重い。身体が酷く重かった。そして、寒い。
だが、それが温かな炎に包まれたように徐々に身体が温められていくのを感じていた。
そして、近くから聞こえてくる声に何とか目を開けて確認すると、そこにあったのは、何処かに向かって叫ぶ杏寿郎の顔だった。
辺りがやけに明るかったので、もう夜が明けたのかと思ったが、そうではなかった。
瑠一郎の周辺の木々が燃えていたから、明るかったのだ。
それは、恐らく、杏寿郎が私の事を助ける為に無理して奥義を連発させたのだろうと、瑠一郎は思った。
その後、瑠一郎は、己の身体の状態を確認した。
未だに己の身体には、刀が刺さったままだったが、不思議な事に少し息苦しかっただけで、痛みは殆ど感じなかった。
それについて疑問を抱いたが、その理由を自分たちから少し距離を置いた所にいた白狗の姿を見つけて、何となく理解した。
そして、もう私に残された時間も残りわずかであるという事も……。

「兄上……。私は、ずっと……兄上に言えなかった事がありました。言っても……到底信じてもらえない事が……」

だから、ちゃんと最期に伝えなければ……。
そうする事で杏寿郎の心を少しでも軽くなると信じて、瑠一郎は、話し始めるのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


瑠一郎は、杏寿郎たちに自分が幼い頃から予知夢を見る事ができていた事を話した。

「…………その中でも……誰かが死ぬ夢は……絶対に回避する事が出来ないという事を……私は、長年の間、ずっと……諦めていたのです……」

そう確信してしまった理由をその夢を見た翌日に母上が亡くなった事、未然にその死を回避しようとカナエの任務に強引に同行したが、結果を変える事が出来なかった事も話した。

「……だから……私は……ずっと……怖かったんです……。兄上が……無限列車に乗って……猗窩座と戦った末……彼によってその胸を貫かれて……死んでしまうという夢を……見てしまったあの日からずっと……」

ずっと、怖くて仕方なかった。あの夢を見たくなくて、眠る時間もどんどん短くなっていった。
でも、あの夢だけは他の夢とは違って、何度も何度も見てしまっていた。
まるで、絶対に抗う事など出来ない運命なのだと言われているみたいだった。

「……だから、私からの……兄上との接触は……極力避けていたのです。……少しでも……兄上を喪っても……哀しくならないように……心の傷を少なくしたくて……敢えて兄上には冷たく接していました。けど……それも結局……中途半端な事しか出来ませんでした」

瑠一郎がいくら杏寿郎の事を避けようとしても、彼がその事を心配して歩み寄って来るから……。
その杏寿郎の好意を瑠一郎は、振り払う事は出来なかった。
杏寿郎は、何も知らなかったから……。

「……だから、兄上が毎日……私の所に訪ねて来てくれて……任務の内容を話してくれる度に私は……内心ホッとしていました……。あぁ……今日も兄上が死ぬ事はないんだと……確信する事が出来ていたから……」

そうやってずっと、目の前にある問題を先送りにしていた。
決して逃れられない運命だとわかっていたのに……。
本当に杏寿郎の事を想うのなら、その手さえもしっかりと振り払わなければいけなかったはずだったのに……。

「……そんな時でした……。私が……炭治郎くんと禰豆子ちゃんと出逢ったのは……」

二人に出逢って話をしたおかげで、まだ諦めてはいけないのだと考え直し、無限列車に無理矢理乗車した。
そして、そのおかげで杏寿郎の事を助ける方法を見出し、実際に救う事も出来たのだった。

「りゅっ、瑠一郎さん……。俺……俺……っ!」
「炭治郎くん……謝らないで……ください。……私は……すべてを知った上で……その結末を自ら……選択したのですから……」

瑠一郎の言葉を聞いた炭治郎の赤みがかった瞳からどんどん涙が溢れていくのが瑠一郎には見えた。
優しい彼は、変に責任を感じてしまったのかもしれない。
そんな必要など、ないというのに……。寧ろ――。

「寧ろ、私は……君に感謝しているんだよ。……君の言葉が……私の背中を押してくれた……。だから、私は兄上の事を……守り抜く事が出来たのだから。……ありがとう」
「っ! りゅっ、瑠一郎さん…………っ」
「…………そんな…………ないっ」
「兄上?」

そう言った杏寿郎の声は、珍しくとても小さくて、言葉も途切れ途切れにしか聞き取れなかった。

「それが……本当に俺の運命だったというのなら、俺が――――」
「兄上……。命には……色がないのです」

そう諭すように今度は、瑠一郎が口を開いた。

「人の心や魂には、人それぞれ……色や形があります。ですが……命だけは……何の色も形もないのです。……すべてが平等だから……私はこの選択をする事が出来たのです……」

もし、命そのものにもそういったものがあったのなら、絶対に無理だったかもしれない。
でも、命はただの数でしかなかったから、数さえ合えば問題ないのだと理解したのだ。
だからこそ、私はそうやって自分が見た夢を、杏寿郎の運命を捻じ曲げられたのだ。
杏寿郎の代わりに私自身が命を落とす事で……。

「兄上……私は……兄上が思っているほど……強くはないのです。本当に……兄上が言うように強ければ……私は……ちゃんと、兄上の死を受け入れて……前を向いて生きていけたはずなのですから……」

でも、心が弱い私には、その選択肢を選ぶ事が出来なかった。
杏寿郎がいないこの世界で生きていける自信がなかったのだ。
だから、自分の命を犠牲してでも、その結果、自分が鬼になってしまったとしてもいいから、杏寿郎の命だけは、どんな事をしてでも守ろうと思ってしまったのだ。

「それに……兄上は、柱で……私は、ただの一般隊士です。……それを踏まえても……兄上の方がずっと……今後生きていく価値があるのですよ……」

ただその場にいるだけでも、杏寿郎は鬼殺隊の士気を高められる存在なのだ。
杏寿郎は、今の鬼殺隊にとって、なくてはならない存在なのだ。
それを考えても、ここで杏寿郎は、決して死ぬべき人物ではない。

「…………生きる価値なら……お前にもある。……この戦いで二百人もの乗客たちの命を守り抜けたのは、お前が考えてくれた作戦のおかげだ」
「あれは……私が考えた作戦ではありませんよ。……私の夢の中で……兄上が考えた作戦です。私は……それをそのまま流用した……ずる賢い人間なのですよ」

それに、私がこの列車に乗り込んでしまったせいで何の罪のない人たちを必要以上に命の危機に晒してしまったという事実もある。
私がいたせいで彼らは、あの化け物に襲われそうになったのだから……。
善逸も、そのせいで真面に動けなくしまったのだから……。

「そうだとしても……お前は……俺にとって……大切な存在なんだ……」
(あぁ、そうか……。兄上は……知らないから……まだそう言ってくれるんですね……)

杏寿郎が他の隊士たちと私の事を同等に扱えないのは、その事実を知らないから。
だったら今、その事実をちゃんと伝えなければいけない……。

「…………兄上……私の……先程の言葉を……憶えていますか?」

そうする事で少しでも杏寿郎の気持ちが軽くなるのであれば、私はどれだけ傷付いたってもう構わない。
そう思った瑠一郎は、己の気持ちを押し殺して言葉を続ける。

「私はずっと……兄上に嘘を……つき続けていましたと言いましたよね? あれは――――」
「お前は、俺の弟だぁっ!」

だが、瑠一郎がそれを伝えるより早く、それを何故か杏寿郎が否定した。
まるで、瑠一郎が何を言おうとしているのかが、わかっていたみたいに……。

「瑠一郎っ。お前は……俺の自慢の弟なんだ。……例え……俺と血が繋がっていなかったとしても……」
「! あっ、兄上は……知っていたのですか? ……私が……赤の他人だったという事を!?」

そして、杏寿郎から聞かされたその言葉に瑠一郎は心底驚き、瞠目した。

「いっ、一体……いつから……?」
「…………母上が亡くなる前に……教えてくれた。その場に千寿郎もいたが……寝ていたから多分……知らない」
(そっ、そんな……前から……)
「そう……だったのですね……。でしたら……もっと、酷い事言って……兄上の事を突き放しても……問題なかったというわけ……ですね」
「瑠一郎……」
「勿論、冗談ですよ、兄上」

瑠一郎はそう言うと、杏寿郎が申し訳なさそうに顔を歪めた為、慌ててそう言葉を返した。
例え、その事を杏寿郎が本当に知っていたとしても、本気でそれをしようなど思わない。
けど、気持ちは少しは楽になっていたかもしれないと、瑠一郎は思った。

「でしたら、兄上……。父上と……千に……伝言をお願い出来ますか?」
「無理だ。それは……俺には……出来ない」
「ズルいですねぇ。……夢の中の兄上は……炭治郎くんたちにそれを託していたのに……私はダメなのですか?」
「…………」

瑠一郎がそう言って苦笑すると、それに対して杏寿郎は何も返さなかった。
そんな杏寿郎の様子を見た瑠一郎は、出来ないと言った意味を考えた。
瑠一郎は、あの屋敷を出てしまったから、今の杏寿郎と槇寿郎の関係が余りよくわかっていなかった。
もしかすると、まだ私のせいで気まずいままなのかもしれない。

「…………では……炭治郎くん。兄上の代わりに……伝えてもらってもいいかな?」

だから、その役目を瑠一郎は、杏寿郎から炭治郎にお願いする事にした。
突然の瑠一郎の言葉に炭治郎は、困惑の表情を浮かべた。

「えっ? でっ、でも……」
「お願いです。最期に……どうしても、二人に伝えたい事があるんだよ。……私のただの譫言だと思って……聞いていて欲しいなぁ」
「…………」

少しでも彼の重荷にならないように気を付けながら、そう瑠一郎は言葉を続けた。

「弟の千。……千寿郎には、自分の心のまま……正しいと思う道を進んで……私の分まで兄上の事を……支えて欲しいと……。でも、決して、私のような無茶をして……兄上の事を哀しませないでください、と伝えて欲しい」

弟の千寿郎は、とても賢くて、優しい子だから、決して私ような馬鹿な事はしないと思いつつも、それをちゃんと伝えておきたかった。

「そして、父上には…………ありがとう、と……」
「っ!!」

そして、瑠一郎がそう言った瞬間、周囲の空気が何故だか震えたような気がしたが、瑠一郎は気にする事なく、槇寿郎に対しての感謝の言葉を続けた。

「こんな……何処の馬の骨とも知らない……赤子を……母上と一緒に育てて頂いてありがとうございました、と。……あまり、お酒に頼らず、貴方自身の身体を大切にしてくださいと……伝えてください。……あっ、それから、しのぶちゃんや実弥さんにも本当は……謝らないと……。カナエさんの事を……助けられなくてごめんなさいと……」

二人には、何度も謝ったけど、全然取り合ってもらえなかった。
あれは、瑠一郎のせいじゃないと、何度も言われてしまったのだ。
そんなわけあるはずがないのに……。あの時、私だけがカナエさんの死ぬ事を知っていて、救えたはずだったのだから……。
二人にとって、大切な存在を奪ってしまったのは、紛れもなく私だったのだから……。

「それから……炭治郎くん」

そして、瑠一郎は、今度は炭治郎に対して、語り掛け始めた。

「……本当に……禰豆子ちゃんは、凄い子だね。……汽車の中で禰豆子ちゃんが血を流しながら、善逸くんと協力して……乗客たちを守っている姿を……私は何度も見かけたよ」
「! うっ……」
「そして、本当に賢くて、優しい子だね。私が……こうなる事を……まるで初めからわかっていたように……君たちの許へ向かおうとする私に抱き着いてなかなか……放してくれなかったよ。だから……兄上の助けに入るのも少し遅くなってしまった」

今でもはっきりと憶えている。
「行かないで」「ここにいて」と必死に訴えかけるような彼女の潤んだ瞳が忘れられなかった。

「あんな優しい子は、そうはいないよ。だから……禰豆子ちゃんの事……大切にするんだよ、炭治郎くん」
「りゅっ、瑠一郎さんっ……」
「大丈夫だから。禰豆子ちゃんは……必ず、人間に戻れるから……私は……その夢を見たから……」

今回の夢渡りをした中で見た夢の中で一つで確かにそれを見た。
陽の下にいる炭治郎と人間に戻った禰豆子が誰かに向かって手を振っている光景を……。
アレは間違いなく、唯の夢ではなく、現実になるのだと、瑠一郎は確信していた。

「…………炭治郎くん、伊之助くん。そして、善逸くん。……君たちはまだ……兄上たちにただ守られる存在なのかもしれない」

杏寿郎の事をここまで追い詰めた猗窩座が相手だったのだから、それは仕方のない事なのだ。でも――。

「でも、私は……信じているよ。君たちは……もっと、強くなれると……。そして、いつの日か……君たちが兄上たちの援護ではなく……同じく肩を並べて戦えられるくらい強くなると……私は信じているから……」
「! ……うっ……ううっ…………」

とても優しい声でそう言った瑠一郎に対して、炭治郎の両目から絶え間なく涙が溢れ出す。
ずっと堪えていたであろう嗚咽も漏れだした。
そして、いつの間にかこの場に駆け付ける事が出来た伊之助も何かを必死に堪えるように激しく両肩を震わせていた。

大丈夫。彼らなら、きっと、大丈夫だ。彼らには、杏寿郎も傍にいるのだから……。
本当だったら、そう言って彼らに手を伸ばしてあげたかったけど、もうそんな力は瑠一郎には、残っていなかった。

「…………兄上……あとは……頼みます」
「!!」

そして、再び瑠一郎は、杏寿郎へと視線を向けると、優しい笑みを浮かべてそう言った。
どうか、私の分まで生きて、彼らの事を導いてあげてください。
それが、柱である貴方の本当の責務なのですから……。

――――…………もう……言いたい事は、全部言えたか?
「!!」

そんな時だった。瑠一郎の頭の中にあの声が直接響いたのは……。
そして、その声が響く方向へと視線だけ動かすと、自分の頭上に白狗――ハクの姿ある事に気付いたのは……。





* * *





――――安心しろ……。今の俺様のこの姿は、お前にしか見えていないし、声も聞こえていない。

ハクの姿を捉えて驚いていると、そうハクが言った。

――――…………で、言いたい事は、もう全部言えたのか?
(…………うん。……ちゃんと、全部言えた。…………ありがとう、ハク)
――――? 何故、俺様にお礼を言う?

そう心の中でハクに対して感謝を伝えると、ハクは不思議そうに首を傾げて見せた。

(君の……おかげなんだろう? ……もうとっくに死んでいてもおかしくない私の命を……こうやって、繋ぎ止めてくれていたのは……)

もう身体に痛覚が感じられない状態になっているというのに、まだ生きていた。
それは、きっと、ハクが私の傍について、何かしら時間稼ぎをしてくれたおかげなのだろう。
そのおかげで、瑠一郎は今まで杏寿郎たちに秘密にしていた事も含めてちゃんと自分の想いを伝える事が出来たのだ。

(だから……もういいよ。私の事を……喰らっても……)
――――! お前……正気か? 俺様がした事は……。
(それだけでも、私には充分だと思ったから、そう言っているんだ。……だから……あとは、私の事は……君の好きにしたらいいさ)

その瑠一郎の予想外の言葉に流石のハクも戸惑っているようだった。

――――…………未練を残さないようにする為とは言え、あそこまで言う必要は、なかったんじゃないのか?
(うん……確かに、それについては、君の言う通りかもしれない。あれは……私の自己満足だったし……寧ろ、信じてくれない方が……私的には嬉しいかもね)

その方が寧ろ都合がよかった。私にとっても、杏寿郎にとっても……。
そんな瑠一郎の本当の意図がわかったのか、ハクは何処か憐れむように瑠一郎のの事を見つめていた。
それを見るのが嫌だったから、瑠一郎は、静かに目を閉じた。

――――…………お前という奴は……本当に……何処までも……。
(もういいだろう。……ほら。喰らうなら……さっさと…………?)

もうこの世に思い残す事など、瑠一郎にはない。
杏寿郎の代わりに死ねるのなら、何も問題ない。
大丈夫。杏寿郎は、私なんかより、ずっと、強いのだから……。
そう思っていたはずなのに――。

(? ……何だろう? ……頬が……冷たい?)

突如、頬に感じた冷たいような、温かい何かに瑠一郎は、再び目を開けた。
すると、そこには、瑠一郎にとって驚きの光景が広がっていた。

「! ……あっ、兄……上? どっ、どうして……貴方が……泣いているのですか?」

そう。杏寿郎の金環を思わせるような瞳から涙が溢れていたのだ。
今まで、杏寿郎の泣いた姿など見た事がなかった瑠一郎にとっては、とても信じられない光景だった。
母――瑠火が死んだ時ですら、杏寿郎は泣かなかったというのに……。

「兄上……何処か……痛いのですか? ……やっぱり……そんな身体で……無理して奥義を連発した――――」
「…………のか」
「兄上……?」
「…………お前まで……俺の事を…………置いていくのか?」
「!?」

その消え入るような杏寿郎の言葉が、涙が、瑠一郎の心をざわつかせた。
そして、今になって、いや、今は決して気付くべきではない事に気付いてしまった。

(……あぁ。……やっぱり……私は……どうして、こんなにも……愚かなのだろうか……)

どうして、杏寿郎なら、大丈夫だと、思ってしまったのだろう?
私や千寿郎の前では、決して涙を見せなかったとしても、杏寿郎も人の子なのだ。
母上を喪って哀しまないはずなどない。
私たちに心配をかけまいと、ずっと独りで我慢していただけなのだ。
私は、杏寿郎を喪う事を酷く恐れ、怯えていた。
それは、杏寿郎にも同じ事が言えたのではないのか?
ずっと、私の事を赤の他人だとわかっていながら、それでも私の事を〝弟〟だと言い続けてくれていた杏寿郎なら……。

「…………頼む、瑠一郎っ。……まだ、生きること自体を…………諦めないでくれっ……」
――――ダメだ、璃火斗! それ以上……そいつの言葉に耳を傾けるなっ!!

ハクがそう言って必死に瑠一郎に対して呼び掛ける声が頭に響く。
わかっている。もう杏寿郎の言葉に耳を傾けては、いけないという事は……。
ちゃんと、自分の死と向き合う為には……。
それを頭ではわかっているというのに、私なんかの為に綺麗な涙を流して、必死に呼び掛けてくれる杏寿郎の金環を思わせる瞳から視線を逸らす事が出来なかった。

「俺の為に……死にたいとか……言わないでくれっ……。俺の為に……生きたいと……思って欲しい。……そうでないと、俺は、もう……っ」
「っ!?」
(あぁ……どうしよう……。もう私は……何も……望んでは……いけないというのに……っ!)

もう夢など見てはいけない、過度な望みを抱いてはいけないというのに……。
それなのに……私の中で何かが音を立てて崩れて落ちていく。
それが、瑠一郎に新たな闇へと誘う為のいくつもの鎖が巻きつき、導こうとしていた。

(わかっているのに……それでも……私は……望まずにはいられない。私は……兄上の事を……兄上に――――)
――――! 璃火斗! 頼むっ! もうこれ以上は、余計な事を考えるなっ! そんな事をすれば、お前は…………っ!?
「…………瑠一郎? ……返事をしてくれっ! 瑠一郎っ!!!!」

その瑠一郎の異変に気付いたハクと杏寿郎が必死に呼びかけたが、それに瑠一郎が反応する事はなかった。

ただ、目を閉じた瞼から、一筋の涙が零れ落ちるだけだった。









悪夢シリーズの第26話でした!
今回で漸く瑠一郎は、煉獄さんの死についてカミングアウトする事が出来ました。
瑠一郎は、話しているようにカナエさんを救えなかった事に対して、しのぶさんや不死川さんにずっと負い目を感じていました(しのぶさんの傍にいたのは、これが理由の一つだったりもします)。
煉獄さんは、瑠一郎たちを不安にさせないように誰もいないところで泣いていたかもしれないですよね。。
次回からは、無限列車編のその後の話になります!

【大正コソコソ噂話】
その一
この時にあの化け物についての話は、一切していません。
それについては、前に話した時に信じてもらえなかったので、今話してもやっぱり信じてもらえないと思ったからでした。

その二
瑠一郎は、千寿郎くんの事は、普段は「千」という愛称で呼んでいます。
昔から、誰に対しても相手の事を名前を呼び捨てにする事に抵抗があった為、この呼び方は、瑠一郎なりに考えた妥協案だったりします。

その三
「命に色はない」という言葉は、私の好きなテイルズオブシリーズの名言の一つから引用しています。
無意識領域のように心は、それぞれ違うかもしれないのですが、命自体は、数だけで等しく死があるものだと思っています。


R.3 12/26