「……どうしたんだい? 早く中に入っておいで」
「…………失礼します」
産屋敷の部屋の前で暫く立ち尽くしてしまっていた義勇に対して、そう産屋敷は優しく声をかけた。
それでも義勇は、若干戸惑いつつも、産屋敷に勧められるがまま部屋へと入ることにした。
何故、俺だけがこの部屋に呼ばれたのか、何となく理由が想像できて、入りづらかった。

「……今日の会議。君はずっと上の空のような気がしたから、少し気になってね。何かあったのかい?」
「…………申し訳ありません」
「別に私は謝って欲しいから、君をここへ呼んだんじゃないよ、義勇。私は、知りたいんだ。君が今、一体何を抱えているのかを……」
「…………」

義勇が座ると産屋敷は、そう言って義勇に話を切り出した。
やはり、お館様にはすべて見抜かれていたのだった。
だが、炭治郎の事を正直何処まで話していいのか迷った。
俺が考えている事は、まだ憶測でしかないから……。

「……あのおはぎを作ってくれた子としのぶに血の検査をお願いした子は、同じじゃないかな? そして、君が自分の指令を実弥たちに割り振ってまで、違う鬼を狩り続けていた事も……」
「! ど、どうして……それを……」
「君の鎹鴉から聞いたよ。君の動きがあまりにも不自然だったからね」
(バレていた……)

お館様には、すべてバレていた。
すべてを知った上でお館様は、あの会議の場では何も言わず、黙っていたのだ。

「私は、君やその子の力になりたいと思ってる。……話してくれないかい、義勇?」
「…………承知しました」

もうこれ以上、お館様に隠し事をするべきではない。

「私が知っている事を今からお話させていただきます」

こうして、義勇は覚悟を決め、今までの事、炭治郎の事を産屋敷に話始めるのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「…………なるほど。確かにそれは、とても不思議な事だね」
「はい……。なので、炭治郎は稀血ではないかと思いまして……」
「それで、しのぶに稀血かの検査をお願いした、ということだね」

義勇の話をすべて聞いた産屋敷は、何かを考えているのか顎に手を当てながらそう言った。

「……義勇。その子は……炭治郎は、どんな子なんだい?」
「炭治郎は……優しい……いや……優しすぎる子だと」
「? 優しすぎるとは?」
「炭治郎は、鬼に対しても憐みの心を向ける事が出来る子です。例えそれが……自分の事を襲った鬼に対してでも……」

鬼の正体について義勇は、炭治郎に話した事があった。
それが良くなかったのか、炭治郎は酷く哀しそうな表情を浮かべてそれを聞いていた。
それ以来、炭治郎は鬼に襲われても決して逃げなかった。
俺が鬼を倒した時も炭治郎は逃げる事をせず、鬼の最期を看取るのだ。
「もう、大丈夫だから」と炭治郎が優しく呼びかけて鬼に触れてやると、鬼たちは涙を流しながら崩れていった。
その光景を何度見ても義勇は、不思議だと思った。

「……なるほど。だとすると、これは誰かが意図的に炭治郎の許に鬼を仕向けている可能性もありそうだね」
「えっ? そんな事……一体誰が……?」
「鬼に対して、そんな命令が出来る存在はおそらく、この世に一人しか存在していないよ」
「!!」

産屋敷のその言葉を聞いた義勇は瞠目した。
その人物が誰なのか理解したから……。

「鬼舞辻……無惨!? で、ですが……何故?」
「それは、私にもわからない。だが、炭治郎の何かが……炭治郎の血が、鬼舞辻を惹きつけている可能性が非常に高い気がする。そして、その予想が確かなら、炭治郎を独りにしておくのは、あまりにも危険すぎる」
「…………」

産屋敷の話を聞いた義勇は。言葉を失った。
炭治郎が置かれている状況は、俺が考えている以上に深刻なものだったのかもしれない……。
そして、その時、産屋敷の部屋の戸を叩く音が辺りに響いた。

「……どうぞ」
「失礼します」

産屋敷のその言葉に促され、部屋へと入って来たのは、しのぶだった。

「先程、冨岡さんより依頼された血液についての検査が完了しましたので、ご報告に伺いました」
「ありがとう、しのぶ。それで、結果はどうだったかい?」
「それが……」

産屋敷の言葉に何故かしのぶは、少し困惑したような表情を浮かべた。

「それが、あの布に付着していた血液ですが……検査の結果、稀血ではないという事が判明しました」
「なっ!?」

しのぶの報告内容を聞いた義勇は、瞠目した。
炭治郎が、稀血ではない?
だとしたら何故、炭治郎は鬼たちに必要までに狙われ続けているんだ?
やはり、鬼舞辻が何か関係しているという事なのだろうか……。

「なるほど……。ちなみにそれは、簡易的な検査だったのかな?」
「はい。お館様をあまりお待たせするわけには、いきませんでしたので……」
「そうか……。だったら、もっと精密な検査が必要かもしれないね。ありがとう、しのぶ」

動揺する義勇とは対照的に、産屋敷はそう冷静に判断し、しのぶにそう言った。
そして、しのぶに礼を言った後、そのまま義勇へと視線を向けた。

「義勇。炭治郎とその家族を本部で保護をしよう。……頼めるかな?」
「! よ……よろしいのですか?」
「君が他に任せられる人物がいるというのなら、その人物に頼んでもいいが……自分でやりたいだろう?」
「い……いえ……そういう……意味ではなく……」

簡易的な検査とはいえ、炭治郎は稀血ではない事がわかったのだ。
それなのに、本部で保護を、しかも炭治郎の家族まで一緒にしてもらってもいいのだろうか?
義勇としては、嬉しい事ではあったが、少し困惑してしまった。

「義勇。我々、鬼殺隊の使命は、鬼から人々を守る事だよ。その為に、彼らを保護する事は、何も間違った事じゃない」

その義勇の心情がわかったのか、産屋敷はそう優しく言った。

「それに、炭治郎が稀血じゃないのなら、余計に今の状況が気になるからね。念には念を入れて行動に移しておいた方がいい。だから……頼めるかな?」
「……御意」

産屋敷にそうまで言ってもらえたのなら、それを断る理由など義勇にはなかった。

「それでは……私は、急ぎますので……これにて失礼します」
「ああ、頼んだよ、義勇。戻ったら、教えて欲しい。私も炭治郎に会ってみたいからね」
「御意」

産屋敷のその言葉を聞いた義勇は、そう短く返事をすると、すぐさま炭治郎の許へ向かうべく、部屋を後にした。

「……あの……お館様。今のは、どういう事でしょうか?」

そして、その場に残されたしのぶは、状況がよく呑み込めず、そう産屋敷に尋ねた。

「そうだね。詳しい話は、義勇たちが戻って来てからまた、改めてしよう。ただ……」

それに気付いた産屋敷は、そう言ってしのぶの事を見つめた。

「ただ……彼という存在が、何か大きな影響を与えるかもしれないよ。我々にとっても……鬼舞辻にとっても……」

だからこそ、早く彼の事を保護しなければならない。
竈門炭次郎の事を鬼舞辻より早く……。





* * *





本部を後にした義勇は、ほぼ休む事なく走り続けていた。
目的地は、雲取山。炭治郎とその家族が暮らしている山だ。
産屋敷に新たな任務を任されたから向かっているという事もあるが、それだけではない。
逢いたい。炭治郎に一刻も早く……。
逢ってあの笑顔が見たい……。
その想いがあったから義勇は、ずっと走って来られた。
その甲斐もあって、目的地の雲取山まで後半日もあれば辿り着けるところまでやって来た。
だが、その時だった。

「義勇! 義勇!!」

突如、鎹鴉が鳴きだしたのだった。
何故、こんなタイミングで指令の連絡が来るんだ?
こっちは今、お館様から直々の任務を遂行している最中であるのに……。

「……何だ? ……指令か?」
「違ウ! 鬼! 目撃情報ガ……来タ!!」
「!!」

その鎹鴉の言葉に義勇は、思わず足を止めた。
嫌な予感しかしなかった。

「…………場所は……何処だ?」
「雲取山! 炭治郎ガ住ムアノ山ダ!!」

そして、義勇の予感はまさに的中してしまうのだった。
急がなければ、炭治郎が危ない。それを直感で感じた。

「…………わかった。……急ぐぞ」

もう休んでいる暇などない。
義勇は、炭治郎の無事を祈って再び、雲取山を目指して走りだすのだった。





* * *





雲取山の炭治郎たちが住んでいる家に義勇が辿り着いたのは、夜明け前だった。
雲取山では、雪が降り続いていて、思ったように進むことが出来ず、時間がかかってしまった。
そして、家に到着した途端、義勇は絶句した。
この光景を義勇は、何度見ただろうか……。
何度見ても決していいものではない。
ましてや、己が親しくしていた人たちのこの光景など……。
家の中は、嫌というほど血の匂いが漂っていた。
そして、そこにあったのは、変わり果てた炭治郎の母――葵枝、竹雄、花子、茂そして、六太の姿だった。
五人は、ピクリとも動かなかった。もう既にこと切れていたのだった。
しかも、鬼に喰われたのではない。単に襲われて、殺されたのだ。
そして、不思議な事に炭治郎と禰豆子の姿は、何処にもなかった。

「炭治郎! 禰豆子!!」

まだ、二人は生きているかもしれない。
そう思った義勇は、家の中を捜しまわった。
何処かに隠れているのかもしれないと思い、家の中を隈なく捜したが、二人の姿はやはりなかった。
それを確認した義勇は、再び山道へと戻って二人を捜し始めた。

「炭治郎! 禰豆子!!」

この声が二人に届く事は、もうないかもしれない。
もう二人は、生きていないかもしれない。
だが、それでも義勇は、二人の事を捜さずにはいられなかった。

「炭治郎! 禰豆……!!」

そして、暫く走ったところで義勇は、一つの人影を見つけた。

「禰豆子!!」

それは、一人の少女の姿だった。
少女は、山道から外れたところで雪が降り積もる地面に座り込んでいた。
その姿を確認した義勇は、何の躊躇いもなく禰豆子の許へと近づいた。

「禰豆子! しっかりしろ! 禰豆子!!」

禰豆子に近づいた義勇は、彼女の事を観察した。
義勇が見た限りでは、禰豆子は何処も怪我はしておらず、無傷だった。
おそらく、彼女は鬼に襲われていないだろう。
だが、泣いていたのか、彼女の目は真っ赤になっており、顔にも涙の跡があった。
そして、義勇が呼びかけても中々彼女は反応しなかった。

「禰豆子!!」
「っ! ……冨岡さん?」

そして、義勇が何度も呼びかけた結果、禰豆子は漸く反応した。
それを見た義勇は、少しだけ安堵した。
だが、義勇の姿を捉えた禰豆子の瞳からは再び涙が溢れ出していく。

「…………と……冨岡さん……どうしよう。……私のせいで……っ」
「……何があった?」
「…………わかりません」
「わからない?」

そんな禰豆子に状況を確認しようと義勇は問いかけてみるが、それに対して禰豆子は首を振るのだった。

「……私……昨日、お兄ちゃんの代わりに町に炭売りに行ったんです。……お兄ちゃんが……風邪をこじらせちゃったから……」
「炭治郎が……風邪を……」

やはり、あの時の炭治郎は、風邪を引いていたのか……。
そして、それをこじらせてしまっていた事をこの時義勇は知った。

「だから私……お兄ちゃんの薬を買ってから家に帰ろうとしたら、遅くなちゃって……三郎お爺ちゃんのお家に泊めてもらって……帰ったら……っ!」

これまで禰豆子の話を聞いて漸くわかった。
何故、禰豆子は無事だったのか。それは、禰豆子がいない時に鬼がやって来たからだった。

「禰豆子。炭治郎は、何処だ? 炭治郎は……アレを持っているんだろう?」
「!!」

そう炭治郎は、俺が渡した藤の花の香り袋がある。
アレを持っている限り、鬼が炭治郎に近づく事は出来ないはずだ。
そして、炭治郎は、結構無茶をする。
風邪をこじらせたからと言っても、またいつも通り真夜中に家から抜け出して、飛鳥という人語を話す鳥のところに行ったのかもしれない。
そう考えなければ、あの家の惨状は説明が付かなかった。
炭治郎があの家にいたのなら、あんな惨状は決して起こらないはずだから……。
だが、義勇のその言葉を聞いた禰豆子の表情は明らかにおかしかった。

「……禰豆子?」
「…………ごめんなさい。私の……せい……です」
「どう……いう――」
「お兄ちゃんは、冨岡さんからもらった香り袋を持っていないんですっ! 私が山を下りる時に……渡してくれたからっ!!」
「!?」

その禰豆子の言葉を聞いて義勇は、瞠目した。
なら、あの場に炭治郎がいた可能性も大いにある。
そう考えただけで、背筋が凍り付く。

「私……お兄ちゃんの匂いを辿ってここまで来たんです。そしたら……これが……」
「!?」

そう言いながら禰豆子は、握り締めていた両手をそっと開けてそれを義勇に見せた。
それを見た義勇は、言葉を失った。
禰豆子の両手の中から現れたのは、日輪が描かれた花札のような耳飾りがあった。
それは、炭治郎が身に着けていたものに間違いなかった。

「……私がこの近くに来た時、まだ、誰かがここにいたんです! そして、お兄ちゃんのこの耳飾りが吹き飛ぶのをこの目ではっきり見ました」

そう震えながら禰豆子が伝えようとしている事が何なのか、義勇にはもうわかっていた。

「間違いないです。……お兄ちゃんは……誰か攫われたんですっ!!」

そして、禰豆子のその言葉が、義勇を暗闇へと突き落とす。
その誰かが、嫌というほど、理解したから……。
炭治郎は、鬼舞辻に攫われてしまったという事を……。
炭治郎の事を俺は守ることが出来なかったという事実に……。











ああ、なんて世界は、どこまでも残酷なんだろうか?
一体、世界は、後何人、俺から大切な人を奪えば、気が済むのだろうか……。









守るものシリーズの第6話でした!
さてさて、今回のお話は、前回のお話でお館様に居残りを命じられた義勇さんのお話です。お館様は、何でもお見通しです♪
そして、ラストの方がいよいよつらい展開になってきました。。

【大正コソコソ噂話】
産屋敷さんが冨岡さんの動向におかしい事に気付いたきっかけは、実弥さんの鎹烏と冨岡さんの鎹烏が何やら揉めているところを目撃したからでした。
彼らの喧嘩を仲裁し、話を聞いた結果、炭治郎くんの存在を知ります。産屋敷さんは、冨岡さんの動向を黙認した上で柱合会議後に理由を聞こうと初めから決めていました。


R.3 1/13