だった。
どうして、どうしてよりによってあいつなんだ。
あいつのせいで僕と虎徹さんはコンビを解消することになったというのに……。
どうして、そんな奴を虎徹さんは好きになれるんだ。

「なぁ、わかっただろ、バニー? だから、別れよう」
「………いやです。どうしても僕と別れたいというのなら、ここで貴方を犯しますっ!」
「いいよ。それで、バニーの気が済むんだったら」
「っ!!」

どうしてなんですか。
どうして、そんな事を貴方は言うんですか?
僕は、貴方からそんな言葉を聞きたいんじゃないのに……。
ずっと、一緒にいたいだけなのに……。
そこまでして、僕と別れたいんですか?
本当に僕の事なんて何とも思っていないですか?

「……………そう、ですか。なら、お言葉に甘えて……」

そう言うとバーナビーは虎徹のシャツへと手をかけた。
バーナビーのその行為に対して、虎徹は一切抵抗しなかった。
ただ瞳を閉じ、これから起こる事をすべてやり過ごそうとするだけだった。
いっそ、暴れてくれればいいのに……。
その方が、何の罪悪感もなく、貴方を傷付けられるのに……。
だが、今更暴れたってもう止めるつもりなんてない。
失いたくない。例え、貴方に嫌われてしまっても。
どんな手を使ってでも貴方を僕に繋ぎ止めておきたい。
そう、どんな手を使ってでも……。

「おーい、虎徹。時間になったから迎えに……!」
「!?」

その時、バーナビーの背中に虎徹とは違う声が辺りに響いた。
その声にバーナビは顔を上げるとそこには驚いたような表情を浮かべたライアンが立っていた。

「あっ、あの……。お取込み中なら、俺……出直しますけど……;」
「あっ、大丈夫。もう話は終わったから」

明らかに現場に鉢合わせてしまったことに困惑したようにライアンがそう言うのに対して虎徹はむくっと起き上がるとそう言った。
ライアンに現場を見られたことに驚いたバーナビーが固まって動けなくなってしまった為、虎徹のその行動はあっさりとでき、意図も簡単にバーナビーの許から離れた。
そして、乱れた服装を直すとライアンへと近づく。

「! まっ、待ってください。まだ、話は――」
「ごめん、もう終わりだから。バニー……」
「っ!!」

それを見たバーナビーは思わず虎徹へと手を伸ばし腕を掴んだ。
放したくなかった。
ここで放してしまったら、もう二度と掴めなくなる。
そんな思いに駆られたバーナビーは必死だった。
だが、そんなバーナビーに対して虎徹は哀しい笑みを浮かべてそう言うとその手を意図も簡単に振り払った。
その言葉を聞いたバーナビーはその場から動けなくなり、ライアンとその場を後にする虎徹の背中を見送る事しかできなかった。

(どうして……)

どうしてこんな事になってしまったんだろう。
こんな結末で終わってしまうんだったら、ここへなんてやって来なかったのに……。

「虎徹さん……」

その場にバーナビーは力なくへたり込むと、愛しいその人物の名を呟いた。
そして、暫くの間、音もなく涙が枯れるまで泣き続けるのだった。





* * *





「…………なぁ、虎徹。本当にこれでよかったのかよ?」
「…………」

バーナビーと別れた後、そう口を開いたのはライアンだった。

「俺があそこに入らなかったら、あいつにあのままやらせてたのかよ?」

ライアンはあのタイミングであの部屋に訪れたわけではなく、もっと前からあの場にいたのだ。
二人の会話の内容がアレだったので、入室を躊躇っていたらまさかの展開になってしまったので、慌てて入室したのだった。

「つーか、何であんな嘘つくんだよ? 本当の事話せばあいつだってわか――」
「それだけは、絶対駄目だっ!!」

呆れたようにそう言ったライアンに対して虎徹は声を張った。

「バニーには本当の事は話せない。本当の事を話せば、きっとバニーは…………っ!!」
「虎徹!?」

悲痛な声で虎徹がそう言った途端、虎徹はよろめき体勢を崩す。
それを見たライアンは慌てて虎徹の身体を支えた。

「…………なぁ、虎徹。今日は、行くのやめとけよ。少しは休まねぇと、お前の身体が持たねぇよ」
「……だっ、大丈……夫だよ。こんなの……全然大したことじゃないって」
「けどっ!!」
「それに……もうあんま時間もねぇんだろ? お前らが言ってた"あの日"まで」
「…………」

虎徹の身体を気遣い、ライアンがそう言ったのに対して虎徹はそう言った。
虎徹の言葉にライアンは返す言葉が見つからなかった。
虎徹の言う通りだ。
虎徹にあの事を伝えたから、虎徹はこんなにも無理しているのだ。
虎徹をこんな状態にさせたのは、間違いなく自分たちなのだ。

「お前のせいじゃねぇよ。ちゃんと辛い時は言うから…………な?」

そんなライアンのその心情が表情から読み取ったのか、虎徹は苦笑しながらそう言った。
今、自分の方が辛いはずなのに、この人はそうやって笑ってその辛さを隠すのだ。
それは、昔も今もまるで変わっていなかった。
守りたい。そんなあんたの事を……。
俺は、その為にこの街に戻ってきたのだから………。








劇場版-The Rising-のIF小説第2弾の第3話でした!
何か、とんでもなくバニーちゃんが可哀想な展開になっちゃいましたね;
何が何でも別れたくないバニーちゃんと、何が何でも別れようする虎徹さんの攻防を書いてみました。
虎徹さんがバニーちゃんに言った嘘が何なのかはそれは、今後のお楽しみという事でvv


H.25 10/22