『…………随分と、現ご当主様は、耳が早いようですね』
「うん。みんな、仕事熱心なおかげで、すぐに私の所にも伝わって来たよ」
(ちっ、余計な事を……)

炭治郎が目を覚ましたその翌日の夜に早速、蝶屋敷へとやって来た産屋敷に対して、そう飛鳥は言った。
炭治郎が目を覚ました事は、炭治郎や禰豆子が精神的にもう少し落ち着いてから伝えようと思っていた為、これは飛鳥にとっては予想外の事だった。
そんな飛鳥に対して、産屋敷は飛鳥と会話をする事についても嬉しそうな感じで微笑みながらそう言葉を返すのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


『しかも、こんな夜遅くにご当主様自ら外出ですか?』
「鬼は、夜行性だからね。炭治郎もそうなのかなっと思ってね。それに、炭治郎と直接話をしたいなら、直接来いと言ったのは、確か君だったはずだけど?」
『う゛っ……だっ、だとしてもだ! こんな夜分遅くにそんな大勢でやって来るのは、流石に非常識だとは思わないのか?』

産屋敷はまだいい。
炭治郎と直接話をしたいと言っていたのは、他でもない彼なのだから……。
だが、他の者は違う。
今晩、柱全員がここにやって来る必要が本当にあったのだろうか?
その飛鳥の言葉を聞いた産屋敷も少し困ったように微笑んだ。

「すまないね。……本当は私とあまねの二人だけでここに来るつもりだったんだが……何故だか、それが皆に伝わってしまってね」
(だから、何故!?)

何故、そう言う事が簡単にバレるのかが、謎である。
この屋敷の主であるしのぶや偶々炭治郎が目覚めた時に居合わせてた煉獄や宇髄、そして、冨岡ならまだわかるが、それ以外の人物については、意図的としか思えなかった。

「それに、鬼舞辻の情報は、とても重要なものだから、なるべく柱のみんなにも直接、炭治郎から話を聞いてもらった方がいいかと思ってね」
『……その割には、数名はそんな話など聞きたくもないし、興味もないといった感じの者もいるようだが?』
「…………」

飛鳥の考えが伝わったのか、産屋敷はそう言葉を付け加えた。
それを聞いた飛鳥は、産屋敷の後ろにいる柱たちを一瞥した。
実際、飛鳥に睨まれた柱の何人かは、その視線から目を逸らした。
やはり、彼は、まだ鬼である炭治郎に対して、あまり好感を持っていないようだ。
それなのに……。

『…………わかった。だが、少しでもこっちが不快に感じたら、その時は問答無用でその者には部屋から出てもらう』
「ありがとう、飛鳥。君は、やっぱり、なんだかんだ言ってもとても優しいね」
『!!』

その産屋敷の笑みに飛鳥は、不覚にも動揺してしまった。
どうやら、炭治郎や禰豆子だけでなく、彼にも弱いようだ。
それは、きっと、彼があの人によく似ているからに違いない。
このまま炭治郎たちと一緒にいれば、どんどん増えてしまうのだろうか?

『…………変な事を言っていないで、さっさと入るぞ』

その心の揺らぎを必死に抑えつつ、飛鳥は炭治郎たちがいる病室へと入った。

「おかえり、飛鳥。少し、遅かっ――――!?」

扉を開けると一番最初に目に飛び込んできたのは、禰豆子の姿だった。
禰豆子も飛鳥に言葉をかけようとしたが、途中で止めてしまった。
無理もない。産屋敷や柱たち全員とこうやって再び対面するとは、思ってもいなかっただろうから……。

『禰豆子……。悪いが、少しだけ、あいつらの所にでも行って、この席から外してくれないか?』
「嫌です。これから、みんなでお兄ちゃんの話を聞くんですよね?」

禰豆子の事を考慮して、そう飛鳥は言ったのだが、禰豆子はそれを嫌がった。

「私もちゃんと知っておきたいです。今までお兄ちゃんがどう過ごして来たのかを……。お兄ちゃんの身に何が起こったのかを……。私は、お兄ちゃんの妹だから……」
『妹だからと言っても、炭治郎の全てを無理して知る必要はない』
「そうかもしれません。それでもやっぱり、私は知りたいです! お兄ちゃんの荷物を一緒に背負うって決めたから!」
「禰豆子……」

炭治郎は、少しだけ禰豆子に対して、不安そうな瞳を向けた。
だが、それに対して、禰豆子の瞳は何の迷いもない事がわかった為、説得する事を諦めて少しだけ笑みを浮かべた。

「…………わかった。一緒に話を聞いてくれるか、禰豆子?」
『炭治郎。本当にいいのか?』
「うん。禰豆子がそう決めたのなら、俺は何も言わないよ。けど……少しでも辛いと思ったら、すぐに部屋から出るんだぞ」
「うん、そうする。お兄ちゃん、ありがとう!」

そう炭治郎に対して返事をした禰豆子だったが、そうするつもりは一切なかった。
例え、その話が禰豆子にとってもどんなに辛くて、残酷なものだったとしても、知らなくてはいけない。
そうしないと、この先、前には進めないと禰豆子は思ったからだった。





* * *





そして、禰豆子は、産屋敷や柱たちと共に改めて炭治郎の話を聞いた。
あの日、飛鳥と別れて家に戻ったら、家の中に鬼舞辻無惨が待っていた事。
そして、その時にはもう変わり果てた家族の姿があった事を……。
禰豆子は、ある程度は、珠世から今の炭治郎の状態について話を聞いていた。
だが、それはあくまでも珠世が炭治郎と出会ってからの事だけだった。
だから、炭治郎が無惨とどのように対面して、どんなやり取りをした結果、鬼にされてしまったのかは、あの日禰豆子が実際に見た光景以外は今まで知らなかった。
だからこそ、今の炭治郎のその話とその日の記憶が徐々に重なっていき、禰豆子の頭の中にも鮮明に蘇って来た。
あの日見た、変わり果ててしまった家族の姿も……。

「……ねっ、禰豆子。大丈夫か?」

そんな禰豆子の顔色が悪い事に誰よりも早く気が付いて、そう声をかけてくれたのも炭治郎だった。

「……あっ、ごっ、ごめんね、お兄ちゃん。あの時の事……少しだけ思い出しちゃって……」
「禰豆子……。やっぱり、これ以上は――」
「大丈夫だよ! 私の事は、気にしなくていいから、話続けて」
「…………」

そんな禰豆子の言葉に心配そうな目を向けつつも炭治郎は仕方なく話を続けた。
無惨に鬼にされてしまった直後の記憶は、炭治郎自身もあまりなく、気が付いた時には一年半という年月が経っていたらしい。
それを知り、禰豆子の事が心配になり、禰豆子の許へすぐに向かおうとしたのだが、この時既に炭治郎は〝逃れ者〟として無惨から狙われていた。
そして、炭治郎の事を見つけた鬼に無理矢理無惨の所へ連れて行こうとした為、炭治郎は抵抗した。
その結果、炭治郎は、己の血でその鬼を結晶化にしてしまい、バラバラに砕いてしまったらしい。
それが、炭治郎が初めて鬼を殺した瞬間だった。

『……炭治郎。大丈夫か?』
「あっ、うん……。大丈夫だよ、飛鳥」
『だが、あまり顔色が――』
「本当に大丈夫だから! 飛鳥ってば、本当に心配しすぎだよ」

飛鳥にそう言って笑った炭治郎であったが、当時の事を思い出してしまったのか、その顔色は決していいものではなかった。
この話は、珠世からもある程度は聞いていた禰豆子だったが、やっぱり印象が違っていた。
自分が鬼になる前からも鬼に慈しい眼差しを向けていた炭治郎。
そんな彼が自分の身を守る為だからと言ってほぼ事故に近い形でその力を使って鬼を殺めてしまった事に一体どれだけのショックを感じていただろうか……。
それを想像するだけでも、禰豆子の胸は締め付けられそうになった。
そして、そのきっかけを作ってしまったは、他でもない自分だった事にも……。

「……大丈夫だよ、禰豆子。あれは、禰豆子のせいじゃないから」

そんな事を考えていると、それが伝わってしまったのか、そう炭治郎が苦笑しながら言った。

「あの時の俺は、俺自身の事もよくわかっていなかったし……勝手に暴走して、飛鳥たちの話を聞かなかった俺が悪かっただけだからさ」

だから気にするな、と言って笑う炭治郎に対して、禰豆子は何も言えなかった。
そして、そんな事件があったからこそ、炭治郎は禰豆子とは距離を取り、珠世たちの力を借りつつ独自で鬼を人に戻す方法を捜して、鬼を狩る道を選んだそうだ。
ここまでの炭治郎の話を聞いて、産屋敷は納得したように漸く口を開く。

「……そうか。やっぱり、炭治郎は、珠世さんのお世話になっていたんだね。どうりで私たちがいくら君を捜しても見つけられなかったわけだ」
「えっ? お館様は、珠世さんの事を知っていたんですか!?」
「うん。知っていたよ。……昔、彼女が鬼舞辻の呪いから解放された時に立ち会った鬼殺の剣士の記録が私の家には残されていたからね」

正直、炭治郎は、珠世たちの事まで話すか迷ったが、二年もの長い間、何処にいたのかという疑問を残すのはよくないと判断した。
この事は、事前に飛鳥とも相談し、珠世たちの承諾を得た上で炭治郎は話している。
そしたら、産屋敷からのまさかの言葉に正直、炭治郎だけでなく、ここにいる全員が驚く事になってしまった。

「私は、最終的に鬼舞辻を倒す為には、彼女の力も必要で、どうやったら、彼女と接触できるかをずっと考えていたんだよ。だから、炭治郎。もし、そんな日が本当にやって来た時には、君にも力を貸して欲しい。……いいだろうか?」
「あっ、はい! 珠世さんは、本当にいい人なので、きっと力を貸してくれます!」

そして、産屋敷の提案に対しても炭治郎は快く応じた。

「ありがとう、炭治郎。あと、もう一つだけ気になっていた事があったんだけど……君は、鬼と戦う時は、いつも素手なのかい? 刀とかは、使っていなかったのかな?」
「あっ、その……いつもは、ちゃんと刀を使って、血の量ととかを調節しながら、戦っていたんですけど……あの山でその刀を失くしてしまって……」
『それなら、ここにある』

そう言った飛鳥の嘴には、いつの間に一本の鞘に収まった刀が銜えられており、それを炭治郎へと渡した。

『あの日、お前を見つけた時に刀がなかった事にかなり焦ったぞ。これを見つけるのも、どれだけ苦労した事が……』
「えっ? 飛鳥、わざわざこれを捜してくれたのか?」
『当たり前だ。これがなければ、お前はすぐに無茶をする。……それとも、失くした事をこじ付けにして、自分の肉体を使って新たな刀を創ろうとでも思ってたりしてないだろうなぁ?』
「あっ、やっぱり、それは、ダメだった?」

何食わぬ顔をしてそう言った炭治郎に対して、飛鳥は呆れたように溜息をついた。

『炭治郎……。そんな事を聞かされて、いい顔をする奴は、ここにはいないと思うが? ……実際、皆、少し引いているぞ;』
「だっ、だって、俺の肉とか骨とかを身体から引き抜いて創った方が早――」
『だから、そんな事させないと、私も珠世も何度も言っているだろうがっ! お前はもっと、自分自身の身体を大切にしろっ!!』

そして、感覚が若干、いや、かなりおかしくなってしまっている炭治郎に対して、そう飛鳥は叱った。
飛鳥からしてみれば、炭治郎とのこんなやり取りも日常茶飯事なりつつあったのかもしれない。
だが、そうではない周囲にとっては、決して言葉にはしなかったが、動揺の色は隠せなかった。

「……炭治郎。もし、よかったら、その刀を私にも見せてくれないかな?」
「あっ、はい。いいですよ……あっ……」

その産屋敷の言葉に応えるように炭治郎は、刀を鞘から抜いたが、その刀を見て思わず声を上げてしまった。
炭治郎が今まで使っていた刀は、特殊な形状をしていた。
刀身には根元から先まで溝が掘ってあり、柄に近い刃で炭治郎が指を切る事で少量の血で刀全体に流し込む事が出来る造りになっていた。
だが、その刀は途中で綺麗に真っ二つに折れてしまっていた。
恐らく、累との戦いの衝撃で鞘の中に入っていた刀は、折れてしまったのだろう。

「あー……折れてる……。これじゃぁ、使えないから――」
『駄目だ』
「飛鳥……。俺、まだ何も言っていないけど?」
『聞かなくてもそれくらいわかる。自分の肉体を使って直そうとするな。ちゃんと、珠世経由で刀の修理を依頼しろ。ついさっき叱ったばかりなのにお前という奴は……』

そう言った飛鳥は、完全に炭治郎に対して、呆れていた。

「……炭治郎。もし、君さえよかったら、この機会に日輪刀を持ってみないかい?」
「えっ!? でっ、でも……」
「君の血は、鬼舞辻を殺せるかもしれない、とても貴重なものなんだよ。だから、私も君に君の身体を大切にして欲しい。日輪刀を使えば、君が血を流してまで鬼を倒す必要は、最小限に出来るだろう。……どうかな?」
「でっ、でも、俺は……」
「大丈夫。君は、立派な鬼殺隊の一員だから……ね?」
「わっ、わかりました……。よろしくお願いします」

その産屋敷の言葉と飛鳥の痛いくらいの視線を感じてしまった為、炭治郎はもうそう言わざるを得なかった。
それを聞いた産屋敷の方は、嬉しそうだった。

「ありがとう。君の刀については、なるべく禰豆子の分と併せて造ってもらうように私の方から頼んでみるから……だから、それまでは、君もゆっくり休むんだよ」
「あっ……はっ、はい……そうします……」
「うん。それじゃぁ、私たちはそろそろ帰るね。炭治郎。色々と辛い話をさせてしまってすまなかった。しのぶ。二人の事、お願いね」
「はい。お任せください」

こうして、禰豆子たちにとって、いつもより少し長い夜は過ぎていった。
炭治郎の話を聞いて、柱たちは何を思っただろうか?
あの人は、一体何を感じただろうか?
炭治郎の話を聞いても、顔色一つ変える事がなかったあの人は……。
少なくとも私は、もっと強くなりたい。
強くなって、お兄ちゃんが安心して眠れるようにしてあげたい。
そう禰豆子は、思うようになったのだった。









守るものシリーズの第51話でした!
そして、今回はみんなで炭治郎くんのお話を聞く回となりました。
あまりこの辺を詳しく書かなかったのは、後々、炭治郎くん目線でお話を書こうと思っているからです。
次回は、禰豆子ちゃんが、全集中の呼吸の常中についての訓練を始めるお話となります!!

【大正コソコソ噂話】
その一
飛鳥が主に睨みつけていた人物は、実弥さんと義勇さんでした。
実弥さんについては、炭治郎くんが刺した事をまだ許していないのに、何故だか好意を持たれている事、
義勇さんについては、せっかく炭治郎くんが目を覚ましたのに会わずに帰ってしまった事を根に持っています。

その二
炭治郎くんの刀は、珠世さんの患者さんの一人の包丁を作っている人にお願いして作っています。
その人の家系は元々、刀造りをしていた鍛冶職人でしたが、刀を持つことが禁止された為、その技術を包丁造りに活かしています。

その三
炭治郎くんも黒死牟や獪岳同様に自分の血肉を使えば刀を創る事は出来ます。
だが、炭治郎くんの事をとても大切に想っている飛鳥たちからは、それをやる事を猛烈に止められています。


R.3 12/5