(…………よかった。兄上は……まだ……生きてたっ!!)

別車両に移動した瑠一郎は、そう思いながら溢れ出しそうな涙を必死に堪えていた。
自分の勝手な行動に対して、杏寿郎は明らかに怒っていたというのに、それすら今の瑠一郎には嬉しく思えた。
生きている。兄上は、まだ、生きている。
たったそれだけの事なのに、嬉しくて仕方なかった。

(……けど……ここからだ)

自分が上手くこの列車に乗車出来たからと言っても、それだけではまだ不充分なのだ。
兄上の死を変える為には……。

(兄上……。貴方の事は、必ず、私が守ってみせますっ!)

たとえ、どんな事をしてでも、絶対に守ってみせる。
貴方の命だけは、絶対に……。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「あの……煉獄さん?」
「! あっ、あぁ……。君は……確か、お館様の時の……」

瑠一郎の姿が消えてしまった扉をずっと見つめていた杏寿郎にそう炭治郎は声を掛けた。
その炭治郎の声に杏寿郎は漸く、炭治郎の事を見てそう言った。

「はい。竈門炭治郎です。こっちは、同じ鬼殺隊の我妻善逸と嘴平伊之助です」

杏寿郎の言葉を聞いた炭治郎は、自分の事を憶えてくれていた事に一先ず安堵した上で、改めて自分の事を自己紹介した。
そして、自分の友人でもあり、同期でもある二人の事も杏寿郎に紹介した。
炭治郎の紹介に対して、善逸は行儀よくお辞儀をし、伊之助はふんぞり返った。

「そうか! 胡蝶が言っていたのは、君たちだったか! それで、その箱に入っているのが……?」
「はい。妹の禰豆子です」
「うむっ! あの時の鬼だな! お館様がお認めになった事、今は何も言うまい」

炭治郎が軽く首を捻って、箱を杏寿郎に見せると、彼は頷いてそう言った。
その反応が炭治郎は嬉しくて、思わず顔を綻ばせた。
柱合会議の時は、「斬首する!」と言っていた時の事を思い出せば、面と向かって嫌悪を示されなかった事が純粋に嬉しかった。
まだ、完全に鬼である妹の存在を認めてはくれてないと思うけど……。

「ここに座るといい。俺に話があるのだろう?」
「あっ、はい!」

そんな炭治郎に対して、杏寿郎は自身の横の席をポンポン叩いてそれを促した。
炭治郎はそれに素直に従い、向かいの席に禰豆子の入った箱を置いて杏寿郎の隣に座るのだった。





* * *





「……あの……俺、煉獄さんに訊いてみたい事があって……」
「何だ!? 言ってみろっ!!」
「俺の……父の事ですが……」
「君の父がどうした!!」

いきなり、父親の事の話を切り出されても困るかと思いつつも話を切り出した炭治郎だったが、杏寿郎は気さくに応じてくれた。
それに励まされ、炭治郎は話を続ける事にした。

「病弱だったんですけど……」
「病弱かっ!!」
「それでも、肺が凍るような雪の中で神楽を踊れて……」
「それは、よかったっ!!」
「…………」

炭治郎の言葉一つ一つに反応を返してくれるのは嬉しかったが、正直調子が狂ってしまう。
そんな相手を彼――瑠一郎は、何食わぬ顔でずっと相手をしていた事に炭治郎は、改めて瑠一郎の凄さを感じた。
だが、自分も負けてはいけないと思い、試しに声を張ってみる事にした。

「その!」
「何だっ!!」
「…………ヒノカミ神楽……円舞!」

それを口にした途端、炭治郎の脳裏には、在りし日の父の姿が過った。
年の初めの日没から夜明けまで神様に捧げる舞を息を一切乱す事なく踊り続ける父の姿を……。

「……咄嗟に出たのが、子供の頃に見た神楽でした。もし……煉獄さんが知っている何かがあれば、教えてもらいたいと思って……」
「…………うむ」

ヒノカミ神楽の事、那田蜘蛛山での出来事を炭治郎は一通り杏寿郎に話した。
それを聞いた杏寿郎は、少し考え込んだように唸った。

「…………だが、知らん!」
「ええええっ!?」

だが、次に杏寿郎から発せられた言葉に炭治郎は、驚きのあまり瞠目した。

「ヒノカミ神楽というのも初耳だ! 君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが、この話はこれでお終いだなっ!!」
「あっ、あの……ちょっと、もう少し――――」
「俺の継子になるといい! 面倒を見てやろうっ!!」

何処までも明朗快活、そして単純明快な返答に炭治郎は、慌てて会話を続けようとしたのだが、杏寿郎はさらに突拍子もない申し出をして来た為、困惑した。
そして、それは、彼が何故か、炭治郎の顔を見る事なく、明後日の方向を見ているからでもあった。

「待ってくださいっ! そして、何処を見ているんですか!?」
(変な人だなぁ……;)

炭治郎が全力でツッコみを入れても、杏寿郎は全く動じていなかった。
そんな二人のやり取りを通路を挟んで斜め後ろの席に座っていた善逸も伊之助がまた暴走しないか気にしながら、そう思っていた。
と言っても、先程、杏寿郎に怒られた為、伊之助はかなり大人しかったのだが……。
善逸もそう思ってしまったのは、先に瑠一郎と出逢っているからかもしれない。

「……炎の呼吸は、歴史が古い」

すると、突然、杏寿郎は語り始めた。

「炎と水の剣士は、どの時代でも必ず柱に入っていた。炎・水・風・岩・雷が基本の呼吸だ。他の呼吸は、それらから枝分かれして出来たもの。霞は、風から派生している。溝口少年! 君の刀は、何色だ?」
「えっ!? 俺は、竈門ですよ; 色は、黒です」
「黒刀か! それは、きついな。ハハハハ!!」

自分の名前を豪快に間違えていた事に驚きつつも、そう炭治郎は答えた。
それを聞いた杏寿郎は、また豪快に笑った。

「…………きついんですかね?」
「黒刀の剣士が柱になったのを見た事がない。さらに、どの系統を極めればいいのかもわからないと聞く!」
「…………」

杏寿郎のその言葉を聞いた炭治郎は、少し不安になった。
那田蜘蛛山での戦いでも、炭治郎は自分の日輪刀を折ってしまったから……。
ちゃんと、強くなれるだろうか……。

「俺の所で鍛えてあげようっ! もう安心だっ!!」
「いや! いや!! そして、何処を見ているんですかっ!?」

そして、そう大声で言った杏寿郎は、やはり炭治郎の事は目に捉えておらず、明後日の方向を見つめていた。
猪の頭皮を頭に被っている伊之助くらい視線が何処に向いているのかが、わからないと炭治郎は思った。
そんな杏寿郎の事を炭治郎は空かさずツッコみを入れたが、どうやら、彼の中ではまだ、自分の事を継子にするという話が続いていたようだった。
てっきり、冗談だと思っていたのだが、どうやら本気で鍛えてくれる気でいるみたいだった。

(……瑠一郎さんと比べると変わっている人だけど、やっぱり面倒見のいい人だな。……匂いからも正義感の強さを感じられる)

そんな事を考えながら、炭治郎は少し顔を綻ばせた。

「…………それに……君を継子にしたら、瑠一郎も考え直してくれるかもしれないしなっ!!」
「えっ……?」

すると、突如、杏寿郎の口から瑠一郎の名が出てきた為、炭治郎は驚いたように彼の顔を見た。

「胡蝶から話を聞いた。君と瑠一郎は、とても仲がいいと。……まるで、本当の兄弟みたいだとっ!!」
「えっ? えっ!? いやいや、そんな事ないですよっ!!」

そう言った杏寿郎から微かに嫉妬のような匂いを感じ取った炭治郎は、そう慌てて言った。

「瑠一郎さんは、誰に対しても、面倒見がよくて、優しい人なので」
「よもや! そうなのか!?」
「はい! 蝶屋敷のお手伝いもしているのに、俺やみんなの訓練にも嫌な顔一つしないで、いつも笑って付き合ってくれてました。本当に……瑠一郎さんって、凄い人ですね!」
「! そうか……。君たちといる時の瑠一郎さんは、やはり、よく笑うのか……」

炭治郎の言葉を聞いた杏寿郎は、心底驚いたように、そして、何処か哀し気にそう言った。

「……俺の知っている瑠一郎の顔は、さっき見たような呆れたような、困ったような顔ばかりだ。この前も……俺が不甲斐ないばかりに……泣かせてしまった」
「…………すみません、煉獄さん。……あの日の話、俺、聞いてしまったんです」
「!?」

炭治郎がそう静かに言うと、杏寿郎の大きく切れ上がった金環の瞳が少しばかり大きくなったような気がした。

「あと……その後、少しだけ、瑠一郎さんとも話をしました。……右目の事とかも」
「! よもや。……君には、その話まで……瑠一郎はしたのか?」

正直、その事が杏寿郎は信じられなかった。
仲のいいしのぶにも、その事は話していないだろうに……。

「はい……。だからこそ、俺には、よくわかりました。……あの時の、煉獄さんとあの話をしていた瑠一郎さんは、嘘をついていなかったって」
「! 君は……あの話を一発で信じられたのか?」
「はい! 俺、鼻が利くんですっ! 人の感情とかだったり……鬼の気配も匂いで大体わかりますっ! そのおかげで、俺は、鬼舞辻と遭遇する事が出来たんだと思いますっ! 俺は、あいつの匂いを憶えていましたからっ!!」

その曇り一つない炭治郎の言葉を聞いて、杏寿郎は納得した。
柱でも遭遇出来なかった鬼舞辻に、何故、彼が出会えたのか……。
彼の、その人並外れた嗅覚があったから、それが出来たのだと……。
それと同時に彼の事が羨ましく思ってしまった。
大切な弟と親密で、弟の話もちゃんと信じる事が出来た彼に対して……。

「…………君は、本当に凄いな。俺は……瑠一郎の口調が変わるまで、その事に気付いてやる事が出来なかった」
「えっ? 煉獄さん。……瑠一郎さんの話、信じてくれていたんですか!?」
「あぁ。……だが、気付いた時には……もう遅かったが。……本当。俺より、君が瑠一郎と兄弟だった方が幸せだったかもしれないな」

驚く炭治郎に対して、そう杏寿郎は言った。
彼と瑠一郎が兄弟で、あの話を聞いていたのなら、あんな風に瑠一郎の事を傷付けずに済んだかもしれない。

「…………そんな事ないですよ」

だが、それに対して、炭治郎は首を振って否定した。

「瑠一郎さんは、煉獄さんの事を、とても大切に想っています。だから、今回の任務だって、あんな形で付いて来たんだと思いますよ」

この任務に同行させて欲しいと必死に俺たちに頼み込んできたあの時の瑠一郎の顔と匂いが、今でも炭治郎には忘れられなかった。
だから、あの時、羨ましいと思ってしまったのだ。
あんな風に瑠一郎さんに想われている煉獄さんの事が……。

「煉獄さん……。これは、お節介な事だと承知の上でお願いします。瑠一郎さんと……もう一度ちゃんと話してください。瑠一郎さんは……あの話の事を誰よりもあなたに信じてもらいたかったと思っているんです。その誤解だけは、ちゃんと解いた方がいいと俺は思いますっ!!」

――――…………ありがとう、炭治郎くん。……でも……兄上にも、やっぱり、信じてもらいたかったなぁ……。

あの時の哀しそうな瑠一郎さんの表情が、言葉が忘れられなかった。
きっと、それを解消できるのは、煉獄さんだけなんだろう。
俺では、ダメなんだ。話を聞けたとしても、それだけじゃ、ダメなんだ。

「竈門少年……。うむっ! わかった!! 君の言葉で少し勇気が出た! ……後で瑠一郎と話してみるとしようっ!!」
「! はいっ! 頑張ってくださいっ!! 俺、応援してますからっ!!」

そして、炭治郎がそう言ったその時、後ろの車両から車掌の男が静かに俯きながら入って来たのだった。









悪夢シリーズの第9話でした!
今回は、炭治郎くんと煉獄さんとの会話がメインとなりました。そして、この部分は映画でも好きだったやり取りだったりします♪
炭治郎くんは、優しいので、煉獄さんと瑠一郎を仲直りさせたいと色々とフォローしてくれそうだと思ってます。
そして、瑠一郎に対してそれぞれ嫉妬してたら可愛いな、とか思ってたりします。

【大正コソコソ噂話】
その一
伊之助くんが大人しいのは、前回のお話で瑠一郎の呼び方について煉獄さんにめちゃくちゃ怒られた為です。
伊之助くんに至っては、決して悪意はありませんが、やはりあの呼び方は煉獄さんの逆鱗に触れたようです。

「……時に猪頭少年! 先程、瑠一郎に対して何と呼んだ?」
「何だよ? 別に間違ってないだろ? それがアイツの一番わかりやすい特徴なんだし?」
「よくないっ! 瑠一郎には、もっといいところがいっぱいあるっ!! 弟の侮辱は、俺が許さないっ!!」
「煉獄さん! 落ち着いてくださいっ!!」

その二
蝶屋敷で瑠一郎と長く一緒にいた炭治郎たちは、どちらかというと瑠一郎の事の方が好きです。

その三
右目の話は、瑠一郎が実際に話したのは、炭治郎くんが初めてでした。
しのぶさんは、気になりつつも、瑠一郎からいつか話してもらえると思いずっと待ってました。


R.3 2/15