いつからだっただろうか? 夢を見るのが、怖くなってしまったのは……。
昔は、そうじゃなかった。夢を見るのは、楽しくて仕方なかった。
例え、怖い夢を見たとしても母上や兄上がずっと私の傍にいてくれて、慰めてくれたから、安心する事が出来たから……。
でも、いつからか、己が見る夢が少しずつ現実になるようになってからは、それだけではダメになってしまった。
そして、母上が亡くなる前日にその夢を見た時、己が見る夢が予知夢の一種だと言う事を確信するようになってからは、その思いはより一層強くなってしまった。
それからは、なんとか夢を見ずに寝られないかと色々模索してみたりもしたが、夢は己の意思とは関係なく見ていた。
夢を見たくなくて寝る事自体、怖くなってしまった私の事を兄上は、ひどく心配してくれていたが、その理由だけは決して話せなかった。本当のことを言ったとしても、きっと兄上は信じてくれないと思っていたから……。
そして、遂には己が一番見たくなかったあの夢も見るようになってしまった。
あの夢だけは、何が何でも現実したくなかった。
だから、己に出来る事がないかを必死に模索し、剣術も磨いてきた。
でも、ある人の死によって、それもまた否定された。
あの人の死の夢は、たった一度しか見ていなかった。そして、その死を回避しようと初めて行動に移したのにダメだった。
だから、その事実に私は絶望してしまった。
あの夢だけは、何度も繰り返して見るのだ。
まるで、決して覆すことが出来ない、運命だと言わんとばかりに……。
そのせいでいつしか私は、あの夢から目を逸らすようになっていった。
あの夢が現実になった時、少しでも己が苦しまないようにするために動くようになってしまった。この行為が、私自身や周りの人を深く傷つけると言うことはわかっているのに……。
だが、そんな私の考え方が一人の少年と出逢ったことで、また変わり始めていく。
もしかしたら、あの夢の結末を変えられるのではないかと……。
あの夢――兄である煉獄杏寿郎の死を……。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


瑠一郎(りゅういちろう)! 俺の継子になれっ!!」
「お断りします」

炎柱である煉獄杏寿郎のその言葉をそう即答して断った。
彼の名は、煉獄瑠一郎。今、目の前にいる杏寿郎の双子の弟である。
だが、その容姿は、兄である杏寿郎とは全く似ておらず、漆黒の癖のない長髪で切れ長の緋色の瞳をしているが、右目は長い前髪のせいで完全に隠れてしまっている。
世間では、二卵性だったから母――瑠火に容姿が似たのだろう思われているのだが、現実はそうではない。
瑠一郎自身、それを知っていた。自分が兄と慕う杏寿郎や弟の千寿郎とは、血が一切繋がっていない赤の他人の子供であることを……。
その真実を知ったのは、死期を悟った母――瑠火から聞かされた為だった。
瑠火が杏寿郎を出産して一週間程経った頃、何処からともなく赤子の泣き声が聞こえてきたらしい。
その泣き声に導かれるように瑠火はまだ完全に体力が戻っていないにも関わらず、父――槇寿郎と共にその方向へと足を進めた。
そして、そこで発見したのが、今にも死にそうな一人の女性とその腕の中に抱かれていた赤子だった。女性は、もう手当てもしても助からない程の瀕死の状態だったらしい。
そんな状態にも関わらず、女性は必死に赤子を何かから守っていた。
そして、瑠火たちに「この子だけは、どうか守ってください」とだけ言い残し、女性は息を引き取った。
瑠火は、その女性の遺言を聞き入れ、その赤子を自分の子供と一緒に育てることを決意したのだ。その赤子というのが、まさに私――瑠一郎なのだということを教えてくれたのだ。
その話を母上から聞いた時は正直驚いたが、妙に納得もしてしまった。
煉獄家の男児は、恐ろしいまでに容姿が似るのに対して、瑠一郎だけは全然似ていなかったことをずっと気にしていた。
単に母の瑠火に似ただけだと思っていたのだが、それだけではどうしても腑に落ちなかった。
煉獄家では、古くからの風習で髪を焔色にする為に七日おきに二時間程、大篝火を見るのだ。
瑠一郎は、瑠火のお腹の中にいなかったのだから、髪の色が焔色にならなかったと言われればそれも納得がいった。
だが、だからと言って瑠火や兄上たちの事を嫌いになることは、決してなかった。
寧ろ感謝したいくらいだった。こんな赤の他人の子を自分の子供と等しく愛情を注いで育ててくれた事に……。優しい兄や弟たちと一緒に暮らせた事に……。

――――……瑠一郎。私は、もう長くは生きられません。私は、あなたの育ての親になれてとても幸せでした。……これからは、どうか杏寿郎と支え合って生きてください。

それが、母上の最期の言葉だった。本当だったら、母上の言葉を通り、そうしていくつもりだったが、実際はそれは出来ていない。
父――槇寿郎が母上の死をきっかけに少しずつおかしくなってしまったのだった。
それまでは、熱心に私たちに剣の稽古をつけてくれていたというのに、ある日突然おかしくなってしまった。
柱にまでなった人だったのに、剣への情熱もなくなってしまい、剣を握ることもやめ、酒に溺れていった。
それについて、杏寿郎もひどく心配していたが、槇寿郎に対して何も言えなかった。
そんな中、とある事件が起きてしまった事で、瑠一郎はあの屋敷では暮らせなくなり、藤の花の家紋の家を転々としながら、生活していた。
最近では、仲のいい蟲柱である胡蝶しのぶの計らいもあり、ここ蝶屋敷に身を寄せているのだ。
その事についても誰よりも心を痛めているのは、他でもない杏寿郎である。
杏寿郎は、瑠一郎が屋敷で暮らせなくなってしまった事、あの事件を未然に防げなかった事を兄として責任を感じているのだ。そんな必要などないというのに……。
あれは、決して杏寿郎のせいではない。全ては、自分のせいで引き起こしてしまった事なのだから……。
その事をいくら杏寿郎に言っても納得してもらえず、こうして任務の合間を縫っては、杏寿郎は瑠一郎に会いにやって来るのだ。

「……ちなみに兄上、今、何時だか、ご存知ですか?」
「朝三時だ! おはようっ! 瑠一郎!!」
「あっ、おはようございます、兄上。あと、早朝でもない時間帯なので、もう少しだけ声量を落としてください。他の皆さんはまだお休み中です」
「そうか! それは、すまなかったっ!!」
「だから、もう少しだけ声量を……」

瑠一郎の言葉に対して、先程と全く変わらない大きな声量でそう言って笑った杏寿郎に対して、瑠一郎は呆れたように溜息をついた。

「本当、朝から仲がいいですねぇ」
「! しっ、しのぶちゃん!?」

すると、背後から声が聞こえてきたので、瑠一郎はその方向に振り返るとそこには、一人の少女が立っていた。
先端の方が紫色となっている長い髪をギチギチの夜会巻きにした少女の姿が……。
彼女こそが、この蝶屋敷の主である胡蝶しのぶである。

「おはよう! 胡蝶! 君も朝が早いんだなっ!!」
「おはようございます。煉獄さん。はい! おかげさまで、私もすっかり朝が早くなってしまいました♪」
「うむ! それは、とてもいい事だっ!!」
「あぁ……。ごめんなさい、しのぶちゃん……」

杏寿郎としのぶの会話を聞いた瑠一郎は、ただただしのぶに対して申し訳ない気持ちになった。
結局、またこうやって彼女に迷惑をかけてしまったのだから……。

「……で? 兄上は、今日は、任務はないのですか?」
「うむ! 今日はないのだが、明日には西の方へ向かう予定だっ!」
「! 西……!」

その杏寿郎の何気ない言葉に瑠一郎は、つい反応してしまった。

「もしかして……列車とかに乗られますか?」
「いや! 西のほうにある山岳での任務だっ! 列車には乗らん!!」
「そう……ですか……」

杏寿郎のその言葉を聞いて、瑠一郎は漸く安堵した。
よかった。列車に乗る事がないのなら、今日ではないのだ。
兄が死んでしまう日は……。

「瑠一郎! お前も一緒に任務に行こうっ!!」
「いや……。私は……いいです。私には、その指令は来ていませんので……」
「その辺については、何も問題ないっ! 一人、増員したところで、誰も文句は言わないだろうっ!!」
「いや……。恐らくですが、文句は出ると思いますよ……」
「では! また明日迎えに来るっ!!」
「えっ? ちょっ、兄上!?」

瑠一郎の話など全く聞く耳を持たないと言った感じでそう杏寿郎は、言い残すとさっさと蝶屋敷を後にしてしまった。
本当、頭が痛くなってきた。

「本当にお二人は、仲がいいんですねぇ。私、妬いちゃいそうです♪」
「……しのぶちゃん。今のやりとりを見ていて、それを言う?」
「もちろんですよ。と言うか、今のやりとりを見ていたから、逆に言えるんじゃないですか? 本当に、瑠一郎さんは、優しいですねぇ♪ ちゃんと、煉獄さんのお相手をなさって」
「私の方からは、相手にはしてませんよ? 兄上が勝手にやって来るだけです」
「ですが、こんな朝早い時間なのに、ちゃんと起きて煉獄さんが来るのを待っていてあげているじゃないですか?」
「…………」

しのぶの言葉を聞いた瑠一郎は、深く息を吐いた。
彼女は、こう言った事については、本当によく見ている。

「別に兄上を待っているから、早起きをしているわけではありませんよ。ただ……極端に眠れないだけですから……」
「…………瑠一郎さん――」
「私は、兄上がまたここにやって来る時間まで、少し出かけてきます。ちゃんと兄上が来る前にはちゃんと戻るようにしますので……」

これ以上、しのぶに何か言われる前にこの場から離れようと思った瑠一郎は、しのぶの言葉を遮って逃げるようにその場から後にしようとした。

「……わかりました。ですが、一点だけ。鬼狩りについての報告内容は、正確なものでお願いします」
「…………何のことですか?」
「煉獄さんはどうかは知りませんが、私や不死川さんたちは、ちゃんと気付いてらっしゃいますよ? あなたが、鬼を討った数を誤魔化していつも本部に報告している事を」
「……ただ、数を数えるのが苦手なんです。それに、一、二体の誤差なら、少しは大目に見てください」
「そうですねぇ。そのくらいの誤差なら、大目には見ます。ですが、あなたの場合は、桁が違いすぎます。ちゃんと、正確な数を報告していれば、もうとっくに甲の位になっていてもおかしくはないはずなんですよ? どうして、誤魔化すんですか?」
「…………」
「もし、煉獄さんの事を気にしているのでしたら――」
「兄上の事は、何も関係してませんから」

そこまでしのぶの話を聞いた瑠一郎は、そう静かに言った。
彼女は、根本的に間違っている。この件に関しては、杏寿郎の事とは全く関係ないのだから……。

「ごめんね、しのぶちゃん。本当に、私はそういうのに、興味がないだけで、兄上の事は全然気にしてないから……。これからは、なるべく正確な数を報告するよ。じゃぁ……行ってきます」

そして、それだけをしのぶに伝えるともう振り返る事なく、瑠一郎は歩みを進めた。
しのぶも、もうそれ以上の事は何も言わなかった。
今、言っても瑠一郎には何も届かないとしのぶには、わかっているからだ。

「…………瑠一郎さん、あなたは……本当に嘘つきです」

ずっと、近くで見てきたからわかる。
あなたは、誰よりも煉獄さんの事を慕っていて、彼の事を傍で支えたいと思っている事を……。
その証拠に、今から出かける場所も煉獄さんが主に担当している地域での自主的な鬼狩りである事もしのぶにはわかるのだ。
少しでも煉獄さんの柱としての負担を軽減させよと、彼は影で動いているのだ。
でも、しのぶには、どうしてもわからない事があった。
そこまでして煉獄さんの事を想っているのに、彼は決して煉獄さんの傍で支えようとはしないのだ。
誰よりも、煉獄さんの傍にいて、それをやりたいはずなのに、継子の誘いについても断り続け、ある一定の距離を保ち続けているのだ。
一体、何が彼をそうさせているのかが、しのぶにはわからなかった。
彼は、私の知らない何かをずっと抱えて生きている。
それについて、私で力になれる事があるなら、手を貸してあげたいのに……。
あの時、姉――カナエを亡った時に支えてくれたのも瑠一郎だった。
瑠一郎がいなかったら、しのぶの心はもうとっくの昔に壊れてしまっていただろう。
だから今度は、私が彼の心を救ってあげたい。
そう思っているのに、それが上手くできない事がしのぶにとって歯痒くて仕方なかった。









新シリーズ小説の序章でした!!
鬼滅の夢小説を描きたいという衝動が抑えられなくなったため、結局書くことにました!
また、今までは、オリキャラを登場させる事は、ちょくちょくあったのですが、本格的にオリキャラを主人公として書くのは初めての試みです!
※一応、煉獄さん救済あり。無限列車編までは書く予定です。
また、この話は鬼滅の夢小説なので、考えていた裏話を大正コソコソ噂話として書いていきます!

【大正コソコソ噂話】
瑠一郎の人の死の予知夢については、年齢と共に精度が上がってきています。
他愛無い日常程度の予知夢も見る事もありますが、そちらについては制度も低いです。
なので、人とのコミュニケーションする際によく活用してたりします。(主に水柱に対して)


R.3 1/11