「…………なぁ、善逸たちは、もう訓練しないのか?」
「「えっ?」」

そう何気なく炭治郎に訊かれた善逸と伊之助は、その答えに正直迷ってしまうのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


禰豆子は、今も少しでも早く全集中の呼吸・常中を取得できるように一人で瞑想などして頑張っていた。
それを邪魔したらいけないと思った炭治郎は、飛鳥に禰豆子を任せて、善逸たちの部屋へとやって来た。
そして、丁度いい機会だったので、炭治郎は、善逸たちにずっと疑問に思っていた事をぶつけてみるのだった。

「このままだと、禰豆子ばっか、強くなってしまうけど、二人はそれで本当にいいのか?」
「はあっ!? お前、何言ってんだよ、紋治郎!!」

その炭治郎の言葉にイラっとしたのか、そう伊之助が声を上げた。

「俺がお前の妹より、弱ぇわけねぇだろうがあっ!!」
「そうだよな! 伊之助だったら、すぐに禰豆子に追いついて強くなれるよなぁ!」
「だから! 俺はお前の妹よりは――」
「俺、見てみたいなぁ……伊之助が、全集中の呼吸の常中を使っている姿を♪」
「…………っ!! よっしゃああぁぁっ! 子分の頼みなら、やってやんぞぉ、ゴラァ!!」

ニッコリと笑ってそう言った炭治郎の言葉を聞いた伊之助は、そう言って完全にやる気が復活した。
そんな伊之助の様子を見た炭治郎は、今度は善逸へと近づいていき、そっと手を握った。

「なぁ! 善逸も禰豆子と一緒に頑張ろうよっ! きっと、禰豆子だって、善逸の事、見直すと思うぞっ!!」
「…………たっ、炭治郎は?」
「ん?」
「……炭治郎も……俺が頑張ったら……見直してくれるのか?」
「えっ? 何で?」
「えっ!?」

善逸の言葉を聞いた炭治郎は、何故か不思議そうに首を傾げた。
それを見た善逸は、ショックを受けた。
炭治郎は、別に俺の事などは、期待もしていなかったんだと思って……。

「!!」

そう笑って言った炭治郎の言葉に善逸は、胸が熱くなるのを感じた。
こんな風に俺の事を信じてくれるのは、爺ちゃんと炭治郎くらいだったから……。
それに、炭治郎からは、ずっとあの優しい音が聴こえてくるから……。

「うわーーぁ! 炭治郎ぅ! 俺も頑張るよぉっ!!」
「うっ、うん! わっ、わかったから、善逸。少し、押し付け――うわあっ!?」
『おーい、炭治郎ー。そろそろ……!?』

炭治郎の言葉が、彼から聞こえてくる優しい音が嬉しすぎて、善逸は泣きながら炭治郎に抱き着いてしまった。
その突然の善逸の行動に驚いた炭治郎は、それを上手く支える事ができず、体勢を思いっきり崩してしまった。
そして、気が付いた時には、善逸が炭治郎の事をベッドに押し倒す形となってしまい、顔も物凄く近かった。
その直後に禰豆子が迷走を終えてここへ戻って来る事を事前に知らせようと窓からやって来た飛鳥は、その光景を見て固まったかと思うと、すぐに己の身体の炎が激しく燃え上がっていった。

『……貴様。禰豆子だけでなく、炭治郎にまで手を出すとは……それなりの覚悟は、出来ているという事だな?』
「えっ? えーーーっ!? ちょっ、ちょっとま――」
『黙れ! 塵一つ残さず燃やしてくれるわっ!!』
「うわぁー! あっ、飛鳥! ごっ、誤解だって!?」
「何だ? 紋逸のやつ、権八郎と交尾しようとしたのか? ついでに俺もしたい」
「!?」
「お前ーー! 余計な事、口にするなよぉ!!」
『そうか……。なら、貴様も一緒に――』
「だっ、だから、違うっってばっ!!」

その瞬間、飛鳥から只ならぬ怒りの匂いと音を炭治郎と善逸はそれぞれ感じ取った為、その誤解を何とか解くべく必死になった。
だが、いまいち状況がわかっていない伊之助が、何食わぬ顔でそう言った事でさらに事態は悪化するのだった。
その後、禰豆子も加わってくれたおかげで、この件については何とか収束させる事に成功するのだった。
こうして、何だかんだあった善逸たちも炭治郎や指導上手なしのぶのおかげによって、禰豆子と共に全集中の呼吸・常中を習得する事に成功するのだった。





* * *





禰豆子たちが産屋敷邸で柱合裁判を受けていた日の夜、鬼舞辻無惨は、己の根城である無限城に十二鬼月の下弦の鬼たちを集めた。
小奇麗な顔をした洋装の男は、下弦の壱・魘夢(えんむ)。作務衣を着た髭の男は、下弦の弐・轆轤(ろくろ)
額と両頬に十字傷がある男は、下弦の参・病葉(わくらば)。額に二本の角がある女は、下弦の肆・零余子(むかご)
白のワイシャツに袖に渦巻き模様の入った羽織を着た男は、下弦の陸・釜鵺(かまぬえ)だ。
だが、この場に下弦の伍である累の姿は何処にもなかった。

「累が殺された。下弦の伍だ」

当たり前だ。今日彼らをここに集めたのは、累の事があったからだった。
そして――――。

「私が問いたいのは、『何故に下弦の鬼は、それほどまでに弱くて、私の望みをかなえる者がいないのか?』だ」

そうだ。下弦の鬼は、今までに殆ど私の役に立った事などなかった。
鬼狩りの柱を葬っている上弦の鬼たちは、まだマシだ。
だが、下弦はどうだ?
ここ百年の間にも何度入れ替わり、鬼狩り共に殺されてきただろうか?
中には、柱を見かけたら逃げ出す者もいた。
そして、誰一人とて、炭治郎すら、私の許へと連れて来る事も出来なかった。
累だけだった。累だけが、炭治郎と遭遇し、やっと手に入れられそうなところまで彼を追い詰めたのは……。
あそこで水柱さえ現れなければ、今頃、炭治郎は……。

「最早、十二鬼月は、上弦のみでよいと思っている。よって、下弦の鬼は、解体する」

無惨は、ちゃんとわかっていた。
累が興味を持ってしまったのは、家族の事で、数字には一切拘らなかった事を……。
実力的には、下弦の中でも一二を争うものであった事を……。
その累が、あんな風に感情的にならず、ちゃんと家族役の鬼たちから己の能力を回収した上で戦っていたのなら、勝てたはずなのだ。
そんな累が鬼狩りによって意図も簡単に倒されたのなら、ここにいる彼らを残しておく理由も価値もないと思ったのだ。
現に彼らは、無惨が施行を読めるとわかった途端、顔色を変える者、意見に反論する者、殺される事を恐れて逃げ出す者、指図する者など、どうしようもない奴らしかいなかった。

「私を最後まで残してくださってありがとう」

だが、唯一人だけ、面白い奴がいたので、そいつにだけ無惨は、己の血をふんだんに分けてやる事にした。

「……鬼狩りの柱を殺せ」

注ぎ込まれた無惨の血にのたうち回るそれ――魘夢の事を見下ろしながら、そう無惨は言葉を続けた。

「それから……耳に花札のような飾りを付けた鬼狩りを殺して、あの小さな太陽を私の許へ連れて来られたならば、もっと血を分けてやる」

そして、無惨はそれだけを言い残すと、もう魘夢の事など一切興味を示さなかった。
後の面倒な事は、側近である鳴女に全てを任して、無惨はその場を後にするのだった。





* * *





(…………あぁ……まだ、怒りが収まらない……!)

下弦の鬼たちを殺せば、少しは気分がよくなるかと思ったのだが、無惨の怒りはまだ収まっていなかった。
二年ぶりにやっと、真面に炭治郎の姿を捉える事ができたというのに、結局手に入れられなかった。
単に逃げられただけなら、まだよかったかもしれない。

(あの男……水柱! ……冨岡……義勇!!!!)

そう。無惨の怒りの矛先は、炭治郎でもなく、禰豆子でもなく、水柱の冨岡義勇に対して、向けられていたのだった。
あの男は、お気に入りの累を殺しただけでなく、意図も簡単に炭治郎と口づけを交わしたからだった。
炭治郎の意識がない事を言い事に……。
本来だったら、炭治郎に触れていいのは、私だけのはずだというのに……。
あの男だけは、絶対に許さない。必ず私の手で葬ってやると、この時、無惨は決めた。
そして、無惨は、少しでも気分を紛らわせる為に二年ぶりに確認できた炭治郎の姿を思う浮かべる事にした。
自分の身を挺して妹の禰豆子を守り、傷付いた炭治郎。
そして、妹の為に自分の身を犠牲にしてまで守ろうとした炭治郎。
どの姿の炭治郎も無惨には、美しく、愛おしく思えた。
不思議な事に炭治郎は、あの赤みがかった美しい瞳のままで、髪も腰近くまで伸びていた。
間違いなく、炭治郎は、この二年の間で私好みの美しい姿になっていた。
その姿を早く間近で見てみたい。そして、触りたい……。
だが、今は、その傍らに妹の禰豆子とあの男がいる。
それを考えてしまったら、また腹が立って来てしまった。

(……何故、奴らは、私から大切なものを悉く奪っていくんだっ!)

私は、ただ欲しいと思っているだけなのに……。
完璧な身体を……。そして、あの小さな太陽を……。
それの何がいけないというのだ?
炭治郎だけだったんだ。
私にあんな風に笑いかけてくれたのは――。

――――…………どうか……そんな顔を……しないで……ください……っ。

そう思った瞬間だった。私の頭の中に一つの光景が浮かんできたのは……。





* * *





そこは、決して、日の光も、月の光すら届かないくらい地下牢だった。
それだというのに、私の周りだけは、酷く明るかった。
それは、私の腕の中にいた彼女の髪が美しいまでに輝きを放っていたから……。

「私はもう……長くは生きられません。……多分……もうすぐ死にます、だから――」
「嫌だ」

そう彼女が言い終わる前に私は、それを拒否した。
そんな私に対して、彼女は、とても哀しそうな笑みを浮かべてた。

「……月彦さま……今なら……まだ、間に合うのです。……私を喰らえば……貴方さまは、人にも戻れて……健全な身体にもなれます。だから――」
「嫌だと言っているっ!!」

華奢な彼女の身体を決して抱き潰してしまわぬよう、それでも力強く私は、彼女の身体を抱き締めた。

「……日奈っ。私は……お前を喰らってまで……この病を治したいとは思っていない。だから……っ」
「…………本当、月彦さまは、お優しいですね。……だから、私は……貴方さまの事をずっと……お慕えもうしていたのです……」
「日奈……っ!」

私に心配をかけないように優しい笑みを浮かべる彼女を見て、逆に私の胸は締め付けられた。
今の私に彼女を助ける術などない。
そう本能的に悟ってしまったから……。

「……月彦さま。私の……本当の名前は……〝朝日奈〟と言います。……ご主人さまのご命令で……その名前を名乗ってはいけないと言われていたのですが……ずっと、貴方さまには……その名前で呼んでもらいたかった……」
「朝日奈……」

その名前は、とても彼女に似合っている名だと、私は思った。
彼女の笑顔は、とても温かく、太陽のようなものだったから……。
でも、そんな彼女の身体もどんどん冷たくなっていく……。

「……月彦さま……どうか……生きてください……」

そう言いながら、彼女は、朝日奈は、私に手を伸ばして優しく頬に触れてきた。

「……今の私は……もう死にますが……私は、何度生まれ変わっても……必ず……貴方さまに逢いに行く事を……お約束します。絶対に……貴方さまの事を……見つけますから……だから……それまでは……」
「わかったっ! わかったから、もうっ!!」
「約……束……ですからね……月彦さ……」
「……朝日奈? おい、朝日奈あああぁぁっ!」

そう言って笑いかけた途端、朝日奈の手がストンと滑り落ちるのがわかった。
そして、さっきまで眩い光を放っていた蒼い光も一瞬のうちに消えてしまったのだ。
それはまるで、私の心も暗闇に堕ちてしまったようだった。
私がいくら呼び掛けても、もう朝日奈から返事が返って来る事もなかった。
朝日奈の死を悟った私は、その闇の中、暫く彼女の亡骸を抱き締めたまま、涙が枯れるまで泣き続けた。
そして、その亡骸を喰らいたいとも思わなかった。
彼女が、朝日奈が、私が人間だった頃、唯一愛した少女だったから……。
だから、私は、彼女の亡骸をその地下に埋めて、その場を後にした。
いつか、彼女が私との約束を果たしてくれる事を信じて……。





* * *





どうして、今のタイミングで彼女の事を思い出したのだろうか?
それは、きっと、彼女と炭治郎が酷く似ていたからかもしれない。
だから、私は、勝手に炭治郎の事を彼女の生まれ変わりだと思っていたのだ。
だが、二年前に漸く再会を果たした時の炭治郎は、幼い頃に私と出逢った事だけでなく、その時の事すら憶えていなかった。
必ず、私に逢いに来てくれると、そう言っていたはずだったのに……。
だが、それだからといって、私が決して炭治郎の事を諦めるつもりはない。
炭治郎は、間違いなく、〝彼女〟なのだから……。
一緒に時を過ごしていれさえすれば、あの時の記憶もきっと取り戻して、ずっと私の傍で笑っていてくれるようになるに違いない。
私は、あの日の約束の為だけに、今まで生き続け、完璧な身体になる為にあの青い彼岸花を捜し続けていたのだから……。
だが、無惨自身は、その事に気付いていなかった。
その〝約束〟が、何よりも彼自身を縛る〝呪い〟へと変わっていたという事に……。









守るものシリーズの第53話でした!
今回は、善逸たちが機能回復訓練に参加させるまでのお話をちょっと書いたのと、無惨様のパワハラ会議の部分を書きました。
無惨様は、久しぶりの登場ですね♪
そして、義勇さんは、いい感じで無惨様の逆鱗に触れてますwww

【大正コソコソ噂話】
その一
炭治郎くんが善逸くんと伊之助に再会したのは、産屋敷が訪れた日の翌日です。
三人娘たちのお手伝いの為、善逸たちの病室に訪れた時に再会を果たしました。
この日から善逸くんたちも炭治郎のおにぎりを食べています。

その二
善逸くんや伊之助と初めて会った時から炭治郎くんは、二人が他の鬼殺隊の剣士とは少し違って強いと思っています。
だから、ちゃんと訓練さえすれば、二人もすぐに全集中の呼吸の常中を取得できると思っていました。
その事もあり二人がなかなか訓練を再開しない事にずっと疑問を感じていたのでした。

その三
炭治郎くんを鬼殺隊に奪われただけでなく、お気に入りの累までも殺された無惨様は、かなりご立腹でした。
その為、下弦の鬼たちは、その鬱憤晴らしの為に殺されたと言っても過言ではありません。


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