――――死ぬ……!! 死んでしまうぞ、杏寿郎!!
そう兄――杏寿郎の胸部を貫いたまま、鬼が叫んだ。
(あぁ……また……あの夢か…………)
その瞬間、これはまたあの夢を見ているのだと、瑠一郎は瞬時に理解した。
――――鬼になれ! 鬼になると言えっ!! お前は、選ばれし強き者なのだ!!
そう必死で叫ぶ鬼に対して、杏寿郎は微動だにしない。
(あぁ……この鬼は、本当に……兄上の事をまるでわかっていない)
そんな誘いで杏寿郎の心が動くはずなどないのだ。
兄は、いつでも弱き者を助ける為に己の力を、刃を振るうのだ。
だから――――。
――――ぐぅおおおおぉぉっ!!
だから、最後の最後まで己の力をその為に振るうのだ。
例え、そのせいで命を落とす事になったとしても……。
(兄上……)
優しい微笑みをまだ鬼殺隊に入ったばかりの少年たちに浮かべ、そして杏寿郎は息を引き取った。
そして、その場に瑠一郎の姿はどこにもない。
瑠一郎は、最愛の兄の死に立ち会う事が出来ないのだと、この夢が教える。
それなら、知りたくなかった。それなのに、この夢だけは、何度も見てしまう。
それが、瑠一郎は怖くて仕方なかった。
あと、この夢を見る事になるだろうか?
そして、あと何回この夢見たら、その日がやって来てしまうのかと……。
~悪夢は夢のままで終わらせよう~
「……あれ? アオイちゃん? しのぶちゃんの姿がまだ見えないようだけど……何かあったのかい?」
その日、瑠一郎は、蝶屋敷でのちょっとした異変を感じていた。
数日前に、しのぶがお館様に呼ばれて、那田蜘蛛山へ水柱である冨岡義勇と共に任務に向かった事は聞いていた。
柱である二人が対応するのなら、すぐに戻って来るだろうと思っていたのだが、未だにしのぶは屋敷に戻ってこなかった。
ここ数日の夢でしのぶが死ぬという夢は見ていなかったが、瑠一郎は少しだけ不安になった。
「あぁ、それでしたら、しのぶ様は、そのまま柱合会議に向かわれたようですよ」
「柱合会議?」
「はい。何でも、鬼を連れて任務をしていた隊士がいたようで、その者の処分をどうするのかを決めるらしいです」
「そう……ですか……」
そう何食わぬ顔で話すアオイに対して、瑠一郎の表情は曇った。
その夢なら、事前に見ていた。
自分が見た夢では、お館様が現れる前にその隊士と鬼は、処刑されてしまったという事を屋敷に戻って来たしのぶから聞いたという夢だった。
実際に会った事も面識のないその人物に瑠一郎は同情した。
ただ、肉親であった鬼を連れていたというだけで隊律違反として処罰されてしまった少年の事を……。
「……瑠一郎さん? どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。教えていただいて、ありがとうございます」
そんな瑠一郎の様子をどこか不思議そうにアオイは、首を傾げて問いかける。
その問いに瑠一郎は、内心焦りつつもそうお礼を言った。
「まだ、洗濯物を取り込んでいませんでしたよね? 私がやって来ます」
「本当ですか! ありがとうございます! 瑠一郎さんがいてくれて、本当に助かります」
「いえ、どういたしまして」
負傷した隊士をこの蝶屋敷で治療しているが、それを対応しているのは、ほぼ女性陣で、この屋敷には圧倒的に男手が足りていなかった。
その為、ここでお世話なっている瑠一郎は、力仕事を積極的に手伝っていた。
洗濯物ひとつにしても、毎日清潔なシーツに取り替える必要もあり、それを大量に洗い、干し、取り込むだけでも結構な重労働なのだ。
アオイにお礼を言われた瑠一郎は、その足で屋敷の庭へと向かった。
庭には、横一列に綺麗に干されたシーツが風で靡いていた。
瑠一郎は、その一枚を手に取って乾き具合を確かめる。
(うん……。これなら、大丈夫そうだ)
シーツは、仄かに太陽の匂いがした。
これなら、今、治療を受けている隊士も安眠出来るだろう。
今、治療を受けている隊士は、結構個性的な子が多いので、相手をしていても飽きない。
そう思った瑠一郎は、早速シーツを取り込み始めようとしたその時だった。
「あっ、あの……。よろしいですかね? えーー……」
すると、辺りに困ったような声が聞こえて来たので、瑠一郎はその方向へと視線を向けた。
そこにいたのは、しのぶの継子である栗花落カナヲだった。
彼女は、ただニコニコして立っていた。
いや、あれは、苦笑していると言った方が正しいかもしれない。
彼女は、自分でやる事を自分でやる事が決められない性格だから……。
そして、彼女の視線の先には、二人の隠が立っており、これまた困っているように見えた。
その光景に見兼ねて瑠一郎は、シーツを取り込む事をやめ、カナヲたちへと近づいて行った。
「どうかしましたか?」
「! あっ、あなたは……!?」
瑠一郎がそう声をかけると隠の一人が少し驚いたように声を上げた。
どうやら、隠の一人は、自分が杏寿郎の双子の弟である事を知っているようだった。
「あっ、あの、いえ……。我々は、胡蝶様に頼まれて……」
「? 君は……!?」
しどろもどろになりながら、何とか瑠一郎に隠が説明しようとしたその時、瑠一郎はその背中に一人の少年が背負われている事に漸く気付き、驚いた。
その少年の右の額に大きな傷があったから……。
そして、もう一人の隠の背中には、木箱を背負っている事にさらに驚いた。
「……君……名前は?」
「おっ、俺は……竈門炭治郎……と言います」
(竈門……炭治郎だって……!?)
少年――竈門炭治郎の名前を聞いて瑠一郎は、心底驚いた。
何故なら、己を見た夢では、彼らはもう死んでいるはずなのだ。
それなのに――――。
「あっ、あの……」
「! すっ、すみません。怪我人の手当ですよね? こちらへどうぞ」
隠の言葉に我に返った瑠一郎は、そう言って病室のある方へと彼らを案内した。
だが、内心は全然冷静ではなかった。
(私の夢が……外れた?)
些細な日常の出来事なら、外れる事も多々あった。
だが、人の死に関しての夢は、今までに一度も外れた事などなかった。
その死を回避したくて、カナエを助ける為に動いた時でさえ、それを変える事は出来なかったというのに……。
カナエの死の事があったから、人の死の夢を回避する事は、絶対に無理だと思っていたのに……。
自分の見た夢で人の死が覆ったのは、これが初めてだった。
だから、瑠一郎は、興味を持った。
この少年――竈門炭治郎とその妹――禰豆子に……。
そして、彼らとの出逢いが、瑠一郎の運命を大きく影響を与える事になるのをこの時の瑠一郎は、まだ知らなかった。
悪夢シリーズの第2話でした!
今回のお話で、主人公の炭治郎くんと禰豆子ちゃんたちとの出逢いです。
おそらくここまでしなくても炭治郎くんと禰豆子ちゃんなら、瑠一郎と積極的にコミュニケーションを取ってくれるとは思いますが、さらに印象付ける為こういった展開にしてみました。
次回のお話には、他の柱たちもでてきます!
【大正コソコソ噂話】
その一
瑠一郎が今まで見た人の死についての予知夢は、今まで遅かれ早かれ必ず実現していました。
その為、原作の主人公である炭治郎くんと禰豆子ちゃんは、それが完全に外れた初めての人物となりました。
※二人を異分子にしないと瑠一郎が動き出すきっかけがないためです
その二
瑠一郎が見た煉獄さんの死の予知夢の部分は、猗窩座との死闘がメインで無限列車の部分は曖昧です。
これは、魘夢との戦いでは、誰も命を落とす者がいない為である。
R.3 1/11