それから、瑠一郎の鎹鴉――我門から連絡を受けた隠部隊が脱線した無限列車や杏寿郎たちがいる森の中へとやって来たのは、もう少し経ってからだった。
脱線した無限列車の状況を見て、隠たちは皆言葉を失った。
だが、それ以上に森の中で杏寿郎たちの姿を見た隠たちの衝撃の方が凄まじかった。
鬼殺隊の最高位である柱の一人である炎柱・煉獄杏寿郎がボロボロになった姿。
その近くで泣き崩れる炭治郎と伊之助。
そして、杏寿郎の腕の中で刀が身体に貫通したまま死んだように、いや、恐らく死んでいるであろう瑠一郎の姿を見たから……。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


――――……なぁ、何でお前は、隠部隊に入らねぇの?

何時だっただろうか?
そんな何気ない質問を後藤が瑠一郎に対してしたのは……。
それは、瑠一郎が先輩隊士たちに絡まれていたところを偶然見かけた後藤が助けた時だっただろう。

――――いくら頑張っても刀の色が変わらないんだったら、隠部隊に入った方がよくねぇ? そちら、あんな奴らに絡まれる事も嫌な事も言われなくなるだろうし……。
――――そうですね……。それが出来たら、一番、本当は楽なのかもしれませんね。

そう言った後藤に対して、瑠一郎は苦笑混じりでそう答えた。

――――……やっぱ、家系の事を気にしてんのか? お前の兄が――。
――――いえ。その事については、兄上の事は全然関係ないんです。ただ、私は……団体行動が苦手なんですよ。単独行動の方が性に合っていて……こっちの方が誰かを巻き込む確率が低いので。
――――何だそりゃ? ……しっかし、お前って本当に変わってるよなぁ……。俺でもわかるくらい、お前の剣術はすげぇのに、何で刀の色だけは、変わらないんだろうなぁ……。

本当に後藤は、それが不思議で仕方なかった。
何度か瑠一郎の任務の事後処理を対応した事はあったが、そのどれもが柱たちにも劣らないくらい何一つ無駄がなく、隠部隊のすべき事までほぼ完璧に対応されていた。
それだけの腕を持ちながら、どうして、瑠一郎の日輪刀の色が変わらないのかが、不思議で仕方なかった。
きっと、色さえ変われば、すぐにでも柱になってもおかしくないだろうに……。
後藤のその言葉を聞いた瑠一郎は、困ったように笑った。

――――もしかしたら……刀は、わかっているのかもしれませんね。刀の色が変われば、私がどんな行動を起こすのかを……。
――――? それって、どういう意味だ?
――――いえ。特に深い意味などはありませんよ。それよりも……後藤さんは……〝夢〟とかは持っていないんですか?
――――何だよ、急に? そんなもん、持ってるわけねぇだろ?
――――えっ? 持っていないんですか?

後藤がそう言うと瑠一郎は、心底驚いたような表情を浮かべた。
それを見た後藤は、呆れたように息をついた。

――――あのなぁ……俺は、お前みたいに剣術もなければ、鬼と真正面から戦う勇気もねぇ、腰抜けなわけ。毎日普通に飯食って生きていければ、それだけでいいの。だから、俺は、柱になるとか、そういう大それた夢も何も持っていないわけ。
――――…………へぇ……やっぱり、貴方は……面白い人、ですねぇ……。
――――? 瑠一郎?

この時、後藤は瑠一郎に対して、少し違和感を覚えた。
瑠一郎が今浮かべている笑みが何時ものものとは、少し雰囲気が違っていたから……。

――――…………後藤さん。貴方の下の名前は……何と言いましたか?
――――えっ? そんなの聞いてどうするんだよ?
――――何となく知りたいと思ったのですが……ダメでしたか?
――――別に……ダメじゃないけど……。

瑠一郎にそう言われた後藤は、少し疑問に思いつつも、瑠一郎に自分の下の名前を教えた。

――――……とてもいい名前ですね。それでは……貴方にお願いする事にしますね。
――――えっ? 何を……っ!?

後藤から名前を聞いた瑠一郎は、妖艶に微笑むとそう言った。
その時、瑠一郎の瞳の色が緋色ではなく、瑠璃色に光っているように後藤には見えて、思わず息を呑んだ。

――――……〝この子〟は、近い未来、大切な人を守って、その命を犠牲にします。その時は……貴方がこの子の事を後処理をしてください。

そして、己の名前を呼ばれた後、そう頭に直接響くような声がした。
その声は、瑠一郎の声とは思えない、女性のような声だった。

――――あの場に行って、真面な判断が出来るのは、おそらく貴方だけでしょう。ですから……どうぞよろしくお願いしますね、後藤さん。
――――っ!! ……そっ、そんな事あるわけねぇだろうがっ!!

その瑠一郎の言葉を全て聞き終わった後藤は、気が付くと瑠一郎の胸倉を掴んで怒鳴っていた。

――――お前! 言っていい冗談とそうじゃないのくらい、ちゃんと考えてから言えよっ! 今のは、全然笑えねぇんだよっ!!
――――えっ? えっ? 後藤さん? どうして、そんなに怒っているんですか?
――――どうしてだって!? お前が自分が死んだ時の事を俺に頼んだからだろうっ!?
――――えっ!? 私……そんな事……今、会話してましたか?
――――はあっ!?

苛立つ後藤に対して、瑠一郎は心底困惑しているようだった。
そして、後藤はこの時になって気が付いた。
瑠一郎の瞳がまた緋色に戻っていた事に……。

――――お前……何処まで話したか……憶えてる?
――――何処までと言われましても……。後藤さんに夢について質問した辺りから正直曖昧なんですよね……。ご気分を悪い事を言ってしまって、本当にすみませんでした。
――――…………。

本当に申し訳なさそうに謝る瑠一郎のその姿を見た後藤は、瑠一郎が嘘を言っていないという事が理解できた。
さっき見た瑠璃色の瞳、そして、女性のような声。
あまり、心霊的なものは信じないのだが、これは信じないといけないのかもしれない。

――――わかったよ……。とりあえず、お前、なんかつかれやすいみたいだから、気を付けろよ。
――――えっ? 私は、結構、体力には自信ありますよ? 今日も二時間は寝ましたし?
――――そっちの意味じゃねぇよっ!! ってか、お前二時間しか寝てねぇのかよっ!?

キョトンとする瑠一郎に対して、後藤は思わずツッコみを入れるのだった。
そして、この時の瑠一郎とのやり取りの事を後藤は、ずっと心の何処かで引っかかっていたのだった。





* * *





(あぁ……。マジかよ、これ……)

そして、他の隠たちと共に森の方へと向かった後藤もその光景を見て言葉を失っていた。
炎柱の腕の中にいる瑠一郎の身体には、彼が日輪刀とは別にいつも持ち歩いていた刀が見事に貫通していた。
おそらく、もうこと切れているのか、そんな瑠一郎から全く生気を感じられず、ピクリとも動かなかった。

(……ふざけるなよぉっ!)

今、後藤の目の前に広がっているその光景は、あの時、瑠一郎が言っていた通りになってしまっていた。
瑠一郎は、誰よりも大切な存在――炎柱の事を守り抜いて命を落としたのだろう。
どれだけ、あの会話が現実にならなければいいと思っていた事か……。
結局、それは、無駄な事だった。
なら、後藤に出来る事は、もう一つしかない。
そう思った後藤は、他の隠たちが躊躇う中、一人炎柱である杏寿郎の許へと歩み寄ると、膝を付いた。

「…………炎柱様。それ以上は、あなた様の傷にも障ります。……彼の事は、私たちに任せて、炎柱様はご自身の――」
「いやだ」

そう後藤に言った杏寿郎の声は、とても弱々しいものだった。
いつも、どんな時でも明朗快活な彼のこんな姿を後藤は、初めて見たかもしれない。
それだけ、彼にとっても、瑠一郎が大きな存在であったという事が後藤にもわかった。

「俺は、瑠一郎の傍から……離れたくない」
「炎柱様のお気持ちは、よくわかります。ですが……それは返って彼の行為に対しての冒涜になるのではないでしょうか?」

何処か駄々をこねるような小さい子供に言い聞かせるように、そう後藤は言葉を続けた。

「彼は……自分の命を懸けて、炎柱様を守り抜いたんです。それなのに……炎柱様は、その命を無駄にするのですか?」
「…………」
「それに……彼をずっとこのままにしておくのは……彼もきっと、痛いと思っていますよ?」
「っ!?」

その後藤の言葉を聞いた杏寿郎は、ハッとしたような表情を浮かべた。
己の刀で身体を貫かれている瑠一郎の姿は、誰が見ても痛々しいものだった。

「ですから、炎柱様……」
「…………あぁ……わかった。……瑠一郎の事を……頼む……っ」
「ありがとうございます。それでは、失礼し――っ!?」

後藤の説得で漸く瑠一郎の事を手放す覚悟を決めた杏寿郎は、そう言った。
それを聞いた後藤は、少し安堵した後、杏寿郎から瑠一郎を受け取ろうと、軽く彼の身体に触れた。
その途端、後藤は、瑠一郎の身体にとある違和感を覚え、思わず息を呑んでしまった。
そんな後藤の様子がおかしい事に杏寿郎も気付き、口を開いた。

「……どうかしただろうか?」
「…………えっ、炎柱様。一つ、お尋ねしたい事があるのですが……。彼が……瑠一郎がこんな状態になったのは、一体何時からですか?」
「? 何時から……? 瑠一郎が意識を失ってから、まだ、そんなに時間は経っていない。長くても数分前くらいだ」
(そんな……! それは……どう考えても……あり得ない!?)

後藤のその問いに少し困惑しつつもそう言った杏寿郎は、素直にそう答えた。
おそらく、その杏寿郎の言葉に嘘偽りは、決してないだろう。
だとすると、今の瑠一郎の状態は明らかにおかしいのだ。

(何で……数分しか経っていないのに、こんなに身体が冷たいんだ!?)

そう。瑠一郎の身体がは、まるで氷のような冷たさだった。
人が死ねば、体温が失われるので、身体が冷たくなるのは普通の事だが、それにしても、瑠一郎の身体は恐ろしく冷たかったのだ。
人間の身体がこんなにも冷たくなるという事は、あり得るのだろうか?
そんな疑問が頭に過った瞬間、後藤の目に飛び込んできたのは、瑠一郎の身体を貫いている刀だった。

(もしかして……この刀が瑠一郎の身体……?)

それは、何の根拠のない考えだった。
だからこそ、それが事実なのかを確かめたくて、後藤の手は自然とその刀へと伸びていた。

――――ダメ! まだ、その刀を……主上から抜かないでくださいっ!!
「!!」

そして、刀の柄に触れた途端、頭に直接響くような声が聞こえ、後藤の目の前に女性の姿が現れた。
それを見た後藤が驚くのに対して、その女性は何故か安堵の表情を浮かべていた。

――――あぁ……本当にあの方が言っていた通りだったわ……。あなたが来てくれなかったら、きっと誰も私に気付いてくれなったから、本当によかった……。
(あの方? 俺だから……気付けた?)

その女性が言っている事を後藤は、すぐには理解できなかったが、それを口にする事はしなかった。

――――ごめんなさい。主上を助ける為に力を使い過ぎてしまったので、今の私の姿も声も、どう頑張ってもあなたにしか見聞きできない状態なんです。口に出さなくても、思ってもらえれば、私とは会話は成立しますが、あまり時間がないので、まずは私の話を聞いてください。

ただただ困惑し続ける後藤の事など気にせず、女性――コユキは、話を続けた。

――――……今、主上は、私の力を使って身体を急激に冷やしたので、仮死状態になっています。ですから、ちゃんと処置さえすれば、主上の身体だけは何とか助けられます。その事実と正しい判断が出来るのは、ここにいる中では、あなただけです。どうか……主上が戻って来ても大丈夫なように、この身体を守ってくださいっ!
(えっ? 身体だけ?)

じゃぁ、こいつの意識は? 戻って来るとは、一体どういう事なのだろうか?
一体、瑠一郎の身に何が起きているのかが、さっぱり理解出来ずに後藤はすぐには動けなかった。

――――お願いですっ! 私の力もそう長くはもちません! どうか、主上の身体を助けてあげてくださいっ!!
「……君! さっきから、一体、どうかしたのか?」
「…………まだ……助けられる」
「何?」

そんな後藤に対して、コユキは必死に訴え続け、明らかに様子がおかしい後藤を見て、流石に杏寿郎も声をかけた。
すると、それに応えるかのように、後藤は小さな声でそう呟いた。
それを聞いた杏寿郎は、唯でさえ大きい目を更に見開かせた。

「炎柱様! 彼は……瑠一郎は、今、仮死状態となっていますっ! ですから、ちゃんと処置さえすれば、まだ蘇生する可能性がありますっ!」
「! そっ、それは、本当か!?」
「はい……ですが……ここに持って来た医療器具では、それも難しいです。……蝶屋敷まで戻って、胡蝶様に診てもらえれば……っ」

事前に瑠一郎の鎹鴉からもらっていた情報では、命に関わるような重傷者はいないという事だったので、隠部隊は、簡単な応急手当が出来るものしか持参してきていなかった。
瑠一郎の事を確実に助ける為には、急いで蝶屋敷まで運ぶ必要がある。
でも、後藤には、そんな事は出来なかった。
ここからしのぶのいる蝶屋敷まで、一体どれだけの距離があるかと考えただけでも、絶望しそうになる。
それなのに、彼女は、後藤に対して、瑠一郎の事を助けるようにと言ってくるのだ。

(どう頑張っても、俺に出来る事なんて……)
「……本当に……今すぐにでも、瑠一郎を胡蝶の屋敷まで連れていけたら、助けられるのか?」
「はっ、はい。……ですが、そのような方法は――」
「なら! 俺が連れて行くっ!!」
「えっ!?」

その杏寿郎の言葉に後藤は、驚いて顔を上げた。
すると、そこには、既に瑠一郎の事を抱きかかえて立ち上がっていた杏寿郎の姿があった。

「俺が、瑠一郎を胡蝶の屋敷まで連れて行くっ!」
「えぇっ!? えっ、炎柱様でも、それは、流石に無理ですよ!?」
「そっ、そうですよ! それに、煉獄さんは、そんな酷い怪我をしているのにっ!?」
「問題ないっ! これくらいなら、呼吸を使えば!! ……後の事は、君たちに任せるっ!!」
「! れっ、煉獄さんっ!!」

炭治郎たちの制止の声など一切耳を貸す事なく、杏寿郎はそのまま全速力で蝶屋敷を目指して走り出した。

(……瑠一郎……お前の事は……俺が絶対に死なせないっ! 絶対にだっ!!)

その瑠一郎に対しての想いだけが、今の杏寿郎の身体を動かしていたのだった。









悪夢シリーズの第27話でした!
今回は、隠の後藤さんがメインのお話となっています。
本当は、瑠一郎を助ける話は、簡単にまとめようかと思っていたのですが、無限列車編の第1話を観た事で考えが変わりました。
呼吸を使えば、煉獄さんは、新幹線並みに走れるという事を知ってしまったので、走ってももらう事にしたのでしたwww
何気に後藤さんと瑠一郎の絡みも描けて楽しかったです♪

【大正コソコソ噂話】
その一
瑠一郎は、鬼殺隊では浮いている存在でしたが、元の人柄と容姿がいい為、柱以外にも一部の隊士からは人気はありました。
それでも、あまり親しいと思える隊士がいなかったのは、そう言った隊士が少人数だった事と煉獄さんを初め、柱たちのセコムが凄かった事もあります。
※瑠一郎に近づいてくる人物は、悪意のある人物だと決めつけていたとかいなかったとか?。

その二
公式の方で後藤さんの下の名前が正式に公表されていなかったので、敢えてこの小説でもその表記については避けて記述しました。
また、瑠一郎は、後藤さんと会話している間の一部記憶がない為、後藤さんの下の名前についても、本人は憶えていませんでした。

その三
瑠一郎は、我門を使って早めに隠部隊への出動要請を出していました。
ですが、自分自身が瀕死になるとは思っていなかった為、一般人の怪我や被害状況のみを伝えていました。
その内容を受け取っていた為、隠部隊は、簡易的な医療器具を大量に持参し、その場で瑠一郎を治療する事は無理になってしまいました。


R.4 2/27