――――……瑠一郎さん。俺、思うんです。

炭治郎と会話した内容を思い出しながら、瑠一郎はひたすら刀を振るった。

――――人は……心が一番の原動力になるんだって。心は、何処までも強くなれるし、思い続けていれば、きっと、何でも出来るようになるって!
――――……私にも……出来るかな?
――――はい! 瑠一郎さんなら、きっと大丈夫ですっ! 俺は、信じてますっ!!

屈託のない炭治郎のその言葉が、その笑みが瑠一郎に勇気を与えた。

(考えろ……考えるんだっ!!)

どうすれば、兄上の事を救えるのかを……。
兄上の死から逃げるのではなく、救う方法を……!!
その事を考えながら、瑠一郎は今宵も鬼と例の化け物たちを討ち続けるのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「……瑠一郎」
「兄上……?」

あの出来事があってから、瑠一郎は暫くの間、静かな日々を送っていた。
それは、他ならぬ、兄――杏寿郎が蝶屋敷を訪れなくなった為だった。
その為、瑠一郎は、昼は蝶屋敷の手伝いを行ったり、炭治郎たちの訓練に付き合ったりし、夜は鬼や例の化け物たちを討っていた。
その期間が結構長かった為、杏寿郎にやはり言い過ぎてしまったのだと、瑠一郎は少し後悔をし始めていたところに杏寿郎が現れたのだった。
だが、その時の杏寿郎の様子がいつもとは、少し違う事に瑠一郎は、すぐに気が付いた。
いつも疲れていても、それを決して顔には出さない杏寿郎だが、今の彼は明らかに疲れたような表情を浮かべていた。
そして、顔色もあまり良くない。

「兄上……大丈夫ですか? ……顔色が、あまり良くないみたいですが……?」
「だっ、大丈夫だ。……少し寝不足なだけだ」

その杏寿郎の言葉に瑠一郎は、眉を顰めた。
杏寿郎は、自分とは違い、任務で二徹くらいざらにやってしまうのだ。
それでも、疲れた表情を瑠一郎に見せた事はなかったので、おそらく三徹以上しているのだと瑠一郎は確信した。
でも、一体、何故、兄上がそこまでする必要があるのだろうか?
兄上がちゃんと休めるように、兄上の担当区域の鬼は、先回りして鬼を狩っていたはずなのに……。

「……私には、ちゃんと寝るように言う割には、兄上は三徹ですか?」
「! そっ、それは……その……」
「私のところに来る暇があるのでしたら、その分ちゃんと身体を休めてください。……兄上が倒れてしまったら、千寿郎が哀しみますよ?」
「……それは、瑠一郎でも同じだ。瑠一郎も倒れたら、千寿郎は同じ様に哀しむぞ」
「そんな、今にも倒れそうな顔色をしている兄上に言われても、あまり説得力を感じないのですが……」
「…………」

呆れたようにそう言った瑠一郎に対して、杏寿郎はあまり納得していないとばかりに、ムッとした表情になった。
それにしても、こんな状態だというのに、何故、兄上はここにやって来たのだろうか?
そんなに、私を同行させたい任務でもあったのだろうか?
だったら、流石に今回は、付いて行った方がいいだろうと思い、瑠一郎は息を吐いた。

「……で、今日のご用件は何でしょうか? 任務への同行のお願いでしょうか?」
「いや……。今日は、そうではない。……暫く、ここに顔を出せそうにないので、その前にお前の顔を見に来た」

そう言った杏寿郎の言葉は、瑠一郎が想定していたものとは異なっていた。
そもそも、ここ数日だって、ここにやって来てなかったというのに、何をおかしな事を言っているのだろうか……?

(まっ、まさか……!?)

その瞬間、瑠一郎の頭に嫌な予感が過った。
そして、その予感が外れて欲しいと思いつつ、瑠一郎は恐る恐る口を開いた。

「…………もしかして……これから、向かわれる任務は……無限列車での、任務なのですか?」
「! ……あぁ、そうだ」
「!!」

その瑠一郎の問いに杏寿郎は、少し驚いたような表情になったが、そう言って頷いた。
それを聞いた瑠一郎は、瞠目した。

「短期間のうちに無限列車で四十人以上の人が行方不明となっている。数名の剣士を送り込んでみたが、全員消息も経ってしまった。だから、柱である俺が行く事になった」

そう淡々と今回の任務の内容を説明する杏寿郎の言葉が、瑠一郎の耳には入って来なかった。
遂に来てしまったのだ。あの夢が、現実になってしまう日が……。
その事実に瑠一郎は、絶望しそうになった。
でも、まだ、諦めたくなかった。

「そっ、それは……兄上でないと……本当にダメなのですか?」

そして、気が付いた時には、そう口を開いていた。

「天元さんや実弥さん、義勇さん。柱なら、他にもいらっしゃるじゃないですか? 他の柱の方にその任務をお願いする事は、出来ないんですか? 大体、今の兄上は、体調も万全ではないのに、そんな状態で、本当にその任務を完遂出来るのですか?」

行かないで欲しい。そんな想いを言葉に込めて、瑠一郎はそう言葉を続けた。
そんな瑠一郎の想いとは裏腹に、杏寿郎は首を振った。

「いや。彼らには彼らの任務がある。それにこの列車が走っているところは、俺の担当区域でもある。だから、俺が行くのが一番適任なんだ」
「でっ、ですが、兄上の体調は……」
「それなら、心配する事はない。実際に任務に立つのは、明日だ。それまでには、ちゃんと体調も整う!」
「っ! ……でっ、でしたら、その任務に私も同行させてくださいっ!!」
「瑠一郎……?」

いつもとは違う、瑠一郎の様子に杏寿郎は、明らかに困惑していた。
今までに瑠一郎の方から杏寿郎の任務に同行したいと言った事はなかった。
いつも杏寿郎の方から強引に誘われて、付いて行く事しかなかったのだ。
それだというのに……。

「いいですよね? いつもは、私が兄上の我儘を聞いて、任務を同行していました。なら、今回は、私の我儘を聞いて、任務を同行したって……。兄上の事が心配なんです」

どうしても、杏寿郎が任務に行く事を止められないというのなら、私が付いて行きたかった。
だって、あの夢の中には、私はいなかった。いないから、止められなかった。
だったら、私があの列車に乗れば、変えられるかもしれない。あの夢を……。

「いや。俺なら、大丈夫だっ! あと、今回の任務は、俺一人じゃないっ! 胡蝶の方で見込みある剣士を何人か選んで同行させるという事も聞いていたしなっ!」
「! そっ、その中に、私を加えてはもらえないのですか?」
「あぁ! 俺は、胡蝶の人選を信じ――」
「それでは、ダメなのですっ!!」
「りゅっ、瑠一郎……?」

笑ってそう言おうとした杏寿郎の言葉を思わず瑠一郎は遮った。
言わなければ……。ちゃんと、言わなければ……。
例え、兄上に信じてもらえなくても、言わないとあの夢を変える事は出来ない。
今、言わなければ――――。

「それでは、ダメなのですっ!! 私も一緒にあの列車に乗らないと兄上は――――」
――――それは、ダメだ……。
「っ!!」
「瑠一郎……?」

あの夢の事を言わないといけないと思って口を開いた途端、頭の中に声が響いた。
それと同時に今までに感じたことにない痛みが頭に走る。

――――そんな事を言っても、誰も信じない。それに……それは、反則だ。お前は、悪い子だ。悪い子には、ちゃんと、お仕置きをしないと……な?
「っ!!」

尚も頭に響くその声は、そう悪戯っぽく響いたかと思うと、さらに頭の痛みが酷くなった。
それは、とても真面に立っていられないほどの痛みだった。
そして、その声は、今まで聞いた事のない声のはずなのに、何故かその人物の事を瑠一郎は、知っているような気がした。
この声の主は――――。

「りゅっ、瑠一郎……っ!?」

だが、その答えが出るよりも早く、瑠一郎の視界は真っ暗となった。
最後に聞こえた声は、必死に自分の名前を叫ぶ杏寿郎の声だったような気がした。





* * *





「…………大丈夫です。瑠一郎さんは、ただの過労のようです」

蝶屋敷にある医務室からそうしのぶの声がした。
そして、その医務室に備え付けられてあるベッドには、瑠一郎が眠っていた。

「ほっ、本当か! 胡蝶!? 本当に、瑠一郎は、何処も悪くないのかっ!?」
「はい。問題ないですよ。瑠一郎さんが心配なのはよくわかりますが、医者である私の事はちゃんと信じてくださいね、煉獄さん。あと、声量ももう少し落としてください。瑠一郎さんが起きてしまいますよ?」
「!?」

そのしのぶの言葉を聞いて、流石の杏寿郎も黙った。
杏寿郎は瑠一郎の事を抱きかかえてここにやってきたのは、つい先ほどの事だった。
瑠一郎と会話していた杏寿郎だったが、彼が何かを言いかけた途端、突然倒れてしまったのだ。
それが余りにも突然の出来事だったが、杏寿郎は、瑠一郎の身体をしっかりと受け止める事は出来た。
だが、杏寿郎の頭の中は、パニック状態となっていた。
そして、何とか今いる場所がしのぶの屋敷であった事を思い出し、医務室へとやって来た。
その時に気が動転してしまった結果、しのぶに対して放った第一声が「瑠一郎が死んでしまった!」だった為、しのぶに物凄く怒られた杏寿郎であった。
そんな様子の杏寿郎を見て、しのぶは呆れたように息をつくと、瑠一郎へと目を向けた。

「結局……瑠一郎さんには……今回の任務の事をお話しされてしまったんですか?」
「話した……というか……何故だかバレてしまった。そして、瑠一郎に任務に同行させて欲しいと初めて言われたよ。……君の予想は、的中してしまったというわけだ」

お館様に今回の任務の任を正式に受けた帰りに杏寿郎は、たまたましのぶと会い、その話を世間話程度にした。
それを聞いたしのぶは、瑠一郎に会う前に事前に助言したのだ。
今回の任務の内容については、瑠一郎にバレない様に話をするようにと……。
前々から瑠一郎が杏寿郎の任務について色々と訊いていたのは、瑠一郎の一番傍にいたしのぶもよくわかっていた。
そして、その中でも"西"と"列車"という言葉に過敏に反応していた事も……。
だから、今回の任務については、瑠一郎に知られてはいけないとしのぶは、直感したのだが、やはりダメだったようだった。

「……煉獄さん。瑠一郎さんが心配なのはわかりますが、そろそろ任務の準備をした方がいいんじゃないですか? あと、今なら瑠一郎さんの事もちゃんと振り払って行けますよ?」
「うむ……。そうだな。それよりも、胡蝶。今回の任務には、君が人選した剣士が同行するとお館様より聞いたのだが、誰なんだ? 教えてはくれないか?」
「それは、現場で会うまでのお楽しみという事で♪ ですが、お一人は、煉獄さんも実際に会った事のある人でなので、大丈夫ですよ」
「そうか! なら、楽しみにしておこうっ!!」

正直まだ気になってしょうがない杏寿郎だったが、それはもう諦める事にした。
そして、瑠一郎に杏寿郎は目を向けた。
瑠一郎の顔色は、先程よりは少しだけよくなった事がわかった。

「……瑠一郎。俺は、任務に行ってくる、……戻ったら、また話をしよう」

そう言いながら、杏寿郎は、瑠一郎の頭を優しく撫でた。
こうやって、瑠一郎の頭を撫でたのは、一体何時振りだろうか?
その撫で心地がとても気持ちよかったので、このままずっと撫でていたいと思ってしまうくらいだったが、もう任務に行く準備をしなければならない。
任務を完遂させる為にも、ちゃんと仮眠を取らなければならないのだ。
そして、一通り瑠一郎の頭を撫で終えて、その場から杏寿郎は、立ち去ろうとしたその時だった。

「ん……?」

杏寿郎が身に纏っている羽織が何かに引っ張られるのを感じ、杏寿郎は振り返って確認すると、まだ眠っているはずの瑠一郎のの手が羽織の端をしっかりと掴んでいた。

「…………で」

そして、瑠一郎が何かを呟いている事にこの時漸く気が付いた。

「……いか……ないで……あに……うえ……。いかないで……っ」
「!!」

消え入るような瑠一郎のその声に杏寿郎は、思わず固まってしまった。
こんな状態になっても、己の事を引き止めようとする瑠一郎。
一体、何が彼にそこまでをさせるのだろうか?
その理由が、この時の杏寿郎には、わからなかった。

「…………大丈夫だ。瑠一郎。俺は、ちゃんと戻ってくるから……」

戻ってくる。お前と、ちゃんと話をする為に……。
そう瑠一郎にも、己にも言い聞かせながら、己の羽織を掴んでいる瑠一郎の手を放してやった。
そして、その後はもう振り返ることなく、杏寿郎は医務室を後にするのだった。









悪夢シリーズの第6話でした!
とうとう煉獄さんが無限列車に乗る日がやって来ました。
それを必死に止めようとする瑠一郎でしたが、失敗に終わってしまいました。。 しのぶちゃんが煉獄さんに対して怒るのも無理がない話ですよねww

【大正コソコソ噂話】
その一
初め考えたときは、瑠一郎は意識を失う予定ではありませんでしたが、それだと煉獄さんが瑠一郎の事を突き放すのが大変そうだと思ったので、意識を失ってもらいました。

その二
瑠一郎は、親しい人は大抵、下の名前で呼んでいます。 その為、柱の人たちも大抵の人は、下の名前で呼んでおり、その事について煉獄さんは若干の焼きもちを焼いていたりしています。
※兄上呼びは嬉しいが、自分の事も名前で呼んでほしいと思っている煉獄さん

「俺も、瑠一郎に名前で呼んでもらいたいっ!」
「俺らからしてみたら、瑠一郎に『兄上』って呼んでもらっているお前が羨ましいけどな」
「俺は……瑠一郎に『あなた』って呼ばれたい」
「「!!?」」


R.3 1/25