(……くそぅっ! 一体……何処に潜んでいるんだ!?)

杏寿郎たちと別れた瑠一郎は、後方車両を事細かに探っていた。
間違いなくこの列車には、鬼が潜んでいるのだ。
だが、瑠一郎には、それがどんな鬼なのかがわからないのだ。
自分がはっきりと見た夢は、杏寿郎が上弦の参の鬼と出会ったあたりからなのだ。
その前の鬼との戦いでは、誰も死ぬことがなかった為、朧気にしかわからないのだ。
杏寿郎たちは、この無限列車を脱線はさせたが、二百名の乗客は誰一人死なせなかったから……。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


(……それにしても……何でしょう? この……違和感は?)

後方車両を一通り見て回った瑠一郎は、とある違和感を覚えていた。
この車両は、明らかに静かすぎるのだ。
その原因を確かめると、後方車両にいた乗客たちは、皆眠っていたのだ。
確かに、この列車は夜行列車ではあるが、だからと言って全員が眠ってしまう事などあり得るのだろうか?

「…………あの……すみません」
「!!」

突如、背後から声を掛けられた為、瑠一郎は慌てて振り返った。
すると、そこには、物凄く顔色の悪そうな駅員が立っていた。

「…………切符……拝見……致します」

瑠一郎に対して、そうボソボソと言った言葉を聞いて、彼が車掌である事を理解した。
そして、自分が持っていた切符が、まだ切り込みを入れてもらっていなかった事にここで漸く気が付いた。

「あっ……すみません。これです」

瑠一郎は、自分が持っていた切符を車掌に渡した。
車掌は、瑠一郎から受け取った切符を改札鋏を使ってパチリと切った。

「…………拝見……しました……」
「あの……大丈夫ですか? あまり、顔色がよく――――っ!!」

ボソリと呟いた車掌の体調の事が心配になり、そう瑠一郎は声を掛けた。
だが、その瞬間、瑠一郎は身体に違和感を覚えた。
視界がグシャリっと歪み、眩暈に近い感覚が瑠一郎の身体を突如襲った。

(! こっ、これは……まさか……睡魔……!?)

おかしい。さっきまで、全く眠気などなかったというのに……。

「――――おいっ! 何してやがるっ!! 早くこっちに来いっ!!」
「!!」

突如、辺りに響いたその声に驚き、瑠一郎は視線を変えるとそこには、誰かが立っていた。
視線が、ぼやけているせいでその人物の顔までは、よく見えなかったが、その人物が白髪である事はよくわかった。
そして、その声音や口調からして、男である事も……。

「何してやがるっ! 早く、俺様の手を掴めっ!! じゃねぇと……おちて彷徨う事になるぞぉっ!!」
(おちて……彷徨う……?)

その人物の言葉の意味がよくわからなかったが、瑠一郎はその人物が差し伸ばした手を掴もうと必死に思い身体を動かして手を伸ばした。
だが――――。

「!!」

あと、少しでその手が掴めるところまで進んだ途端、瑠一郎の足元が忽然と消えてなくなった。
自分がいた場所は、列車だったはずだから、こんな事はあり得なかった。
だが、瑠一郎の考えとは裏腹に彼の身体は、そのまま奈落へと堕ちていく。

「――――!!」

それを見たあの人物が何かを叫んでいた。
だが、その言葉が何だったのか、瑠一郎の耳に届く事はなかった為、わからなかった。





* * *





「…………何だ……ここは……っ!」

瑠一郎の夢と繋がった青年は、その光景に思わず息を呑んだ。
そこに広がる世界は、瑠璃色の世界。
そして、色とりどりに光る蝶たちがある方向を目指して飛んでいく。
何とも幻想的な世界だった。

「ここが……あの彼の……夢の中?」

これが今、あの彼が見ているという夢なのだろうか?
それがどうしても青年には、しっくりこなかった。
何故なら、この空間には、彼の本体が何処にもいないのだ。
本体が入って来られない場所。それは、無意識領域だ。
どうやら俺は、彼の夢の中ではなく、彼の無意識領域に直接入り込んでしまったようだった。
でも、何故だ? 何故、俺は、彼の夢の中ではなく、直接、無意識領域に入り込めたのだろうか?
あの人が見せている夢からじゃないとここへはやって来れないと思っていたのに……。

「……まぁ、いいや。さっさと、核を壊しに行こう」

もう深く考える事はやめた。彼の精神の核を見つけて、さっさと壊してしまおう。
そうすれば、俺もあの人に幸せを見せてもらえる。
彼女との幸せな日々の夢を……。
そう思い直した青年は、この美しい瑠璃色の世界を歩き始めた。
だが、いくら歩いても彼の精神の核らしきものが全然見つけられず、次第に焦り始めたそんな時だった。

「! なんだ……これは……?」

突如、青年の目の前に現れたのは、白い大きな扉だった。
その扉には、所々蝶の模様が刻み込まれていた。
そして、この世界を飛び回っていた蝶たちはその扉に吸い寄せられるかのように飛んでいた。
蝶たちの目的地は、どうやらこの扉だったららしく、扉の一部に触れると、蝶たちはパッと光が弾けるように消えたり、すうっと溶けるように消えていった。

「これが……彼の精神の核、なのか?」

こんな形の精神の核は、初めて見た。
何度か他人の無意識領域に入って、精神の核を見た事はあったが、どれも丸い球のような形をしており、人によって色が違う程度だった。

「……ってか、これ、どうやって壊せばいいんだよ?」

あの人からもらったのは、錐だった。
こんなものでは、このいかにも頑丈そうな扉は、とてもじゃないが傷一つ付けられそうになかった。
一体、どうすればいいんだ?

『…………誰だ?』
「!?」

ふと、その扉に触ろうとしたその時、青年の背後から突如、声が飛んできた。
ここには、俺しかいないはずなのに……。
驚いた青年が振り返ると、そこには一匹の狗がいた。

「いっ、狗……?」

この真っ白な狗は、彼の心の化身なのだろうか?

『…………貴様、何者だ? どうやって、ここに来た?』
「えっ? 俺は……」

頭に直接響くようなその声に青年は、ただただ困惑した。
そして、その声は、とても威厳のある声だった。

『さっさと答えろ。貴様は、どうやって、ここにやって来た?』
「おっ、俺は……あの人から縄をもらって……彼の夢の中に繋げてもらったんだ」
『夢、だと? ……あぁ、なるほどなぁ』

青年がそう答えると、白狗は何故納得したように呟いた。

『……アレの夢からここにやって来たというわけか。どうりで何も資格のない奴がここにやって来れたのか……。もう少し、色々と改善が必要だなぁ……』
「はっ、はぃ?」

早口でそう呟いている白狗の言葉の意味が青年には全く理解できなかった。

『……ところで、何でアレの夢の中になんか入ろうとした?』
「! そっ、それは……」
『まさか……アレの精神の核でも壊しに来た、とかか?』
「!?」

白狗に目的をズバリと言い当てられ、青年は青ざめた。
そんな青年の様子を見た白狗は、鼻で笑ったような気がした。

『フッ……やはりか。だが、残念だったな。ここにアレの精神の核などないぞ』
「えっ!? じゃぁ、この扉は……一体?」
『知りたいか?』

青年の反応が面白いと思ったのか、そう白狗は悪戯っぽく言った。

『この扉はな、扉を通った者の望みを何でも叶えてくれる夢のような扉だ』
「えっ? 何でも叶えてくれるって……本当かっ!?」
『あぁ、金持ちになりたいや、死んだ人を生き返らせて欲しいなど、そんな願いなど容易く叶えてくれる』
「!?」

まさか。そんな夢のようなものがこの世に存在するのか?
膠に信じがたかった。

『なんだ? 試してみたくなったか?』
「えっ? いいのか?」
『あぁ、せっかくここに来たんだ。こんな機会など滅多にない。試さない方が損だろう?』
「…………」

その悪魔のような白狗の甘い囁きに青年の心が揺らいだ。
もし、本当に叶えてもらえるなら、叶えたい。
ただ夢を見せてもらうだけじゃ足りない。
もう一度、彼女と一緒に生きていきたい……。
そう思ってしまった青年は、白狗の誘惑に負けて、その扉に今度こそ触れた。

「うわあああああああぁぁぁぁぁっ!」

だが、その途端、辺りに青年の絶叫が木霊した。
扉に触れた手が光となって分解されてしまったからである。
それは、さっき見た蝶たちが消えたのと似ていた。
この扉から一刻も早く離れないといけないとわかっているのに、何故か身体は動けなかった。

『あ~~……。やっぱり……ダメだったか♪』

そんな青年の様子を白狗は、楽しそうに嗤って言った。

『言い忘れていたんだが、それを通るのは、資格がある奴だけだ。お前みたいにズルして、ここにやって来た貴様が通れるわけねぇだろうが?』

そう言いながら、白狗は青年の服の裾を引っ張り、青年を扉から引き離した。
そのおかげで青年の身体の分解は、扉を触れた右腕までで止まった。

「うっ、腕が……!?」
『なーに、その程度の〝存在〟だったら、喰われても何も問題ないさ』
「おっ、お前! だっ、騙したのか!?」
『騙した? 人聞きの悪い事を言うんじゃねぇよ。俺様は、あくまで提案しただけだ。最終的な判断は貴様自身がやっただろうが? これは、貴様が招いた結果だ』
「ふっ、ふざけるな!」
『ふざけるな、だと? それは、こっちの台詞だ。先にアレを殺そうとしたのは……貴様だろうが?』
「!?」

その白狗の言葉に青年は息を呑んだ。
別に、俺は、彼の事を殺そうなど思っていなかった。
ただ、幸せな夢を見せてもらいたかっただけだった。

『……人の心を壊すという事は、その人ではないものになるのと同じ事。それは、立派な人殺しだ。身体が生きていても、心が死んでいるのだからな。そんな事もわからずに、貴様はあの餓鬼に協力したというのか?』
「…………あっ」

そう白狗に指摘されて、俺がやろうとしていた事の罪の大きさに漸く気付かされた。
俺は、自分が夢を見たいという理由だけで、彼の心を、彼を殺そうとしていたという事に……。

『俺様さぁ、本当はめちゃくちゃ怒ってんだよ? だって、アレの事を壊していいのも、喰っていいのも俺様だけなんだから。だから、本当は、貴様の事なんて助けたくもなかったんだよ』

同じ事をこの白狗にやられて、漸くその事に気付いて、恐ろしくなって、震えが止まらなくなった。
そんな青年の様子に気付いたのか、白狗はただただ言葉を続けた。

『けどさぁ、残念な事にアレの夢の中では、貴様は死んでなかったわけ。よかったな! だから……』

そう言いながら、白狗は口を大きく開けた。
普通の狗では、あり得ないくらい、口を大きく開けた。

『だから、貴様は、さっさと現実に戻って、あっちで一生後悔してろ』
「っ!!」

そして、それを言い終えたのとほぼ同時に白狗は、青年を頭から思いっきり嚙みついたのだった。









悪夢シリーズの第10話でした!
今回は、瑠一郎が魘夢の血鬼術にかかるところと瑠一郎の夢の中に入ってきたモブ男の場面を書いています。
後半の部分は、瑠一郎も出てないので、ほぼオリキャラしか出てないwww
ちなみに白狗が言っている「餓鬼」は、魘夢のことです。

【大正コソコソ噂話】
その一
瑠一郎の血鬼術のかかり方については、非常に迷いました。
夢の中に墜ちるという表現にしたいなぁと思った為、原作みたく鬼を見つけて煉獄さんたちと一緒に戦って夢落ちする展開ではなく、本当に落ちてもらう事にしました。
※多分原作みたくの展開の方が瑠一郎は、幸せだったかもしれませんが。。

その二
瑠一郎の夢に繋がった青年は、恋人を病気で亡くしています。
なので、瑠一郎の心の核を破壊したら、恋人が生き返った夢を魘夢に見せてもらう約束をしていました。


R.3 3/31