炭治郎は、息を切らしながらひたすら走った。
町のみんなによくしてもらい、炭を売り終わった時間は、予定していたよりも掛かってしまっていた。
これは、早く戻らないとまた禰豆子に怒られると思いつつ、炭治郎は山へと入った。
そして、暫く経ってから炭治郎は、異変を感じ取った。
よくわからなかったが、匂いがいつもと違うと教えてくれた。
山の中に凄く嫌な匂いが漂っていて酷く気持ち悪く感じた。
そして、何よりもそれは、自分の事を捜しているような気がして怖くなった。
だから今、炭治郎は走っていた。
少しでも早く家に辿り着く為に……。

「!!」

そして、匂いが強くなった事を感じたのと、炭治郎の腕を誰かが掴んだのは、ぼぼ同時だった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(……何処だ? 炭治郎!?)

迷うことなく山へとやって来た義勇は、そこが平地なのかと錯覚させるほどのスピードで駆け抜けていく。
それは、山の中へと踏み入れた途端、わかったから。
ここに、鬼がいる事が……。
それ故、嫌な予感しかしなかった。
一刻も早く、炭次郎の事を見つけなければ……。
その想いだけが今の義勇の身体を突き動かしていた。
その時、声にならないような悲鳴が義勇の耳に届き、走る速度をより一層速めた。
そして、義勇は山の中に入って漸く人影らしきものを二つ捉えた。
一つは、髪が赤みがかった少年の姿。
そして、もう一つが人とは違う別の何かだった。
間違いなくそれは、鬼だ。
鬼が炭治郎の小さな口を塞いで襲おうとしているのが義勇には見えた。

「炭治郎っ!!」
「!!」

炭治郎の姿を確認した義勇は、そう叫ぶと羽織の下に隠していた日輪刀を一気に鞘から引き抜き呼吸を整えた。
そんな義勇の姿に炭治郎も気付いたのか、驚いたように目を見開かせた。

「――――水の呼吸――――壱ノ型……」

一度に大量の酸素を血中に取り込み瞬間的に身体能力を上昇させる。

「――――水面斬り!!」

そして、交差させた両腕を勢いよく水平に刀を振るった。
それにより刃が水面が広がるように広がり、背後から鬼の頸を一気に斬り落とした。
頸を切られた鬼は、声も上げることなく見る見るうちに崩れていく。

「炭次郎! 大丈夫か!?」

それを確認した義勇は、すぐさま炭治郎の許へと駆け寄った。
炭治郎は、何が起こったのかわからないといったようで何処か放心状態だった。

「炭治郎、しっかりしろっ! 炭治郎っ!!」
「……っ! 義勇……さん? あれは……一体……?」
「鬼だ」

義勇の呼びかけに何とか正気を取り戻したのか、炭治郎はそう義勇に問いかけてきた。
だが、その声は酷く震えていた。
それに対して、義勇は短く炭治郎の問いに答えた。

「……鬼? あれが……?」
「ああ。鬼は、人を喰らう。……何処か怪我していないか?」
「……あっ、はい! 大丈――っ!?」

炭治郎からちゃんと返事を聞く前に義勇の身体は、勝手に動いてしまっていた。
炭治郎のその笑顔が自分へと向けられた瞬間、激しい衝動に襲われたから。
抱き締めたい。抱き締めて確認したい。
炭治郎が本当に大丈夫なのかを……。

「えっ? ぎっ、義勇……さん!?」
「…………よかった。無事で」
「っ!!」

それに戸惑う炭治郎に対して、義勇は微笑んでそう言った。
よかった。炭治郎は、何処も怪我をしていなかった。
本当によかった……。
その義勇の微笑みを見た炭治郎は、何故か驚いたように目を見開かせる。

「? どうした、炭治郎? やはり……何処か痛むのか?」
「あっ、いえ! そうじゃ……なくて……」
「ん?」

その炭治郎の様子を見た義勇は、不思議に思い、首を傾げた。
怪我はしていないように見えたのだが、何処か痛めてしまったのだろうか?
それとも、さっき思わず抱き締めてしまった時に痛めてしまったのだろうか?
だとしたら、非常に申し訳ない事をしてしまった。
だが、義勇の言葉を聞いた炭治郎は、慌ててそれを否定した為、義勇は余計にわからなくなってしまった。
しかも、炭治郎の顔が仄かに赤い気がする。
もしかして、熱でもあるのだろうか?

「……ぎっ、義勇さんの笑った顔が……とっても素敵だなぁって、思ってしまって……つい……見惚れちゃいましたっ!」
「っ!!」

だが、次に炭治郎から聞こえてきた言葉とその言葉に義勇は、思わず息を呑んだ。
その言葉をそっくりそのまま炭治郎に返したい。
それくらい炭治郎の笑顔は、義勇には眩しいものだった。

「? ……義勇さん?」
「……あっ……すまなかった。……とりあえず、家まで送ろう。……また、鬼が出るかもしれない」
「あっ、はい! ……ありがとうざいます、義勇さんっ!!」

義勇の言葉に炭治郎は、そう言って笑って応えた。
こうして、義勇は暫く、竈門家に滞在する事になるのだった。
炭治郎を狙う鬼からその身を守る為に……。





* * *





「…………俺は、他の鬼殺隊とは、違う。……鬼殺隊に俺の居場所なんて何処にもないんだ」

何故、こんな事を炭治郎に言ってしまったのだろうか?
それは、あまりにも炭治郎が俺の事をキラキラとした目で見つめて来るからだ。
炭治郎が鬼に襲われそうになる度にそれを倒し、俺の事を「カッコイイ!」と炭治郎が言ったからかもしれない。
俺には、そんな事をお前に言ってもらう資格などないのに……。

「……居場所が……ない? はっ! 義勇さん! もしかして、鬼殺隊の方たちに嫌われているんですかっ!?」
「いや。俺は、嫌われていない」

だが、俺の言葉を聞いた炭治郎は何を思ったのか、目を丸くしてそう言ったのだった。
それに若干イラッとしつつ、義勇はそう即答した。

「…………俺は……最終選別を突破していないんだ」
「えっ? それってどういう意味ですか?」
「鬼殺隊に入るには、最終選別の合格条件を突破する必要がある。それは、鬼が潜む藤襲山という山の中で七日間生き抜く事だ」
「……? それが出来たから、義勇さんは鬼殺隊に入れたんじゃないんですか?」
「違う……。あの年に俺は、俺と同じく鬼に身内を殺された少年――錆兎という少年がいたからなんだ」
「えっ……?」

そして、気付いた時には、炭治郎に最終選別での出来事を全て話してしまっていた。
俺と同い年で無二の親友だった錆兎の事を……。
あの年の選別で死んだのは、錆兎一人だけだった事。
錆兎があの山の鬼を殆ど一人で倒し、彼以外の全員が選別に受かった事。
俺は、最初に襲われた鬼に怪我を負わされ、それを錆兎が助けてくれた事。
そして、錆兎に助けられた後、俺はそのまま意識を失い、次に気が付いた時には、全てが終わっていて彼も死んでしまっていた事を……。
その全てを炭治郎は、何も言わずただ黙って聞いていた。

「…………俺は、確かに七日間生き延びて選別に受かったかもしれない。だが、一体の鬼も倒さず、ただ助けられただけの人間が果たして選別に通ったと本当に言えるのだろうか?」

俺の答えは、否だ。俺は、選別に通ってなどいない。
そんな俺が、鬼殺隊の最高位の一人の水柱などになっていい人間ではないのだ。
俺は……。

「…………あの時、本当に死ねばよかったのは……俺だったはずだ」
「そんな事ないですっ!!!」
「!!?」

その言葉を口にした途端、今まで決して口を挟まなかった炭治郎が声を上げた。
そして、この話をしてからこの時初めて炭治郎の顔を見た。
炭治郎は、泣いていた。あの綺麗な赤みがかった瞳から宝石のような涙が溢れている。
どうして、炭治郎が泣いているんだ?

「炭……治郎……?」
「……義勇さん……俺と出逢えた事……どう思いますか?」
「そっ、それは――」
「俺は、嬉しかったです! 義勇さんと出逢えた事!!」

炭治郎の問いに義勇が言い終わるよりも早くそう炭治郎は言い切った。

「もし……義勇さんと出逢えてなかったら、俺は……もうとっくに鬼に襲われて、死んでいたかもしれません」
「それは……俺じゃない、誰かがお前の事を――」
「例えそうだったとしても、その人が義勇さんみたいに俺と一緒に過ごしてくれた保証は何処にもないんですっ! だから……俺は……錆兎って人に今、すっごく感謝しています。……君のおかげで俺は、義勇さんと出逢えましたって。義勇さんの命を繋いでくれて……ありがとうって!!」
「! ……命を……繋ぐ!」
――――自分が死ねば良かったなんて、二度と言うなよ。もし、言ったら、お前とはそれまでだ。友達をやめる。
「!!」
その炭治郎の言葉と共に思い出したのは、いつかの錆兎の言葉だった。

――――お前は絶対に死ぬんじゃない。姉が命をかけて繋いでくれた命を、託された未来をお前も繋ぐんだ、義勇。

何故、今まで忘れていたのだろう?
錆兎のあのやり取りは、とても大事な事だったはずなのに……。
違う。俺は、思い出したくなかったんだ。
思い出せば、哀しくて何も出来なくなってしまうから……。
本当に、俺は、未熟者だった。

「…………ありがとう、炭治郎」
「義勇……さん?」

炭治郎は、俺に大事な事を思い出させてくれた。
俺は、死んではダメだという事。
生きて、俺も繋がなければならない事。
蔦子姉さんや錆兎が俺を守って命を繋いでくれたように、俺も誰かを守って命を繋がなければいけないという事を……。
そうか。今なら、わかる。
何故、俺は、生かされてたのか。
俺は、きっと、炭治郎に出逢う為にこれまで生かされてきたのだ。
俺が、今まで受け入れられなかった事実をしっかり受け入れ、ちゃんと前に進む為に……。

「……俺も……お前と出逢えて、よかったと思っている。今度は……俺が繋いでいく。……錆兎が託されたものを……」

もう迷わない。錆兎がしようとしていた事、出来たかもしれない事を含めて俺がやる。
その為にも俺は、これからも鬼狩りを続けていく。
一人でも多くの人を鬼から守る為。そして……。

「はいっ! 義勇さんなら、絶対にできますっ!!」

この小さな太陽を守る。いや、守りたい。
この暖かな笑顔をずっと見ていたいから……。
そう新たな想いを胸に抱いた義勇は、炭治郎の頭を優しく撫でた。
それに対して、炭治郎は本当嬉しそうに笑って応えるのだった。











(…………ちょっと、あの人、お兄ちゃんに近くない!? お兄ちゃんから、離れないさよっ!!)


「お姉ちゃん……なんか顔、怖い」
「怖いね。どーしたんだろ?」
「茂、花子。今の姉ちゃんに近づくと危ないから、離れてろよ。お前たちまで、姉ちゃんの回し蹴りの餌食に遭うから;」

そして、そんな炭治郎と義勇のやり取りを禰豆子は陰から見ており、そのさっきに竹雄は、慌てて弟たちを避難させるのだった。









守るものシリーズの第2話でした!
さてさて、今回のお話は、義勇さんが炭治郎くんに心惹かれるきっかけとなっています。
錆兎の事をよく知らない炭治郎くんなら、きっとこんな言葉を掛けるんじゃないかと想像しつつ書きました。
そして、最後の部分は、ちょっとしたお遊びも入れてみました。禰豆子ちゃんは、普段はいい子ですが、炭治郎くんが絡むと怖くなります。きっと、この時の竈門家で一番苦労しているのは、竹雄くんですねwww

【大正コソコソ噂話】
炭治郎くんは頻りに冨岡さんから哀しい匂いを嗅ぎ取っていました。
それを少しでも和ませるという意味も含めて、彼の事を「カッコイイ」と言っていました。
ですが、それが逆に冨岡さんにとってはそんな風に言ってもらえる人間じゃないという気持ちが強まり、錆兎の事を話すきっかけへとつながるのでした。


R.3 1/13