なんで、あんなことを言ってしまったんだろう……。
あの日からずっとその事ばかり後悔していた。
わかっていた。虎徹さんが言った事が本心ではない事なんて……。
虎徹さんにあんなことを言わせたのは、全部僕のせいだ。
僕が一部になんか戻りたいなんて言ってしまったから……。
逢いたい……。
逢ってちゃんと謝りたい。
そして、貴方を抱き締めたい。
例え、コンビを解消しても僕にとってのバディは貴方だけなんです。
あんな、若造なんかじゃないんです。
そんな事をバーナビーが考えていた時だった。
楓ちゃんからの電話があったのは……。


~君、思フガ故~

『あっ、もしもし? バーナビー? 今、電話大丈夫だった?』
「大丈夫ですよ。今、仕事から帰るところでしたから」

彼女とこうして電話でのやり取りをするようになったのは、虎徹さんとコンビを再結成をしてすぐの頃だった。
そして、二人の会話の内容は大抵虎徹さんの話で盛り上がるのだ。
それを虎徹さんに話すといつも「いいなぁ~」と言って羨ましそうな顔を浮かべるのだ。
その表情が僕には可愛くて仕方ないと思ってしまって、ついつい言ってしまうのだ。
その時の表情をまた思い出してしまい、バーナビーの顔が綻んだ。

「……で、どうかしましたか? 僕でよければ、相談に乗りますよ」
『…………バーナビーはさぁ……最近、お父さんに会ってる?』

バーナビーがそう言うと楓は静かにそう問いかけた。
その楓の問いにバーナビーの表情は一気に暗くなった。

「…………すみません。虎徹さんとは、最近会っていませんね」
『……それって、お父さんとコンビ解消してからずっと?』
「はい……」
『やっぱり……そうだったんだ……』

バーナビーの言葉に楓は何を確信したようにそう呟いた。

「……虎徹さんに……何かあったんですか?」
『…………それ、バーナビーが私に聞く訳? お父さんとコンビ解消したくせに』
「…………」

そう言った楓の言葉は酷く冷たかった。
それに対してバーナビーは何も言い返せなかった。
彼女の言い分は尤もだった。今の虎徹さんに何かあるとしたらそれくらいしかないだろう。
電話越しに最初に聞こえてきた彼女の声がいつもと変わらなかったので、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
あのことに対して彼女が怒っていないはずがないのだ。

『ねぇ、どうしてお父さんとコンビ解消して一部に戻ったの? お父さんの事……嫌いになった?』
「! 僕が虎徹さんの事を嫌いになるわけないですっ! それだけは、何があっても変わらない事実ですっ!!」
『…………』

楓の言葉に思わずバーナビーはそう声を張った。
これだけはどうして彼女にも伝えなければいけないと思ったから。
他の事は誤解されていてもいい。
だけど、この想いだけは彼女に誤解されたままじゃいけない。
僕達の事を快く認めてくれた彼女の為にも……。

「……僕はずっと後悔しています。……虎徹さんに一部に戻りたいって呟いてしまったのか……。そんな事言わなかったら、虎徹さんだってあんな行動にでなかったはずなのにって……」

出来る事なら、その時間にまで遡ってやり直したい。
「一部に戻りたい」っとほざいたあの口を塞いでやりたい。
そうすれば、今でも虎徹さんは僕の隣にいて、いつものように笑いかけてくれていたはずなのだ。
そんな都合のいいことをいくら考えても仕方ないとはわかっているのに………。

『…………ごめん。本当は、バーナビーの方が辛いって事、わかってた。……わかってたけど、あんなお父さんの声、聞いていられなくて……』
「楓ちゃん……」
『ねぇ、バーナビー。お父さん、ヒーロー辞めたりしないよね? ヒーローを辞めさせられたり、会社はしないよね?』
「! それって……どういう事ですかっ!?」

何処か泣きそうな声でそう言った彼女の言葉にバーナビーは瞠目した。
そんなこと有り得なかった。虎徹さんがヒーローを辞めるだなんて……。

『……この前、電話した時に「俺、楓が大人になるまで、ヒーロー続けられるかなぁ?」とか突然言い出したから「どうして?」って聞いたの。そしたら……「あの二人がうまくいったら、もう俺は必要ねぇだろうしなぁ」って』
「!!」
『私……不安なの……。お父さん……。ヒーロー辞めるつもりじゃ、会社辞めさせられるんじゃないかって……』
「そんなこと……!」
『本当にないって言いきれないじゃん! ……お父さんたちの会社が、あんなにバーナビーとライアンを押していたら……』
「…………」

確かに、最近のアポロンメディアの新コンビに対する押しは誰が見ても凄いとわかる。
まるで、ワイルドタイガーを、虎徹さんの存在を抹消しようとしているようだった。
この街を本当の意味で救った真のヒーローの存在を……。

「…………わかりました。その事を虎徹さんに会って聞いてみます」

会社が本当に虎徹さんを辞めさせようとしているのかを……。
もし、それが本当に事実なら、許しがたい事だ。
そんなこと、絶対僕が阻止してみせる……。

「……大丈夫です。虎徹さんは、僕が守りますから」
『バーナビー……。うん……お父さんの事、お願いね』

バーナビーの言葉に楓はやっと安心したような声でそう言った。
やはりもう一度、虎徹さんに逢ってちゃんと話さなければ。
彼女の為にも。そして何より僕自身の為にも……。





* * *





(…………ここに……本当に虎徹さんがいるのか……?)

ロイズに今虎徹が使っている部屋を確認したバーナビーは虎徹に逢うべく、その場所へと向かった。
その部屋の前までやって来たバーナビーは思わず立ち止まった。
そこは会社の地下倉庫の一室で人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。
こんなところの虎徹さんがいるだなんて到底思えない。
ここは虎徹さんのイメージとはあまりにもかけ離れた場所である。
こんな所に虎徹さんを押し込めているなんて……会社は一体何を考えているんだっ!

――――私……不安なの……。お父さん……。ヒーロー辞めるつもりじゃ、会社辞めさせられるんじゃないかって……。

ふと、頭に過ったのは、あの時の楓ちゃんの言葉だった。
彼女の不安は当たっているような気がしてならなかった。

「虎徹さん、いますか? 入りますよ……」

そう断りを入れてからバーナビーは倉庫の扉を開けた。
扉を開けるとそこは何とも薄暗く、大量の段ボール箱が積まれていた。
そのせいか、この部屋は酷く埃っぽかった。
部屋にはボツンッと一つのデスクが置いてあり、それが何とも寂しげに見えたが、そこに今は誰も座っていなかった。

(こんなところで、虎徹さんは一人で……)

ここには今いないあの人がここに一人でいる事を想像すると胸が痛くなった。
こんな場所だとわかっていたら、もっと早く逢いに来ていたのに……。

(……虎徹さんの匂いがする)

そのデスクにバーナビーが座ると、微かに虎徹の香りがした。
あの甘酸っぱい柚子の香りが……。
その香りが好きで、よくあの人に抱きついていた事を思い出す。
その時のあの人は、恥ずかしさからか顔を真っ赤にさせていたので、それがまた可愛くて、愛しくて仕方なかった。
逢いたい。虎徹さんに逢いたい……。
逢って話がしたい。
あの笑顔を見たい……。
ずっと、貴方の隣にいる事が普通だったのに、ほんの数日逢えなかったことが本当に辛く感じた。
虎徹さんも同じ想いでいてくれただろうか……?

(……あれ? これって、虎徹さんの手帳……?)

すると、デスクの上に一つの手帳が置いてあることにバーナビーは気付いた。
その手帳にバーナビーは手を伸ばすと少し躊躇いつつも、手帳を開いた。
虎徹さんはああ見えても結構几帳面で、仕事などのスケジュールは必ずこの手帳に書いているのだ。
だから、つい気になってしまった。
虎徹さんが僕とコンビを解消してからどんな毎日を過ごしていたのかを……。

(…………なんなんだ? このスケジュールは……!)

そこに記されていた内容にバーナビーは目を疑った。
そこに記されていたスケジュールの内容は、書類整理などの雑務、司法局の新規ヒーロー選抜の手伝い、そしてヒーローアカデミーでの特別講師としての講義のみで、あの日から一度も事件に出動していなかったのだ。
僕とコンビを組んでいた時は一日に一回、多い時は数十回も出動していた事もあったのにだ。
だから、このスケジュールは明らかにおかしいとバーナビーは思った。
まるで、あの人を敢えて事件に出動させていないような、そんな錯覚さえも起こしてしまいそうな内容だった。

(ん……? 何か落ちたけど……)

バーナビーが手帳を持ち上げて次々とページを捲っていくと、その手帳に挟んであった何かが床へと落ちた。
それをバーナビーはすぐに拾い上げる。

「っ!!」

それは、一つの白い封筒で、それを目にした途端、バーナビーは絶句した。
その封筒には見慣れたあの人の文字で『辞表』と書かれていたから……。








劇場版-The Rising-のIF小説第2弾の第2話でした!
結局続きを書いてしまいました;
虎徹さんとバニーちゃんがコンビを解消したら、絶対に楓ちゃんはバニーちゃんに怒鳴り込むだろうなぁとか思っちゃう今日この頃。
虎徹さんがさらにとんでもない行動に出ようとしてますねぇ;


H.25 10/22