今回の柱合会議の議題は、さほど大きいものはなく、それぞれの鬼狩りの成果報告が主な内容だった。
故に義勇には、その会議の内容が頭の中に全然入って来なかった。
早くこの会議を終わらせて、炭治郎の許に戻りたい。ただそれだけを考えていた。
そして、そんな中、義勇の報告の番となったので、義勇はそれを軽く済ませようとした。

「……おい、ちょっと待てェよ」

だが、それを遮るかのように実弥が口を挟むのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「おいおい、冨岡。そんな報告でマジで済ませる気かよゥ?」
「……何が悪い?」
「悪いに決まってるだろうがァ!」

義勇の言葉に実弥は、義勇の事を睨みながらそう吠えた。

「テメェ……俺に指令押し付けておいて、テメェ自身は全然鬼を狩ってねェのは、どーいうつもりなんだよォ!!」

そう。義勇が自分のところに来ていた指令の大半を振っていた人物というのが、実弥だった。
その次に多く振っていたのは、煉獄である。
彼ら二人の実力なら、問題なく俺の指令も任せる事ができる。
そう思って振っていたつもりだったのだが、あの怒りようからして、かなりの負担になっていたのかもしれない。
これは、実弥には申し訳ない事をしてしまったようだ。

「…………そうか……不死川には……無理だったのか……」
「!!」

実弥なら、安心して俺の指令を任せられると思っていたのだったが、俺の配慮が足りていなかった。
今度からはなるべく煉獄にお願いすることにしよう。
そういう思いで義勇はそう言ったのだったが、この言葉はあまりにも少なかった。
そして、まるで憐れむような目つきで実弥の事を見つめていってしまった為、二人の間で完全に勘違いが生じた。
故に、実弥はキレるのだった。

「冨岡! テメェ!! 俺の事、見下してんじゃねェよ!!」
「キャー! 不死川さん! けっ、喧嘩は、ダメだよっ!! ダメダメ!!」
「…………」

そして、今にも義勇に殴りかかりそうな勢いの実弥の事を蜜璃が慌てて二人の間に入って止めようとした。
隊員同士でやり合う事は、御法度だからであり、ましてや産屋敷が目の前にいるからだ。
だが、義勇に至っては何故、実弥がこうも怒っているのかわからないといったような表情を浮かべるのだった。

「うるせェよ! 大体、こいつが…………あ゛っ」
「!!」

蜜璃の抗議に実弥がそう言ったその時だった。
実弥の手からおはぎが落ちて床に転がったのは……。
それを見た義勇は、瞠目した。
そんな義勇の表情を見て、実弥は思わず鼻で嗤った。

「……おっと、悪ィなァ。ちょっと、手が滑ったわァ」
「不死川さん! 何て事するんですか!!」
「そうですよ! せっかくのおはぎが!!」
「うっ、うるせェなァ! 大体、こんなモン差し入れしてくる冨岡が悪いだろうがァ!!」
「…………」

その実弥の言葉に反応したのは、義勇ではなく、しのぶと蜜璃だった。
二人は、もうこのおはぎのファンになっていたからだ。
その二人の思ってもみない抗議に実弥は、若干たじろいだ。
だが、そんな三人のやり取りなど、今の義勇には目に入って来なかった。

――――おはぎです! ちょっと、はりきり過ぎて作り過ぎたんですけど……よかったら、鬼殺隊のお仲間さんたちと一緒に食べてくださいっ!

義勇の目に浮かんでいたのは、あの時の炭治郎の顔だった。
そして、その瞬間、義勇の中で何かが弾ける音がした。
その様子に誰よりも早く気付いたのは、一番近くにいたしのぶだった。

「……冨岡さん?」
「――――まれ」
「アァン?」
「あいつに謝れっ!!」
「!!」

その義勇の大声に産屋敷と童子を除く皆が驚いた。

「……あいつが……これをどんな想いで作ったかも知らないくせに粗末に扱うなっ!!」
「は? そもそも、誰がこんなモン差し入れしろってい――」
「黙れ」
「っ!!」
「とっ、冨岡さん!?」

実弥がそれを言い終わるよりも早く、義勇が実弥に近づきそのまま一気に実弥に一発蹴りをお見舞いした。
それを諸に食らった実弥は、派手に吹っ飛び、しのぶが驚きの声を上げる。
許せなかった。炭治郎がせっかく作ってくれたおはぎに対しての扱いが……。
炭治郎は、おはぎを作る為にいつもより少しだけ早起きをして作ったと言っていた。
だが、もともと炭治郎は、弟や妹たちの世話や家の手伝いをする為にいつも朝が早く、そして、夜遅くまで起きているのだ。
その事からもわかるように、あの日の炭治郎は、ほぼ寝ずにこのおはぎを作ってくれたという事だ。
俺たちの為に眠い中、一生懸命作ってくれた結果、炭治郎は体調まで崩してしまったのだ。
その好意を実弥が踏みにじった事がどうしても義勇には許せなかった。

「…………テメェ、よくも!!」
「文句があるなら、かかってこい!」
「アァ……上等だァ、コラァ!!」
「ちょっと、二人共やめなさいっ!!」
「二人共、やめてよぉ!!」
「「!!」」

しのぶと蜜璃が必死に二人を止めようとするが、二人共頭に血が上っている為かその声は届いていなかった。
そして、二人が本当に喧嘩を始めようとしたその時、辺りにバアァンという大きな音が響き渡った為、二人は静止した。

「…………座れ。……今、お館様の御前である事を忘れるな」
「「!!」」

両手を合わして両目から涙を浮かべる男の、岩柱の悲鳴嶼行冥の言葉を聞いて義勇たちは、漸く我に返った。
頭に血が上っていたせいでここに産屋敷がいた事をすっかり忘れてしまっていた。

「…………今、何が起こったのかな?」
「不死川様がおはぎを落とした事に冨岡様が怒り、不死川様に見事な蹴りを入れました」
「そうかい。……どんな理由があろうとも、食べ物を粗末に扱う事はよくないね、実弥」
「! も、申し訳ありません、お館様……」
「義勇も。どんな理由があっても、仲間を傷付ける事はよくないよ」
「も……申し訳……ございません」
「うん。じゃあ、今回の柱合会議は、これでもうお開きにしよう。みんな、また半年後まで、よろしく頼むね」

目が見えない産屋敷は、童子に事の状況を確認すると、それに童子は丁寧に答えた。
それを聞いた産屋敷が実弥と義勇に対してそれぞれそう言うと二人は、素直に謝った。
二人の反応を聞いた産屋敷は、にこやかに笑ってそう言うと柱合会議を終了させた。
産屋敷の言葉に柱たちは皆「御意」と声を揃えてそう言うとその場から解散しようとする。

「……義勇。すまないが、この後少し別室で話せないかい?」
「えっ?」

しのぶに若干の小言を言われつつ、義勇もこの場から立ち去ろうとしたところで、そう産屋敷に義勇は呼び止められ困惑した。
一刻も早く炭治郎のところに戻りたいのに……。

「駄目かな? 君がしのぶに頼んでいたものの結果が分かる間だけでも構わないんだが?」
「「!!」」

その産屋敷の言葉に義勇だけではなく、しのぶも驚いた。
あの話をした場には、俺としのぶしかいなかったはずだったのだが、たまたま産屋敷にも聞かれていたという事だろうか……。

「しのぶ。その結果について、私も是非知りたいから、わかり次第私の部屋に来て報告してくれないかい?」
「あっ……はい! お、お任せくださいっ! それでは、失礼しますっ!!」

産屋敷のお願いにそうしのぶは、慌てて答えるとすぐさまその場から立ち去って行った。
しのぶのあの反応から考えると、すぐにあれの事を調べてくれるだろう。
産屋敷の事を待たせるわけにはいかないから……。

「……それじゃあ、私の部屋に行こうか? 義勇」
「…………はい」

こうなってしまったら、義勇も断る事など出来なかった。
こうして、義勇は、しのぶの検査が終わるまで産屋敷の部屋にいる事になるのだった。





* * *





「……ったく! 何なんだよ! 冨岡の奴はァ!!」

今回の柱合会議は、実弥にとっては散々なものだった。
原因は、もちろん、冨岡義勇のせいである。
実弥は、何故か最近、冨岡の鎹鴉が俺のところにやって来ては、俺に指令を伝えて来るようになったのだ。
最初の頃は、間違えて俺に伝えに来ているのだと思っていた。
何せ冨岡の鎹鴉は、結構な年寄りだからだ。
だが、それはどうやら間違いだった。
あいつが意図的に俺に指令を振って来ているのだと、日に日にわかってきた。
何故、こんな事をするのか?
これは、新手の嫌がらせではないのかとも考えたくらいだ。
冨岡は、常々「自分と俺たちは違う」と言っていた。
あいつは、ずっと俺たちの事を見下しているのだ。
それは、今日の柱合会議での態度や発言からもよくわかった。
半年に一度行われるこの柱合会議にギリギリにやって来たあいつ。
会議に遅れてきたにもかかわらず、お館様への挨拶をあっさりとやったあいつ。
そして、あいつの報告内容について疑問を感じ、問いただした時のあの発言。

――――…………そうか……不死川には……無理だったのか……。

ムカつく! あの憐れんだような表情が!!
だが……。
ふと、実弥が目に留まったのは、俺の手の中にある形の崩れたおはぎだった。
あいつが差し入れとして持ってきたおはぎ。
俺の好物だったから、会議が終わってからゆっくり味わって食べようと思って取っておいたのに、あの弾みでうっかり落としてしまった。
正直かなりショックだったのだが、それ以上にあいつが見せた表情が意外過ぎてつい思ってもみない事を口走ってしまった。
これを作った奴には、何の恨みをないはずなのに……。
形の崩れたおはぎを暫く見つめた後、実弥はそれを口にした。

「…………ヤバイ……コレ……」

あいつらがこれを食べているときの反応から大体は想像していたつもりではいたが、それ以上にこれは美味かった。
とても、優しい味だ。もっと、ちゃんと味わって食いてェくらいに……。

(……一体、どんな奴だよ? コレ、作った奴はよゥ……)

こんな美味いおはぎを作り、あいつにあんな顔までさせる奴が一体どんな奴なのか気になって仕方ねぇ……。
そいつにいつか会えたらいいなァと、思いながら実弥はひたすらおはぎを食べるのだった。









守るものシリーズの第5話でした!
今回のお話も前回から引き続き、柱合会議のお話になります。
ここで漸く、柱全員を喋らせることに成功しました。(若干無理やりかもですがwww)
今回は、ただただ義勇さんをキレさせたかっただけの回だったりしますwww
これきっかけで実弥さんも炭治郎くんの事を気になってくれたらいいなぁとか思ってます。

【大正コソコソ噂話】
その一
冨岡さんが差し入れしたおはぎに反応していたのは、実弥さんでした。
ですが、冨岡さんや他の柱たちの前で大好きなおはぎを食べる事に少し抵抗を感じてしまった実弥さんは、おはぎを柱合会議が終わってからゆっくり味わう予定でしたが、冨岡さんさんとの言い合いにより落としてしまいました。

その二
柱合会議中、実弥さんだけおはぎを食べていない事を冨岡さんは、若干気にしていました。
なので、柱合会議が円満が何事もなく終わっていたら、「食べないのか?」と声をかけるつもりでいた冨岡さんでした。


R.3 1/13