冨岡義勇は、悩んでいた。
その原因は、とある少年の存在。そう、竈門炭治郎である。
彼と出逢ってだいぶ月日は経ってはいるのだが、鬼の出没は後を絶たなかったのだ。
そして、鬼の出没は、日に日に増しているようにも思えた。
今まで鬼狩りをやって来て正直こんな事はなかった思う。
一体、炭治郎の何がそんなにも鬼を惹きつけているのだろうか?
もしかしたら、炭次郎は稀血ではないかとも考えた。
稀血。それは、非常に珍しい性質の血液を持った人間の事。
鬼がその人間を食べると普通の人間五十~百人分を食べた事に相当する力を得られると言われている。
もし、そうだとしたら、これからも炭治郎は、鬼に襲われ続けるかもしれない。
一度、本部に連れて行ってちゃんと調べてもらった方がいいかもしれない。
だが、きっと炭治郎は、それを嫌がるだろう。
ここには、炭治郎の家族がいる。
母や幼い弟や妹たちを残してまで本部には決して行きたがらないだろう。
炭治郎は、優しいから……。
なら、俺にできる事は何か。そんな事は、決まっていた。
俺が、炭治郎の傍にいる。
そして、一体でも多くの鬼を倒す。それだけだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「義勇さんの連れている鴉って本当に頭がいいですよねっ!」

そう言って炭治郎は、指令を伝えに戻ってきた義勇の鎹鴉の事を優しく撫でた。
鎹鴉も炭治郎に撫でられる事が好きなのか、大人しくしている。
正直、それが羨ましくて仕方ない気持ちを義勇はグッと抑えながらそれを見つめていた。

「……そうか?」
「はい! だって、人の言葉を喋れる鳥なんてそうそういないですよっ!」

確かに、人語を話す事が出来る鳥なんてそうはいないか。
鬼殺隊なら結構普通に見かける光景な事でも、炭治郎のような一般人には珍しいかもしれない。

「…………あっ、そういう意味なら……『飛鳥』もか」
「? ……『飛鳥』?」
「はい! 俺の友達なんです! 山の洞窟にいつも独りでいるんですけど……」
「……もしかして、お前がいつも独りで山に言っていた理由は……?」
「はい。飛鳥に会いに行ってました」
(そういう事か……)

ずっと、義勇は疑問に思っていた事があった。
炭次郎は毎晩、皆が寝静まった頃合いを見計らって家を抜け出しては、何処かに行っていたのだ。
そのせいで、何度か鬼に襲われそうになり、その都度、義勇が駆けつけて助けていたのだった。
何故、そんな事をするのか、炭治郎に聞いてもその理由をずっと教えてくれなかったのだが、今それを理解した。
その事に気付いた炭治郎は、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「すみません。……本当は、ちゃんと事情を説明した方がいいとは思っていたんですけど……信じてもらえないと思って……。それに、飛鳥の奴、俺以外の人が近づくのを極端に嫌がるんです。……いつか、義勇さんにもちゃんと紹介しますね」
「……いっ、いや……別にそこまで――」
「ダメです! 俺、義勇さんの事も飛鳥の事も大好きだから、二人共仲良くなって欲しいんですからっ!!」
「っ!?」
(いっ、今、たっ、炭治郎は……何と言ったんだ!?)

炭治郎の言葉を聞いた義勇は、激しく動揺した。
俺の聞き間違いでなければ、炭治郎は俺の事を『大好きだ』と言ったような気がする。
それは、つまり……。

「……炭治郎……今……俺の事……好きって……言ったか?」
「はいっ! 俺、義勇さんの事、大好きですよっ!!」
「っ!!?」

やはり、さっきのは聞き間違いではなかった。
こんなにも嬉しい事があって、いいのだろうか……。

「……あと、母さんや禰豆子、竹雄に茂や花子、そして、六太も大好きですっ!!」
「…………」

だが、次に炭治郎から発せられた言葉を聞いた義勇は憮然とした。
そんな義勇の様子に炭治郎は、不思議そうに首を傾げた。

「あれ? 義勇さん……怒ってますか?」
「怒ってなどない」
「えっ? けど……」
「本当に怒ってなどない。だが、暫くは夜の外出は禁止だ」
「ええっ!?」
「何か文句でもあるのか?」
「……いえ、ありません;」
「わかればいい。……俺は、少し指令の内容を確認してくる」

炭治郎にそう言い放ち、彼の手から鎹鴉を奪い取ると義勇は、さっさとその場から離れる。
あぁ、俺は、何て大人気ないのだろうか。
炭治郎に図星を突かれて、ついあんな態度を取ってしまった。
炭治郎は、俺の感情を嗅ぎ取ってああ言ったのだろう。
確かに、俺は、怒っていた。
だが、それは、炭治郎に対してではない。俺自身にだ。
炭治郎の言葉を聞いて変に期待をしてしまった俺自身に……。
炭治郎は、まだ十三歳の子供だ。
俺とあいつの好きという意味が同じであるはずがないのに……。
俺と同じだと勝手に思い込んでしまった俺の未熟さに、俺は怒って、そして、炭治郎に八つ当たりしてしまったのだ。
本当に情けないと思いつつ、義勇は足を進めるのだった。





* * *





「…………ギ……義勇……」
「今回の指令は何だ?」

義勇は、毎日欠かさず鎹鴉から届く指令をちゃんと確認して選別を行っていた。
炭治郎の家から近いものであれば、なるべく自分でこなし、そうでないものは、他の者に担当してもらう為だ。
だが、自分に来ている指令である故、誰でもいいわけではない。
柱に割り振られる指令は、難しいものが多い。
故にちゃんと内容を確認して、任せる人物を決める。
そのせいか、指令を割り振っている人物がある人物に偏ってしまっている事に義勇自身は、気付いていないのだが……。

「……イヤ……今日ハ……指令ジャナイ……」
「? 指令じゃ……ない?」
「柱合会議ノ……日程ガ……決マッタト……」
「!?」

だが、次に言われた鎹鴉の言葉に義勇は瞠目した。
柱合会議。それは、半年に一度、柱全員が鬼殺隊当主の下に集結し、行われる会議の事だ。
鬼狩りに関する事の他、隊の中で揉め事があればこの場で決を採って対処を決めたりするのだ。
もう柱合会議を行うような時期になっていたのか……。

「……で、日取りは何時だ?」
「…………確カ……十日後……ダッタハズ……」
(そこは、言い切って欲しいんだが……)

自信なさ気にそう言った鎹鴉の言葉に義勇はそうツッコミたくなる気持ちをグッと抑えた。
日取り次第では、何時ここを発たねばならないのかが決まるのだから……。
一層の事、サボってしまおうか……。

――――……人を助ける仕事……ですか。……義勇さんは、とってもカッコイイ仕事をしているんですね! 俺、尊敬しますっ!!

だが、頭に浮かんだのは、何時ぞやの炭治郎の言葉だった。
あんなにも目をキラキラさせて俺を見つめてくれた炭治郎の期待を裏切る事など出来なかった。
これも立派な仕事なのだから……。
鎹鴉の記憶が曖昧なら、早めに動くだけの事。
そう、それはいつもと同じ事だ。

「…………スマナイ……義勇」
「? ……何故、お前が謝る?」
「ワシガ……チャント日取リヲ……覚エテイタラ……ギリギリマデ炭治郎ノ傍ニ……イレタハズナノニ……」
「それは、お前のせいじゃない。本来だったら、鬼狩りは、同じ場所に長く留まるべきではないのだから」
「ジャガ……」
「それに、遅れたら、お館様に悪い。……終わり次第、またここに戻ればいい」
「ジャガ……」
「なら、一つだけ頼みたい事がある」

鎹鴉に言った事は、俺自身にも言い聞かせる為に言った事だった。
鬼は、神出鬼没だ。故に、本来だったら鬼殺隊は、同じ場所に長く留まるべきではないのだ。
でも、それをしてしまっているのは、俺の我儘だ。
炭治郎の傍にいて、あいつの事を守りたいという俺自身の我儘なんだ……。
だが、義勇の言葉を聞いても鎹鴉は、相変わらず申し訳なさそうにしている為、義勇はある提案をした。

「……藤の花の香り袋を……隠からもらってきて欲しい」

鬼は、藤の花を嫌う習性がある。
故に隠が作る藤の花の香り袋は、鬼除けの効果がある。
俺がここを離れている間にも炭治郎は、鬼に狙われるかもしれない。
なら、その可能性を少しでも未然に防ぎたかった。

「……ワカッタ……今スグモラッテクル」
「ああ、頼む。……だが、無理して呑み込んで運ぶな。喉に詰まったら、大変だからな」
「アア……ワカッタ。デハ、イッテクル!」

その義勇の思惑がわかったのか、そう鎹鴉は答えるとゆっくりと翼を羽搏かせ、飛んでいった。
それを義勇は、静かに見送った。

「…………あれ? 義勇さん、鴉の姿ありませんけど?」
「ああ……。たった今、お使いを頼んだところだ」
「あっ、そうだったんですね。何だか疲れているようだったので、後で身体を解してあげようかと思ってたんですけど……」

鎹鴉が飛び立ってから暫くすると、義勇の近くに炭治郎がやって来て、鎹鴉の姿を捜し始めた。
それに対して、義勇がそう言うと炭治郎は、少し残念そうにそう答えた。
あの鴉、炭治郎が優しいのをいい事にそんな事までしてもらっていたのか。非常に嫉妬する。

「……炭治郎。……俺の身体も少し凝っているから……解してくれないか?」
「えっ? あっ、はい! いい――」
「ダメ!!」

決して変な意味はないが、若干身体が凝っていた義勇は、少し躊躇いつつもそう炭治郎に提案した。
それを聞いた炭治郎は、少し驚いたように目を丸くさせたが、快くそれを承諾してくれそうになった。
だが、それを誰かが二人の間に割って入って阻止をする。
それは、他でもない、禰豆子だった。

「お兄ちゃんが優しいからってあまり調子に乗らないでくださいね、冨岡さん」
「あっ、いや……本当に……身体が凝っていたから……」
「だったら、私が代わりにやってあげます。覚悟してくださいね、冨岡さん♪」
「えっ?」

義勇の言葉を聞いた禰豆子は、そう言うとにっこりと微笑んだ。
それは、とても可愛らしい笑顔のはずなのに、何故か怖いと感じてしまった。
それを炭治郎もなんとなく感じ取ったのか、慌てて禰豆子の手を取った。

「ねっ、禰豆子。あっ、あまり、義勇さんに変な事するなよ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん! 私……女の子だから♪」
「「…………」」

その晩、義勇は禰豆子から、それはもう激しい揉み療治を受ける事になるのだった。











「……禰豆子。押してもらったツボ、よく効いた。また、やってくれないか?」
「えっ? 嘘でしょ!?」
「よかった! 禰豆子は、本当は人の身体を解すの、上手だもんなぁ」
「そっ、そんな事ないよ、お兄ちゃん!」
「いや、上手かった。蝶屋敷にいる子たちみたいだった」
「誰!?」
(……何故、怒る? 褒めたはずなのに?)
(どうして、痛がらないの!? アレやって、痛がらない人、今までいなかったのにっ!!)
(禰豆子のアレを受けて俺以外で痛がらない人、初めて見た……。やっぱり、義勇さんって凄いなぁ!)

だが、機能回復訓練などを受けた事のある義勇にとっては、それは単なる気持ちいいものでしかなかった為、禰豆子は普通に義勇からお願いされてしまうのだった。
そんな思ってみない義勇の反応に禰豆子は戸惑い、そして、そんな義勇の姿を見て、炭治郎は更に義勇の事を尊敬するのだった。









守るものシリーズの第3話でした!
そんなこんなで、こっちのお話は、ちょいちょい義勇さんが炭治郎くんに嫉妬をしていてます。
炭治郎くんに鎹鴉が撫でられている光景は、ほのぼのしますよね。
今回も最後の方は、ちょっとしたお遊びを入れてみました。禰豆子は絶対マッサージがうまいと思います!

【大正コソコソ噂話】
冨岡さんの鎹鴉も炭治郎くんの事が大好きです。
炭治郎くんの家に来てからの日課は、炭治郎くんに身体を撫でてもらう事、一緒に日光浴をする事、そしてマッサージです。
飛鳥さんと交流があったこともあり、鎹鴉が喋る事に関して炭治郎くんは何だ違和感を持っていませんでした。
※その分、禰豆子たち兄弟が驚いていました。


R.3 1/13