「はい! 義勇さん! これ、俺が作ったおにぎりですっ! よかったら、食べてくださいね!!」
「……ああ……ありがとう」

そして、義勇が旅立つ日、炭治郎は義勇にお弁当を作ってくれた。
これから暫くの間、炭治郎が作った鮭大根が食べられないと考えると寂しくて仕方ない気持ちをグッと押し殺して義勇は、それを受け取った。

「あと……もし、これもよかったら……」
「? これは……?」
「おはぎです! ちょっと、はりきり過ぎて作り過ぎたんですけど……よかったら、鬼殺隊のお仲間さんたちと一緒に食べてくださいっ!」
「炭治郎……」

そして、もう一つ炭治郎から手渡された小包の中身を聞いたら、そう笑って炭治郎は答えた。
炭治郎は、俺が鬼殺隊の面々と距離がある事をまだ気にしているのだろうか?
少しでも他の柱たちと仲良くなれるきっかけになればと思って、大量におはぎを作ってくれたのだろう。
義勇としては、炭治郎さえいれば、他の柱たちにどう思われても、もうどうでもよかったのだが、その炭治郎の気遣い自体が嬉しかった。
間違いなく、炭治郎はいい嫁になる。
せっかくなので、柱合会議の時にでも渡してみよう。

「? ……炭治郎。少し、疲れていないか?」
「えっ? そっ、そんな事ないですよ。……ちょっと、いつもより少しだけ早起きして、作っただけですから……」
「だが……手がいつもより熱い。……それに顔も……少し赤い」

義勇は、炭治郎からおはぎを受け取った際に炭治郎の異変に気付き、そう問いかけた。
受け取った際に触れた炭治郎の手がいつもより熱く感じた。
それに、顔も少しばかりか赤いようにも見える。
もしや……。

「炭治郎……熱でもあるのか?」
「えっ!? いや……そんな、大した…………っ!?」

そう炭治郎が言い終わるよりも早く義勇は、自分の額を炭治郎の額に押し当てて熱を測った。
すると、やはり炭治郎は熱があるようで炭治郎の額は熱かった。
それが、俺の弁当やおはぎを作ってくれた事で体調を崩してしまったのなら、非常に申し訳ない気持ちになった。

「…………やはり、熱があるな……」
「……あっ、あの……義勇さん///」
「?」

そんな義勇の行動に炭治郎は、ただただ驚いたように目を丸くさせ、口をパクパクさせている。
その様子に義勇は、不思議そうに首を傾げた。
俺は、何かおかしなことをしただろうか?

「……あっ、あの……その……ちょっとだけ……近い……です///」
「っ!!」
「はあああっ!!」

その恥ずかしそうな炭治郎の言葉を聞いて、自分の取った行動が物凄く大胆であった事に義勇は漸く気が付いた。
そして、それと同時に背後から物凄い殺気を感じ取り、義勇はすぐさま炭治郎と距離をとった。
その瞬間、義勇が先ほどまでいた位置に禰豆子の蹴りが見事に減り込んだ。

「……冨岡さん。避けるなんて、ヒドイじゃないですか♪」
「いや……。当たったら、痛そうだ」
「イヤですねえ。痛くなかったら、蹴りをお見舞いする意味なんてないじゃないですか♪」
「…………」

禰豆子のその笑みが知り合いの蟲柱の黒い微笑みに似ていたので、流石に義勇も固まった。
彼女は、もしかしたら、鬼殺隊に入隊すれば、結構いい働きをするのではないかと一瞬思ってしまった。
それくらい今の動きは、よかった。
あの尋常ではないくらいの殺気さえなければ……。

「…………俺は、そろそろ行く。……体調も悪いようだから、夜はあまり出歩くな。あと……これを渡しておく」
「? これは……?」
「藤の花の香り袋だ」

それは、今日の早朝に鎹鴉から無事に受け取った藤の花の香り袋だ。
鎹鴉が口の中に入れずにちゃんと頸に下げて持ってきたのを見た時は、義勇も内心ホッとしながらそれを受け取ったのだった。

「藤の花……?」
「ああ、鬼は藤の花を嫌う。……俺がいない間は、それを持っていろ」
「……とってもいい匂い。……はい! わかりました! ありがとうざいます、義勇さん!!」

義勇の話を聞いた炭治郎は、香り袋の匂いを嗅ぐとそう言って本当に嬉しそうに笑った。
こうして、義勇は、一度竈門家を離れて柱合会議に参加すべく、本部へと向かった。
だが、この時の義勇はまだ知らなかった。
義勇が炭治郎の許を離れる事をずっと待っていた人物がいた事に……。

そして、それによって、一つの悲劇が起きてしまう事を……。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「…………あら? 冨岡さん。随分と遅かったんですね」

本部に着いた途端、そう義勇に声を掛けてきたのは、先端の方が紫色になっている長い髪をギチギチの夜会巻きにした一人の少女だった。
彼女の名前は、胡蝶しのぶ。
義勇と同じく柱の一人で蟲柱を務めている。
身軽に動ける分、華奢な身体故、鬼の頸を斬り落とす事が出来ない彼女は、藤の花の毒を用いる事で鬼を殺すことが出来る。
彼女は、鬼の前でも決して笑みを絶やさない。ある意味、怖い女性である。

「…………もうみんな……揃っているのか?」
「はい。冨岡さんとお館様以外は、全員」
「そうか……」
「遅くなった事に言い訳はしないんですか?」
「お館様がまだ来てないなら、ギリギリ大丈夫だと思うが?」
「まぁ……それもそうですねぇ……」

義勇の言葉にしのぶは、若干眉を顰めつつも、それなりに納得したようだった。
事実、会議の開始時刻にはまだ、なっていない。
それでも、到着がギリギリになってしまったのは、やはり鎹鴉が日取りを間違えていたからであった。
無論、それを責めるつもりは義勇にはない。
こうして、間に合ったのだから……。

「…………胡蝶。お前に頼みたい事がある」
「会議にギリギリに来ておいて、今度は頼み事ですか?」
「この……布に付いた血を調べて欲しい」
「ちょっと、人の話、聞いてますか? 冨岡さん?」

しのぶの呆れた様子などお構いなしといった感じで義勇は、一枚の布を取り出してそれをしのぶに渡した。
それには、少量だが血が染み込んでいた。

「この布に付いた血が、稀血かどうかを調べて欲しい」
「稀血? 何でまた、そんな事を冨岡さんが調べているんですか?」
「…………」
「それに、私に頼み事するのに、お礼もないんですか? それだから、冨岡さんは――」
「お礼ならちゃんとする」
「はうっ!」

義勇がそう言うのとしのぶの口に何かが突っ込まれたのは、ほぼ同時だった。
突然、口を塞がれたしのぶは、それに驚いて布を掴んでいる方とは別の手でそれを掴んで口から一度外した。

「なっ、何ですか!? いきなりっ!?」
「何って……おはぎだが?」
「そういう事ではなくて! おはぎをいきなり突っ込む何てどういう事ですか!? こんなにもか弱い乙女に対して!!」
「…………」

そのしのぶの言葉に義勇は、憮然とした。
蟲柱をやっている時点で決してか弱くはないと思うのだが……。
だが、そんな事を口にしたら、こっちの頼みを聞いてもらえないと本能的に察した義勇は、それを言わなかった。
そんな義勇に対して、しのぶは改めておはぎを口にすると、驚いたように目を丸くした。

「このおはぎ……とっても美味しいですね!」
「そうだろ。……一生懸命、作ったから」
「えっ!? これ、冨岡さんが作ったんですか!?」
「いや、俺じゃない。……何で、俺だとそんな嫌そうな顔をする?」

義勇の言葉を聞いたしのぶが心底驚いたような表情をしたのに対して、義勇は更に憮然とした。
確かに今言った言葉は間違っていたが、俺がおはぎを作ったら駄目なのか?
そんな義勇の反応に対してしのぶは、面白そうに笑みが浮かべた。

「いえいえ。本当にそうだったら、面白いだろうなぁ、と思っただけです♪」
「…………これは、俺の知り合いが持たせてくれたものだ。……みんなで食べて欲しいと言われたから持ってきた」

炭治郎が作ったおはぎは、本当に美味しかった。一人で全部食べたいくらいに……。
だが、それをしなかったのは、顔も名前すらも知らない柱たちに対しての炭治郎の気遣いの為だ。
帰った時にこの感想を聞かせてやれば、きっと炭治郎は、喜んでくれるだろう。そう思ったからだ。
そんな義勇に対して、しのぶは不思議そうに義勇の事を見つめた。

「…………何だ?」
「いえ。……ですが、冨岡さん。何だか少し見ないうちに変わりましたね」
「……何処が?」
「んー……上手くは言えないんですけど……雰囲気が少し、優しくなったような気がします。何かあったんですか?」

そのしのぶの言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは、炭治郎の顔だった。
炭治郎が俺に笑いかけてくれるだけで、俺も嬉しかった。
炭治郎と過ごした時間が少なからず俺の心にも影響を与えたのかもしれない。
炭治郎の事を思い出しただけで、また逢いたいと思ってしまった。
そして、自然と口元も緩んでしまっている事に義勇は、気付いていなかった。

「…………ああ、ちょっとな」
「!!」
「とにかく、血の検査を頼む。あと、それをみんなに配ってくれ。俺だと、間違って全部自分で食べてしまいそうになるから」
「何ですか、それ。……はいはい。わかりましたよ。その代わり、私は多めにもらいますからね、おはぎ」
「ああ、好きにしろ」

しのぶに向かってそう言うと義勇は、会議が行われる部屋へと向かって歩き出した。
その義勇の背中をしのぶは暫く見つめていた。
冨岡さんは、骨まで冷えているんだと思っていた。
だけど、先ほど見た笑みは、そうではなかった。
とても優しい笑みだった。
一体、何が彼を変えたのだろうか……。

「…………何をしてる。早く行くぞ」
「! ちょっと、待ってくださいよ、冨岡さん!!」

義勇のその声を聞いて、しのぶも漸く足を動かして会議が行われる部屋へと向かうのだった。





* * *





「はいは~い。みなさん、冨岡さんも漸く来ましたよ~」

そう言いながら、しのぶは、会議が行われる部屋の戸を開けた。
義勇の方が先に部屋へと向かっていたはずなのに、やはりしのぶの動きは速かった。
戸を開けるとそこには、お館様である産屋敷を除く柱たちが座っており、皆の視線が一斉に義勇へと集まるのだった。

「うわぁー! 冨岡さん、お久しぶりです! 元気にしてましたかぁ?」
「あ、ああ……」

そんな義勇に対して真っ先に声を掛けてきたのは、桃色から緑色のグラデーションという特徴的な髪を三つ編みにしている少女だった。
彼女の名前は、甘露寺蜜璃。
恋柱を務めており、見かけによらす並外れた筋力を持つ剣士である。

「……いいご身分だなァ。冨岡。柱合会議にギリギリでやってくるなんざァ」
「それとも、何? 会議に参加する気がなかったのか? 貴様には、柱としての自覚はないのか?」
「どうせなら、もっと派手に遅刻でもすればよかったものの! そう、ド派手に!!」
「まぁまぁ、三人共! そう言うではない!! きっと、冨岡にも色々と事情があったのだろう!!」
「…………」

そして、義勇に対して一人の青年の言葉に続くかのように三人がそれぞれ喋り出す。
最初に口を開いたのは、全身傷だらけの凶悪な面相をしているの青年が、風柱を務めている不死川実弥。
次に口を開いたのは、口元を包帯で覆い髪で片目が隠れている青年が、蛇柱を務めている伊黒小芭内。
その次に口を開いたのは、輝石をあしらった額当てを着け、パンクファッション風の派手な化粧をしている青年が、音柱の宇髄天元。
そして、最後の一人は、炎のように逆立った髪を持ち、双眸を見開いた眼力を持つ明朗快活な青年が、炎柱の煉獄杏寿郎である。
四人の会話にいちいち反応するのが面倒だったので義勇は、ただただ無言を貫いていた。
そして、その義勇の態度に気付いたしのぶが少し溜め息をつくと、この場を収めるべく動き出す。

「煉獄さんの言う通りですよ。ギリギリですが、冨岡さんはちゃんと時間には間に合っています。それに、ほら! 冨岡さんから差し入れもいただきました♪」
「えっ? 差し入れ!?」

しのぶの言葉に誰よりも早く食いついたのは、蜜璃だった。

「はい! しかも、おはぎです! さっき、私も一つだけいただきましたが、とっても美味しかったですよ♪」
「おっ、おはぎ!!」
「っ!!」

しのぶの言葉を聞いた蜜璃は眼をキラキラさせ、その口からは少し涎が出ていた。
そして、その言葉に反応した人物が意外にももう一人いた。
それは、実弥だった。「おはぎ」という単語を聞いた途端、実弥の身体がピクリと動いたように何故か見えた。
義勇の気のせいかもしれないが……。

「はいは~い。それでは、私がみなさんに配りますので、どうぞ召し上がってください♪」

しのぶは、そう言うと義勇を含め、柱たちにおはぎを配り始める。
その量は、ある程度、均等ではあったが、しのぶと蜜璃の分だけ若干多くなっているように感じた。

「……うわあ! このおはぎ、すっごく美味しい!! 伊黒さんも食べてみて!!」
「あっ、うん……。うん、確かに美味しい……」
「だよね! だよね!! 私、このおはぎだったら、何個でも食べれちゃう♪」

蜜璃は、しのぶからおはぎを受け取るとすぐにそれを口に頬張った。
そして、その瞬間、蜜璃は眼をキラキラさせて、おはぎを食べる事を伊黒にも勧めた。
それに対して伊黒は、若干戸惑いつつも蜜璃に促されるまま、おはぎを口にした。
すると、その味に正直な感想が伊黒の口から洩れた。

「よもや! これは、うまい! うまい!!」
「確かに、派手さはないが、結構いけるな!!」
「…………うん。すっごく美味しい、これ」

そして、最後にそう静かに呟いたのは、腰に届くほどの長い髪を持つ小柄な中性的な少年だった。
彼の名前は、時透無一郎。
剣を握って僅か二ヶ月という異例の早さで霞柱まで昇格したまさに天才剣士だった。
いつも何処かぼんやりとしている彼がそう言ったのだから、炭治郎のおはぎがどれほど美味しいのかがよくわかった。
これで、戻った時に胸を張って炭治郎に感想を伝えられる。

「よかったですね、冨岡さん! 頑張った甲斐がありましたよ」
「えっ? えっ!? まさか、このおはぎ、冨岡さんが作ったんですかぁ!?」
「俺じゃない」

だが、しのぶがわざとそう言った言葉に柱たちが一瞬固まった。
そして、蜜璃が恐る恐るそう尋ねるのに対して義勇は即答し、溜め息をついた。

「これは……俺の知り合いが作ったものだ。……ここに行くと伝えたら、お前たちにもどうぞって」
「そうなんですねぇ! その人、冨岡さんの事、きっと好きなんですねぇ♪」
「……そう……だと、嬉しい」

蜜璃の言葉にそう義勇は言った。
わかっている。俺と炭治郎の好きの意味は、違う事は……。
でも、何時か同じになってくれたら、嬉しいと思う。
そして、この時の義勇は、また気付いていなかった。
義勇の口元が自然と緩んでいて、それを見た柱たちが驚いて固まっていた事に……。

「…………おや? 今日は、何だか美味しそうな香りが漂っているようだね」

そして、その直後、背後から一つの声が降ってきた事に義勇は、すぐさま振り向いた。
そこには、一人の青年と二人の童子が立っていた。
彼こそが、この鬼殺隊の最高管理者であり、産屋敷一族の第九十七代目当主の産屋敷耀哉である。

「よく来たね。私の可愛い剣士(こども)たち。今回も顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

そして、産屋敷がにこやかにそう言ったのを聞いた柱たちは、一斉に彼に頭を下げた。

「……お館様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」
「ありがとう、義勇。君も元気そうでよかったよ。……これは、君の差し入れかい?」
「はい……おはぎです。お館様も食べられますか?」
「ああ、是非ともいただこう」

義勇の問いに産屋敷は、にこやかにそう答えた。
それを聞いた義勇は、自分の分のおはぎを一つ取り、産屋敷の手に乗せた。
それを確認した産屋敷は、ゆっくりとおはぎを自分の口へと運んだ。

「…………うん。とても美味しいよ。これを作った人は、とても優しい人なんだろうね」
「はい。その通りです」

おはぎを食べた産屋敷のその感想に義勇は、そう言って頷いた。
おはぎを食べただけで炭治郎の人柄までわかってしまうお館様は、流石だと義勇は思った。

「……さあ、みんなも食べながらでいいから、早速柱合会議を始めようか」

こうして、義勇にとっては長い長い柱合会議が始まるのだった。









守るものシリーズの第4話でした!
今回から漸く義勇さんが柱合会議に向かいます。
義勇さんは、絶対に無自覚で炭治郎くんにこんなことしちゃうんだろうなぁと思いながら前半は書きました。
後半の方で漸く柱たちが登場します。全員を喋らせたかったのですが……一人だけどう頑張っても今回の話では無理でしたwww
※誰かは、読んでからのお楽しみという事で♪

【大正コソコソ噂話】
その一
炭治郎くんがおはぎを作ったのは、冨岡さんの話を聞いて「冨岡さんは鬼殺隊の仲間から浮いているのでは?」と本気で思ったからです。
おはぎを差し入れる事で仲間との距離が少しでも縮まればいいと思い、いつもより早起き(と言うかほぼ寝てない状態)してたくさん作りました。

その二
炭治郎くんに渡した藤の花の香り袋は、一つのみでした。
本当は、予備も含めて二つ渡したかったのですが、冨岡さんの鎹鴉がおじいちゃんという事もあり、二つを首に下げて飛ぶことはできませんでした。
また、冨岡さんから無理して口に入れて運ぶなと言われていたこともあり、仕方なく断念したのでした。


R.3 1/13