「煉獄さん。身体の調子の方は、どうですか?」

いつも通りしのぶは、杏寿郎と瑠一郎のいる病室へと訪れた。
それに気付いた杏寿郎は、顔を上げるとしのぶへと視線を向けた。

「胡蝶か! 君が処方してくれた薬との相性がいいのか、ここ数日はよく眠れてすこぶる調子がいいぞっ!!」
「そうですか。この調子で休めば、後数日くらいで機能回復訓練も出来そうですね!」
「そうか! それなら、よかった! しかし、胡蝶……」

しのぶと会話している中、杏寿郎の頭の中にとある疑問が浮かんだ。

「どうして、ここ最近は、中に入って来ないんだ?」

そう。しのぶは、何故か病室の入り口から離れることなく、杏寿郎と会話をしているのだ。
それで本当に往診が出来ているのだろうか?

「瑠一郎の状態をもっと近くで診なくて、大丈夫なのか?」
「そう……したいのは……山々なんですが……」
「ん?」
「その……私は……毛の生えた生き物が苦手なので……」

そう言いながら、しのぶが指した方向には、眠りにつく瑠一郎のベッド近くに一匹の白狗の姿があるのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「あぁ! それなら何も問題ないぞ! 彼は、とても大人しいから!!」

その理由が漸くわかった杏寿郎は、そうしのぶに言い切った。

「それにとても賢くて、頼もしいぞ! 俺が駆けつけるまで猗窩座から瑠一郎の事も身を挺して守っていてくれたくらいだからなっ!」
「えっ? そうだったんですか?」

それを聞いたしのぶは、少し驚きつつ、その白狗へと目を向けた。
言われて見たら、顔はとても凛々しく、頼もしい感じもしてきたが、やはり犬には変わりないので、近づくのも触るのも無理だと思ってしまった。

「……ですが、今日は往診ではないので、このままで私は大丈夫です♪」
「? 往診ではない? なら、どうして、ここへ?」
「今日、この後……善逸くんにあの日の話を聞きに行こうかと思っています」

しのぶの言葉に少し疑問を感じ首を傾げると、しのぶはそう言葉を続けた。

「……あの日に善逸くんが体験した事は、間違いなく瑠一郎さんの例の件に絡んでいると思います。そして……今の瑠一郎さんの状態にも……」
「! ……胡蝶。その話、俺も一緒に聞きに行っても構わないだろうか?」
「もちろんです。煉獄さんなら、きっとこの話をすれば、そう言うかと思ったので、ここに来たのですから……。ですが……よろしいのですか?」

そう言ったしのぶは、さりげなく視線を瑠一郎へと向けた。
それを察した杏寿郎は、力強く頷いて言葉を続ける。

「大丈夫だ! あまり寝てばかりでは、身体も鈍ってしまう! それに、ここには心強い味方もいる!」

そう言うと杏寿郎は、再び白狗へと視線を向けると「瑠一郎の事をお願いできるだろうか?」と話しかけた。
白狗は、まるでそれに応えるかのように頼もしい声で「ワンッ!」と啼いて返事をした。
それを聞いた杏寿郎は、ベッドから下りると身なりを整え始めた。

「では、行こう! 黄色い少年の病室は、竈門少年と同室だっただろうか?」
「えぇ、そうです。病室までは、私が案内しますよ」
「あぁ! よろしく頼む!!」

こうして、久しぶりに瑠一郎の許から離れて、杏寿郎は善逸の話を聞く為に炭治郎たちの病室へと向かうのだった。





* * *





「――――という感じ……だったんですけど……」

そう話終えた善逸は、今すぐにでも近くにいる炭治郎の背中の後ろに身を隠したい気持ちでいっぱいだった。
それもそのはず、この場にいるのは、病室が一緒である炭治郎や伊之助だけではなく、しのぶや杏寿郎といった柱のほぼ全員がいるからだった。

「あァ? そんな話、俺らに信じろだとォ?」
「ぶっちゃけ、あり得ない。そういった血鬼術を使える類の鬼がいるのならまだしも……」
(ヒイイィィ! ですよねぇ!!)

そして、不死川と伊黒に速攻でそう言われてしまった為、善逸は堪らず炭治郎の背中に身を隠した。
善逸自身、自分が話した事を信じられずにいた。
でも、あの日、善逸が見聞きした事は、決して嘘でも幻なんかでもない。

「胡蝶もそう思うだろォ?」
「……いえ。私は、善逸くんが話してくれた事は、信じられる事だと思いますよ」

だが、不死川の言葉に対して、しのぶは同意しなかった。
それを聞いた伊黒は、眉を顰めた。

「信じられる? どこがだ?」
「ちなみにだけど、俺も胡蝶の意見と同じだ」
「は? 宇髄、お前まで何言ってるんだ?」
「だって、そうだろ? そんな似たような血鬼術を使う鬼がウジャウジャいるとか……本当に思うか?」
「うっ……そっ、それは……」

宇髄の思わぬ言葉に伊黒は、言葉を詰まらせた。
そんな伊黒たちに対して、極め付けとばかりにしのぶは、とあるものを取り出した。

「証拠になるかはわかりませんが、私たちはこれを事前に見ていたからこそ、それを確証する事が出来ました」
「これって……報告書、ですか?」
「そうです。この報告書の全てには、いくつもの共通点があるのですが……炭治郎くん。何だと思いますか?」
「えっ? 何だろう……?」

しのぶの問いに促される形で炭治郎は、報告書に目を通し始めた。
そして、一通り報告書を目にしてこれらの報告書に違和感がある事に気付き出した。

「しのぶさん……これって、他の報告書も同じなんですか?」
「そうなんですよ。ここには私が持てる分しかありませんが、資料室に行けば、もっとありますよ」
「そうなんですね。けど、すみません。何となく、おかしいのはわかるんですけど……それが何なのかまでは俺にはわからないです」
「まぁ、それも仕方ないですね。炭治郎くんたちは、報告書を見る機会なんてないですしね。それでも、この報告書に違和感がある事に気付いただけでも、流石ですよ♪」
「……竈門少年。その報告書を俺にも見せてくれないか?」
「あっ、はい! いいですよ!」

そう言った炭治郎は、すぐさま自分が手にしていた報告書を杏寿郎に手渡した。
それを受け取った杏寿郎は、報告書を見た途端、しのぶが言っていた事が何だったのかすぐに理解した。

「何だ、これは? ……何故、討伐参加者の瑠一郎の名前を記載するのにこんなに空白があるんだ? 討伐者の欄は、そんな風にはなっていないのに……」
「そうなんです! ここにある報告書の全てにある共通点は、それなんです。瑠一郎さんの事になると、すぐにわかる煉獄さんは流石ですね♪」
「! 何!? それ、見せてみろっ!!」
「えぇ、どうぞ」

杏寿郎たちの会話を聞いた伊黒たちもすぐさま報告書の内容を確認した。
そして、ここにある報告書の全てに杏寿郎が先程言っていた通り、討伐参加者の記載については、不自然な空白の後に必ず『煉獄瑠一郎』の名が記されていた。
その空白は、何名かの名前が記されてもいいくらいのものだった。

「この報告書の数々と善逸くんの話から推測できる事は、鬼以外にも人外な化け物が間違いなく存在している事。その化け物とまともに戦えるのは、他ならぬ瑠一郎さんと禰豆子さんくらいしかいない事。そして……」

そう言ったしのぶは、少し口澱んだが、またすぐに言葉を続けた。

「そして……その化け物に襲われた人は、〝存在そのものが無くなってしまう可能性がある〟という事です」

最後のは、本当に憶測の域を出ていなかったのだが、しのぶの中ではほぼ断定していたことでもあった。
一見、鬼と見分ける事が出来ない化け物。
鬼殺隊の剣士であっても容易に倒す事も出来ない。
そして、報告書に初めから書かれていなかったかのように綺麗に消えた名も分からぬ剣士たち。
彼らは、間違いなくこの世に存在していたはずなのに誰も憶えていなかった。
ただ一人、その場に居合わせたであろう瑠一郎を除いては……。

(あぁ……瑠一郎さん。あなたは一体、何時からこの事を独りで抱えていたんですか……)

優しい彼は、一体どれだけの名も分からない剣士たちの事を独りで看取ってきたのだろうか……。
そして、一体どんな気持ちでいたのだろうか……。
優しい彼の事だ。絶対に全部自分のせいにしていたのだろう。
だから、一人でもその犠牲者を出さない為にあなたは、単独任務を好んでやっていたのだろう。
そんな中、唯一守り抜く事が出来た善逸くんと禰豆子さんという存在は、あなたにとってどれだけ救いになっただろうか……。
その一つ一つを想像するだけでも胸が張り裂けそうな気持ちになった。

「…………胡蝶。……ひょっとして、瑠一郎が何時まで経っても目を覚さないのも……」

そう恐る恐る言った杏寿郎の言葉にしのぶは、頷いた。

「はい。断定は出来ないですが……その可能性は、非常に高いかもしれません。何せ、瑠一郎さんは……もう身体は完治していて、何時目を覚ましてもおかしくはない状態のはずなんですが……」
「そりゃぁ、そうだ。このままだったら、アレは一生、目を覚まさねぇよ」
「!!」

すると、突如、聞こえてきたのは、その場にいる者ではない声だ。
そして、杏寿郎たちの目の前に何処からともなく現れた人影に全員が言葉を失った。
無理もない。その男の姿は、白髪と瑠璃色な瞳である事以外は、瑠一郎にそっくりだったからだ。

「やぁ! こうして、顔を合わせるのは、あの日以来だなぁ、お兄様♪」

そんな杏寿郎たちの顔を見た男――ハクは、瑠一郎だったら浮かべる事はないだろう笑みを浮かべてそう言うのだった。









悪夢シリーズの第30話でした!
今回で煉獄さんの体調はだいぶ良くなってきました!
善逸くんは、柱たちに色々と話を聞かれてちょっぴり同情しますね。
同室のはずの伊之助もその空気で流石に静かですねwww
そして、漸く煉獄さんたちとハクが対峙となります!

【大正コソコソ噂話】
その一
炭治郎くんたちの病室に来ている柱たちは、煉獄さん、しのぶさん、宇髄さん、不死川さん、伊黒さん、義勇さんの6人です。
時透くんは、この時まだ他の柱たちへの関心力は低めですが、悲鳴嶼さんと蜜璃さんに関しては、病室の広さの関係で入れませんでした。
※煉獄さんとしのぶさん以外は、くじ引きで入るメンバーを決めてます。

その二
白狗が煉獄さんたちの病室にいるようになったタイミングは、第二十九話以降からです。
煉獄さん自身は、白狗が病室に紛れ込んだ瞬間は見ていなかったのですが、猗窩座とのやりとりもあったので、瑠一郎の傍にいる事に関して深く気にしていません。


R.5 11/27