(やはり……最後のは……流石にしゃべり過ぎだったでしょうか……)

そう思いながら瑠一郎は、物凄い速さで汽車の中を駆け抜けていき、次々と斬撃を繰り出していった。
正確に鬼の触手だけを次々に斬り刻んでいく様は、とても人間業ではなかった。

(ですが……兄上にはアレを阻止して欲しかったので……仕方ないですよね……)

本当だったら、瑠一郎がするべき事だったかもしれないのだが、出来なかったから……。
自分が炭治郎たちの補助に回っても足手纏いにしかならないとわかっていたから……。
だから、兄上に代わりにそれをしてもらう為にあの助言をしたのだ。

『運転手には、気を付けてください。油断していると、炭治郎くんが負傷する事になるかもしれませんので』と……。


~悪夢は夢のままで終わらせよう~


そして、数分も経たないうちに瑠一郎は、己の下した決断が間違っていなかった事を確信した。
車両の中を乗客を守りながら斬り進んでいく中、血を流しながら人を守る禰豆子の姿を瑠一郎は何度も目撃した。
そして、そんな彼女の事を守るように善逸が落雷の如く斬撃技を放ち、周囲の触手を斬りている姿も……。
この彼女たちの姿を兄の杏寿郎にあまり見せてあげられなかった事は、少し残念な気もしたが、きっと一度は目にしてくれているだろう。
こんな禰豆子の姿を見たら、杏寿郎は心の底から禰豆子の事を鬼殺隊の一員として認めてくれるだろう。
命を懸けて鬼と戦い、人を守る者は誰であっても鬼殺隊の一員だと、そう彼は思っているのだから……。
だが、それ以上に瑠一郎がこの配置でいいと思った理由は――――。

「…………はぁ……。思っていたより、今回は早く現れましたね?」

そう。例のあの化け物たちが、この汽車の中にまで現れたからだった。
瑠一郎は、彼らが自分の目の前に現れるきっかけや条件について、長年の経験からある程度把握していた。
それは、瑠一郎が眠りから覚めてから数十分くらい経ってから大体現れるのだ。
だから、この汽車に乗る前の道中も、炭治郎くんたちに気付かれないように少しの間だけ離れて奴らを排除してから乗車したのだ。
どうやら、奴らは、瑠一郎が眠る事で瑠一郎のいる位置を特定しているようだった。
それもあって、瑠一郎は極力人がいないところでは寝ないようにして、真夜中の人里離れた森や山の中で仮眠を取り、奴らを待ち構えるという生活を送るようになっていたのだった。
だが、今日に限っては、己の意志とは関係なく二回も意識を失ってしまった。
それによって、こんなにも人の多いところで奴らと対峙する羽目になってしまったのだ。
二百人の乗客と鬼の魔の手から守りつつ、奴らとも戦わなければならないという事態に……。
あと、この戦いに禰豆子や善逸の事を巻き込まないように配慮する必要もある。

「まったく……。今は、見逃してもらいたいのですが……それは、無理な話のようですね」

奴らからは、相変わらず理性と言うものが感じられない為、それは仕方のない事だった。
瑠一郎は深くため息をつくと、刀を使い分けながら、鬼と化け物たちを相手に戦いを続けていくのだった。





* * *





(……身体が崩壊する。再生できない。……負けたのか? 死ぬのか? この俺が!?)

そして、更にその数分後、杏寿郎、炭治郎、そして伊之助の活躍によって下弦の壱である鬼――魘夢の頸は見事に斬られた。
それにより、彼と一体化した汽車の制御が利かなくなり、派手に線路から脱線した。
そして、頸を斬られた魘夢は、中型の獣ほどの肉塊になってしまい、己の肉体がどんどん崩れ落ちていくのを感じていた。

(馬鹿な! 俺は、まだ全力を出せていないっ!!)

人間を一人も喰えなかった。汽車と一体化し、一度に大量の人間を喰う計画が台無しだ。

(こんな姿になってまで……! これだけ、手間と時間をかけたのに……っ! アイツだっ! アイツらのせいだっ!!)

その時、魘夢の脳裏に二人の姿が過った。
一人は、近くで横たわっている赤みがかった髪と日輪の耳飾りを付けた少年の姿。
そして、もう一人は、焔のような髪色をした柱の青年の姿だった。

(あの真面じゃないガキと柱のせいだ、これが、柱の力なのか!? そうだ……アイツ! アイツも速かった! 術を解き切れてなかったくせに……っ!!)

そして、今度は、眠ったまま刃を振う黄色い髪の少年の姿と鬼の少女の姿が頭に浮かんだ。

(しかも、あの娘!! 鬼じゃないか!? 何なんだ!? 鬼狩りに与する鬼なんて……!? どうして、無惨様に殺されないんだ!?)

それは、魘夢が知らなかったからだ。
黄色い少年である善逸は、意識を失っている時の方が己の本来の力を発揮できるという事を……。
鬼の娘である禰豆子は、鬼舞辻無惨の呪いを解き、〝人は守るもの〟と兄の師匠である鱗滝によって暗示もかけられているという事を……。

(くそぉ、くそぉ! ……そもそも、あのガキに術を破られてからが、ケチのつき始めだ! あのガキが全部悪い……!!)

憎くて仕方ないあの少年は、少し離れた車体の近くで倒れている姿を魘夢はその瞳に捉えていた。
汽車が脱線した衝撃か何かで少年は、まだ気を失っているのか、動く気配がない。
そんな少年――炭治郎に向けて、魘夢は必死にその腕を伸ばそうとする。

(柱は無理だとしても、あのガキだけは殺したいっ! 何とか……そうだ! あの猪も!! あの猪がいなければ、二人共殺せたんだっ!!)

それでまた、魘夢は別の忌々しい存在を思い出してしまった。
あの猪の被り物を被った上半身裸の少年の事を……。
あの猪が邪魔をしたんだ。せっかく、己の血鬼術を上手く利用して、夢の中だと錯覚させた二人を自害させられると思ったのに……。
それをあの猪が邪魔をした。並外れて勘が鋭く、視線に敏感だったから……。

(そして…………アイツ……! アイツも……っ!!)

そして、最後に魘夢が頭に浮かんだ存在は、癖にない黒髪の青年だった。

(アイツ……二百人も人質を取っていたようなものなのに、それでも押された。抑えられた! アイツも柱の一人だったのか!? そうでなければ、何なんだあの強さはっ!?)

予想だにしなかった事態が続き、途中で焦って人を喰らおうとしても、それも全てあの青年に防がれた。
それにあの青年が戦っていたのは、俺だけではなかった。
突如、汽車の中に現れた謎の化け物とも戦っていたのだ。
あの化け物たちが、俺の身体を傷付ける度に俺の力が吸い取られていくのを感じた。
そのせいで途中から上手く血鬼術を扱えなくなっていったのだ。
あんな化け物に対してもあの青年は、全く顔色一つ変える事なく次々と滅していった。

(何なんだ!? アイツの強さは!? あんなの……あんなのまるで……!?)
――――まるで、アレの事が〝化け物みたいだ〟と思ったか?
(!?)

あの青年のあの動き、あの強さは、異次元だった。
魘夢が青年――瑠一郎に対して、恐怖を抱いたところで突如、声が降ってきた。
頭に直接響くようなその声に魘夢は、目玉だけを動かしてその声の主を捉えようとした。
そこにいたのは、一匹の白狗だった。

――――てめぇの方が、アレよりよっぽど化け物のくせに、なーに思ってやがるんだ? この餓鬼が。

この暗闇のせいもあり、その白狗そのものが輝いているように魘夢には見えた。

――――……てめぇの敗因は、大きく三つあった。

そう言いながら、白狗はゆっくりと魘夢へと近づいて来る。

――――一つ目は、てめぇの能力を過信しすぎた事だ。どんな強い奴でも眠らせれば勝てると思って、己の力を出し惜しみした。その結果、てめぇは誰一人喰えなくなった。

辺りには、白狗のその声と魘夢の身体が崩壊する声だけが響く。
その声は、何処か魘夢の事を嘲笑っているようにも聞こえた。

――――二つ目は、計画を実行するタイミングが最悪過ぎた事だ。てめぇの弱点を見事に突破できちまう奴らが揃った時に実行したからこんな事になるんだよ。……人は……てめぇらと違って、目的が同じなら力を合わせて戦えるような生き物だからなぁ。

鬼は、人とは違って群れる事は出来ない。そればかりか、酷い場合は共喰いすらする。
それは、鬼の始祖である鬼舞辻無惨が同族嫌悪になるように、鬼たちが束になって自分に襲ってこないように操作しているからだった。
だが、人は決してそうじゃない。目的の為なら、例え嫌いな奴とでも時には協力する事が出来るのだ。
そして、互いに良い所と悪い所を補い合う事だって出来る。
鬼は、それが出来ないから、負けるのだ。彼らの絆の前では……。

――――そして、三つめは……俺様の獲物に手を出した事だよ。

だが、次にそう言った白狗の声音は、先程までとは違って恐ろしく静かだった。

――――こんだけ手間と時間をかけてたてめぇなら、わかるだろ? それを横取りされそうになったら、どんだけ腹立つか。……二十年だよ。二十年。俺様がアレにかけた時間はさぁ……。俺様が手塩にかけて育ててきたアレの事を横取りしようとした挙句、化け物呼ばわりまでしやがって……。
(っ!!)

白狗の瑠璃色の瞳から冷たい光が帯びる。
もう崩壊するしかない身体のはずなのに、それを見た魘夢は恐怖で身震いをした。
こんなにも恐怖を感じた事は、一体何時ぶりだろうか?
あの無惨様に無限城に呼び出された時だって、こんな感情は覚えなかったというのに……。

――――アレはなぁ……アレが生まれる前から俺様のモノなんだよ。人のモンに手を出したら、どーなるか……てめぇの身体で身をもって思い知れ……。
(!!)

そう言いながら、白狗はその口を大きく開けた。
そして、全てを言い終わったと同時に魘夢の身体に容赦なく齧り付き、残りの身体を全て喰らいつくして己の力へと変えていった。
魘夢を全て喰らいつくした後、白狗は再び人型へと姿を変形させた。

「あ~……。さっきの奴と比べたら……口直しくらいにはなったかなぁ……」

人の夢に土足で踏み込み、悪夢を見せて人が苦しむのを愉しんできた来た魘夢。
その最期は、悪夢が己自身にも返り、白狗――ハクに喰われるというものだった。
そして、ハクも己と同じ事をやってる人物であったという事実を魘夢は知らぬまま消えていくのだった。

「さぁ……もう邪魔者は、全て排除出来た。後は……お前が俺様のモノになると望むのを待つだけだ、璃火斗……」

その時を今か今かと待ち侘びながら、ハクは不気味な笑みを浮かべるのだった。









悪夢シリーズの第16話でした!
今回は、瑠一郎が車両で戦っているところと魘夢が炭治郎くんたちに負けてしまった後のシーンとなります。
魘夢の触手だけでなく、化け物たちとも戦っている瑠一郎は、間違いなく煉獄さんより働いてますね。
あと、魘夢ちゃんが負けた後に振り返っているシーンは原作の中でもお気に入りのシーンだったりします。
※炭治郎くん以外に対しては、めっちゃ評価が高めな魘夢ちゃんが好きwww

【大正コソコソ噂話】
その一
瑠一郎を狙ってくる化け物は、彼が眠る事でその場所が特定できます。
その為、長い時間眠ってしまうとその分、多くの化け物が瑠一郎に寄ってきます。
その事もあり、瑠一郎は、一日一時間しか寝ないというショートスリーパーとなっていきました。

その二
瑠一郎の事が何だかんだで大好きなハクは、誰かが瑠一郎の事を化け物呼ばわりすると、めっちゃキレます。
※それによって、魘夢も制裁されました。

「……貴方。自分の事は、棚に上げてませんか?」
「ん? 何がだよ?」
「私がいないところで、私の事をアレ呼ばわりしてますよね?」
「だって、俺様は、二人っきりの時だけ、璃火斗の名前呼びたいんだもん♪」
「…………」


R.3 6/21