「っ!!」

炭治郎たちが魘夢の頸を斬り落とした直後、車両で乗客たちを守り続けていた瑠一郎もその異変を感じ取っていた。
ついさっき聞こえてきたけたたましい鬼の叫び声がまた辺りに響き渡ったかと思うと、車両が大きく歪みだす。

(兄上たちがやってくれましたか……?)

これは間違いなく、魘夢が頸を斬られた為の断末魔だろう。
その断末魔は、夢で聞いたものによく似ていた。
だが、断末魔が聞こえてきた間隔が、夢より早かった。
それは、杏寿郎が戦いに加わったからかもしれない。
そして、あの夢のように、魘夢が最期の足搔きとばかりに触手が一斉に眠っている乗客たちへと伸びる。

「……本当に最期まで往生際の悪い鬼ですねっ!!」

だが、それを瑠一郎が許すはずもなかった。
夢の中で杏寿郎がやっていたように、いや、それ以上の速さで瑠一郎はその全ての触手を斬り落としていく。
そして、制御が利かなくなった汽車の横転の衝撃を少しでも和らげるべく、斬撃を放ち続けてるのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「…………はぁ~。何でこんな地味な事、俺様がしないといけないんだよ……」
「それは、宇髄さんが派手に報告書の作成を溜め込んでいたからですよ。まぁ、要するに……自業自得って奴です♪」

大きく溜息をついてそう言った宇髄に対して、しのぶは笑みを浮かべると正論を返した。
今、二人がいる場所は、鬼殺隊本部にある資料室の一室だった。
鬼殺本部では、これまでの鬼や指令に関しての情報をちゃんと資料にしてまとめて保管している。
そして、隊士たちは己の任務の結果を報告をまとめる決まりもあった。
大抵の隊士については、己の鎹鴉を使って隠部隊にその内容を伝達する事で事足りるのだが、柱クラスにもなれば、それだけでは済まなかった。
倒した鬼についてのより詳細な情報を求めらえる為、柱本人で報告書を作成する必要があるのだ。
それもこれも、少しでも人々を鬼からの被害を減らす為に必要な事なので、仕方のない事ではあるのだが、面倒くさがりの宇髄や字は読めるが書けない不死川は、これを疎かにしがちであったりする。
その為、しのぶが頃合いを見ては、二人をそれぞれ呼び出しては、こうやって報告書を書かせるようにしているのだった。

「つーか、何で俺様だけなわけ? 不死川の奴は?」
「残念ながら、今回は不死川さんはちゃんと期日までに全ての報告書を出し終えていますよ」
「ゲッ! マジかよっ!! 一体、どうやったんだよ!?」
「さぁ……私も詳しくは知りませんけど、何でも代筆してくれる人が上手いみたいですよ」
「え~っ! 誰だよそいつ! 俺様もそいつに代筆頼みたいわ;」

不死川の話をちゃんと聞けて、その内容をちゃんと報告書に纏められる奴なんて、マジで優秀な人材じゃねぇか。
今度、あいつに会ったら、誰なのかを絶対に確認しようと、宇髄は思った。
そんな宇髄の様子を見たしのぶは、呆れたように息を吐く。

「……とにかく、さっさと、それ書いてくださいね。私だって、そんな暇じゃないんですからね。今日は、たまたまここに用事がありましたけど、そうじゃなかったらもうとっくに怒ってますからね」
「はぁ……そうですか; ってか、胡蝶の用事って?」
「ちょっと、煉獄さんにお願いされて調べ物をしているんです」
「えっ? 何それ? 煉獄が調べ物?」
「宇髄さーん♪」
「あっ、はい……やります;」

正直、しのぶの用事内容が気になって仕方ない宇髄だったが、その怖い笑みを見せられたら、一端は諦めるしかなかった。
なので、仕方なく報告書作成に専念する事にした。
だが、どうしてもこういった地味な作業は、過去の経験の反動のせいか、好きにはなれなかった。
だからと言って、やらなければ、しのぶがここから出してくれるわけでもない。

(仕方ねぇ。ここは、他の奴が書いたのを参考にするか……)

こういう時は、過去に作成されたものを参考にして書くのが一番手っ取り早い。
そいう言う意味では、やはりこういった報告書があるのは助かるし、敢えてここを作業場として選んだしのぶの機転が利いていると言っていいだろう。
そう思いながら、宇髄は大量にある報告書の棚の中から無造作に一つを選んでそれを開いた。
だが、その内容を見た途端、宇髄の顔は険しいものへと変わった。

「おい、胡蝶! 何だよ、この報告書は!? よくこんなんで、許されてるな!」
「他人が書いたものを真似して書こうとしているあなたよりは、マシだとは思いますが……」
「うっ、うるせぇな! それにしても、これはヒド過ぎるだろ! お前もこれ、読んでみろよ!!」
「はいはい。わかりましたから、もう少し落ち着いて――――っ!?」

納得いかないとばかりにそう訴える宇髄の言葉を聞きながら、しのぶはその報告書を受け取り確認した。
そして、それを見た途端、しのぶの表情も一変する。

「…………宇髄さん。この報告書は、一体どちらに?」
「ん? 確か……そこの棚に……って、胡蝶!?」

宇髄の言葉を聞き、彼が指さす方向を確認したしのぶは、すぐさまそこにある報告書を全て読み始めた。
そして、その中のいくつかの報告書を目にしたしのぶは、己が考えていた事が徐々に確信へと変わり、あの事が全て真実であった事を理解した。

(…………どうして? どうして、今まで気付かなかったの!?)

今見たら、これはどう見たっておかしいとわかるのに、どうして……。

「……何だよ、これ? 同じような報告書が一つや二つじゃねぇし……それに……」

そんなしのぶの上からその報告書を覗き込んでいた宇髄もそう声を上げた。
そして、彼もまた、それらの報告書にある魔訶不識な共通点に気付いてしまった。

「この報告書……全部、あいつの名前があるじゃねぇかよ! 何でだよ?」

そう。宇髄の言う通り、その報告書には必ず〝煉獄瑠一郎〟の名が鬼の討伐参加者として記されていた。
だが、本当におかしなところは、そこではない。
彼の名前が記されているところまでに妙な空白が空いているのだ。
そこに、何名か名前が記されていてもおかしくないような空白が……。
鬼狩りは、単独だけでなく、複数名で合同に任務を行う事なんてざらにある。
だから、最終的に誰が鬼の頸を斬ったに限らず、その任務に参加した者、そして命を落とした者も全て記録として残しておく事になっている。
だが、これらの報告書には、その痕跡がまるで残されていなかったのだ。
まるで、最初から瑠一郎しか、これらの任務に関わっていなかったかのような……。

――――お願いだよ、しのぶちゃん! ……こんな事、しのぶちゃんくらいにしか、お願いできないんだよ……。

その時、しのぶの脳裏に過ったのは、いつの日かの瑠一郎の姿だった。
そう言った瑠一郎は、しのぶに頭を下げてある事を頼み込んできたのだった。
だが、その頼みをしのぶは、あっさりと断ったのだ。

――――駄目です。いくら、私が柱だからと言っても、全ての任務の内容を操作する権限はありませんから……。
――――べっ、別に全てのをお願いしているわけじゃないんだよ。……なるべく、私の任務は、単独のものにして欲しいとお願いしているだけで……。
――――それが難しいと言っているんですよ? 瑠一郎さんは、私の継子では決してありませんし……。あと、そんなに単独行動をしたいのでしたら、誰にも文句を言われないように上の階級を目指したらいいじゃないですか?
――――そっ、それが出来ないから、こうやって、しのぶちゃんにお願いを――。
――――それは、煉獄さんの事を気にしているからですか?
――――っ!!

しのぶがそう言った瞬間、瑠一郎の表情が凍り付いた。それを見たしのぶは、呆れたように溜息をつく。

――――……瑠一郎さん。あなたは、私たちと対等な立場になるくらいの実力は、もう既に持っています。そして、私もそれを望んでいます。……もっと、自分自身に自信を持ってもいいんじゃないですか?
――――…………それは違うよ、しのぶちゃん。私が、癸でいたいのは……決して兄上とは関係ない事なんだよ。これは……私自身の問題で……誰も巻き込みたくないから……。

そう言った瑠一郎の表情は、酷く哀しいものだった。
それを聞いたあの時のしのぶは、自分の気持ちは瑠一郎に届いていないのだと、酷くガッカリしてしまっていた。
けど、実際は、痛いくらいそれが伝わっていたから、彼がああ言うしかなかったのだという事に、今頃になって気付いてしまった。
そして――――。

「…………胡蝶?」

そして、気が付いた時には、しのぶの瞳からは涙が溢れ出して止まらなくなってしまっていた。
その涙は、ポタポタと頬を伝って落ち、報告書を濡らしてしまった。
それを見た宇髄が心配そうにしのぶに声をかけた。

「……っ! ……本当に……私は……馬鹿でした。……瑠一郎さんは……もうとっくの昔に私には……助けを求めて来ていたのに……っ! それに私はこれを見るまで全く気付かなかったなんて……っ!」

杏寿郎さんにあの話をするよりも前に瑠一郎さんは、頼みに来てくれていたのに……。
あれは、彼なりに考えて私に助けを求めに来てくれていたのだ。
普通に話しても信じてもらえないような話を如何に他人を巻き込まずに片付けるようにする為に考えての行動だったのだ。
それなのに、私は、そんな彼の気持ちも、想いもちゃんと聞かずに、その助けを求める手を払い除けてしまったのだ。

「……本当に……私って……最低ですね」
「…………いいんじゃねぇの? その事にまだ、気付けたんなら?」

そう言ったしのぶに対して、宇髄はそう静かに言った。
それを聞いたしのぶは、驚いたように宇髄の顔を見上げた。

「そういう事って、大抵の奴は気付かずに終わっちまうし……そもそも、俺様なんて、あいつに助けすら求めて来られていないんだぜ? 正直、俺様としては、そっちの方が落ち込むわ」
「宇髄さん……。それは、あなたが事ある毎に瑠一郎さんの胸や尻を触っているからじゃないんですか?」
「! しっ、仕方ねぇだろ! あいつの胸や尻を触ってると落ち着くし……全然無反応だから、色々と反応が見たかったし……」
「……瑠一郎さんがどう思っているかは知りませんが、とりあえず煉獄さんの前でやるのだけは、やめた方がいいですよ? そうしないと、流石の煉獄さんも怒るかと?」
「あ~……それは、マジで気を付けるわ……。煉獄の顔がめっちゃ怖いし……」

その時の杏寿郎の顔を思い出したのか、宇髄の表情が若干引き攣った。
それを見たしのぶは、少しだけ気持ちが楽になり、笑みを浮かべた。

「……まぁ、とにかく、それに気付けたんなら、次気を付かたらいいだけだろ? 後、素直に謝っておけば、少しは気持ちも楽になるだろうし……。つっても、あいつは、煉獄に似てるから、そう言った事は全然気にしないだろうけどなぁ……」
「そうですね。助言、ありがとうございます。宇髄さん」

きっと、彼の言う通り、私が謝ったとしても、瑠一郎さんは笑って許してくれるだろう。
それでも私は、ちゃんとけじめをつける為に彼に謝りたい。
そして、今度こそ、彼の力になりたい。
けど、今、私にできる事は、彼が無限列車の任務から無事に帰って来る事を願うしかないのだった。





* * *





「善逸くん! 禰豆子ちゃん! 大丈夫ですか!?」

横転する衝撃を相殺し続け、漸く汽車が止まったのを確認した瑠一郎は、己の鎹鴉を本部へと向かわせて救助要請を送った。
そして、鎹鴉が飛び立つのを確認すると、瑠一郎はすぐさま、乗客たちの救助活動を行った。
瑠一郎が斬撃を放ち続けた結果、被害は最小限に抑える事に成功できた。
だが、それでも何人かの怪我人を出してしまった。
善逸もその一人である。
斬撃を放つ事に集中しすぎたせいで瑠一郎は、善逸と禰豆子が汽車の外に投げ出されてしまったのを助ける事が出来なかったのだ。
その為、他の乗客たちの容態を確認しながら、瑠一郎は必死に二人の事を捜した。
そして、漸く見つけた二人は、善逸が禰豆子の事を守るように抱き締めている状態のまま二人とも気を失っていた。
また、善逸の右の米神辺りからは、血が滲んでいた。
それを見た瑠一郎は、すぐさま膝を付いて傷の具合を確認した。
頭だった為か、多少の出血はしているようだったが、どうやら掠り傷のようだった。
それに内心安堵しつつ、瑠一郎は善逸の頭を決して動かさないように己が持っていた手拭いで止血しながら慎重に呼びかけた。

「善逸くん。大丈夫ですか? ……善逸くん?」
「…………ん?」

その呼びかけのおかげか善逸の瞼がピクリと動き、徐々に上がると、意識も取り戻していく。

「…………あれ? ……俺……は?」
「善逸くん! よかった……。頭を打っていますから、ゆっくりと起き上がってみてください。……気分は、悪くないですか?」
「……あっ、はい……。大丈夫みたいです……」

瑠一郎の優しい声に促されながら、善逸はゆっくりと身を起こすと自分の状態を確認し始めた。

「えっ? えっ!? ちっ、血が出てる!? おっ、俺、死んじゃうの!?」
「大丈夫ですよ。ちょっと、出血しているけど、傷は浅いから……。でも、まだ、止血が終わっていないから、しっかりそれで押さえて」
「あっ、はい! ……ありがとうございます」

そして、自分が頭から出血している事に気付いた善逸は、一瞬パニックに陥ったが、瑠一郎の言葉を聞いて落ち着きを取り戻す事に成功した。

「…………ん?」

すると、瑠一郎は、己の隊服の裾を誰かに強く引っ張られるのを感じ、そちらへと視線を向けた。
そこにいたのは、いつの間にか目を覚ましていた禰豆子の姿があり、瑠一郎の事をジッと見つめていた。

「あっ、禰豆子ちゃんも気が付きましたか? ……何処か痛いところは、ないですか?」
「んー、んー!」

瑠一郎のその問いに禰豆子は、何処か嬉しそうな声を上げると、瑠一郎の手を掴んで自分の頭を撫でるように促してきた。

「ん? そうですか、よく頑張りましたね、禰豆子ちゃん」
「んー♪」
(あー……何、この羨ましい光景は……。禰豆子ちゃんも……瑠一郎さんも……っ!)

その事に気付いた瑠一郎は、禰豆子の頭を炭治郎がいつもしているように優しく撫でてあげた。
たったそれだけの事なのに、禰豆子は本当に嬉しそうな表情を浮かべた。
そんな二人のやり取りを見た善逸は、どちらに対して羨ましがっていたか、正直わからない感情を抱いてしまっていた。

「…………善逸くん。本当は隠部隊が到着するまでは休んでいて欲しいんだけど……生憎人手が足りなくて……。すみませんが、少しだけ乗客たちの救助を手伝ってもらえないかな?」
「あっ……はっ、はい! 俺に出来る事ならっ!!」
「ありがとう、善逸くん! あっ、でも、無理はしちゃいけないから、気分が悪くなったらすぐに――――っ!!」
「えっ? えっ? なになになに、一体!?」

そう善逸に対して優しく言いかけたその時だった。
瑠一郎は、己に対して、只ならぬ殺気を向けられている事に気が付いたのは……。
その殺気を善逸も感じ取ってしまったのか、驚いたようにそう声を上げた。
そして、禰豆子も不安そうに瑠一郎の事を見つめる。

(おかしい……あまりにも……早すぎる!?)

その殺気の正体を知っている瑠一郎は、別の意味で戸惑っていた。
先程も汽車の中であれほど戦ったというのに、まだ湧いて現れてくるという事に……。
だが、今はその事を深く考えている暇も、余裕も瑠一郎にはなかった。

「…………善逸くん。今から私が言う通りにしてください」

まずは最悪の事態を未然に防ぐ事だけを考えて、瑠一郎はそう優しく善逸に語り掛けた。

「今から目の前に現れる奴らに対して、善逸からは絶対に斬りかからないでください。善逸くんから動かない限りは、奴らは私だけを標的にしますから。あと、善逸くんは耳がいいので、全てが片付くまで耳も塞いでおいてください」
「えっ? それって、どいういう――」

瑠一郎の言葉に疑問を持った善逸がそう口を開きかけた瞬間、あの化け物たちが森の方からぞろぞろと姿を現し出した。
それを見た善逸は思わず「ヒッ!」と声を上げた。

(何だよ、これ!? 鬼? ……いや、違う!? こいつらは……!?)
「善逸くん!?」
「っ!!」

無意識のうちに自分がその化け物の正体を確認しようと耳を傾けていた事に気付いた瑠一郎が慌ててそう叫んで善逸の両耳を手で塞いだ。

「お願いですっ! 奴らの咆哮に耳を傾けないでくださいっ! ……君まで……この事に巻き込みたくないんだ。……お願いだよっ!」
(おっ、俺まで……?)

それについて善逸は、確認してみたかったが、瑠一郎があまりにも必死で辛そうな表情を浮かべていた為、何も訊けなかった。
今は、彼の言う通りに従った方がいいと思い、それを同意した事を示す為、善逸は頷くと自分で己の耳を塞ごうとした。
それに気付いた瑠一郎も善逸の両耳からそっと手を放した。
だが――――。

「っ!!」

それは、ほんの一瞬の間だったはずなのに、善逸の耳はそれを捉えてしまった。
奴らの、化け物たちの声を……。
それを聞いた途端、善逸の中で何も言えない脱力感と恐怖が襲ってきて、身体に力が入らなくなっていくのがわかった。

「善逸くん!!」

そんな善逸の様子にいち早く気付いた瑠一郎がすぐさま善逸の身体を支えた。
そのおかげで善逸が地面にぶつかる事は避けられた。

(あぁ……。やっぱり……ダメでしたか……)

今まで、何度か他の隊士たちをこの戦いに巻き込んでしまった事があった。
奴らは、標的はあくまでも瑠一郎だけのようだったが、たまたま居合わせた隊士たちは鬼だと思い込み、瑠一郎の静止の声など聞かずに斬りかかってしまった。
そのせいでその隊士たちも標的と認識され、襲われてしまった。
その時、あの化け物の咆哮を聞いた途端、隊士たちは何故だか急に恐怖に襲われたように戦意を喪失して動けなくなってしまっていた。
酷い者は、錯乱状態に陥って、自ら命を絶った者までいた。
瑠一郎は、その咆哮を聞いても何ともなかったというのに……。
そのせいで瑠一郎は、隊士たちの事を守れ切れず、死なせてしまったのだ。
だが、その事で一番、瑠一郎が怖かった事は、その隊士たちの事を瑠一郎しか憶えていないという事だった。
まるで、初めから、そんな隊士たちなど存在しなかったかのように、誰一人彼らの存在を憶えていなかったのだ。
だからこそ、瑠一郎は、その戦いに誰も巻き込みたくなくて、なるべく独りで行動して戦うようにしていたのだ。
そして、この時になって、瑠一郎は漸く気が付いた。
ここには、善逸の他にもう一人いた事に……。

「ねっ、禰豆子ちゃん!? 大丈夫ですか!?」

そう、禰豆子だ。慌てて瑠一郎は、禰豆子の様子を確認すると、禰豆子は少し驚いたような表情を浮かべていたが、コクコクと同意するように頷いて見せた。
どうやら、彼女の方は、本当に大丈夫のようだった。
自分以外であの咆哮を聞いて大丈夫な人物を瑠一郎は初めて見た。

「よかった……。では、善逸くんの事をお願いします。奴らは……私の方で片付けますから……」

そのお願いについて禰豆子の反応を確認する事なく、瑠一郎は化け物たちへと歩みを進めた。

(…………急がなければ)

夜明けはまだ近くない。夢よりも炭治郎たちが早く魘夢を倒したから……。
だから、まだ大丈夫だと思いつつも瑠一郎は、内心焦り始めていた。
一刻も早く乗客たちを救助し、杏寿郎をこの場から遠ざけなければいけないというのに……。
そうしなければ、あの夢が現実になってしまう。
猗窩座に杏寿郎が殺されるというあの悪夢が……。

「…………私の邪魔をすると言うのなら……今晩は容赦しませんから……!」

そう言うと、瑠一郎は日輪刀ではない刀を抜刀すると、すぐさま化け物たちへと突っ込んで行くのだった。









悪夢シリーズの第18話でした!
今回は、前半はしのぶさんと宇髄さんとのやり取り、後半が瑠一郎と善逸くん・禰豆子ちゃんとのやり取りとなっています。
まだ、半信半疑ではあったものの、ちゃんとちょうさをしていたしのぶさん。
瑠一郎サイドの方は、初めはほっこりしてたはずなんですけどね。。。
あと、今回の部分は、めちゃくちゃ大正コソコソ噂話が浮かびました(ノ)・ω・(ヾ)

【大正コソコソ噂話】
その一
しのぶさんは、煉獄さんのお願いを受け、他に目撃者がいないかを探していましたが、中々見つける事が出来ないでいました。
そんな時にたまたま宇髄さんが報告書作成を溜め込んでいた為、それを利用して報告書からその人物を特定しようと考えました。

その二
正直のところ、しのぶさんは、煉獄さんと瑠一郎さんの話のやり取りを聞いていても、瑠一郎の話がまだ事実だという事を信じ切れていませんでした。
ですが、報告書の内容を見て、それが漸く事実であり、自分にだけ助けを求めて来てくれていた事に気付くのでした。

その三
不死川さんの報告書の代筆をやっていたのは、もちろん瑠一郎です。
他の隊士たちとは違って、決して嫌な顔一つせず、しかも完璧に報告書をまとめてもらえる瑠一郎の事を秘かに気に入っています。
ですが、代筆を頼む事については、多少の罪悪感も感じてる為、いつか字の書き方を教えてもらおうと思っています。
※ただそうすると、瑠一郎と一緒に過ごせる時間が少なくなってしまうので、なかなか言い出さない不死川さんでした。

その四
宇髄さんが挨拶の流れで物凄く自然な流れで触ってくるので、瑠一郎は「これは挨拶の一種」だとしか思っていません。
ですが、代わりにそれをやっている時に宇髄さんは、煉獄さんを初め柱の面々に物凄いまなざしを向けられています。

「あー……あれは、ホント、俺様の事を殺しそうな勢いで睨んでるよなぁ……;」
「だったら、やらなければいいのに……」
「仕方ねぇじゃん、めっちゃ触り心地いいんだし♪」
「…………いっそ、煉獄さんに斬られた方がいいんじゃないですか?」

その五
瑠一郎がこの件について、助けを求めたのは、しのぶさんだけでした。
柱の中でも仲がいい方だと思っているしのぶさんに頼んでもダメなら、他の人にお願いしても無理だと判断した為です。


R.3 7/5