(あぁ……今のお前の表情は、堪らくいいぞ、瑠一郎……)

俺がどれだけ攻撃しようと、言葉をかけようとも、決して心を乱す事なく俺と対峙し続けていた瑠一郎。
その瑠一郎の表情がやっと大きく崩れた。
俺の言葉を聞いて、余裕がなくなってきたその表情が堪らなくいい。
あの言葉でそんな表情になったのは、やはりお前自身もその自覚があったからなんだろう?
その事をずっと否定し続けて、騙し騙し生き続けて人として在り続けようと無理をしていたのだろう?
でも、もうそんな事を瑠一郎は、する必要はないんだ。

(あと一押しだ……)

今の瑠一郎になら、俺の言葉でも容易く響く。言葉を畳みかけろ。
そうすれば、きっと――。

「……瑠一郎。お前は、ずっとその事を独りで悩んでいたのだろう? 人とは違う事に、でも、もうそんな事で悩む必要などない」
「…………」
「もう、お前が苦しむ必要なんてないんだよ。ずっと、俺と一緒にいよう、瑠一郎……」
「…………」

俺の言葉を聞いても瑠一郎は、すぐには言葉を返してくれなかった。
だが、その美しい緋色の瞳は、明らかに揺れていた。
あと少し。あと少しだとそう思って、さらに口を開こうとしたその時だった。

「…………もし、私が鬼になると言ったら……」

その言葉を瑠一郎の口から引き出せた瞬間、俺の勝ちは決まったも同然だと思ったんだ


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


本当は、ずっと前からわかっていた事だった。
私が人とは何かが違うという事は……。
だから、ずっと、本当の居場所は何処なのか捜し続けていた。
私が生まれてきた意味を、その答えも知りたくて捜していた。
でも、その答えに気付き始めた時、その真実から目を逸らし続けてきた。
ハクに真実を教えて欲しいと言っておきながら、決してその事に踏み込んでまで訊こうとはしなかった。
ハクは、間違いなく本当の私が何者なのか知っていた。
ずっと、私の中にいたのだから……。
だから、ハクに〝知る必要がない〟と話す事を拒否された時、内心ホッとしてしまった。
もしかすると、ハクはその事にも薄々気付いていたのかもしれない。
でも、今、残念な事にその逃げてきていた真実を猗窩座によって突きつけられてしまった。
全集中の呼吸が使えない上、謎の化け物たちに付き纏わられる日々。
こんなのとても普通の人間ではあり得ない事だ。
だから、何度も思った事がある。
私も本当は、あの化け物たちと同じ存在で、そちら側に引きずり込もうとしているのではないかと……。
呼吸についてもそうだ。最初から呼吸が使えなくても、剣術さえ磨き続けていれば、稀に日輪刀の色が変化する場合があると聞いた事があった。
その事があったから、ずっと諦めずに剣術を磨き続けてきたのだった。
でも、私の日輪刀は、決して〝望んだような色〟には変わる事はなかったのだ。
兄――杏寿郎のような美しい赫き刃にはならなかったのだ。
本当に、この事実は、私にとって、何処までも残酷なものだった。
そんな私の本性を、あの時に父上もすでに見抜いたからきっと殺そうとしたに違いない。

「…………もし、私が鬼になると言ったら……」

だからかもしれない。そう無意識のうちに口が動いていたのは……。

「私が鬼になる事を応じたら、ここにいる者は、誰も手出ししないという事を約束出来ますか?」

私がどう足掻いたって、この手で猗窩座の頸を斬り落とす事は出来ないのだ。
それなら、私が鬼になる事で、杏寿郎たちの身を守れるなら、私は〝人としての死〟を選ぶべきではないかと考えてしまった。
そんな事を考えてしまうくらい、私の心はもう限界に近かった。

「……あぁ、もちろんだ! 瑠一郎!」

その瑠一郎の言葉を聞いた猗窩座は、嬉しそうに笑って頷いた。

「俺が欲しいのは、お前だけだ。それ以外の奴など、もう興味はない。お前が俺と一緒にいてくれるのなら……杏寿郎たちとも一切関わらないさ」

そう猗窩座は、瑠一郎に対して甘言を続けた。

「瑠一郎。お前のその苦しみも痛みも本当の意味で理解してやる事が出来るのは、俺だけだ。お前は、俺と同じなんだよ。だから……一緒にいよう」

決して頷いてはいけない甘い誘惑を猗窩座は、瑠一郎に囁き続ける。
ちゃんとその誘いを断らなければいけないと、頭の中ではわかっていた。
でも、もうそれに心は、ついて来られなかった。

「…………わかった」

もう自分自身は、どうなってもいいと思った。
杏寿郎たちさえ守れれば、もうそれで――。

「その誘いに私は――――」
「ふざけるなああぁぁっ!!」
「!!」

そう瑠一郎が言いかけたその時、辺りに物凄い声量の怒号が木霊した。
その声に瑠一郎は振り返ると、そこには杏寿郎の姿があった。
杏寿郎は、青筋を立てて怒っていた。
やはり、杏寿郎は、こんな愚かな選択をした私に対して、怒っているようだった。

「瑠一郎の事をわかっていないのは、お前の方だぁっ!」
「あっ、兄上……?」

だが、すぐにそう発した杏寿郎の言葉に瑠一郎は正直困惑した。

「瑠一郎は、人の痛みがわかる優しい子だっ! 自分の事より、他人の気持ちを優先して寄り添える子だっ! その優しさに俺も何度も救われているっ! そんな瑠一郎がお前と同じなわけないだろうがぁっ!」
(私が……救った? 兄上の……事を?)

杏寿郎の言葉に、杏寿郎の笑顔に……。
ずっと、救ってもらっていたのは、私の方だったはずなのに……?

「それに、瑠一郎! お前は、呼吸を使えないんじゃないっ! 使えなくなってしまったんだぁっ! 俺は知っているっ! お前があの舞を練習していた時に無意識のうちに呼吸を使っていた事を! あの日のショックでその全てを忘れてしまっただけだっ!!」
(私が……呼吸を使えていた?)

父上の為に隠れて練習していたのに……。
杏寿郎は何時、それを見ていたのだろうか?
それにそんな事、全然、憶えていなかった。
あの時は、あの舞を夢で見た通りに踊る事だけを考えていたのだから……。
あの舞を綺麗に舞える事がとても楽しかったから、それ以外な何も考えていなかった。

「だからこそ、俺は断言出来る! 瑠一郎は、決して鬼になる為に生まれた存在ではないっ! ましてや、化け物などでもないっ! 瑠一郎を侮辱するな! 瑠一郎は――――」

本当だったら、そんな大声を出す事すら、辛いはずなのに、杏寿郎は決してそれを止めようとはしなかった。
本当だったら、そんな事すぐに止めさせないといけないのに、動けなかった。
代わりに心の中に何か熱いものが込み上げてきた。

「瑠一郎は、俺の弟になる為に生まれて来たんだあぁっ!!」
「っ!!」
(あぁ……兄上……貴方は……どうして……)

どうして、貴方は、何時もそうなんですか?
どうして、貴方は、何時も本当に欲しいと思っている言葉をくれるんですか?
どうして、貴方は……。
そう、だから、私は――――。

「…………兄上……ありがとうございますっ」

瞳から自然と溢れ出すものを止める事が出来ないまま、瑠一郎は笑って杏寿郎に向かってそう言った。
ありがとう、そして、ごめんなさい……。
貴方は、こんな私の事をまだ、弟だと言ってくれている。
私より、私の事を信じてくれている。
こんな嘘つきな私の事を……。
なら、私は、それに応えないといけない。
いや。今だったら、何でも応える事が出来るような気がした。
そして、もう覚悟も決まった。
貴方のその言葉が私の事を繋ぎ止めてくれたから……。

「もう大丈夫ですから……。私は……絶対に……鬼にもなりませんから……」
「りゅっ、瑠一郎……?」
「杏寿郎おおおぉぉぉっ!!」

涙を流しながら、そう微笑んでそう言った瑠一郎に対して、杏寿郎は思わず息を呑んだ。
そして、この距離からは決して届かないとわかっているのに、瑠一郎へと手を伸ばしてしまった。
そうしないと、瑠一郎が今にも消えてしまいそうな錯覚に陥ってしまったからだ。
だが、それを距離の事もあるが、邪魔するかのように一つの怒号が遮った。
それは、紛れもなく猗窩座のものだった。

「あともう少しで瑠一郎は、鬼になる事を選んで俺のものなったのにっ!!」

二人のそのやり取りを、美しい涙を流しながら言った瑠一郎の言葉を聞いた猗窩座は、瑠一郎に対しても鬼になる勧誘が完全に失敗したという事を理解した。
だが、それに対しての怒りを瑠一郎ではなく、杏寿郎に対して向けたのだった。
杏寿郎があそこで余計な事を言わなければ、間違いなく瑠一郎は俺と一緒になっていたんだ。
瑠一郎の事を心から救えたのは、俺だけのはずだったのに……。それを……!

「もう、これ以上、俺の邪魔をするなっ! 杏寿郎ぉっ!!」
「れっ、煉獄さん!?」
「っ!!」

もっと、早くこうしていればよかった。
杏寿郎を見つけた時にあの弱者を先に殺そうと思って行動した時のように……。
瑠一郎が杏寿郎がいるから鬼にならないと言ったあの時に……。
そうすれば、もっと、別の結果になっていたに違いない。
先に杏寿郎を殺していたら、瑠一郎はもっと俺に感情を露わにして、判断を鈍らせる事が出来たかもしれない。
だが、今はもうそうんな事はどうでもよかった。
ただ純粋にその怒りを杏寿郎にぶつけたかった。
あの身体では、今の杏寿郎では、俺の攻撃を受け止める事は出来ないとわかっていた。
ましてや、他の誰も、俺の攻撃を止める事もできないと……。
だが――――。

「…………どういうつもりですか?」
「!?」

その拳が杏寿郎に当たる事はなかったのだ。

「貴方は、今、私を相手にしていたはずです。それなのに……手負いで真面に動く事が出来ない兄上を狙うだなんて……」

それは、他でもない瑠一郎が、その拳を日輪刀で受け止めたからだった。

「貴方には、正直ガッカリしました」
(! ばっ、馬鹿なっ! こんな事……流石にあり得ないぞっ! 瑠一郎!?)

瑠一郎。お前は、杏寿郎たちに被害が及ばないようにする為に敢えてこいつらと距離を取って俺と戦っていたはずだ。
だから、普通だったら、俺の今の攻撃を杏寿郎から守る事なんて流石のお前にも出来るはずがないのだ。
そう。呼吸が使えないお前には……。
そして、そんな事を考えていたのは、猗窩座だけではなかった。
この場にいる誰もが今の猗窩座の攻撃を杏寿郎から守れないと諦めていた。
そして、今の状況が信じられないといった感じで誰もが見入っていた。

「…………兄上、すみませんでした。私は……ずっと、兄上に嘘をつき続けていました……」
「りゅっ、瑠一郎? ……!」

そんな中、瑠一郎の声だけが辺りに静かに響いた。
そして、それに共鳴するかのように瑠一郎の日輪刀にも変化が現れ始める。
猗窩座の拳を受け止めていた刀身辺りから、まるで罅でも入ったかのように徐々に亀裂が広がっていき、何かがハラハラと落ちていく。

(あぁ……この刀も……もう限界でしたか……)

ずっと、猗窩座の攻撃を受け止め続けていた日輪刀もその衝撃には、耐えられなかったようだった。
もう隠す必要などない、己を偽るなと、そう己の日輪刀にも言われているような気分になり、瑠一郎はより一層日輪刀を強く握り締めた。

(……思い出すんだ。あの時の……感覚を……!)

あの時の、ただ楽しく舞を踊っていた感覚を思い出せ。
杏寿郎の言っていた事が本当なら、私は――――。

「オレは……何度、お前に兄上を奪われてきたと思っているんだぁっ!!」
(心を燃やせ! そして、限界を超えろっ!! その先ある、兄上が生きられる未来を創る為にっ!!)

その瑠一郎の想いに応えるかのように、瑠一郎の日輪刀が真の姿を露わにした。
特殊な塗料を使って隠されていた本来の刀身の色は、赤黒。
だが、その色もすぐに変化し始めた。
まるで、そこに炎が燃えあがっているかのように赫い刃へと変化していく。

「今度こそ! 兄上の事を絶対に殺らせるものかああぁぁっ!!」
「がああぁぁっ!?」

そして、あの舞を踊りながら、瑠一郎は猗窩座に鮮やかな斬撃を放ち、一気に吹っ飛ばした。
その時の瑠一郎の右額にある火傷は、炎の華が咲いたような鮮やかな痣へと変わっていたのだった。









悪夢シリーズの第23話でした!
まだまだ、猗窩座との対決が続きました!!
前回のお話で、猗窩座にメンタルをやられた瑠一郎でしたが、何とか煉獄さんのおかげで復活しました!
実を言うと、今回の場面がこのお話を書きたいなぁと思ったうちの一つでした!
自分にとって大切な存在に対してあんな事を言われたら、間違いなく煉獄さんはブチ切れてくれると思っています。

【大正コソコソ噂話】
その一
猗窩座がお喋りが好きなのは、狛治だった頃に何気ない会話で恋雪ちゃんの心の支えになれたことをわかっている為です。
故に何気ない会話で誰かを救えると思っているので、瑠一郎に対しても、そう言う意図でどちらかと話しています。

その二
瑠一郎が使っていた歴代の日輪刀は、瑠一郎の戦いに巻き込まれて死んでしまった隊士の日輪刀を主に使用していました。
ですが、自分用ではない刀だった為、すぐに折れてしまって使い物にならなくなっています。
その為、とある鍛冶士に自分の日輪刀を新たに打ち直してもらった時、色が変わっていないように偽造してもらうようにお願いしたのでした。

その三
瑠一郎が目指していた日輪刀の色は、煉獄さんと同じように美しい赫刀でした。
その為、鍛錬を続けた結果、日輪刀の色が変わった時、その色が余りにも理想とは違い過ぎた為、色が変わらなかった事を偽装し続けていたのでした。
※正直、この色が不吉な色だと瑠一郎は、炭治郎くんと会うまでは思っていました。

その四
あのタイミグで煉獄さんが声を上げなかった場合は、代わりに炭治郎くんが猗窩座に対してキレてました。
大好きな瑠一郎の事を化け物呼ばわりされたので「瑠一郎さんが化け物わけないだろうがぁっ!!」とキレていたかもしれません。
ただ、炭治郎くんの言葉より、やっぱり煉獄さんの言葉の方が瑠一郎には、響いていたかもしれません。


R.3 11/27