俺には、人間だった頃の記憶はまるでなかった。
鬼になったと同時にその記憶を失くしたからだ。
それだけ、俺にとって、人間だった頃の記憶は、嫌なものでしかなく、いらないものだと思ったに違いない。
そして、鬼は基本夢を見る事はない。
人間と違って眠る必要がないからだ。だが――。

――――…………わかった。だったら、もう少しだけ、私は――の傍にいるよ。

だが、たった一度だけ、鬼になる間に見たあの夢を俺は、今でも忘れらずにいたんだ。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


正直、夢の内容までは正確には憶えていなかった。
だが、その夢は、俺にとって、とても幸せだったことだけはよく憶えていた。
それは、あの夢であいつと出逢ったからだろう。
あいつがいつも俺の傍にいてくれて、優しく笑っていたからだった。
でも、俺はあいつの名前を知らなかった。
俺があいつの名前を聞く前にあの夢から覚めてしまったから……。
顔も夢だったせいか、起きた後は霧がかかったように思い出せなかった。
だから俺は、あいつの顔と名前を確かめたくて、同じ夢をまた見たくて、何度か眠る事を試してみたが、ダメだった。
だが、そんな俺でも唯一憶えていた事があった。
それはあいつの〝強さ〟だ。あの夢の中で何度も手合わせしたあいつは、物凄く強かった。
口よりも手の方が先に出る俺に対しても、あいつは何事もなかったかのように受け止めては笑っていた。
その時の笑みもとても優しいものだったと思う。
だからだろう。その事もあって、俺は、強き者を求めるようになったのは……。
強い奴と戦ってさえいれば、いつかきっと、またあいつに出逢えるのでは、あの約束を果たしに来てくれるのではないかと思っていた。
そして、少しでも気に入った相手に出逢った場合は、必ず名前を聞くようにした。
あの夢みたいに相手の名前を知らないままでいるのが嫌だったからだ。
だが、鬼となった俺より強い奴なんてそうは出逢えなかった。
だから、いつの間にかあの夢の事もすっかり忘れて、ただ強き者だけを求めるようになっていった。
そんな時だった。二つの強い闘気を感じ取り、あのお方の命を受けて、あの無限列車へと向かったのは……。
そこで最初に出逢ったのが、炎柱の杏寿郎だった。
炎の呼吸を使う杏寿郎は、今まで戦ってきた奴らと比べたら強かったが、俺が求めている強き者と何かが違うような気がした。
だから、杏寿郎が鬼になる事を拒むなら、このまま殺しても仕方ないと思って杏寿郎の鳩尾を貫いてしまおうと、杏寿郎が奥義を放った時に思った。
だが、その時に俺の目に飛び込んできたのは、美しい漆黒の髪と緋色の瞳を持った瑠一郎だった。
その美しい瑠一郎の姿と彼から溢れ出る闘気に俺は、彼から目が離せなくなった。
この時にふとあの夢の事を思い出した俺は、あの夢で見たあいつの闘気に瑠一郎が何処か似ているような気がしたからだろう。
それから、瑠一郎と拳を交えていくうちに今までに感じた事がないくらい俺は楽しくなっていった。
欲しい。瑠一郎の事が心から欲しいと思った。
そう思って俺は必死に瑠一郎に呼び掛けたのに、それを杏寿郎に邪魔された怒りで、俺は杏寿郎に再び拳を向けた。
それがよくなかったのか、呼吸が使えないはずの瑠一郎は、呼吸が使えるようになってしまい、それを用いて俺に見事なまでの斬撃を与えた。
その斬撃は、今までのものとは違い、傷がなかなか塞がらなかったので、俺はこの時初めて陽の光以外で死の恐怖を感じた。
そして、夜明けも近づいてきていた事で、俺の余裕は更になくなっていった。
早くこの場から去らなければと思っているのに、それを瑠一郎は許さなかった。
俺に対して、必死に何かを訴えているようだったが、それすら耳に入って来なくなっていた。
だからだろう。瑠一郎が俺の事を押し倒して、簡単には逃げられないような体勢にさせたのは……。
そして、己の身体を盾にするかのように、俺の事を日光から守ったのは……。
何故、瑠一郎がこんな行動を取るのか、この時の俺にはまるで理解できなかった。
どうして、お前は、俺を陽の光から守ってくれるんだ?

「…………頼む。……これ以上…………哀しませないでくれ……」

そう言ってあの美しい緋色の瞳から涙を流す瑠一郎。
どうして、お前が泣く必要がある?
哀しませないでくれとは、一体どういう意味なんだ?
わからない。今のお前が、一体何を考えているのかが……。

「…………狛治っ」
「っ!?」

だが、瑠一郎がそう呟いた瞬間、俺の頭の中では、あの夢の光景が鮮明に映し出された。
今まで霧がかかったようにまるで見えなかったあいつの顔が、瑠一郎の笑顔がはっきりと見えた。
そして、唐突に理解した。瑠一郎の行動の意味を……。

「…………? あか……ざ?」

だから、俺は、瑠一郎へとその手を伸ばした。
瑠一郎のその涙を拭ってやる為に……。
「…………思い出したよ。……俺が何故……強き者を求めていたのかを……」

そして、瑠一郎に気付かれないように彼の腰にあるもう一つの刀へと手を伸ばした。
全ては、瑠一郎の為に……。

「それは……俺が捜していた奴が……とても強かった事しか、憶えていなかったからだ」
「? 猗窩座? それは…………っ!!」

そして、完全に油断しているであろう瑠一郎の脇腹目掛けて、俺はそれを使って一気に貫いた。
決して、致命傷にはならない、瑠一郎の体力だけを確実に奪える場所を狙って……。

「ダメだろ、瑠一郎? 戦闘に使用しない刀をこんな風に無防備に放置していたら……。まるで、それで俺に刺してくれって言っているみたいじゃないか?」
「があっ!?」

だが、そのおかげで、俺は自分の拳を使わなくても、瑠一郎の動きを止める事に成功した。
俺の拳だったら、誤って瑠一郎の事を殺し兼ねなかっただろう。

「だが、おかげで漸く思い出せたよ。……お前こそが、俺とずっと一緒にいると約束してくれたあの強き者だったという事を……」
「はぁ……はぁ……っ」

実際、俺がその身体を貫く場所をちゃんと見定めていたから、問題ないはずだが、それでもまだ瑠一郎は、必死に意識を保とうとしていた。
それだけでも、瑠一郎の強さがよくわかり、俺は更に嬉しくなってしまった。

「ありがとう、瑠一郎。……これで、俺は、お前の事を永遠に失わずに済んだ。その事を俺に思い出して欲しかったんだろう?」

そう。瑠一郎もきっと、この戦いの中であの夢の事を思い出して、俺に呼び掛けていてくれていたんだ。
俺とのあの約束を果たす為に……。

「もう大丈夫だ。……あの時の約束をちゃんと守って、これから俺たちはずっと傍にいよう、瑠一郎」
「…………っ」

俺がそう優しく言ってやると、瑠一郎は漸く安堵したのか、その身体を俺に預けてくれた。
大丈夫だ、瑠一郎。もう俺は、お前の事を手放したりはしない。
これからは、ずっと一緒にいよう。
その為にお前は、杏寿郎の目を欺く為にこんな命懸けの行動を取ってくれたのだから……。
お前のその行動を決して、俺は無駄にしない。必ずお前の事を鬼にしよう。
そう思った猗窩座は、そのまま意識を失った瑠一郎を肩で担いでその場から大きく跳躍して、森の中へと駆けだすのだった。





* * *





「……! 瑠一郎……?」

森の中を駆けだして暫く経った時、猗窩座はその違和感から一度足を止めた。
先程まで聞こえていた瑠一郎の鼓動が明らかに小さくなっている事に気が付いたのだ。
意識を失っているせいか、呼吸も浅かった。
決して、致命傷にはならない箇所を狙って瑠一郎のその身体を刀で貫いたのだが、思っていた以上に瑠一郎の体力は消耗してしまったようだった。
身体も先程より冷たくなってきていた。

(まっ、まずい! このままだと、瑠一郎は……!?)

このまま放置したら、瑠一郎は、間違いなく命を落とすだろうと猗窩座は思った。
今すぐにでも瑠一郎の事を鬼にしなければ……。
そう思った猗窩座は、瑠一郎の身体を優しく木に凭れかけさせると、己の拳を何の躊躇いもなく強く握り締めて血を流した。
本来なら、人を鬼に変えられるのは、鬼の始祖である鬼舞辻無惨の血のみである。
だが、上弦の鬼の血は、無惨にその意思を伝え、了承さえ得られさえすれば、人を鬼に変える血に変化するのだ。
そして、猗窩座は、無惨から鬼に変えたい人物がいれば、無条件に変えていいと、事前に了承を得た上でこの無限列車にやって来ていた。
だから、例え時間がかかったとしても、瑠一郎が生きているうちに猗窩座の血を飲めれば、鬼にする事が出来るようになっていた。

「瑠一郎! 俺の血を飲むんだっ!!」
「…………」

瑠一郎に必死に己の血を飲ませようとする猗窩座だが、意識がない瑠一郎にそれを無理矢理押し付けてもなかなか飲ませる事は出来なかった。

(まずい、このままだと、本当に瑠一郎が……!?)

その間にも瑠一郎の体力が、命の炎が徐々に無くなっていくのがよくわかり、猗窩座は焦った。
このままでは、本当に瑠一郎は死んでしまうと……。

(死ぬな、瑠一郎!!)

やっと、お前に出逢たんだ。だから、まだ、死ぬな! 俺と共に生きろっ!!
猗窩座は、自力で瑠一郎に己の血を飲ませる事を諦め、その血を己の口に含ませた。
そして、自ら口移しで瑠一郎に己の血を飲ませようと顔を近づけた。

「っ!!」

だが、その瞬間、猗窩座は右肩に激しい痛みと重みを感じた。
何か大きな獣に噛みつかれたような、そんな痛みだった為、猗窩座はそれを思いっきり振り払うと、その重みと共に痛みも引いた。
そして、猗窩座の目に捉えたのは、白い狗だった。
白狗は、まるで瑠一郎の身を守るかのように、瑠一郎と猗窩座の間に入って威嚇をするように唸り声をあげている。

「この……馬鹿犬がっ! 俺の邪魔をするなぁっ!!」
――――黙れっ! 貴様如きが、アレを手に出来ると思うなぁっ!!
「なっ、何だとっ! この――――っ!!」

普通だったら聞こえるはずのない白狗の声が頭に直接響き、馬鹿にされたような気がした猗窩座はそう吠えて、白狗に殴りかかろうとした。
その瞬間、猗窩座は背後から異様な気配を感じ取った為、振り返ろうとした。
だが、それよりも速く猗窩座の胸部に黒い刃が貫いた。
その猗窩座の隙を突いて白狗は、瑠一郎と猗窩座を更に引き離そうと瑠一郎の服を引っ張って彼を引き摺り始めた。

「こっ、この……馬鹿――――っ!?」

それに気が付いた猗窩座は、すぐさま瑠一郎へと手を伸ばした。
その直後、猗窩座は今までとは比べ物にならないくらいの熱気を感じた。
その熱気を感じる方向へと猗窩座は振り返ると、そこにいたのは炎の龍だ。
炎の龍が、この森を全て焼き尽くしながら、物凄い勢いでこちらへとやって来る。
そして、その中心にいたのは――――。

「瑠一郎ーーっ!!」
「!!」

そう、杏寿郎だ。杏寿郎が、あの炎の呼吸の奥義を連発させながら、こちらへと迫って来ていたのだ。
その杏寿郎の気迫に負け、また迫りくる炎から逃れる為、猗窩座はその場から離れるしかなかった。
周辺の木々を焼かれてしまったら、陽の光から己の身を守る術が無くなってしまうから……。
そして、次に猗窩座が瑠一郎の姿を目にした時には、彼は杏寿郎の腕の中にいた。
その光景に猗窩座は、怒りで頭に血が昇りそうになった。
やっと、手に入れられたはずの瑠一郎をこんな形で手放さなければいけないという事に……。

「瑠一郎! 死ぬなあぁっ!」

陽の光から、迫りくる炎から逃げる為、猗窩座は、その足を止める事なく、そう瑠一郎にだけ呼びかけ続けた。

「死ぬな! お前は、俺の物になる男だぁっ! 俺が、次に迎えに来るその日まで、生きろぉっ!!」
「ふざけるなっ! 瑠一郎は、断じて物ではないっ!!」

そんな俺の呼びかけを遮るかのように、そう杏寿郎が叫んだ。

「そして、お前と瑠一郎が一緒になる日も絶対に来ないっ! 俺がそうはさせないっ!!」
「そうだ! 瑠一郎さんは、お前なんかよりずっと強いんだっ! だから、決して鬼になったりなんかしないっ! 逃げるなぁっ! この卑怯者! 逃げるなあぁっ!!」
「っ!!」

そして、杏寿郎と共にあのガキがそう叫んでいた。
ただ杏寿郎と瑠一郎に守られていただけのガキが……。
俺の事を〝卑怯者〟だと、叫び続けている。
その事に今までにないくらい怒りが煮えたぎってきたが、それに対しても足を止める義理もなければ、意味もなかった。
だから、瑠一郎を手に入れられなかった事と炭治郎に対する怒りを胸に抱えたまま、猗窩座はひたすら森の中を走り続けるのだった。





* * *





突如、瑠一郎が猗窩座の攻撃を受け、瑠一郎と猗窩座の間に眩い光が光ったかと思ったら、その光が消えた途端、急に瑠一郎の動きが変わったような気がした。
猗窩座に対して、何かを必死に訴えかけるようなものへと変わったのだ。
それは、俺たちだけでなく、まるで、猗窩座の事も救おうとしているように俺には映った。
そして、あの瞬間も突然、訪れた。
正直、あの瞬間、一体、何が起こったのか、何を見たのか、俺はよく憶えていなかった。
聞こえてくるのは、俺と同じくその光景を目の当たりにして、絶望したかのように声を上げる竈門少年の悲痛な声。
そして、猗窩座によって己の刀でその身体を貫通させられ、息が絶え絶えとなってしまった瑠一郎の息遣いだけだった。
そんな光景を目の当たりにした俺も、正直、竈門少年のように叫びたかったが、声も出なかったし、そんな暇もなかった。
猗窩座が、そのまま瑠一郎の事を連れ去って森の中へと逃げ込んだからだった。
そんな事させてなるものか……。瑠一郎の事を必ず取り返さなければ……。
その気持ちだけで己の身体を動かし、猗窩座が逃げ込んだ森に向かって奥義を連発させながら斬り進んだ。
それは、決して闇雲に奥義を連発しているわけではなかった。
「こっちだ!」と、誰かが俺を導くかのように頭に響いた声を頼りに斬り進んでいた。

――――黙れっ! 貴様如きが、アレを手に出来ると思うなぁっ!!

そして、次に二人の姿を捉えた時は、ぐったりとしている瑠一郎の事を守るかのように白い狗が猗窩座の前に立ちはだかっていた。
その時にまたあの声が頭に響いたような気もした。
竈門少年が自分の日輪刀を投げるという援護をしてくれた事もあり、猗窩座に不意打ちを食らわせる事が出来た。
そして、猗窩座に瑠一郎の事を二度と触れさせないようにする為、辺りの木々を一気に燃やし尽くし、白狗に引き摺られて運ばれた瑠一郎を無事に自分の腕の中に収める事が出来た。
抱きかかえた瑠一郎の身体は、必要以上に流血したせいか、顔色は青白く、身体も冷たくなってきていた。

「瑠一郎! 死ぬなあぁっ!」

そんな瑠一郎の姿を見ただけでも血の気が引いたというのに、その気持ちを逆撫でするかのように、辺りに猗窩座の声が響いた。

「死ぬな! お前は、俺の物になる男だぁっ! 俺が、次に迎えに来るその日まで、生きろぉっ!!」
「ふざけるなっ! 瑠一郎は、断じて物ではないっ!!」

瑠一郎の事をこんな目に遭わしておいて、未だに瑠一郎を自分の物だと主張する猗窩座の発言が、俺には許せなかった。

「そして、お前と瑠一郎が一緒になる日も絶対に来ないっ! 俺がそうはさせないっ!!」
「そうだ! 瑠一郎さんは、お前なんかよりずっと強いんだっ! だから、決して鬼になったりなんかしないっ! 逃げるなぁっ! この卑怯者! 逃げるなあぁっ!!」

そして、あまり叫ぶことが出来ない俺に代わって、竈門少年も俺の気持ちをまるで代弁するかのように、そう叫び続けてくれた。
それだけでも俺は、嬉しかったが、今はそんな感傷にも浸っている暇すらなかった。
一刻も早く瑠一郎に対して、応急処置をしなければ……。

「…………随分と……無茶を……しましたね……兄……上は……」
「!!」

その弱々しい声に驚いて俺は、慌てて視線を変えると、先程まで意識を失っていたはずの瑠一郎が目を覚ましていて、こちらを見つめていた。

「そ……そんな身体で……奥義を連発させて……周辺の木々を燃やしてしまうなんて……兄上の身体に負担が……掛かり過ぎますよ……」
「それは……お前も同じだろうが……」

決して、猗窩座に深追いはしない。朝が来るまでの間の時間稼ぎをするだけだと言っていた瑠一郎。
そして、いつもの彼だったら、こんな無茶な事は絶対にしなかったはずだ。
それなのに……。

「すみません……。やはり、少しだけ……欲が出てしまったのが……よく……なかったみたいですね……。彼の事も……助けたいという欲が……兄上の羽織も……こんな風に使って……私の血なんかで汚してしまい……申し訳ありませんでした」
「もういい……今はそれ以上、喋るな」

俺に対して、謝り続ける瑠一郎の事を俺はそう言って制止させた。
今はこんな事で瑠一郎の体力を使わせるべきではない。

「言い訳やお説教は、無事に戻ってからだ。竈門少年。すまないが、ここに大至急、隠部隊を――」
「ダメです」

一刻も早く瑠一郎の事を治療すべく、ここに隠部隊を連れて来るようにそう竈門少年に頼もうとしたその時だった。
それを止めさせたのは、他ならぬ瑠一郎だったのだ。

「兄上……私より、兄上や他の人たちを先に治療してください……今の私にはきっと……何をやっても無駄だと思いますので……」
「なっ、何を言っているんだ! そんな事、やってみなければ……っ!?」

自分の事よりも、他人の事を優先的に救おうとする優しい瑠一郎。
こんな優しい彼の何処が一体鬼だというのだろうか? ましてや、化け物などではない。
治療を優先すべきなのは、この中で最も重症である瑠一郎だと、誰もがわかるという事なのに……。
それを抜きにしても、俺は瑠一郎の事を救いたいと思っていた。
俺にとって、瑠一郎は……。
それだというのに、まるで俺の事を宥めるかのように瑠一郎の手が俺の顔へと伸びた。
俺の顔を触れた瑠一郎の手は、まるで氷のように冷たかった。

「…………あぁ……兄上の身体は……今でもとても……暖かいですね。…………よかったぁ」
その手の冷たさに驚いている俺に対して、瑠一郎はそう言って優しく微笑んだ。
そして、その緋色の瞳から次第に涙が溢れ出していく。

「……本当に……よかった……。私は……ちゃんと……あの夢を……変えることが出来て…………」
「あの夢? 瑠一郎、お前は一体何を言って――――」
「兄上……。私は、ずっと……兄上に言えなかった事がありました。言っても……到底信じてもらえない事が……」

そう言って優しい笑みを浮かべながら、全てを話し始めた瑠一郎の言葉に、俺は言葉を失うしかなかった。









悪夢シリーズの第25話でした!
今回で漸く猗窩座との決着は着きました。
猗窩座殿は、鬼なので、やっぱり、自分がいいようにしか解釈が出来ていない気がします。故にあんな行動を取っています。
それにしても、森を焼き進んで進む煉獄さんは、ある意味凄いというか怖いですねwww

【大正コソコソ噂話】
その一
基本鬼は眠る必要がない為、夢自体も見ないです。
その為、猗窩座は、無惨に鬼にされたタイミングで人としての最後の夢を見ています。

その二
瑠一郎がした夢渡りは、未来だったり、過去でもある可能性があります。
今回の場合は、猗窩座が最後に見た夢(過去)と繋がってしまった形となります。
瑠一郎にとっては、つい最近の出来事ですが、猗窩座にとって、鬼になった直後からその夢で見た人物を追い求めていた事になります。

その三
今回は、あくまでも猗窩座目線と煉獄さん目線で書いていたので、表現できていませんが、炭治郎くんは猗窩座に向かってこの後も暫くはずっと叫び続けています。
その中には、原作や映画であったあのセリフ(人間の方が何時も不利な戦いをしている事)も言っていました。

その四
ハクのあの声が聞こえていたのは、あの場にいる人物では、瑠一郎・煉獄さん・猗窩座の三人のみです。
炭治郎くんは、何も聞こえていないですが、煉獄さんが決して闇雲に奥義を放っていない事は直感でわかっていました。
※瑠一郎や猗窩座の匂いも感じ取っていた為


R.3 12/26