ずっと思っていた事がある。
何故、俺は生きているのだろうかと。
本当だったらあの時、俺が死ぬべきだったのではないかと……。
俺ではなく、あいつが生きていたら、もっと多くの人を救えたはずなのに……。
その可能性を奪ったのは、他でもない俺だ。
最終選別で一体の鬼も倒さず、親友に助けられただけの俺が、何故、柱なんかをやっているのだろうか?
俺は、どうして生かされているんだろうか?
どうして……。

「あの……どうしたんですか?」

そんな俺に声を掛けてきたのは、一人の少年だった。
髪と瞳が赤みがかっていてとても綺麗だった。

「こんなところに倒れてて、大丈夫ですか? 何処か痛みますか?」

そう、この少年が言う通り、俺は今、道端で倒れていた。
鬼狩りをしていたが、別に負傷したわけではない。
ただ――――。

「…………お腹が……空いた」
「…………えっ?」

心配そうな表情を浮かべていた少年に対して俺がそう言うと、少年は本当に驚いたように目を丸くさせる。
そして、その後、おかしそうに笑った。
その笑顔は、まるで陽だまりように暖かいものだった。
これが、俺と少年――竈門炭治郎との初めての出逢いだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「冨岡さん、ありがとうね」
「……いえ。これくらいは」
「そんな事ないですよ! 義勇さんのおかげで本当に助かってます!」

空腹で道端で倒れていたところを義勇は、たまたまそこを通りかかった炭治郎が持っていたおにぎりによって助けられた。
そのお礼がてら義勇は、竈門家に赴き彼らの家の手伝いをすることにした。
母一人と炭治郎を含めて六人の子供だけの山暮らしは、結構厳しい。
一番年上である炭治郎が独りで町まで炭売りをしたり、その次に年上である禰豆子が弟や妹たちの世話をして成り立っているようだった。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんあそんで!」
「あっ! 私もあそんでもらいたいっ!!」
「うっ……」

茂と花子の二人から両腕を引っ張られ、義勇はどうしていいの変わらずただ戸惑った。
こういう幼い子供の相手など、どうしたらいいのかわからない。

「こーら! 義勇さんが困ってるだろう!」
「えーっ! だって……」
「だってじゃない! 帰ったらまた遊んでやるから。……義勇さん、すみませんでした」
「あっ、いや……。これから、また何処かに行くのか?」

そんな義勇の様子に気付いた炭治郎がそう言ってくれたおかげで義勇は何とか助かった。
そして、その時に炭治郎が言った言葉が気になり、義勇はそれについて尋ねる。

「はい! これからまた町に行って炭を売りに――」
「お兄ちゃん! もうダメだって!!」

その問いに炭治郎が笑って答えようとすると何故だか禰豆子が怒ったように遮った。

「今から町に行ったら、帰りが遅くなるでしょ!?」
「大丈夫だよ。俺独りだったら、足速いから帰って来れるし」
「それが危ないって言ってるんでしょ! この前、変な人にずっと見られてたって言ったよね! お兄ちゃん独りで行くのは、危ないわよっ!!」
「それは、禰豆子の事を見てたんじゃないのか? 禰豆子、可愛いから♪」
「ううん。あれは、絶対にお兄ちゃんの事を見てた! だから、今から独りで行くのは、絶対にダメ!!」

炭治郎の事が余程心配なのか、そう言って禰豆子は何が何でも炭治郎の事を引き止めようとする。
そんな禰豆子に対して、炭治郎は困ったように笑った。

「大丈夫だって。禰豆子は心配性だなぁ;」
「……炭治郎。どうしても行きたいんだったら……俺が一緒に町まで行こうか?」

その炭治郎の様子に少しでも助け船になればと思い、義勇はそう言って炭治郎に提案してみた。

「えっ? いいんですか!」
「ああ……。俺もその町に用事がある」
「ほら、禰豆子。これなら、独りじゃないから問題ないだろ?」
「うっ……;」

義勇の提案に炭治郎は、嬉しそうに笑い、禰豆子の事を説得にかかる。
それに禰豆子も言葉に詰まってしまった。

「帰りは、遅くならないようにちゃんと帰ってくるから…………な?」
「…………もう、わかったわよ。ちゃんと、早く帰って来てよね」

炭治郎の言葉にまだ正直納得できないようだったが、禰豆子は仕方なく折れた。
そして、義勇の事をジッと見つめてきた。
いや、睨んでいたと言った方がいいのかもしれない。そんな表情だった。

「すみませんが、途中までお兄ちゃんの事をよろしくお願いします。あと、変にお兄ちゃんに手を出さないでくださいね」
「あ……あぁ……?」

何でかよくわからなかったが、どうやら義勇は禰豆子に嫌われしまったようだった。
それに若干困惑しつつ、義勇は炭治郎と共に山を下りるのだった。





* * *





「すみません、義勇さん。禰豆子の事を説得するのに、巻き込んでしまって……」
「いや……それは、全然いいんだが……いつも、あんな感じなのか?」

竹籠に入るだけの炭を入れて山を下りる炭治郎は、義勇に対してそう申し訳なさそうに言った。
それを聞いた義勇がそう聞き返すと炭治郎は、少し困ったように笑った。

「はい……。俺独りで町に行こうとするとなんですけどね……。特に最近は、変な人がいるってうるさくて……」
「? 変な……人?」

そう言えば、先程の二人の会話でもそのような事を言っていた事を義勇は思い出した。
あれは、一体どういうことだったのだろうか?

「禰豆子が言うには、この前町に行く途中で俺たちの事をずっと見ていた人がいたらしいです。けど、そんな人がいたら俺は匂いでわかるから違うと思います」
「匂い?」
「はい! 俺、鼻が利くんです!」

義勇の言葉に炭治郎は、何処か誇らしげにそう言った。
そして、それを聞いた義勇は、ある人物が頭に思い浮かんだ。
己の師匠である鱗滝の事を……。
あの人も鼻がよく利き、人の感情も嗅ぎ取ることが出来た。
炭治郎もそう言ったことが出来るという事なのだろうか?

「そう言えば、義勇さんはどうしてあんなところで倒れていたんですか?」

そんな中、炭治郎は気を遣っているのか、道中無言にならないように義勇にそう話しかけた。
義勇としては、喋るのが苦手なので、別に無言で歩き続けても問題ないのだが……。
だが、不思議な事に炭治郎と話しているのは、嫌とは感じなかった。
しかし、何をどう説明したらいいのか、正直困った。

「……任務の途中で……お腹が空いたから……」
「任務ですか? 義勇さんは、どんなお仕事をされているんですか?」
「…………鬼狩り」
「鬼……?」
「…………」

義勇の言葉に炭治郎は、不思議そうに首を傾げて義勇の顔を見上げた。
その表情が妙に可愛らしいと思ってしまったのは、おかしな感情だろうか。
だが、それ以上に義勇は、炭治郎の問いに困ってしまった。
鬼殺隊は、政府非公認の組織だ。
一般人である炭治郎に一体何処まで話したらいいものか……。
そして、それを話したところで、炭治郎は信じてくれるのかわからなかった。
だが、そんな義勇の考えなどお構いなしといった感じで炭治郎はジッとこちらを見つめてくる。
赤みがかった瞳がとても綺麗だった。

「……ひっ、人を……助ける仕事、だ」

そして、考えに考えた結果、義勇はそう言った。
それは、自分でもわかるくらいざっくりとした内容だった。
普通の人間が聞いたら、まずは納得しないだろう。

「……人を助ける仕事……ですか。……義勇さんは、とってもカッコイイ仕事をしているんですね! 俺、尊敬しますっ!!」
「っ!!」

だが、炭治郎は、義勇の言葉をそのまま素直に受け入れ、目をキラキラさせながら笑ってそう言った。
その炭治郎の言葉に、満面の笑みに義勇は瞠目した。
俺の事を尊敬する?
こんな、俺の事を……。

「……あっ! もう町に着いちゃいましたね! 義勇さん、色々とありがとうざいましたっ!!」

そして、いつの間にか町に着いてしまっていたのか、二人は町の入口に立っていた。
そして、炭治郎は籠から炭を落とさないように気を付けながら、義勇に頭を下げてお礼言った。

「お仕事、頑張ってくださいっ! あっ、でも! ちゃんとご飯は食べてくださいね! また、よかったら家に遊びに来てくださいっ! それじゃあっ!」

そう言うと炭治郎は、義勇の返事も聞かずに町の中へと走っていった。
返事を言えなかった事に若干の後悔を感じつつ、義勇も任務を遂行する為、町の中に入るべく歩き出す。
この町の付近で出没しているという鬼を狩る為に……。











鬼殺隊の一員で水柱でもある冨岡義勇の仕事は、鬼狩り。
それは、つまり、鬼を狩る事だ。
鬼は、人を喰らう存在だ。
鬼に大切な人を殺されて哀しむ人も多い。
義勇もその一人だった。
翌日に祝言を上げるはずだった姉を殺され、無二の親友も鬼に殺された。
いや、錆兎は俺が殺したようなものだった。
俺があの時、鬼に襲われて意識など失わずにいたら、錆兎は死なずに済んだかもしれない。
本当なら、ここは俺の居場所ではないのだ。
だからこそ、俺は、鬼狩りを続けているのかもしれない。
いつでも、死ねるように……。
それにして、この町は、とても平和だ。
鬼が出没した町は、大体人が何人か行方不明になっている為、結構物々しかったりする。
町の人にも苦手ながらそれとなく聞き込みをしても、それらしい事件も起こっていないようだった。
本当にここに鬼が出没していたのだろうか?

「……今回の情報は、確かなものだったのか?」

念の為、義勇はそう鎹鴉に問いかけた。
鬼殺隊の隊士には必ず専任の鎹鴉が付いている。
それが本部と連絡を取り、それぞれに指令を伝えるのだ。
だが、義勇の鎹鴉は、かなり年寄りなのだ。
そのせいで最近よく伝達を聞き間違えたり、鬼との戦闘中にトコトコ出てきたりして義勇は結構振り回されたりする。
今回もその可能性を少し考えたのだった。

「……スマナイ……義勇。……ワシ……伝達聞キ間違エタカモ……シレナイ……」
(やはりか……)

鎹鴉のその言葉を聞いた義勇は、深く息をついた。
これが、伝達の聞き間違える事は、日常茶飯事な事なので、もう怒る気はしない。
それよりも一刻も正しい情報を聞き出して、対処しなければならない。
もう日没が近い。鬼が本格的に活動を開始時間になる。

(……そう言えば、炭治郎はもう、帰っただろうか?)

ふと頭に過ったのは、この町に一緒に来た少年の事だった。
彼は、遅くなる前に帰ると妹と約束した上で山から下りてここに炭売りにきたのだ。
もう町を出ていなければ、おそらく危ないかもしれない。

「…………オモイダシタ! 鬼ハコノ町デハナク……アノ山デ……出没シタト……」
「なっ!?」

そして、次に鎹鴉から発せられた言葉に義勇は瞠目した。
あの山に鬼がいた。炭治郎たちが住んでいたあの山に……。
それは、単なる偶然なのだろうか?

――――禰豆子が言うには、この前町に行く途中で俺たちの事をずっと見ていた人がいたらしいです。けど、そんな人がいたら俺は匂いでわかるから違うと思います。

そして、思い出すのは、ここへ来る前の炭治郎の言葉。
炭治郎たちの事をずっと見ていた人物。
それは、鬼だったのではないのか?
鬼が獲物を見定める為に炭治郎たちの事を目を付けていたのではないのか?
鬼は、女や子供を好んで喰う。
もし、この推測が正しかったのなら、非常にまずい。
今の炭治郎は、たった独りなのだから……。

「…………あ……あの……すみません」
「ん? 何だい?」
「あの……先ほどまでここにいた……炭売りの少年は……?」
「えっ? それって、炭治郎くんの事かい? 炭治郎くんなら、ついさっきだったかしら? 山に戻って行ったよ。あの子、優しいから、みんなの手伝いをしちゃってたからねぇ」
「!?」

義勇は、思い切って一人の女性に声を掛けた。
それは、炭治郎がこの町に入った時に誰よりも早く声を掛けていた人物だったから。
その女性から苦笑混じりでそう言った言葉に義勇は、言葉を失った。
まずい。非常にまずい。
ついさっきここを立ち去ったのなら、山に入った時には日が沈みかけている。
早く追いかけなければ……。

「……ありがとうございます。失礼します」

女性に俺を言うと義勇は、すぐさま山を目指して町の入口へと駆け出した。
自分の考えが全て杞憂であることを願いながら……。









新シリーズ小説の第1話でした!今後は、こちらについては、守るものシリーズと呼ばせていただきます。
さてさて、今回のお話は、義勇さんと炭治郎くんとの出会いのお話となります。
炭治郎の家が無惨に襲われる前にもし、出逢っていたのなら、こんな感じかな?という妄想で書いてました♪
禰豆子ちゃんは、炭治郎くんが大好きなので、義勇さんに対する目が若干厳しめですwww
少しでも楽しんでもらえるとありがたいです!!

【大正コソコソ噂話】
冨岡さんが道端でお腹を空かせて倒れていた理由は、隣町の宿を出る際にお弁当を忘れてきてしまったからと炭治郎くんに話しています。
しかし、実際のところは、お弁当を忘れたのではなく、冨岡さんの鎹鴉が自分の分だと勝手に思い込んで食べてしまった為でした。
※この事実を冨岡さんは知りません。
それ故、道端で倒れた冨岡さんを見て焦った鎹鴉は、近くに誰かいないかを捜して炭治郎を見つけてきています。


R.3 1/13