正直、瑠一郎の傍を離れたくはなかった。
それは、おそらく、あんな夢を見てしまったから……。
夢から覚める前に言われたあの男の言葉が頭から離れなかった。
今回の任務の中で瑠一郎が化け物になってしまうと言われたから……。
そんな事あり得ないと思っているのに、気になって仕方なかった。
そして、その直後に俺の目の前に現れた瑠一郎の顔が今にも泣きそうな表情だったので、胸が張り裂けそうな気持ちになりとある衝動にかられた。
その気持ちをあの時は抑える事が出来なかった。
瑠一郎に触れたいと……。瑠一郎を俺だけのものにしたいという気持ちを……。
だから、寝たふりを装って、あの時杏寿郎は瑠一郎の唇を奪ったのだった。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


「竈門少年! 無事か!!」

炭治郎の姿を確認した杏寿郎は、すぐさま彼の許へと駆け寄るとそう問いかけた。
下弦の壱との戦いの末、杏寿郎たちは見事に鬼の頸を斬る事に成功した。
だが、それと同時に無限列車が完全に制御を失い、列車は派手に脱線したのだった。
その時、頸の近くにいた運転手の身体は宙へと舞い、それを炭治郎が助けようと手を伸ばしたが、ダメだった。
炭治郎もまた横転する車体から投げ出されたのだった。
傍にいた杏寿郎や伊之助も同様に列車の外へと投げ出されたが、無事に着地することが出来、ほぼ無傷で済んでいた。

「! れっ、煉獄さん! ……はい……なんとか、大丈夫です」

杏寿郎の存在に気付いたのか炭治郎は、少し驚きつつも途切れ途切れにそう伝えた。
そんな炭治郎の様子を見た杏寿郎は、眉を顰めた。

「本当か? 明らかに顔色が悪いように見えるが?」

パっと見では、炭治郎は何処も外傷はないようには見えた。
だが、それなのに彼の顔色はよくなく、額には脂汗が滲んでいた。

「すっ、すみません……。ヒノカミ神楽を使うと……どうも手足に……力が入らなくなってしまうようでして……」
「よもや! そうだったのか!!」

炭治郎の言葉を聞いた杏寿郎は、申し訳ない気持ちとなった。
今回の下弦の壱――魘夢の討伐は、炭治郎と伊之助の力量を正確に把握してみたいと思い、杏寿郎は極力援護へと回っていた。
だから、最終的に魘夢の頸を斬ったのも杏寿郎ではなく、炭治郎だった。
そのおかげでヒノカミ神楽というものを間近で見ることが出来たのだったが、まさかこんなにも彼の身体に負担がかかるものだとは知らなかった。

「…………これは……煉獄さんの……せいではないですから……。俺がまだ……未熟なだけですから……」
「しっ、しかし……」
「本当に……俺なら大……丈夫ですから……。少し休んだら……また、動けるようになりますから……。煉獄さんが俺たちの事を……守ってくれたおかげです……ありがとうございます」

それに気付いたのか、炭治郎はそう言って苦笑した。
その炭治郎の言葉を聞いた時、杏寿郎は先程までの魘夢との戦いを思い出した。
一度、鬼の頸を斬ろうとした時、それを阻止しようと運転手が伊之助の背中へと錐を突き立てようとした。
その運転手の行動に気付き、炭治郎が伊之助の事を身体を張って守ろうとしたのだ。
結果的には、杏寿郎がそれよりも速く動いた事により、炭治郎も負傷する事はなく、運転手を気絶させる事に成功した。
だが、それが出来たのは、予め瑠一郎の助言で運転手の動きに気を付けて見ていたからだ。
だから、これは俺だけのおかげではない。瑠一郎のおかげでもあるのだ。

「……うむ! わかった! して、竈門少年。一つ確認したい事があったのだが……いいだろうか?」
「あっ、はっ、はい……。俺で答えられる事でしたら……」

そんな事を考えているうちに杏寿郎の頭の中で一つの疑問が浮かんだ為、炭治郎に確認する事にした。

「…………君は……目を覚ました後、瑠一郎と会話をしたのか?」
「えっ? 瑠一郎さんとですか?」

そして、その疑問を炭治郎に投げかけてみると、彼は不思議そうな表情を浮かべて、目をパチクリさせた。

「すみません。瑠一郎さんとは、会話どころか……目を覚ましてからは、一度も会っていないです」
「何!?」

戸惑いつつその質問に答えてくれた炭治郎の言葉に杏寿郎は思わず瞠目した。
今の炭治郎の言葉からは、決して噓偽りを感じられなかった。
だが、これは明らかにおかしいのだ。
瑠一郎のあの時の言葉は――――。

(瑠一郎……。一体、どういう事だ……?)

どうして、お前は、知っていたんだ?
この汽車と一体化した鬼が、〝下弦の壱〟だったという事を……。

「……れっ、煉獄さん?」
「! すっ、すまない! ……少し、考え事をしてしまった!!」
「そう……ですか……。俺……何か変な事を言ったかと……」
「いや! 竈門少年は何も悪くないぞ! ……俺の聞き間違いだったかもしれない……」

そうだ。その可能性だってあるのだ。
俺が聞き間違えてしまっただけかもしれない。
また、瑠一郎も鬼殺の経験が長いから、経験則からそういう可能性を割り出したかもしれない。
だから、今は、この事を深く考えるべきではないと結論付けた。
今すべき事は、乗客たちの身の安全を確保する事だ。

「俺は、隠たちがここにやって来るまで、乗客たちの様子を見て来る! ……君は、もう少し休んで――――!」

杏寿郎がそう炭治郎に言いかけたその時った。
何処からともなく、殺気を感じ取ったのは……。

(何だ……? この殺気は……?)
「煉獄さん……これは……!」
「竈門少年も気付いたか?」

その只ならぬその殺気に炭治郎も気が付いたようだった。
だが、今の炭治郎は、まだ身体がまともに動かせる状態ではない。
ここは、俺独りで動くべきだろうと、そう杏寿郎は思った。

「! まっ、待ってください! 煉獄さんっ! これは……鬼じゃないですっ!!」
「! 竈門少年! 鬼じゃないというのは……一体どういう意味だ?」
「おっ、俺にも、よくわからないんですが……違うんです。鬼によく似ているんですけど……匂いが……」

そう言った炭治郎自身も酷く困惑しているように見えた。

「煉獄さん……。もしかしたら……これが、瑠一郎さんが言っていた……化け物じゃないですか? あと、その方向に……瑠一郎さんの匂いも微かにするんです」

――――……今宵の戦いの中、アレは壊れて、化け物になる。

そして、炭治郎の言葉を聞いた途端、杏寿郎の脳裏には一つの言葉が過った。
夢で見た弟――瑠一郎にそっくりな顔をした青年――ハクの言葉を……。

(……俺は……どうして、今まで気付かなかったんだ?)

誰よりも瑠一郎の傍にいたはずなのに、気付けなかった。
瑠一郎が、あんな凄まじい殺気を放つ化け物たちとずっと独りで戦っていた事に……。
そして、今も、また独りでそれらと戦っているかもしれないという事実に……。

(行かなければ……)

行かなければ……。瑠一郎の事を助けに……。
そうしなければ、瑠一郎は壊れてしまうかもしれない。
そして、あれと同じ化け物に――――。

「…………煉獄さん……行ってください」

すると、杏寿郎が言葉を発するよりも先に炭治郎がそう言って背中を押した。

「俺の事なら、大丈夫ですから……。それに……とても嫌な予感がします。……早く、瑠一郎さんの所に行ってあげてください」
「竈門少年……すまない! 俺は、瑠一郎さんの所に――――っ!?」

炭治郎の言葉を受け、杏寿郎は今度こそこの場から離れて、瑠一郎の許へと向かおうとした。
だが、それを阻むかのように何かが落下してきたような衝撃音が辺りに響き渡り、地面が激しく揺れた。
その方向に杏寿郎と炭治郎は視線を向けると、二人からそう遠くない場所に朦々と土煙が立ち上がっていた。
そして、その土煙の奥には、人影らしきものが見えた。
それを見た瞬間、ドクンと心臓が嫌な音を立て始めた。
今までに感じた事のない程の威圧感に自然と杏寿郎の手は、鯉口を切っていた。
徐々に土煙が晴れていき、その人影もこちらへと顔を上げ、微笑んでいた。

「っ!?」

その人物の顔を見た瞬間、二人は言葉を失った。
若い男の、鬼の両目には、文字が刻まれていたから……。

(……何故だ? よりによって、何故、今現れる!?)

早く、瑠一郎の許へと行かなければならというのに……。
これでは、それが出来ない。
何故なら、今、二人の目の前に現れた鬼は、上弦の参――猗窩座であったから……。









悪夢シリーズの第17話でした!
今回は、魘夢を倒した後の煉獄さんと炭治郎くんのやり取りとなります。
炭治郎くんと会話した事で煉獄さんは、瑠一郎に対してとある疑問を持つようになりました。
そして、このタイミングでまさかの彼が登場となりました!
次は、瑠一郎サイドになります。

【大正コソコソ噂話】
その一
煉獄さんのおかげで原作とは違い、炭治郎くんは負傷する事なく、魘夢を倒す事に成功しました。
ですが、どちらにしてもヒノカミ神楽をまだ使いこなせていないので、使用直後は思ったとおりに身体が動かせない状況となってます。

その二
煉獄さんの任務に同行していても瑠一郎は、気付かれないように化け物を排除してました。
煉獄さんが丁度鬼と戦っている時に瑠一郎は、化け物と戦っていた為、今まで気付かれずに済みました。」

その三
簡単な流れとしては、以下の通りとなります。
魘夢討伐成功→瑠一郎が化け物たちと遭遇・戦闘開始→それに気付いた煉獄さんが駆け付けようとするも猗窩座襲来


R.3 7/5