「あの、しのぶさん。……煉獄さんたちの……容態は……」
そう炭治郎は、恐る恐るしのぶに尋ねた。
炭治郎たちも杏寿郎と瑠一郎から遅れてこの蝶屋敷間で搬送され、今は怪我の治療に専念していた。
そんな状態でも炭治郎は、杏寿郎と瑠一郎の二人の容態が気になって仕方なかった。
二人は、自分たちより遥かに重体だったから……。特に瑠一郎は……。
「……煉獄さんは、あの身体で無理をしたせいか、瑠一郎さんを私に託した瞬間、意識を失いましたが、今は大丈夫です」
すると、しのぶは、少しずつ二人について話をしてくれた。
「瑠一郎さんも……何とか一命は取り留める事は出来ました。正直、煉獄さんが、あそこまで運んで来てくれなかったら、今頃は……」
正直、瑠一郎の事を助けられたのは、ほぼ奇跡に近かったと、しのぶは思っていた。
瑠一郎が仮死状態となり、尚且つ、杏寿郎が迅速にしのぶの所まで連れて来てくれなければ、助けられなかっただろう。
けど、しのぶが助けられたのは、あくまでも瑠一郎の身体だけだ。
今でも瑠一郎は、死んだように眠り続けていて、意識を取り戻す気配は全然ないのだ。
「炭治郎くんたちが、煉獄さんたちの事を心配しているのは、凄くわかりますが……お二人に会いに行くのはもう少しだけ待ってもらえますか?」
「…………わかりました。まずは、自分の身体を治す事に専念するようにします」
「はい。そう言ってもらえて、凄く助かります」
しのぶの言葉を聞いた炭治郎は、そう言って今すぐ二人に面会しに行く事を諦めた。
しのぶは、多くは語らなかったが、まだ二人が会える状態ではない事を察したからだ。
そして、それが、身体以上に心の問題であるという事に……。
~悪夢は夢のままで終わらせよう~
「…………もう起きていらしたんですね、煉獄さん」
炭治郎と別れた後、しのぶは、その足でとある病室へと赴いていた。
そこは、杏寿郎と瑠一郎が治療を受けている病室だった。
その病室の扉を開けたしのぶの目に飛び込んで来たのは、瑠一郎のベッドのすぐ横にある椅子に座って、彼が目を覚ますのをずっと待っている杏寿郎の姿だた。
その顔色を見ただけで、しのぶは、杏寿郎の体調はまだ万全ではない事がよくわかった。
「ちゃんと横になって休んでいないと、何時まで経っても良くなりませんよ?」
「…………少しでも、瑠一郎の傍にいたかったんだ」
「ですから、今回、お二人をわざわざ同じ部屋にしたんじゃないですか?」
本来だったら、二人共、それぞれ個室にて集中的に治療が必要な状態なのだ。
でも、それをしなかったのは、先に意識を取り戻した杏寿郎が、瑠一郎の事を捜し回ろうとした為、急遽、病室を同じにしたのだった。
「煉獄さんのお気持ちは、痛いほどわかりますが、今は自分の身体を休める事に専念してください。そうじゃないと……目を覚ました瑠一郎さんが、今の煉獄さんの姿を見たら、心配しますよ」
「…………胡蝶の言っている事は、頭では……わかっているんだ……」
そうしのぶに対して言った杏寿郎の声は、とても小さかった。
そして、とても苦しげであるように、しのぶには聞こえた。
「だが、どうしてだろうか……。目を瞑っても、前みたいに眠れないんだ。……次に目を覚ました時に……瑠一郎の息が止まってしまっているのではないかと考えると……怖くて眠れないんだ」
「煉獄さん、それは――――」
「瑠一郎も、こんな気持ち、だったのだろうか?」
瑠一郎が意識を失う前に話を聞いた。
それを聞いただけで何故、瑠一郎があんなにも眠る事を嫌がったのかが漸く理解できた。
そして、俺と朝会って、任務についての会話をする度に安堵の表情を浮かべていた理由も……。
瑠一郎は、ずっと怖がっていたんだ。
俺が、何時、死んでしまうか、わからないという恐怖といつも独りで闘っていたんだ。
誰かにその事を話したとしても、到底信じてもらえないような事を瑠一郎は、夜が来る度に独り味わっていたんだ。
眠りたくない。眠ってしまえば、また同じ夢を見てしまうと……。
「……そうだとしても、今の煉獄さんは、身体を休めなければいけません」
そんな杏寿郎に対して、医者として、そして、瑠一郎の事を知るの者の一人として、しのぶは、そう言葉を続けた。
「煉獄さん。その命はもう……あなた一人だけのものじゃないんですよ。瑠一郎さんが……自分の命と引き換えにしてでも守ろうとした命なんです」
だから、どうか、その命を大切にして欲しい。
彼が目を覚ました時に馬鹿な事をしたと叱れるくらいに……。
そんな想いをその言葉に託して、そうしのぶは、杏寿郎に言った。
「ですから、煉獄さん――――」
「わかった……」
そんなしのぶの想いが届いたのか、杏寿郎は漸く瑠一郎の傍から離れると自分の寝床へと戻った。
「…………だが、暫くは……自力で眠る事は……出来そうにない。胡蝶……すまないが、薬を用意してくれるか?」
「はい。……わかりました。今すぐ準備しますね」
杏寿郎のその言葉を聞いたしのぶは、頷くとすぐに薬の準備をすべく、一度病室を後にした。
しのぶがいなくなった病室には、また杏寿郎と瑠一郎の二人だけになった。
杏寿郎は、自分のベッドから瑠一郎の姿を確認した。
瑠一郎は、相変わらず、死んだように眠り続けている。
(あぁ……俺は……なんて、身勝手なんだろうか……)
以前の俺だったら、瑠一郎の身体の事を心配して、安心して眠れるようになってもらいと思っていた。
だが、今は、違っていた。一刻も早く瑠一郎に目を覚まして欲しいと思ってしまっている。
母――瑠火によく似たあの緋色の瞳で俺の事を見つめて欲しいと……。
そんな事ばかり考えてしまう自分に対して、嫌悪を感じられずには、いられない杏寿郎だった。
* * *
(…………漸く、眠ったか。……全く、面倒な奴だ)
その深夜、杏寿郎と瑠一郎がいる病室に音もなく一人の青年が姿を現した。
その青年の姿は、白髪と瑠璃色の瞳である事以外は、瑠一郎と同じ顔立ちをしていた。
青年――ハクは、静かに眠り続ける瑠一郎の姿を見下した。
「……璃火斗。お前は……一体、何処でいきたいんだ?」
「…………」
そうハクが、瑠一郎に問いかけても、彼からの返事は何もなかった。
それは、当たり前の事だった。
何故なら、今の彼は――――。
「璃火斗……。お前は、俺様に言った事……忘れてないよな?」
「…………」
「俺様は、忘れてなどいない。お前は……後は、俺様の好きにしたらいいと言ったんだ。なら……」
そう言ったハクの手は、瑠一郎の首へと伸びていた。
「…………もう、楽になっていいんだ、璃火斗」
もう、これ以上、無理して生きる必要など、お前はないんだ。
また目覚めたとしても、苦しむのは、お前なんだ。
あの日、お前は、俺様に全てを委ねて眠りについてしまった。
だったら、このままお前の息の根を止めてやった方が、お前は幸せじゃないかと、俺様は思ったんだ。
触れたお前の首は、まだ息をしているからか、暖かい。
(大丈夫だ、璃火斗。今、楽にしてやるから……)
そう思って、彼の首を絞めようとしているはずなのに、何故だか上手く力が入らなかった。
その事にハクは内心焦った。
彼の隣では、奴が眠っているのだ。
今、薬を使って眠らされているとは言え、奴が何時目を覚ますかわからない。
急がなければ……。
――――…………うん。……ちゃんと、全部言えた。…………ありがとう、ハク。
――――ねぇ! 君の名前は、何て言うの? 俺は、瑠一郎! よろしくなぁっ!!
(…………っ! だめだ……。やっぱり…………できないっ)
突如、ハクの脳裏に浮かんだのは、あの時の瑠一郎の姿。
そして、初めて、瑠一郎の夢の中で出逢った時の幼い瑠一郎の姿だった。
その言葉とあの時の暖かな笑みが頭にチラついて、ちゃんと殺せない。
俺様がちゃんと殺ってやらないと、こいつは――――。
「っ!!」
その瞬間、ハクは背後から、物凄い殺気を感じ取った為、咄嗟に瑠一郎から手を放して、その場から離れた。
すると、そこの倒れ込むような形で杏寿郎が瑠一郎の上へと覆い被さって来たのだった。
(こいつ! まだ…………眠っているはずだろっ!?)
あの時もそうだった。無限列車の時もこいつは、鬼の術にかけられていたのも関わらず、眠ったまま抵抗していた。
それは、生存本能が強い為の行動であったが、今のはそうではない。
こいつ自身は、何も命の危険に晒されてなどいないというのに……。
それなのに、こいつは、眠ったままの状態で身体を動かして、璃火斗の事を護ろうとしたのだ。
「…………そんなにも、璃火斗の事が……大事なのかよ、お前は」
そう言葉を吐き捨てるかのように言ったハクは、そのままその部屋から姿を消す事にした。
それは、杏寿郎の動く音を聴いて、この屋敷に未だに居座っている耳のいい柱の奴が、こちらへと駆け付ける気配を感じ取った為だ。
案の定、二人の病室の入って来た宇髄は、部屋の状況を見て驚きつつも、杏寿郎の身体を再びベッドへと寝かせる為、色々と奮闘する羽目になった。
「……そんなに大事なら、今度は、お前に選ばせてやるよ」
俺様の話を聞いたあいつは、一体、どんな選択をするだろうか?
まぁ、どんな選択をしたとしても、璃火斗にとっては、悪夢でしかない。
それだけは、はっきりと理解しているハクは、その真実を杏寿郎に何時突きつけるべきかを見定める事にした。
(……あっ、その前に一発だけ、殴っておくか……)
これは、唯の八つ当たりだ。その事は俺様自身もちゃんとわかっている。
でも、それでもやらずにはいられないのだ。
そうハクが内心、決めたのも、この時であった。
悪夢シリーズの第29話でした!
しのぶさんのおかげで二人とも一命を取り留める事が出来ました。
ですが、煉獄さんの方はかなりメンタル面がやられてますね。。
原作の煉獄さんだったら、薬に頼って寝るとかありえないかもしれないですね。
【大正コソコソ噂話】
その一
煉獄さんに対してしのぶさんが話している口調はとても優しいものですが、内心はめちゃくちゃ怒っています。
それは煉獄さんにも言っている通り、瑠一郎が命懸けで守ったのにその身体を全然大切にしていないからです。
※そして、自分自身の命を蔑ろにした、瑠一郎に対しても腹が立っていたりします。
その二
煉獄さんたちの病室の方から物音が聞こえた気がしたので、もしかしたら、瑠一郎が目覚めたのかと思って、宇髄さんは病室にやってきてます。
ですが、実際は、寝ているのにも関わらず、瑠一郎のベッドの方まで移動した煉獄さんの姿を目撃して驚く事になりました。
R.5 11/27