「だーかーら、俺様は〝アレ〟の身体の中に閉じ込められた〝アレ〟が飼っている化け物ってことだよ、お兄様♪」
白髪の瑠璃色の瞳の瑠一郎そっくりの顔をした男は、そう言って杏寿郎の事を嗤うのだった。
~悪夢は夢のままで終わらせよう~
(この者は……一体、何を言っているんだ?)
瑠一郎そっくりの顔をしたその男の言葉の意味を正直、杏寿郎は理解する事が出来なかった。
瑠一郎の中にこんな化け物など、いるはずがない。
あんな、優しい瑠一郎の中に……。
「にっしても、何でお兄様は、俺様だってわかったんだよ? ……結構、自信はあったんだけどなぁ……」
「…………千寿郎の一人称は、今は〝俺〟ではない」
幼い頃は、確かに自分の事を〝俺〟と言っていた千寿郎。
だが、今は杏寿郎に対しても、〝私〟だったり、自分の名前で言うようになったのだ。
それが、今までずっと感じていた違和感の正体だった。
「それに千寿郎は、瑠一郎の事もとても好いている。そんな千寿郎が、あんな残酷な事を言うはずなどありはしないっ!」
千寿郎は、瑠一郎の事を今でも慕っていた。
瑠一郎が屋敷から離れてしまった後もひどく心配していたのだ。
そんな千寿郎があんなことを言うはずなどないのだ。
俺と千寿郎は、たった二人だけの兄弟だとなど……。
「ふーぅん……。そんな些細な事でもバレるのか……。いい勉強になったわ♪」
そんな杏寿郎の言葉を聞いて男は、何処か納得したように楽しそうに嗤ってそう言った。
その笑みがとても瑠一郎が見せるものとは思えないような笑みで杏寿郎は嫌悪した。
「……君は、何者だ? 何故、瑠一郎の中にいる?」
「さっきも言っただろう? 俺様は、アレの一部だって?」
「違う。君と瑠一郎は、全く別人だ」
男の言葉をそう即座に杏寿郎は否定した。
瑠一郎と顔が全く同じでもこの者が放つ気配は、全く別物だった。
少しでも油断すれば、嚙み殺される。そんな気配が漂っていた。
「それに君自身が言っていたはずだ。瑠一郎の中に閉じ込められた、と。それ事が君と瑠一郎が別人である証拠ではないのか?」
「! …………ホント、よく人の話は聞いてるんだなぁ。……それだけである程度、俺様の事を理解出来たというのに、何でアレについては全然わかってないんだろうなぁ、お兄様は♪」
「っ!!」
その男の言葉が杏寿郎の心を抉った。
この男の言う通りだった。
俺は、瑠一郎の事をちゃんとわかってやる事が出来ず、傷付けてしまった。
「……まぁ、いいや。俺様は、お兄様の言う通り、アレの中に無理矢理閉じ込められた〝夢の化け物〟さ。人は、俺様の事を〝ハク〟って呼んでた奴もいたっけ? そして、俺様の事をアレの中に閉じ込めたのは、他ならぬアレの実の母親だよ」
「! なっ、何故、瑠一郎の母親がそんな事!?」
「あっ、やっぱり、お兄様は、知ってたんだ。アレと実は血の繋がりなんかないって事」
「!?」
己の事をハクと一応名乗った男は、杏寿郎の言葉を聞くとそう言った。
「何でアレと血が繋がってもいないのに兄弟のフリするんだよ? そんな事して楽しいの? アレとの家族ごっこが?」
「例え、血の繋がりなどなくとも、瑠一郎は俺の弟だ! 同じ時を過ごしさえすれば、家族になれるっ!!」
「だったら、何でそれをアレに言わないんだ? そして、弟君にも?」
「そっ、それは……」
そのハクの問いに杏寿郎は、言葉に詰まってしまった。
そんな杏寿郎の様子を見て、またハクが楽しそうに嗤った。
「本当は、怖いんじゃないのか? 真実を知ってしまった時のアレと弟君の反応がさぁ? 二人がその真実を受け入れられない事がさぁ? それで、今の関係が壊れてしまう事が怖いんじゃないのか?」
「……黙れ」
「図星か? そうだよなぁ? じゃなきゃ、あんな風にアレを傷付けて、本音まで言わせねぇわなぁ。……結局、お兄様はアレの事、何にも信じてないのさ。信じてないから、家族という絆を使って無理矢理アレの事を繋ぎ止めているだけなんだよ」
「……いい加減にしろ。それ以上、瑠一郎の事を悪く言うのは!」
「…………はぁ?」
その予想外の杏寿郎の言葉にハクは、思わずそう声を漏らした。
別に俺様は、アレについて悪口など一言も言っていない。
寧ろ、憐れんでいるくらいなのだ。
彼にアレの気持ちが全く届いていないという事を……。
「君は、明らかに嘘をついている。この前のやり取りの全てが瑠一郎の本心でない事は、竈門少年からも証言をしてもらった! だからこそ、俺は今度こそちゃんと瑠一郎と向き合って、話さなければならないと思っている!」
「……お兄様は、あんなガキの言う事を信じるのかよ? たった数分しか会話してないあんなガキの言葉を?」
「竈門少年の目を見れば、嘘をついていない事は、よくわかるっ! ……少なくとも、瑠一郎と全く同じ顔をしている君よりかは、信じられる存在だっ!!」
――――瑠一郎さんは、煉獄さんの事を、とても大切に想っています。だから、今回の任務だって、あんな形で付いて来たんだと思いますよ。
そう言った彼の表情には、曇り一つなかった。
彼は、本当に瑠一郎の気持ちがわかっていて、心配しているのだという事が伝わって来た。
だから、信じられる。彼――竈門少年の言葉を……。
「それに! 君は、瑠一郎の事を〝アレ〟呼ばわりしている! それは、立派な瑠一郎に対しての侮辱だ!!」
「!!」
そして、杏寿郎がそう言った時、初めてハクの顔色が変わった。
「……俺様が、アレをどう呼ぼうが勝手だろ?」
「いや! よくない!! 瑠一郎は、断じて物なのではないっ!! 人だ!! そして、瑠一郎には――――っ!!」
そう言いかけたその時、ハクからただならぬ殺気を感じ取った杏寿郎は、咄嗟に腰にある日輪刀を手にして構えた。
その直後、刀身が震えた。
強い衝撃波が刀の柄を握り締めていた杏寿郎にも伝わり、痺れてくる。
この行動が一歩でも遅れていたら、危なかったかもしれない。
「流石、鬼殺隊とかで柱をしているだけはあるなぁ……」
ハクは、そう言って笑っていたが、その瑠璃色の瞳は、決して笑っていなかった。
「……俺様はなぁ、ずっと気に入らなかったんだよ。お前らが、アレの事をそう呼ぶのがさあっ!!」
そう言いながら、ハクは杏寿郎から距離を取ると離れたところから拳を振るった。
すると、杏寿郎の身体にまたあの衝撃が襲ってきた。
彼は、虚空で拳を打っているというのに……。
「虫唾が走るんだよっ! アレをそう呼ぶ事で、お前らがアレを支配しようとしてるんだろっ!!」
「なっ、何を言っている? 瑠一郎は、瑠一郎だろ?」
「違う! アレは、そんな名前ではないっ!!」
杏寿郎の言葉にハクは、再び虚空で拳を打つ。
「それは、アレの本当の名前ではないっ! 本当の名前は、アレが生まれる前から母親が付けた名だっ!! それなのに……お前の母親が勝手に名付けて名前を変えたんだよっ!!」
「!!」
その言葉が杏寿郎の身体に先程から受ける衝撃とは別の衝撃を与えた。
瑠一郎には、別の名前があるという事実に……。
「その名前のせいなんだよぉっ! アレがなかなかこっち側に来ないのはっ! お前らがそう呼ぶ度にアレは、無意識のうちに人であり続けようとするっ!! アレが生き続ける為には、人である事をやめる必要があるのにさぁっ!!」
「きっ、君は、さっきから一体何を言っている? 瑠一郎は、人だっ! 断じて、君のような化け物には、ならないっ!!」
ハクのその発言に流石に杏寿郎も吠えた。
瑠一郎は、人の痛みがわかる優しい子だ。
そして、とても強い心を持っている。
そんな彼が鬼などになるはずがない。ましてや、今、目の前にいるような人の心を弄ぶこんな化け物などには……。
「そうだよ。アレは、アレで居続ける限り、人でいる。だから、俺様は、決めてるんだよ。アレを……噛み殺して壊すって!!」
「! そんな事、させるものかっ!!」
「だったら、ここで俺様の事を倒してみろよぅっ!! ……弟想いなお兄様!!」
「っ!!」
ハクは、そう言うと杏寿郎に一気に近づくと、間合いを詰めてくる。
そして、己の拳を次々と打ち込んできた。
その拳は、どれも重く、まともに喰らえば、一溜まりもない。
その一撃、一撃を刀身で受け止めるのがやっとで杏寿郎は、なかなか反撃する事が出来なかった。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたっ! 防いでいるだけだと、俺様は倒せないぞっ! あっ、それとも、倒されたいのか? アレの事を本当は壊してほしいんだなぁ?」
「そんなわけないっ!」
「だったら、俺様に一撃でも与えて見せろよっ! そうしたら、少しは考え直してやるよっ! まぁ、無理だろうけどなあっ!!」
「っ!!」
そう言ったのと同時にハクから蹴りが飛んできた。
その不意打ちのようなハクの攻撃を杏寿郎は、もろに受けてしまった。
肺が圧迫され、一瞬、呼吸するのを忘れてしまいそうになった。
だが、そんな杏寿郎の様子など一切気にする事なく、ハクは蹴りと拳の杏寿郎に入れ続ける。
決して杏寿郎に攻撃させる隙を与える気などなかった。
それだけ、ハクも本気なのだ。
己がやろうとしている事が正しいと信じて疑っていないから……。
「……いい加減、諦めろよっ! お前なんかがアレを救えるはずねぇんだよっ! ずっと、アレに守られていたお前なんかがぁ! 出来るはずねぇんだよっ!」
なのに、何故だろうか? ハクは、目の前にいる人物が、脅威に感じて仕方なかった。
己の攻撃を受け続けるこの人物が……。
こいつが、俺様に勝てるはずなどないとわかっているというのに……。
こいつを見ているとアレの事を思い出す。
アレがあんな風になってしまったのも、全部こいつのせいだ。
こいつがいる限り、アレは苦しい道ばかりを選ぼうとするのだ。
本当だったら、もっと楽に生きられたはずなのに……。
こいつが諦めない限り、アレも諦めない。
アレは、こいつを見て育ってしまったから……。
「……――――炎の呼吸! ――――壱ノ型!」
「!!」
そんな余計な事を考えてしまったせいだろうか。
その一瞬の隙を杏寿郎は決して見逃さなかった。
己の身を回転させ、刀を構え直した。
「――――不知火!!」
力強く踏み込みまるで己自身が炎になったかのような袈裟斬りだった。
こんな技を至近距離から繰り出されたら、まず普通なら回避は不可能だ。
だが、ハクの場合は違った。
「ふぅ~。危ねぇ~。あと少し遅かったら、喰らってたところだったわ♪」
「よもや!!」
ここは、夢の中である。
だから、ハクが自分の身体を透過させる事も容易かった。
その思ってもみなかったハクの攻撃の躱し方に杏寿郎も思わず驚きの声を上げる。
「これでわかっただろう? 俺様に一撃なんて与えられる事なんて出来ないって事が」
「いや! 俺は、そうは思わないっ!!」
「…………はぁっ?」
これで流石に心が折れるだろうと思っていたハクだったが、彼から返って来た言葉は真逆だった。
寧ろ、燃えていた。
「身体を透けさせられるとは、正直驚いた! だが、それよりも速く俺が技を繰り出せばいいだけの事だっ!!」
(…………あぁ。……だから、俺様は、こいつの事が嫌いなんだわ)
瞳を輝かせながら言った杏寿郎の言葉を聞いて、ハクは改めてそう思った。
こいつの目からは、全然光が失われないのだ。
寧ろ、強く、更に激しく、輝いている。
これだけの攻撃を受けても、攻撃を躱されても、決して心が折れる事がない。
ひどく諦めの悪い奴。
「……あぁ、そうかよっ! だったら、やってみろよっ!!」
だったら、俺様がやる事はただ一つだ。
絶対にこいつにアレの事を諦めさせてやる。
そう思いながら、杏寿郎に対して、更なる攻撃を仕掛けようとした。
「!!」
その瞬間、杏寿郎の身は赤い炎に包まれた。
だが、その炎は、驚く事に全然熱くなかった。
寧ろ、優しく、暖かかった。
そして、炎はまるで意志を持っているかのように杏寿郎の身体から日輪刀へと移って燃え続ける。
それは、まるで杏寿郎のこの戦いを手助けする様な感じだった。
「……ん? 一緒に戦ってくれるのか?」
その杏寿郎の言葉に応えるかのようにその炎は、揺らめいた。
それを見たハクは、内心焦った。
あの炎は、恐らくアレと仲良くしていた鬼狩りの少年が連れていた鬼となってしまった妹の炎だろう。
人の夢にまで干渉することが出来たあの炎で攻撃されたら、流石の俺様でも躱せないかもしれない。
「……そうか! だが、それは気持ちだけありがたく受け取っておこう!!」
「なっ!?」
だが、その炎の動きを見た杏寿郎は、ニッコリと笑うとそう言った。
それを聞いたハクは、ただただ驚いた。
「君の気持ちは、とても嬉しい! だが、君の力を借りて彼に勝ったとしても、意味がない! だから、すまない!!」
そう言いながら、杏寿郎はその炎を消す為に日輪刀を上下に振った。
その杏寿郎の気持ちを尊重したのか、炎もまた徐々に小さくなって最終的に消えてしまった。
「…………お前、馬鹿か?」
そんな杏寿郎の行動にハクは、思わずそう言ってしまった。
「その炎で俺様を斬れば、間違いなくお前の勝ちだっただろうが?」
「確かにそれは俺も思った。この炎があれば、君に一撃を与えられるだろうと」
「なら、何でだよ?」
杏寿郎の言葉を聞いて、ハクは余計に訳が分からなくなった。
何故、自分から勝機を手放すような事をするのか、理解できなかった。
そんなハクの様子を見て、杏寿郎は少し困ったように笑った。
「正直、自分でもよくわからない。ただ一瞬、瑠一郎の顔が浮かんでしまったんだ。そして、思った。君は、自分だけの力で俺と戦っているというのに、俺だけこんなズルをしてしまってもいいのかと?」
そして、考えてた結果は、否だった。
これで勝てたとしても、きっと俺は胸を張って瑠一郎と話す事は出来ないだろう。
俺は、どんな時でも瑠一郎にとって誇れる兄でいたい……。
瑠一郎が俺の事を兄として慕っていてくれる限りは……。
「……はぁ。本当、真面目過ぎて、ムカつくわ。お兄様はよぉ」
その何処までも真っ直ぐに相手にぶつかってくるところが、アレがこいつに惹かれる部分でもあるだろうなぁ……。
無意識のうちにアレが求める存在にこいつ自身がなろうとしている。
だから、壊したくて堪らない。
アレの事を……。アレとお前らとの関係を……。
「あっそ。だったら、もうこっちも手加減はしねぇからなぁ!」
「あぁ、望むところだっ!」
そして、いつの間にかこいつのペースに巻き込まれいる事にもハクは、薄々と気付いていた。
それなのに、何故かそれが別に嫌な気分にはなれなかった。
これこそが、こいつの一番の武器なのかもしれない。
なので、ここは一先ずこいつとの勝負を楽しむ事にハクはした。
「!!」
そう思い直して、再び攻撃体勢を取ろうとしたその時だった。
ハクは、嫌な予感を感じ取ったのは……。
それは、決して自分自身のものではない。これは――。
「――――ヒト?」
「? 一体、どうしたんだ!?」
「悪いが、お前と遊んでいる暇はなくなったようだ」
突如、何かを呟いたかと思うと、ハクは杏寿郎に背を向けてその場から離れようとしたので、杏寿郎は思わずそう声をかけた。
それに対して、ハクは杏寿郎に振り返る事もなく、そう静かに言った。
「悪いが、お前との勝負も一旦お預けだ。……これ以上、アレを放置していると……戻れなくなる」
「…………戻れなく……なる?」
「あと、これは、俺様からの断言と助言だ」
困惑している杏寿郎に対して、そうハクは言い放った。
「……今宵の戦いの中、アレは壊れて、化け物になる」
「よもや!?」
「それを、お前が本当に阻止したいと思うなら、せいぜい気を付けるんだなぁ。……お前の行動、言葉がどれか一つでも間違えば、それが決定的になるのだから……」
「! そっ、それは、一体、どういう――」
「うるせぇ! 後は、てめぇの頭で考えろっ! そして、さっさと目を覚ます事だなぁ!! いつまでもこんな夢の中にいるんじゃねぇ!!」
ハクは、杏寿郎にそれだけを言い残すと、杏寿郎の夢の中から抜け出した。
マズい事になった。
今までアレの事をこんなにも長く放置していた事は、殆どなかった。
放置していても大丈夫だと勝手に思い込んでしまっていたのだ。
早くアレを連れ戻さなければ……。
そうしなければ、アレは夢の中に囚われてしまう。
他人の夢の中へと……。
軽く舌打ちをしながら、ハクはその人物の夢を必死に捜すのだった。
悪夢シリーズの第12話でした!
今回も煉獄さんの夢のお話となります。前回から引き続き、謎の人物――ハクとのやり取りとなっています。
煉獄さんが好きなので、どうしてもやり取りが永くなってしまいましたwww
煉獄さんなら、禰豆子ちゃんの炎に頼らず、ハクに全力で挑むと思っています(ノ)・ω・(ヾ)
【大正コソコソ噂話】
その一
原作でも、千寿郎の一人称が「俺」だったのは、煉獄さんが見た夢の中だけでした。
※それ以降は、「僕」や「私」で炭治郎くんと会話をしてます。
なので、これが夢だと気づくきっかけになったらいいなと思ってます。
その二
ハクが煉獄さんに繰り出していた技は、猗窩座くんの技を模しています。
猗窩座くんは、煉獄さんを勧誘したいので、ある程度手加減をしていたかと思いますが、ハクは容赦なく攻撃を仕掛けています。
それは、ここで、煉獄さんの事をボコボコにしても所詮夢の中なので、大丈夫だろうという魂胆もあるからです。
R.3 3/31