「…………やってくれましたね、瑠一郎さん♪」

善逸たちの言葉を信じ、蝶屋敷へと戻って来たしのぶだったが、結局、瑠一郎の姿は何処にもなかった。
瑠一郎が医務室から抜け出したところをたまたま見つけたしのぶは、彼を休ませようと全力で追いかけたのだが、まったく追いつく事が出来なかった。
柱であり、スピードには、それなりの自信もあったはずなのに、それでもしのぶは、瑠一郎に追いつく事が出来なかったのだ。

「……そこまでして、あの列車に乗りたいのは、何故なんですか?」

わからない。あの列車で待ち受けている鬼は、それほどまでに強敵なのだろうか?
瑠一郎が心を取り乱してしまうほどの鬼とは、一体……。

「…………まぁ、いいでしょう。帰って来たら、たっぷりお説教させてもらいますからね、瑠一郎さん♪」

そうしのぶが不敵に笑った直後、瑠一郎の背筋がゾクッとなったらしい。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「……とりあえず、刀は背中に隠して、列車には乗りましょう」

瑠一郎が炭治郎たちの分も含めて切符を購入している間、彼らは警官に見つかり、追いかけ回されていたようだった。
山育ちの炭治郎と伊之助は、汽車自体を見るのが初めてだったらしく、「主だっ!」と言って伊之助が暴れてしまったらしい。

「私たちは、政府公認の組織ではないからね。堂々と刀を持って歩けないんだよ」
「そうそう! 鬼がどうのこうの言っても、なかなか信じてもらえないし、混乱するだけだろう?」
「一生懸命頑張ってるのに……」

瑠一郎と善逸の言葉を聞いた炭治郎は、心底残念そうに呟いた。
それを見た瑠一郎は、思わず苦笑した。

「そうだね。でも、人ってそう言った類のものは……やっぱり信じにくい生き物だから、仕方ないよ」
「…………」

それを聞いた炭治郎は、少しだけ哀しい気持ちになった。
瑠一郎が言っている事は、多分鬼の事だけじゃない。
この前、杏寿郎に話していた化け物の事も言っているのだろう。
だからこそ、瑠一郎のその言葉が物凄く説得力を感じてしまった。

「……さぁ、もうそろそろ、列車が発車する時刻です。早く乗りましょう」
「…………はい」

辺りに汽車の発射を報せる為のベルが響き、汽笛も鳴り響いた。
それを聞いた瑠一郎は、先程購入してきた切符を炭治郎たちに手渡した。
それを受け取った炭治郎たちは、無事に無限列車に乗車するのだった。





* * *





「もう列車は、発車してるから、移動には気を付けて」

瑠一郎がそう言いながら、客車に繋がる引き戸を開けると、そこから座席が現れた。
仕事で移動中の男性、旅行を楽しんでいるような老夫婦や男女、幼い子供連れの家族などの様々な人が、そこに座っていた。
ここにいるすべての人が行楽での移動ではないだろうが、心なしか皆楽しそうな顔つきをしているような気がした。

「うお! うおっ! うほっ!!」

そして、伊之助からも明らかに興奮したような声が上がったかと思うと、キョロキョロと周囲を見渡した。

「うはははっ! はええ~! はえぇぞぉっ!!」
「すみません! すみませんっ!!」

一番近くにあった車窓に伊之助が張り付いた為、その席にすでに座っていた学生らしき乗客は、ひどく驚いたような表情を浮かべた。
そんな乗客に対して、善逸がペコペコと頭を下げてすぐさま謝った。

「いいから、こっち来いっ! 馬鹿!!」
「はえぇぜぇ! ぬははははっ!!」
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした。連れは、初めての列車でして……」

ほぼ善逸に羽交い絞めのような状態で車窓から引き離されても、未だに伊之助の機嫌はよかった。
余程、生まれて初めて乗った列車が嬉しくて、楽しくて仕方がないのだろう。
その為、無礼を働いてしまった乗客に対しては、瑠一郎の方から誠心誠意謝った。

「はい、お婆さん。これでいい?」
「ありがとう」
「すまないねぇ」
「いいえ。これくらい、お安い御用です!」

ふと、瑠一郎が視線を変えると、炭治郎が老夫婦の為に荷物を棚の上に載せてあげていた。
老夫婦が代わる代わるお礼を言うのに対して、炭治郎は礼儀正しく微笑んでそれに答えた。
彼も伊之助同様、初めての列車だろうが、決してはしゃぐ事はなかった。
この車内は、まさに平穏そのもので、これから鬼との壮絶な戦いが待っているとは、とても思えない雰囲気だった。

「へぇ……。炭治郎くんは、兄上に訊きたい事があったんですね」
「あっ、はい……。俺の家の事で……少し……」
「なるほど。その事もあったから、しのぶちゃんは、今回の任務に君たちを推薦したのかもね」

そんな話をしながら、瑠一郎と炭治郎は前の車両を目指して歩いた。
その目的は、瑠一郎の兄である煉獄杏寿郎と合流する為である。
杏寿郎の顔を知っているのは、この二人だけなので、善逸と伊之助は、二人の後を付いて歩いていた。

「うまいっ!!」

そして、炭治郎が次の車両に続く引き戸に手を伸ばした瞬間、驚くほど大きな声がその向こう側から聞こえてきた。

「うわっ!?」
「なっ……!?」
(あー……;)

その声に極度の怖がりな善逸だけでなく、炭治郎までも驚き、思わず引き戸から手を離して、後ろに下がってしまった。
だが、その声に聞き慣れてしまっている瑠一郎は、少し呆れたように息を吐いた。
そして、炭治郎の代わりに引き戸を開けた。

「うまいっ!!」

すると、またあの声が飛んできた。

「うまい! うまい! うまいっ!!」

その声は、車両の前方の席の方から聞こえてくるというのに、後ろの方にまで響いていた。
彼は、杏寿郎は、一心不乱に牛鍋弁当を食べていた。

「うまい!」

そして、杏寿郎の前には、まだ未開封の弁当が山積みとなっている。
とても一人で食べられる量ではないが、彼はこう見えても大食いなので、完食出来るだろうと瑠一郎は、秘かに思っていた。
また、周囲の乗客たちは、その度を越えた食欲に驚きつつも、杏寿郎に関わりたくはないのか、見て見ぬふりをしている。
正直、出来る事なら、同じ事をしてしまいたいと瑠一郎も一瞬思ってしまった。

「うまい! うまい! うまい! うまいっ!」
「……あっ、あの人が……炎柱?」
「うっ、うん……」
「ただの食いしん坊じゃなくて?」
「うん……」

一口食べる毎にそう連呼する杏寿郎を見て、善逸が思わず炭治郎にそう耳打ちをした。
それに対して、炭治郎も戸惑いつつも、頷いてそれを肯定した。

「うっ、噓でしょ? 瑠一郎さんと全然似てないじゃんかっ!?」
「あはははは……。兄上と私は、二卵性なので……;」

心底驚いてそう言った善逸に対して、瑠一郎はただただ苦笑した。

「あっ、あの……すみません……」
「うまい!」

杏寿郎と瑠一郎の違いに衝撃を受けている善逸の事を若干無視して、炭治郎は何とか話をしようと意を決して杏寿郎に声をかける。
だが、杏寿郎の方と言えば、箸を止める事なく、唸る続けている。

「れっ、煉獄さん……?」
「うまいっ!!!!」

だが、炭治郎はそれでも負けじと声を掛けた。
すると、漸くこちらへと振り向いた杏寿郎がトドメとばかりにそう叫んだ。

「あ……もうそれは……凄くわかりました……;」
(もう、兄上は……;)

それを聞いた炭治郎が、思わず半笑いとなっているのが見えたので、瑠一郎は溜め息をついた。
そして、炭治郎たちの事を助ける為、漸く杏寿郎へと近づいた。

「……兄上。あまり、炭治郎たちを困らせないでください。あと、少し食べ過ぎです」
「! 瑠一郎! おはようっ!!」
「あっ、おはようございます、兄上。ですが、今はもう日が落ちている時間帯なので、どちらかというと、こんばんわの方が正しいかと?」
「そうだった! こんばんわ、瑠一郎!! そして、俺の継子になれっ!」
「はい、こんばんわ、兄上。あと、私は、継子にはなりません。食べ終わった弁当は、私の方で片付けます。……こちらは、まだ食べますか?」
「ああっ! 全部食べるぞっ!!」
「はい。わかりました。ちゃんと、よく噛んで食べてくださいね」
「うむ! わかった!!」
(瑠一郎さん、慣れすぎじゃないっ!?)
(流石、瑠一郎さんだっ!!)

その流れるような二人の会話を聞いた善逸と炭治郎は、思わず心の中でそう叫んだ。
これが、兄弟だから出来るやり取りなのだろうか?
瑠一郎は、乗務員の手を借りながら、次々と空になっていく弁当を手際よく片付けていった。

「……はい。とりあえず、全部片付きました。あと、炭治郎くんが兄上に訊きたい事があるそうなので、話をちゃんと聞いてあげてください」
「うむ! わかった!! して、瑠一郎!! 何故、お前は、この列車に乗っている!?」
「今頃になって、そこ、ツッコむの!?」

まるで、思い出したかのようにそう言ったその杏寿郎の言葉に思わず善逸が叫んだ。

「炭治郎くんたちが兄上の任務に同行すると知ったので、私が強引に頼んで付いて来ました。あっ、今から下車しろとか言わないでくださいね? もうこの列車は、走行中ですので……」
「…………瑠一郎。お前のその行為が何を意味しているのか、わかっているのか?」

そう言った杏寿郎の声は、先程とは打って変わって静かなものだった。
明らかに瑠一郎に対して、怒っているようなものだった。
だが、瑠一郎は、そんな事は、一切気にしてなどいなかった。

「えぇ。わかっていますよ。これは、上官命令を一切無視した行いだという事は」
「…………」
「処罰なら、ちゃんと受けます。あと、一緒にいたくないと言うのなら、私は別車両にて待機させていただきます。……炭治郎くん。すみませんが、私の代わりに、兄上のお相手をよろしくお願いしますね」
「えっ? でも……」
「何だ? 無呼吸野郎は、別車両に行くのか?」

このまま同じ車両には居づらいと思った瑠一郎は、そう言って元来た後ろの車両へと足を進めようとした。
その瑠一郎の行動に炭治郎は困惑したように、伊之助は不思議そうにそう言った。

「はい。私の行いは、立派な違反行為ですから……。あと、後ろの車両の方も気になりますし……。何かありましたら、すぐに駆け付けますので……」

そう笑って瑠一郎は言うと、あとは振り返る事なく、杏寿郎たちがいる車両から逃げるように後にするのだった。









悪夢シリーズの第8話でした!
今回は、煉獄さんと合流するところまでを書きました!
もう瑠一郎は、煉獄さんの扱いに慣れすぎていて、流れるように対応をしていると思っています。
せっかく、煉獄さんと合流できたのに、一人単独行動をする瑠一郎はちょっぴり切ないですね。

【大正コソコソ噂話】
その一
アニメや映画では、走り出す無限列車に飛び乗っていますが、瑠一郎がいるので、原作同様、ちゃんと走り出す前に炭治郎くんたちは乗れています。
※ちなみに、原作では、煉獄さんのところに着くまでは列車自体まだ動いてなかったかと思います。。

その二
瑠一郎と顔を合わせるのがほぼ朝である為、煉獄さんは瑠一郎の顔を見ると反射的に「おはようっ!」と挨拶をします。


R.3 2/15