「ん…………っ!!」

次に瑠一郎が目を覚ました時に目にしたものは、何故か蝶屋敷の医務室の天井だった。

(…………何で?)

何故、私は、ここにいるのか?、瑠一郎は、その理由がすぐに理解する事が出来なかった。
確か、私は、兄上と話をしていた筈だった。
そして、兄上から無限列車に乗る事を聞かされ、その任務に同行させてほしいと頼んでいた。
その時にあの夢のの事を話そうとしたのだ。
そしたら、何故だか急に頭が痛くなって……。

「! そうだ。兄上は……!!」

倒れる前の出来事を一通り思い出した瑠一郎は、すぐさま医務室を見渡した。
だが、そこにいるのは、瑠一郎だけで、杏寿郎の姿は何処にもなかった。

(…………いかないと)

その事を認識した途端、瑠一郎の身体は勝手に動いていた。
いかなければ……。
兄上の、杏寿郎の死を変える為にも……。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「みなさん、お気を付けて!」
「今度は、怪我しないで帰ってきてくださいね!」

蝶屋敷の門前で、三人娘のなほ、きよ、すみは、そう言って涙ぐみながら手を振った。
そんな三人に対して、金髪の少年――我妻善逸もボロボロと泣き始めた。

「寂しいよぅ~! 俺も、もっとここにいたいよぅ! あっ、俺だけ残ろうかな?」
「善逸さんはいいので、早く行ってください」
「あっ、俺だけ!? 酷い、酷くない!?」
「うるせぇ、紋逸! さっさと、行くぞっ!!」

三人娘の反応に心底ショックを受けた善逸。
そんな彼の事を見て、頭に猪の皮を被った少年――嘴平伊之助がふんっと鼻息を吹き出しながら、一人でさっさと歩き出していった。

「三人共、本当にありがとうっ! このおにぎりも大切に食べるね! しのぶさんや隠のみなさんにも、よろしく!!」

そして、炭治郎も三人に順番に手を振ると、伊之助の後を追ってさっさと歩き始めた。
そんな炭治郎たちの反応に流石に善逸も焦りだす。

「あっ! 待ってくれよ、炭治郎! 伊之助も!! 俺を置いていくなよぉ! 置いて行かれれるのは、もうこりごりだよぉ!!」

那田蜘蛛山の一件もあり、善逸は一人にされるのが若干のトラウマになっている。
それもあり、善逸は慌てて二人の後を追って走り出した。
炭治郎たちは、これから新たに来た指令の為、その場所へと向かおうとしていた。
鎹鴉から聞かされたその内容は、
『無限列車ノ被害ガ拡大! 四十名以上ガ行方不明! 現地ノ煉獄杏寿郎ト合流セヨ! タダチニ西ヘ向カエ!!』
というものだった。
その指令を聞いた炭治郎は、正直ちょうどよかったと思った。
彼に訊いてみたい事があったからだった。
炎柱である彼なら、ヒノカミ神楽について何か知っているのかもしれない。
何故、幼い頃に見た神楽が呼吸に応用できたのか、それを知る手掛かりになるかと思ったから……。

(あっ、そう言えば……煉獄さんは、瑠一郎さんのお兄さん……だったよなぁ……)

二人の容姿や匂いが余りにも違っていたので、炭治郎はその事をつい忘れてしまっていた。
もしかしたら、瑠一郎さんに訊いた方が早かったかもしれない。

(でも……やっぱり、瑠一郎さんには、訊きづらいよなぁ……)

炭治郎は、鍛錬をしていた時に、偶然にも二人の会話を聞いてしまったのだ。
そして、その直後に瑠一郎に見つかってしまい、彼と話をした。
その時に聞いた彼の話の内容は、正直胸が締め付けられた。
あんな話を聞いてしまったら、とてもじゃないが、彼にヒノカミ神楽の事や火の呼吸について訊こうという気にもならなかった。
訊いてしまったら、下手をすれば、彼の心の傷を抉りかねないと思って……。

「あっ! そう言えば、瑠一郎さんにちゃんと挨拶できなかったなぁ……。あの人には、よくしてもらったから、ちゃんと挨拶して行きたかったなぁ……」

すると、漸く隣にやって来た善逸がそう口を開いた。
善逸の言う通り、瑠一郎は、面倒見がかなり良く、炭治郎だけでなく、善逸や伊之助の訓練にも顔色一つ変える事なくいつも付き合ってくれたのだ。
それでいて、彼は蝶屋敷の雑務や鬼狩りの仕事もそつなくこなしているのだから、本当に凄いと炭治郎は思った。
本当に彼が、自分たちと同じ階級の癸である事が今でも信じられなかった。
この蝶屋敷で一番仲良くしてくれたのも、瑠一郎であったので、善逸の言葉を聞いて炭治郎は改めて後悔した。

「……ん? あれ……瑠寿郎じゃねぇか?」
「えっ?」

そんな伊之助の声に炭治郎は視線を変えると、自分たちより前の方に瑠一郎らしき人影を捉えた。
そして、その人物から瑠一郎の匂いと、明らかに何かに焦っている匂いを炭治郎は嗅ぎ取った。

「瑠一郎さーん! どうかしたんですか?」
「! たっ、炭治郎くん!?」

その人物――瑠一郎に炭治郎が声を掛けると、瑠一郎は驚いたようにそう言った。
そして、瑠一郎はすぐさま炭治郎たちに駆け寄ると彼らに助けを求めた。

「ごっ、ごめん! ここにしのぶちゃんが来ても、私の事は見なかったことにして欲しいですっ!!」
「えっ? えっ!? 瑠一郎さん? 一体どうし――」
「詳しい説明をしている暇はないんだよ! とにかく! お願いねっ!!」
「ちょっ、瑠一郎さん!?」

それだけを炭治郎たちに言い残した瑠一郎は、近くの茂みに身を潜めた。
そして、その直後に物凄い速さで誰かが飛んできた。
それは、他ならぬ、蟲柱であるしのぶであった。

「あっ! 炭治郎くんたち、こんにちわ♪ これから、任務ですか?」
「…………あっ、はっ、はい。これから……無限列車での任務に行くところです」
「そうですか♪ 煉獄さんが一緒なので大丈夫かと思いますが、頑張ってくださいね♪」

突然、現れたしのぶの言葉に驚きつつも、炭治郎がそう答えた。
それを聞いたしのぶは、ニッコリと微笑むとそう言った。

「……ところで、ですが。……こっちに瑠一郎さんが来たかと思うのですが……炭治郎くんたちは彼の事、見ましたか?」
「えっ? えーっと……;」
「りゅっ、瑠一郎さんなら、この道を物凄い勢いで走っていくのを見ましたよっ!!」

そして、しのぶの言葉に明らかに動揺する炭治郎。
瑠一郎に黙ってて欲しいとお願いはされた炭治郎であったが、彼は滅法嘘が苦手なのだ。
それを善逸もよくわかっていた為、炭治郎の顔を隠しながら大声でそう言った。
その善逸の行動にしのぶは、少しだけ不思議そうに首を傾げた。

「本当ですか? 伊之助くんもですか?」
「おっ、おう……」

しのぶに笑顔でそう訊かれた伊之助は、一瞬たじろいだが、そう言うと何度も頷いた。
そうしないと、瑠一郎がなんだか大変な目に遭うのではないかと思ったからだ。
そんな伊之助の反応を見てしのぶは納得したのか、残念そうに息をついた。

「そうですか……。大人しく屋敷に戻ってくれたという事、ですかねぇ……。ありがとうございます。それでは、みなさん。これからの任務、頑張ってくださいね♪」

しのぶは、炭治郎たちにそう言うと、善逸が言った方向へと駆けていった。

「ばっ! 炭治郎! お前って奴は! 嘘が下手すぎるだろっ!! もう少しでバレるかもだったじゃないかっ!!」
「ごっ、ごめん……」
「いや、炭治郎くんは、悪くないよ」

そう言う善逸に対して、炭治郎はただただ謝る。
そこに隠れていた瑠一郎が漸く出てきて二人を謝った。

「ごめんな。変な事をいきなりお願いしちゃって……;」
「そっ、それは、よかったんですけど……瑠一郎さん、しのぶさんに、何をやらかしたんですか?」
「いや、特に何も」

善逸のその質問に対して、瑠一郎は首を振ってそれを否定した。
ただ、医務室を抜け出し、蝶屋敷を出た途端、しのぶと出くわし、何故だか追い掛け回されたのだ。
こちらこそ、何故、しのぶがそんな事をしてきたのか、理由を瑠一郎は知りたいくらいだった。
そんな瑠一郎のの言葉を聞いた伊之助は、何処かつまらなそうに肩を組んだ。

「なんだ。しのぶの屋敷の窓を割って、怒られたんじゃねぇのか?」
「いやいやいや。そんな事するのも、お前くらいだから;」
「なんだとっ、紋逸のくせにっ!!」
「だから! 俺は、善逸だよっ!!」
「こらこら、ケンカしない」

そして、今にもケンカをし始めそうな二人を炭治郎に代わって瑠一郎が止めてやる。
もうこの二人の相手は、あの蝶屋敷で過ごした日々だけでだいぶ慣れてしまった瑠一郎であった。

「それよりも……君たちは、兄上と一緒に無限列車の任務に行くのかい?」
「えっ? 兄上って…………えっ!?」
「あっ、そう言えば、善逸たちはまだ知らなかったっけ? 瑠一郎さんは、煉獄さんの双子の弟なんだよ」
「えええええぇぇっ!?」

そう言った炭治郎の言葉に善逸は、心底驚いたような声を上げた。
それを見た瑠一郎は、思わず苦笑した。

「別に私にはそんなにかしこまらなくていいですからね。偉いのは、兄上であって、私ではないので、今まで通りでお願いします」
「おう! そうだな! 無呼吸野郎は、俺たちと同じ階級だしなっ!!」
「お前は、いちいち失礼なんだよっ!!」
「なっ! だって、本当の事だろうがあっ!?」
「だとして、もっと言い方ってものがあるだろうがあっ!!」
「何で、権八郎まで怒ってんだよ!?」
「伊之助が、瑠一郎さんに対して失礼な事言うからだろうがあっ!!」
(……本当。……炭治郎くんたちといると、賑やかで楽しいなぁ♪)

自分の事で言い合いになっている三人を見つめて、瑠一郎はそう呑気に思っていた。
彼らは、他の隊員と比べても何処か異質に思えた。
三人それぞれが何かしら卓越した力を持っているのだ。
それを上手く伸ばす事が出来たのなら、彼らは今の柱にも匹敵するような強さを得られると瑠一郎は秘かに思っていた。

「あっ、あのさぁ……その任務に……私も同行させてもらってもいいかな?」
「えっ? でも、瑠一郎には……」
「うん……。私には、この指令は来ていないよ」

戸惑う炭治郎に対して、瑠一郎は頷くとそう言った。

「でも……その……私は、兄上の事が心配なんだ。だから……一緒に行かせて欲しい」

ここで炭治郎たちと出会って、任務の話を聞いたのは、とても偶然には思えなかった。
まだ、希望がある。兄上を――杏寿郎を助けられるという希望が……。
その為にも、私は絶対にあの列車に乗らなければいけないのだ。
動くんだ。あの夢を変える為に……。自ら動くんだ。

「…………ねぇ、炭治郎? せっかくだし……瑠一郎さんのも、同行してもらおうよぉ! 俺、その方が心強いしぃ……」
「いいんじゃねぇか? 瑠寿郎、めっちゃ強ぇし?」

戸惑って何も言えない炭治郎に対して、善逸と伊之助はそれぞれそう口を開いた。
それを聞いた瑠一郎は、嬉しさから安堵した。

「お願いだよ、炭治郎くん。もし……兄上に何か言われたら、私が無理矢理ついて来たって言うからさ……」
「…………わかりました。よろしくお願いします、瑠一郎さん」
「! ありがとう、炭治郎くん!! 二人も!!」

瑠一郎のその言葉を聞いた炭治郎は、もうそう言葉を返すしか出来なかった。
彼から嗅ぎ取った匂いは、何か物凄く覚悟を決めているような、そんな匂いだったから……。
その覚悟を自分なんかが邪魔してはいけないと思ったのだ。
そして、炭治郎の言葉を聞いた瑠一郎は、心底嬉しそうに笑った。
よかった。これで、あの夢を変える一歩に繋がった。
後は、あの列車で自分がどう動くかで、すべての運命が決まるのだ。
絶対に変えてみせる。
そう決意しながら、瑠一郎は、炭治郎たちと無限列車に乗るべく、駅を目指すのだった。









悪夢シリーズの第7話でした!
前回のお話で気を失ってしまった瑠一郎ですが、すぐさま次の行動をとりました。その結果、しのぶちゃんに見つかって追いかけられていますwww
そして、なんとか、かまぼこ隊と接触でき、一緒に無限列車に乗ることが出来ました。
さぁ、次回より、いよいよ無限列車に乗りますっ!!

【大正コソコソ噂話】
その一
伊之助の瑠一郎の呼び方は、「瑠寿郎」や「無呼吸野郎」です。
後者の呼び方をすると、瑠一郎以外の人物からかなり怒られる為、あまり言いません。
※当の本人は、本当の事と伊之助自身に悪気がない事がわかっている為、全然気にしていません。

その二
しのぶさんが、瑠一郎の事を追いかけていたのは、瑠一郎が病室を抜け出したからでした。
決して、窓を壊したから、追いかけていたわけではありません。
単純に瑠一郎の身体が心配だったからです。

「だからって、いきなり追いかけるのって、しのぶちゃん酷くない?」
「こうでもしないと、瑠一郎さんは、寝てくれないと思ったので♪」
「「!!?」」


R.3 1/25