「…………よし。今日のところは、これくらいだ大丈夫だろう」

一通り、鬼を討った瑠一郎は、そう言って息を吐いた。

「瑠一郎」

すると、瑠一郎に一つの声が降ってきた。
それは、一羽の鎹鴉で瑠一郎の相棒でもある我門(がもん)だった。

「今日ハ何ト報告スレバイイ?」
「……いつも通りで」
「…………」

瑠一郎がそう言うと、我門は納得していないのか、いつもとは違い、すぐに本部へと向かおうしなかった。

「どうしましたか?」
「……チャントシタ報告シナイト、シノブガ怒ルゾ?」
「大丈夫。どうせ、バレませんから……」

彼女がなんと言ったって私が本当に討った鬼の数を証明するものなど存在しないのだ。
その証拠となる鬼自体、日輪刀で頸を斬り落とせば、灰となって消えてしまうのだから……。
だから、本部は隊士の相棒である鎹鴉の報告を信じるしかない。
それに、瑠一郎としては、別に嘘をついているつもりは毛頭ないのだ。
ちゃんと鬼を討った数は報告しているのだから……。

「……じゃぁ、そう言うわけですから、本部への報告は、よろしくお願いしますね、我門。私はこれから……兄上との任務の為、しのぶちゃんの屋敷に戻りますから……」

正直、行きたくはなかった。杏寿郎との任務は、いつも憂鬱でしかたなかったから……。
だが、ちゃんと行かないと蝶屋敷の人たちに迷惑をかけてしまう事を瑠一郎は知っているからだ。
以前一度だけ、杏寿郎との約束をすっぽかし、姿をくらました事があったのだが、瑠一郎が見つかるまで杏寿郎は、あの大声で蝶屋敷中を捜し回っていたのだ。
しかも、まだ日も昇っていないあの時間帯からだ……。
人に対してある程度は気遣いが出来る杏寿郎だが、自分や弟の千寿郎の事になると、どうしてもその部分が欠落してしまうようだった。
故に仕方なく、瑠一郎は、杏寿郎に誘われた任務には同行するようにしている。

(あぁ……早く、終わらせよう……)

まだ、始まってもいない任務に対して、そう思いながら、瑠一郎は蝶屋敷を目指して足を進めるのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「おはようっ! 瑠一郎!!」
「……おはようございます、兄上」

瑠一郎が蝶屋敷に戻って来てから僅か数分後に蝶屋敷中に響き渡りそうなくらい大きな杏寿郎の声が聞こえて来た。

「兄上。前にも言いましたが、まだ朝は早いので、もう少しだけ声量を……」
「そうだったな! すまなかった!!」
「煉獄さん、瑠一郎さん。おはようございます」
「おはようっ! 胡蝶!!」
「しっ、しのぶちゃん!? また……起こしちゃいましたか?」

そして、今回もしのぶが二人の目の前に現れた事によって、瑠一郎は焦り出す。
しかし、そんな瑠一郎に対して、しのぶは首を振ってそれを否定した。
「いいえ。違いますよ。今日は、瑠一郎さんにお渡ししたいものがありましたので、頑張って起きました♪」
「? 私に……?」
「はい! もうそろそろ、無くなる頃だと思いましたので……」
「!!」
そう言いながら、しのぶは瑠一郎に近づくと、とある小袋を瑠一郎に手渡した。
そして、その中身を確認した瑠一郎は、内心焦った。
まさか、これを杏寿郎がいるタイミングで渡しに来るなんて……。

「ん? それは、何かな?」
「これは、瑠一郎さんがいつも使っているお薬ですよ」
「薬……?」
「はい! そうです。塗り薬と後は……睡眠導入剤です」
「!?」
(あぁ……しのぶちゃん、これ絶対、わざとだ……)

瑠一郎の反応を見て不思議に思った杏寿郎がそう尋ねると、しのぶはその中身をご丁寧に杏寿郎に説明した。
それを聞いた瞬間、杏寿郎の見開いた金環の瞳が、さらに少しばかり大きくなった気がした。
そして、そんな杏寿郎の事を瑠一郎は、恐る恐る見つめるのだった。

「…………瑠一郎。……お前は、まだ、ちゃんと眠れていないのか?」
「あっ、えーっと……その……」
「……うむ! なら、今日の任務が終わったら、お前が眠るまで俺が、添い寝してやろうっ!!」
「いえ、結構です」

そう言った杏寿郎の提案を瑠一郎は、すぐさま却下する。

「なっ、何故だ!? 昔は、よくやってあげたではないか!?」
「いや……私も……もういい歳なので……;」
「そんなもの年齢は関係あるまいっ!!」
「そうですよ、瑠一郎さん。ここは、兄弟水要らずやってもらいましょう♪」
「……しのぶちゃん、この状況を明らかに楽しんでいるよね?」
「まさか! 私は、瑠一郎さんの事を本気で心配していますよ♪」
(絶対に嘘だ……)
楽しそうに微笑むしのぶの姿を見て、瑠一郎はそう思った。
二人に何と言ったら、諦めてもらえるだろうか?
困ったように瑠一郎は、息を吐いた。

「…………私なら、本当に大丈夫ですから。……ちゃんと、毎日一時間は、睡眠を取って――」

そして、事実をそのまま言おうとしたが、途中でやめた。
何故だかわからないが、二人が何とも言えない表情で自分の事を見つめている事に気付いたからだった。
「あっ、あの……あっ、兄上? しっ、しのぶちゃん?」
「…………煉獄さん。是非とも、瑠一郎さんとの添い寝をお願いします。……これ以上、薬を強くすると、瑠一郎さんは二度と目を覚まさなくなる可能性がありますので……」
「よもや! よもやだっ!! それは、困る!! よしっ!! 瑠一郎!! 今すぐ、俺と添い寝をしようっ!!」
「お二人共、何がどうしたら、そういう結論になるんですか!?」

深刻な表情を浮かべるしのぶと杏寿郎に対して、瑠一郎は完全に引いていた。

「兄上だって、一日一時間しか寝ないことなんて、ザラにありますよね? それよりも……さっさと現場に向かいますよ。私、ともかく、柱である兄上が遅れるのは、まずいです」
「うむっ! なら、帰ったら、添い寝――」
「しません」
(どうしましょう。このままですと、本当に瑠一郎さんの身が保たないわ……)

二人が真剣に瑠一郎の身体の事を心配している事などつゆ知らず、当の本人である瑠一郎は今回の任務をさっさと終わらすべく、現場へと歩みを進めるのだった。





* * *





「…………おい、今、炎柱様と一緒にいるのって……」
「あぁ、間違いない。炎柱の双子の弟だよ」
「うわぁ、マジかよ……。最悪だわ……」
(あー……。やはり、そうなりますよね……)

現地に辿り着いた途端、瑠一郎の耳に届いたのは、他の隊員からの心ない言葉の数々だった。
一応、瑠一郎や杏寿郎の耳に入らないようにヒソヒソ話をしているつもりのようだったが、瑠一郎からは丸聞こえだった。
いや、瑠一郎にだけは、聴けるようにわざとそう話しているのかもしれない。
杏寿郎と任務が一緒になるとこういう輩が多い為、なるべく一緒にやりたくないのもこれが理由の一つでもあったりした。
だが、こうなるように仕向けているのも瑠一郎本人でもあったりするので、瑠一郎からは決して反論や口答えするつもりは一切ない。
言いたければ、勝手に言っていればいいと……。
それで、隊員たちのストレスの吐口になるのなら、それでいいと思っているからだ。

「つーか、あいつ。継子でもないくせに、何で炎柱様といつも一緒にいるんだよ? 身内だからって、甘えやがって。炎柱様に守ってもらえないと真面に任務一つできないのかよ?」
「かもしれないぞ。あいつの刀、色も変わらないし、炎の呼吸も真面に使えないらしい。だから、階級もずっと癸らしい」
「うわー、マジかよ。それ、完全に炎柱様にとっては、お荷物じゃんか? さっさと、剣士なんてやめて、隠にでもなればいいのに」
「名家の煉獄家から隠はまずいだろっ!」
「…………」

嘘と事実が入り混じるその悪口に瑠一郎は、何も言い返さない。
別にどうでもよかった。特に親しくない人物から、自分がどう思われようが、どうだって……。
そう思っているのに、少しだけ胸が痛むのは、何故だろうか?
それは、その悪口の中に煉獄家の事が少しだけ入っていたからかもしれない。
自分の事はどう思われてもいいのだが、兄上たちの事まで貶されるのは、やっぱり嫌だった。

「…………兄上?」

そんな事を考えていると、瑠一郎の横を何かが通り過ぎる気配を感じ取った。
それは、他ならぬ杏寿郎で、悪口を言っている隊員たちの方へと向かっていた。
それを見た瑠一郎は、まずいと思い止めようとしたが、間に合わなかった。

「それにさぁ、あいつ! 炎柱様と容姿も全然似てねぇじゃんか! あの女みたいな顔! 二卵性とか言われてるけど、本当は――」
「瑠一郎は、俺の弟だが、それが何か問題でも?」
「「!?」」
(あー……。そうなりますよね……)

そして、突如、杏寿郎に話しかけられた隊員二人は、驚きのあまりに硬直した。
無理もない。階級の低い隊員はただでさえ、柱クラスの人物と話す機会などない上にその身内の悪口をしているところを聞かれたのだから……。
そんな隊員二人を瑠一郎は、遠くから眺めて同情した。

「すまない。今回の任務については、俺が強引に瑠一郎を連れて来たのだが、それがまずかっただろうか?」
「え、えっ? いえ! 炎柱様のご判断なら、我々としては何も文句などは……」
「うむ! それならよかった! あと、人の悪口を言っている暇があるのなら、その分もっと、己の剣の技と心を鍛錬すべきだと思うぞっ!!」
「「しっ、失礼しましたっ!!」」
「わかればいいっ!!」

平謝りする隊員たちの様子を見て満足したのか、そう杏寿郎は笑って言うと再び瑠一郎の方へと戻って来た。
そんな杏寿郎に対して、瑠一郎は呆れたように溜息をついた。

「いきなり、あんな風に話しかけたら、相手もビックリしますよ? 兄上」
「ん? 何の事だ?」
「……と言いますか、あんな事にいちいち反応しないでください。別に……私は、何を言われていても平気ですので……」
「いや! それは、無理な話だっ! 人の悪口を言うのは、よくない事だっ!!」

そう言う瑠一郎に対して、杏寿郎は瑠一郎とは目を合わせる事なく、明後日の方向を向いて何故かそう言った。
その言葉は、何とも自分の兄らしくて、思わず苦笑しそうになってしまった。

「それに、それが俺の大切な家族の事なら、尚更だっ! 瑠一郎がよくても、俺が許さないっ!!」
「! ……そう……ですか…………」

だが、その杏寿郎の言葉が、瑠一郎から笑みを消させた。
"俺の大切な家族"。本当に私は、貴方にそう思ってもらえるような人間なのだろうか?
本当は、貴方とは、全く血の繋がっていない、赤の他人である私なんかが……。
そんな事を杏寿郎に直接言えるはずもなかった。
彼は、何も知らないのだから……。

「…………瑠一郎?」
「私は、あちらの方を少し見て来ます。こちらの方は、兄上たちにお任せします」
「一人で大丈夫か? 俺も一緒に――」
「はい、大丈夫です。それに……私が近くにいない方が、士気も上がるようですし……」

そう杏寿郎に言い残すと瑠一郎は、その場から逃げるように離れていった。
そんな瑠一郎の事を杏寿郎が呼び止める声が聞こえたような気もしたが、それに瑠一郎は応える事はなかった。

(あぁ……。だから……嫌なんです)

杏寿郎と任務を一緒にする度にそう思い知らせれる。
彼の優しさを肌で感じてしまう。
人の事を滅多に怒る事のない杏寿郎が、自分なんかの為にああやって怒ってくれる事が本当は凄く嬉しいはずなのに、それを素直に喜ぶ事ができない自分にも腹が立つ。
そして、改めて自分の中の杏寿郎という存在の大きさを再認識させられるのだ。

「…………私は……耐えられるだろうか?」

あの夢が現実となってしまった時、本当に自分はそれに耐える事ができるだろうか?
おそらく、それはきっと無理だ。
あの夢を見ただけでも涙が止まらなくなってしまうというのに、現実になってしまったら、きっと耐えられない。
だから、早く見つけなければ……。
杏寿郎を亡っても耐えられる方法を……。
杏寿郎から自分への興味を逸らす手段を……。
その時の瑠一郎は、それだけを考えながら、ひたすら鬼を討つのだった。









新シリーズ小説の第1話でした!今後は、こちらについては、悪夢シリーズと呼ばせていただきます。
うおおおぉぉっ!無限列車編の興行収入ランキングが遂に千と千尋を抜きましたね!おめでとうございますっ!!
作品自体は、どちらも素敵なので、その辺については、勝ち負けはないと思ってますっ!!
あと、本当は、昨日のうちにアップしたのですが、4DXとかを観に行ったら、日付が変わってました!!
4DXは、凄いですね!猗窩座にボコボコにされましたwww
今回も、しのぶさんと煉獄さんとの会話がメインな感じになってます!私も、煉獄さんに添い寝されたいっ!!←何言ってんの?
あと、皆さんは、ちゃんと寝ましょうね!!

【大正コソコソ噂話】
その一
しのぶさんは、初めの方は二人のやり取りを見て、楽しんでいたのですが、瑠一郎の一言で本気で彼の事を心配する結果となりました。
※煉獄さんに至っては、ずっとマジです

その二
他の隊士たちに自分の事は何を言われてもある程度は、殆ど動じない瑠一郎ですが、その内容の中に煉獄さんや千寿郎くんたちの事を侮辱する内容だった場合は、反論することもあります。
※ただそれよりも早く煉獄さんが動くことが多いだけです。


R.3 1/11