「やあ、炭治郎くん。……体調はどうだい?」
「あっ! 瑠一郎さんっ!!」

ふと、庭先を見ると、そこにいたのは、赤みがかった瞳と髪を持つ少年の姿だった。
その少年――竈門炭治郎にゆっくり近づくと瑠一郎は、そう彼に声をかけた。
それに気が付いた炭治郎は、そう言って少し驚きながら、瑠一郎に笑みを返すのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「? どうかしましたか?」
「! すっ、すみません! ……瑠一郎さんが近づいてきてた事に俺、全然気付かなかったので……」
「あぁ……ごめんね。炭治郎くんが頑張って訓練をしているみたいだったから、出来るだけ邪魔しないようにと思ったんだけど、逆効果だったね」

そんな炭治郎の様子を見た瑠一郎は、不思議そうにそう炭治郎に問いかけた。
それに対して、炭治郎が慌てて答えると逆に申し訳ない事をしてしまったと瑠一郎は思った。
瑠一郎は、炭治郎が蝶屋敷へとやって来た日からちょくちょくと交流を続けて、仲良くなっていた。
最近では、漸く体調もよくなってきたらしく、炭治郎は機能回復訓練を行っている。
最初の頃は、その痛さやアオイたちに負けるという精神的な辛さもあったようだったが、なほ、きよ、すみたち三人のアドバイスを聞いて全集中・常中を会得しようと頑張っているのだ。
そして、今もまさにその訓練をしている最中だった。

「いっ、いえ! 俺が訓練に集中しすぎただけなのでっ!!」
「そう? ならいいんだけど……。全集中・常中は出来るようになったかい?」
「そっ、それが……なかなか、うまく出来なくて……」

瑠一郎のその問いに炭治郎は、困ったようにそう笑って言った。

「この前、これくらいの小さな瓢箪は、吹いて破裂出来るようにはなったんですけど……。カナヲが破裂させたって言ってた大きさは、まだ全然ビクともしませんでした」

そう言いながら、炭治郎は手で瓢箪の大きさを表現しながら、瑠一郎に現状を説明してくれた。
その表現からして炭治郎は、約三十センチの瓢箪は、破裂させられるようになったようだった。

「凄いじゃないか! この前聞いた時より、大きくなってるよ。少しずつだけど、君は確実に成長しているよ。頑張って!!」
「ありがとうございますっ! 俺、頑張りますっ!!」

素直な炭治郎は、瑠一郎の言葉をそのまま受け取り、笑ってくれる。
そんな炭治郎の様子を見て、瑠一郎は少しだけ哀しそうに笑った。

「……ごめんね。私が教えてあげられたら、よかったんだけど……生憎、私も出来ないから……」
「えっ? そうなんですか!?」
「あぁ、ちなみに、刀の色も変わらなかったよ」

その瑠一郎の言葉を聞いた炭治郎は、心底驚いたような表情を浮かべた。
いや、どちらかというと困惑していると言った方が正しいかもしれない。

「えっ? でっ、でも、瑠一郎さん、物凄く強いじゃないですか!? それなのに……えっ? えっ!?」
「いや。私なんかは、まだまだだよ。兄上と比べると……」
「? お兄さん……?」
「はい。あっ、炭治郎くんには、まだ言っていなかったね。私の兄は、炎柱の煉獄杏寿郎です」
「えええっ!?」

瑠一郎がそう言うと、炭治郎はさらに驚いたような表情を浮かべた。
本当に、彼の反応は、気持ちがいいくらいいいものである。
そして、それは、決して嫌なものではなかった。

「一応、兄上とは二卵性の双子なんだ。だから、苗字まで名乗らないと気付かない人も多いし、そんなに気にしなくていいよ」

炭治郎は、この前の柱合会議で兄の杏寿郎に会っている。
だから、杏寿郎と全然似ていない自分を見てもそれに気付かない事は仕方のない事だ。
それに、杏寿郎とは、実際には血の繋がりもないのだし……。

「ですが、私のように刀の色も変わらず、呼吸も使えない隊士が長年鬼狩りをやっていけているのは、ほぼまぐれです。なので、炭治郎くんは、ゆっくりでもいいですから、全集中・常中を身につけてくださいね」
「あっ……は――」
「カーーーーァ! ソンナ事ナイッ!!」
「「!!」」

二人が会話をしていると突如、辺りに甲高い声が響き渡ったので、二人揃って驚いた。
それは、瑠一郎の鎹鴉である我門の声だった。
今まで、二人の会話を黙って聞いていた我門だったが、何故だかそれが我慢出来なくなり、炭治郎に話しかけてきた。

「炭治郎! 瑠一郎ハコンナ事言ッテルガ瑠一郎ハ凄インダゾ! 呼吸ナンカ使ワナクテモ鬼ヲチャント討ッテイルッ!!」
「おっ、おい、我門……」

炭治郎に己の相棒を余程自慢したかったのか、そう我門は話を続けた。
そんな我門に対して、瑠一郎は余計な事を言ってしまわないか焦っていた。
そして、炭治郎も我門の言う事を肯定するかのように強く頷く。

「ですよね! 俺、匂いでわかりますっ!! 瑠一郎さんは、冨岡さんくらい強いって事が!!」
「いや……。そっ、そんな事は――」
「ソウダトモ! 炭治郎ハ瑠一郎ノ事、ヨクワカル、イイ奴!」

そんな炭治郎の反応が我門は、嬉しくて仕方ないようだった。

「炭治郎! 聞イテクレ! 昨日モ瑠一郎ハ鬼ヲタクサン討ッタンダゾ!! 一日デ三十体モダッ!!」
「えええっ!? 三十体もですか!?」
「おっ、おい、我門! それ以上は――」
「それ以上は、何ですか?」
「!?」

その背後から聞こえて来た声に瑠一郎は、ゾクッと背筋が凍り付いた。
恐る恐る振り返ってみると、そこには案の定、この屋敷の主のしのぶが立っていた。
しかも、物凄い笑顔で……。

「しっ、しのぶちゃん!? いっ、いつから……そこにいたのかなぁ?」
「そうですねぇ……。瑠一郎さんの鎹鴉が話し始めたあたりくらいからですかね♪」
(あぁ……。ばっちりと聞かれてしまっている……)

瑠一郎のその問いに答えながら、そうしのぶはグイグイと瑠一郎へと近づいて来た。

「瑠一郎さん。これは、一体どういう事でしょうか? 昨日の瑠一郎さんの鎹鴉は、鬼を一体しか討っていないと本部には報告していたようですけど?」
「えっ? あっ、そっ、それは……その……」
「前にも言いましたよね? 報告内容は、正確にしてくださいと? 何で、そんなにも数を誤魔化すんですか?」
「…………」

しのぶの問いに瑠一郎は、何と言っていいのかわからず、口を閉ざした。
言えるはずなどない。鬼の数を誤魔化している本当の理由なんて……。
言っても、きっと信じてもらえないと思うから……。
そんな瑠一郎の様子を見たしのぶは、呆れたように溜息をついた。

「まったく。……今回の件は、私の方から本部に言って訂正させてもらいますね? ですが、今度同じような事をやったら……覚悟してくださいね♪」
「……うん。わかったよ、しのぶちゃん。……本当、ごめん」
「…………」

そう謝る瑠一郎に対して、しのぶは何か言いたげだったが、結局は何も言わずにその場から去っていった。
そのしのぶの姿を見送った瑠一郎は、重い溜息をついた後、我門の事を睨みつけた。

「我門! 余計な事をベラベラ話すのは、やめてくださいっ! ……そのせいで、しのぶちゃんにバレてしまったでは、ありませんか……」
「スッ、スマナイ、瑠一郎……。炭治郎ノ反応ガヨクテ……」
「そうやって、炭治郎くんのせいにするには、よくないですよ。……これからは、もう少し気を付けてください」
「……ワカッタ」
「…………でも、どうしてですか?」

瑠一郎と我門の会話を聞いていた炭治郎は、不思議そうに首を傾げた。

「どうして、倒した鬼の数を正確に伝えないんですか?」
「正確な数を伝えるとすぐに階級が上がってしまうからです。それに……私としては、正確な数をちゃんと報告しているつもりなのですが……」
「えっ? それって、どういう意味ですか?」

瑠一郎の言葉の意味がよくわからないと言ったような表情を炭治郎は浮かべていた。
そんな炭治郎のの事を見た瑠一郎は、ただ苦笑した。

「……炭治郎くん。この世には、目に見えるものがすべてではないと言う事です。今は……それだけをわかっていてください」
「? はっ、はい……」

その瑠一郎の言葉に少し戸惑いつつも、炭治郎は頷いた。
彼――瑠一郎の言葉からは、噓の匂いはしなかったから……。
そして、炭治郎が瑠一郎が言った言葉の意味を理解するまでにそう時間はかからなかったのだった。





* * *





「――――という事がありました。どうしましょうか? 煉獄さん?」
「…………」

しのぶからその話を聞いた杏寿郎は、返す言葉がすぐには見つからなかった。

「ド派手な間違いだなっ!」
「いや……。これは、もう間違いっていうレベルじゃなねェだろうがァ?」

代わりに口を開いたのは、その話を一緒に聞いていた音柱・宇髄天元と風柱・不死川実弥であった。
また、この場には、彼らの他に水柱・冨岡義勇、恋柱・甘露寺蜜璃、蛇柱・伊黒小芭内も一緒に聞いていた。

「……っていうか、流石にそれは何かの間違いじゃねぇのかよ? 流石に……その数は、一日に倒せる数じゃねぇだろ;」
「いえ、それは間違いないかと思いますよ。鎹鴉が鬼の数を数え間違えるはずがありませんから。……瑠一郎さんが意図的に自分の鎹鴉に虚偽の報告をさせていた。これは、先ほど竈門くんたちとの会話からもはっきりしましたし……」
「! 竈門……少年……と?」

しのぶのその言葉を聞いてた杏寿郎は、思わず反応した。
それは、ここで突然、炭治郎の名前が出てきたからだった。
それに気付いたしのぶは、にっこりと微笑む。

「はい! 竈門くんと瑠一郎さんは、すっごく仲良しなんですよ! まるで、本当の兄弟かと錯覚しちゃうくらいに♪ もう、本当に楽しそうに話をしているので、竈門くんに嫉妬してしまいそうですよ♪」
「そっ……そう……なのか……」

しのぶの言葉を聞いた杏寿郎は、瑠一郎の表情を思い出していた。
己が見る瑠一郎の表情は、いつも何処か呆れ顔だったり、困り顔をしていた。
幼い頃は、よく笑っていたのに、最近はそれを見ていない。
だから、少しだけ、しのぶの話を聞いて杏寿郎も炭治郎に嫉妬してしまった。

「あと、睡眠時間についても相変わらずなんです。私が調合した薬も全然飲んでくれていないみたいですし、一日一時間しか寝てないようですよ」
「! いっ、一日、一時間!!?」

さらにそう言ったしのぶの言葉に甘露寺は、信じられないっと言った様子で声を上げた。

「うむ……。それについては、前にも瑠一郎に添い寝を断られてしまったな……」
「……いや。そもそも、その提案がおかしくねェかァ?」
「ん? 何故だ? 昔は、それをやってやれば、瑠一郎はよく寝付いていたぞ?」
「いや……それは、ガキん頃の話だろがァ……;」

不思議そうに首を傾げてそう言った杏寿郎に対して、不死川は呆れたように息をついた。
そして、ここにはいない瑠一郎に対して、少しだけ同情した。
彼に添い寝を迫られた瑠一郎は、さぞ苦労しただろう。

「にっしても、一日一時間しか寝てねぇとか、本当に大丈夫なのかよ? 瑠一郎の奴は、鬼なのか?」
「……宇髄。それは、例え君が言ったとしても、俺は許さないぞ」
「なっ! ちょっ、ちょっとした、冗談だろうがっ! 本当、お前は、弟の事になると、そーいうの通じないよなぁ;」
「大切な弟を鬼でもないのに、鬼呼ばわりされたのなら、当然だろうっ!!」
「そうですよ、宇髄さん。発言には、くれぐれも注意してくださいね♪ あと、今日のご飯は、十分に気を付けて食べてください♪」
「……胡蝶。お前の冗談が一番笑えないわ;」

笑顔でそう言った杏寿郎としのぶの言葉を聞いた宇髄は、顔を引き攣らせる。
そして、今日は念の為、飯抜きにした方がいいと心の中で思った。
鬼と派手にやりあって死ぬならまだしも、仲間に毒を盛られて死ぬのは、流石にごめんである。

「いやですね、宇髄さん。私が本気でそんな事、するわけがないじゃないですか♪」
「いや、お前なら、やりかねぇよ;」
「……とにかく、私は、瑠一郎さんの事が色々と心配なんです。身体の事もそうですし、鬼殺隊としての立場もです。……ちゃんと正確な報告さえしてもらえれば、もうとっくに甲になっていてもおかしくないのに……」
「確かに……瑠一郎さん、すっごく強いのに……」

それは、甘露寺もよくわかっていた。
瑠一郎とは、何度も稽古と称して手合わせをしてきた。
だからこそ、よくわかる。瑠一郎は、とても強いという事が……。
きっと、本気を出せば、師範である杏寿郎よりも……。
でも、彼は一度だって本気を出した事はないだろう。
それは、一体何故だろうか……?

「……あぁ、それについては、俺も胡蝶の意見に賛成だ。那田蜘蛛山の件で、隊士の質が落ちているのは明らかになった。本当に実力のある奴が全然上に上がってこないのはおかしい」
「そうよね! 流石は、伊黒さん! 瑠一郎さんの事、ちゃんとわかっているだなんてっ!!」
「! そっ、それくらいは……ちゃんと……あいつの事を見てれば、誰にだってわかる事だ……」

甘露寺にそう言われた伊黒は、そう言って甘露寺から視線を逸らしたが、顔は真っ赤になっていた。
伊黒は、こう言っているが、彼もまた瑠一郎の実力をちゃんと認めているのは、確かだった。

「……あぁ、あいつは……強い。……欲しい」
「冨岡さん。気持ちがわかりますが、また、言葉が全然足りてない気がしますよ? それで、よく、瑠一郎さんに嫌われないですよね?」
「…………」

そして、漸く口を開いた冨岡に対して、しのぶは笑ってそう言った。
それを聞いた冨岡は、心外と言いたげな表情を浮かべた。

「というわけですので、煉獄さん。柱を代表して瑠一郎さんと一度話してみてください。私は、これ以上、小言を言って、瑠一郎さんに嫌われたくないので♪」
(胡蝶の奴、さらりと本音言いやがった;)
「うむ……」
「それに、これをきっかけに兄弟として、もう少し会話をしてみるのも、ありなんじゃないですか? ……もっと、真剣に瑠一郎さんと向き合ってみてもいいじゃないかと私は思いますよ?」
「!?」

しのぶのその言葉を聞いて、杏寿郎は思わず瞠目した。
これが、彼女なりの気遣いである事がよくわかった為である。
確かに、俺はもう少し、瑠一郎と向き合って話をした方がいいかもしれない。
また、昔みたいに笑ってもらえるようにする為にも……。

「…………わかった! 俺の方から瑠一郎に話してみるとしようっ!!」
「はい。よろしくお願いしますね。あと、あまり早い時間帯に屋敷には来ないでくださいね。瑠一郎さんはともかく、毎度毎度、朝三時に来られたら、皆さん起きてしまいますので」
「わかった! 気を付けようっ!!」

そのしのぶの発言を聞いた柱たちは、「それが瑠一郎が寝られない一番の原因では?」と心の中でそう思うのだった。









悪夢シリーズの第3話でした!
今回のお話は、前半は瑠一郎と炭治郎くんとの会話がメインで、後半が煉獄さんと柱たちとの会話がメインとなっています。
ここで宇髄さんや不死川さんを登場させられて、個人的に満足している私ですwww
次回は、煉獄さんと兄弟げんかが勃発します。

【大正コソコソ噂話】
その一
当初は、自分の夢を覆した炭治郎くんの事が気になって色々と話をしたいと思っていた瑠一郎ですが、炭治郎くんの人柄があまりにもいいので普通に彼に対して好意を持つようになり、彼の訓練や鍛錬に積極的に付き合ってあげています。
基本、面倒見のいい瑠一郎は、善逸くんや伊之助に対しても、治療などを通じて面倒を見てあげて仲良くなっています。

その二
瑠一郎の相棒である我門は、瑠一郎の事が大好きです。
なので、本当は、瑠一郎の事が過小評価されることが嫌で仕方なく、炭治郎くんがあまりにも瑠一郎の事を褒めるので、本当のことをもっと知ってもらいと思い、口が滑りました。

その三
柱たちは、瑠一郎と仲が良好である為、彼の実力についてもきっちりと把握済みであるし、隙あらば自分たちの任務に同行させたいと思っていたり、継子にしたいと思っているが、瑠一郎にはいつもそれを上手くかわされてしまっている。
※日輪刀の色が変わっていない事も全然気にしていない。


R.3 1/11