(…………くそっ! 一体……どうなっているんだ!?)
明らかにいつもとは違う状況に瑠一郎は、次第に焦りだす。
いつもだったら、もう姿を現さなくなってもおかしくないくらいの数を今の瑠一郎は相手にし、滅していた。
それだというのに、今晩に限ってはまるで底なし沼の如く、どんどん湧いて出てくるのだ。
それは、まるで――――。
(まるで、私の動きを封じているような……。ですが、一体……何故……っ!?)
そう考えた直後、瑠一郎は、思わず息を呑んでしまった。
遠くの方から聞こえてきた地響きを聞いてしまったから……。
~悪夢は夢のままで終わらせよう~
(嘘だ……。何で……?)
この地響きの正体を瑠一郎は、知っていた。
あれは、上弦の参である猗窩座がここにやって来た時に聞こえてたものだ。
つまり、もう猗窩座は、杏寿郎と……。
(急がなければっ!!)
早くこの化け物たちを全て倒して、杏寿郎の許へと行かなければ……。
一体でも残してしまえば、逆に杏寿郎や炭治郎の命を危険に晒し兼ねない。
だから、全てを倒し終わるまではここからは動けなかった。
急がなければ……。早く、兄上の事を……。
――――ソシテ……オ前ダケ……ユメヲ……叶エルノカ?
「…………えっ?」
突如、脳に直接響くようなその声に瑠一郎は、瞠目した。
――――オ前タチハ……タノニ…………自分タチダケ……叶ウノカ? ソンナノ…………ズルイッ!!
言葉は、途切れ途切れで何を言っているのかよくわからなかったが、それは間違いなく瑠一郎の目の前にいるあの化け物たちから発せられているものだという事はわかった。
それが、瑠一郎が初めて聞いた化け物たちの叫びだった。
――――ズルイッ! ズルイズルイズルイズルイズルイズルイ!! オ前タチ……バカリ! サ……門…………セロッ!!
「! りゅっ、瑠一郎さんっ!?」
「っ!?」
その悲鳴に近い叫び声に瑠一郎の判断が一瞬鈍った。
それを化け物たちは、見逃さなかった。
その危険を報せるかのように、善逸の声が辺りに響いたが、上手く動けなかった。
一体の化け物の鋭い爪がもうそこまで迫っていた。
もう刀で防ぐのも間に合わない。そう瑠一郎は思った。
だが、それが瑠一郎の事を捉える事はなかった。それは――――。
「んっ!!」
「ねっ、禰豆子ちゃん!?」
そう。彼女が、禰豆子がその鋭い爪で化け物を切り裂いてくれたからだった。
その光景に瑠一郎は驚いた。
「ねっ、禰豆子ちゃん……? 貴女は……普通に……戦えるの……ですか?」
「ム?」
その質問に禰豆子は、不思議そうに目をパチクリさせてから、コクコクと頷いてその瑠一郎の言葉を肯定した。
やはり、彼女は、何処か特別なのかもしれない。
彼女は、普通の鬼とも何処か違うのだから……。
「ムムーッ!!」
「ねっ、禰豆子ちゃん!?」
そして、禰豆子はそのまま化け物たちへと向かっていき、攻撃を始めた。
〝人は家族。傷付けない。守る存在。〟と、炭治郎の師である鱗滝左近次によってかけられた暗示により、禰豆子は瑠一郎の事を襲う化け物たちの事も敵とみなしたのかもしれない。
それに禰豆子自身も妙に怒っているように瑠一郎には、何故かそう見えてしまった。
そして、本来だったら、その禰豆子の行動を止めなければいけないというのに、それをする事に戸惑ってしまっていた。
禰豆子は、他の隊士たちとは違って、全く戦意を喪失する事なく、どんどん化け物たちを倒していくから……。
(…………ここは、禰豆子ちゃんにも……協力してもらうべきかもしれない)
いつもだったら、絶対にそんな事はさせなかった。
でも、彼女なら、きっと……。
「…………禰豆子ちゃん! 絶対に無理はしないようにっ!!」
「ムーッ!」
その瑠一郎の言葉を聞いた禰豆子は、何処か嬉しそうに頷くと再び化け物たちを倒していく。
そして、瑠一郎もまた、気を取り直して化け物たちと片付け始めるのだった。
* * *
(…………おっ、終わった)
禰豆子の力を借りて、漸く瑠一郎は最後の一体も倒し終えた為、刀を鞘へと納めた。
そして、すぐさま善逸の許へと駆け寄った。
「善逸くん! 大丈夫ですか!? 怪我とかしませんでしたか!?」
「あっ、はい……。ただ……まだ、上手く力が入らなくて……それ――」
「! ほっ、本当にそれだけですか!? 何処も具合とか、悪くなっていないですか!?」
「ほっ、本当に俺なら、だっ、大丈夫ですから……」
「……本当……ですか? ……よかった……」
そして、何度も善逸の身におかしな事が起こっていないかと瑠一郎は確かめた。
その只ならぬ瑠一郎の様子に加え、瑠一郎に急接近された善逸は、それに驚きつつも自分が大丈夫である事を瑠一郎に伝えた。
その善逸の言葉を聞いて、漸く瑠一郎も安堵した。
そして、嬉しくも思った。
初めてだったから……。
こんな風にこの戦いに巻き込んでしまって、死なせずに済んだのは……。
「ムーッ!」
すると、善逸の事ばかり気にかけているのが気に入らなかったのか、それを主張するかのように禰豆子が瑠一郎にいつものように撫でて欲しいとアピールをしてきた。
「あっ、禰豆子ちゃんも大丈夫でしたか? 奴らと戦って、気分とか悪くなりませんでしたか?」
「んー!」
「そうですか。よかったです。……ありがとう、禰豆子ちゃん」
「んー♪」
瑠一郎の問いにも禰豆子は、コクコクと頷き大丈夫だと主張する。
それを見た瑠一郎は、優しい笑みを浮かべると禰豆子の頭を撫でてやった。
それだけの事なのに、禰豆子は満足そうな笑みを浮かべた。
(…………急がなければ)
さっきの戦いでかなり時間を費やしてしまった。
正直、善逸の事が心配だったが、もう行かなければ……。
そうしなければ、兄上を――――。
「…………善逸くん。すみませんが、身体が動けるようになるまで、ここで大人しくしていてください」
「えっ? 瑠一郎さんは……何処に?」
「私は、兄上たちの許に向かいます。……兄上たちは、上弦の参と遭遇してしまって、戦っていますから……」
「えっ? えっ!? なっ、何で、上弦の参がっ!?」
瑠一郎の言葉を聞いた善逸は、その事にただ驚く事しか出来なかった。
「ですから、善逸くんたちは、ここに――――!」
そう言って瑠一郎は、すぐさまその場から離れて、杏寿郎たちの許へと向かおうとした。
だが、その瞬間、瑠一郎の片足が急に重くなり、動けなかった。
それの原因を確認する為、瑠一郎は視線を落とすと、そこには自分の足に抱き着いて離れようとしない禰豆子の姿があった。
「! 禰豆子ちゃん!? ……すみません。放してくれませんか?」
「んー!」
その事に驚きつつも瑠一郎は、そう禰豆子にお願いしてみたが、禰豆子は首を思いっきり横に振ってそれを拒んだ。
「ねっ、禰豆子ちゃん? ダメだよ、瑠一郎さんを困らせちゃ……。放してあげなよ……」
「んー! んーっ!!」
「禰豆子ちゃん……」
そんな禰豆子の行動に善逸も困惑しつつ、そう声をかけてくれたが、それでもダメだった。
正直、こんな禰豆子の行動は初めて見た。
いつも頭を撫でて欲しいと強請ったり、抱き着いてくることはあったが、それもある程度してやれば、満足して自ら放れてくれる。
だが、今は違った。まるで、瑠一郎の事を足止めしているように瑠一郎の目には映った。
もしかしたら、彼女は感じ取ってしまったのかもしれない。
瑠一郎の覚悟を……。このまま行かせてしまったら、どうなってしまうのかを……。
「…………禰豆子ちゃんは…………本当に優しいですね」
だから、瑠一郎は苦笑しながら、禰豆子の頭を優しく撫でてやった。
「禰豆子ちゃんは、私の事を心配してくれているんですよね。ですが……私も同じなんです。私も、兄上や炭治郎くんの事が心配で堪らないんです。だから……私の事を行かせてくれませんか? 私に……二人の事を守らせてください」
「…………」
そして、禰豆子へと視線を合わせてそう言った。
君が私や炭治郎くんの事を大切に想ってくれているように、私も同じ気持ちでいる事を伝えたくて……。
そんな瑠一郎の緋色の瞳を禰豆子は、ジッと見つめていた。
そして、それから暫くしてから、禰豆子は観念したかのように、ゆっくりと瑠一郎の片足から手を放して、解放した。
「ありがとう、禰豆子ちゃん! ……善逸くんは、まだ、真面に動けませんから、禰豆子ちゃんは、ここにいて善逸くんの事を守ってあげてくださいっ!」
それを見た瑠一郎は、禰豆子の頭のもう一度だけ優しく撫でるとそう言った。
そして、禰豆子の返事を聞く事なく、瑠一郎は杏寿郎たちの許へと急いだ。
だから、この時の瑠一郎は、気付かなかったのだ。
彼の近くに今にも消えてしましそうな弱々しい光が漂い、瑠一郎の向かった方にゆらゆらと飛んでいったのを……。
悪夢シリーズの第19話でした!
前回に引き続き、化け物たちと戦う瑠一郎のターンとなります。
そして、そこにまさかの禰豆子ちゃんが参戦しました!!:*+.\(( °ω° ))/.:+
結構文字だけでホラーな感じを表現するのって、難しいですね。。。
すぐに煉獄さんの許に行きたいのに、なかなか先に進めない瑠一郎でした(ノ)・ω・(ヾ)
【大正コソコソ噂話】
その一
化け物の咆哮を聞くと殆どの人が恐怖に襲われて動けなくなってしまいます。
そのせいで瑠一郎は、隊士たちの事を守り切れず、死なせてしまった事が殆どでした。
それを少しでも未然に防ぎたく、任務の内容が簡単な癸にいる事に拘り、なるべく単独行動で任務をできないかをしのぶさんに相談していました。
※階級が上がってしまうと、その分難易度の高い任務に行くことが増えたり、場合によっては他の隊士を指揮しなければならなくなるためです。
その二
瑠一郎が今までこの戦いに巻き込んでしまった隊士は、ほぼ死亡しています。
助かった人もいますが、その人は廃人状態となっています。
その為、ほぼ無傷で助かったのは、善逸くんと禰豆子ちゃんが初めてです。
その三
禰豆子ちゃんは、瑠一郎に会うと必ず撫でてもらう事を催促しています。
そして、今回禰豆子ちゃんの頭を撫でた時、いつも以上にその手が優しく感じてしまった為、禰豆子ちゃんはこのまま瑠一郎がどこかに消えてしまいそうな錯覚に陥りました。
その為、炭治郎くんたちの許へは行かせないように駄々をこねたのでした。
R.3 9/25